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閑話2-5 ベリアローズの婚約者①
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2018. 10. 28
**********
ティアの学友であるキルシュ・ドーバンの姉、ユフィア・ドーバンは、幼い頃から体が弱く、侯爵家の娘としては、他家へ嫁がせることもできない出来損ないだと言われて育った。
そんなユフィアに転機が訪れたのは、フェルマー学園の高学部三年、最高学年に上がって間もなくのことだった。
「ユフィア様。お茶をどうぞ」
「ありがとう。ラキアさん」
ユフィアは今、学園街にあるヒュースリー伯爵家の別邸に居を移していた。
きっかけは、ティアによってユフィアが生まれた時から患っていた病が癒えた事。その経過観察と、侯爵家の別邸ではユフィアはお荷物と認識されていたため、そんな場所からの保護が目的だった。
しかし、ユフィアとしては一生付き合って行くつもりだった病から解放された上に、生活面でも手厚く世話を焼かれるのは申し訳なさすぎる。
同学年にヒュースリー家の者はいたが、それほど親しいわけでもない。そんな、本来ならば縁もない者の屋敷にお世話になるなど考えられなかった。
だが、ティアはこれをあっさりと塗り替えた。
『未来のお姉様ってことでよろしくね』
そう、ユフィアはずっと病のせいで、誰かに嫁ぐという考えがなかった。けれど、ティアに言われて気付いた。
女として幸せになりたかった。
誰かを愛し、愛される人生が欲しかった。
それを、ティアが叶えてくれたのだ。
少々強引にではあったが、ユフィアの学友であり、ティアの兄であるベリアローズ・ヒュースリー。彼と結婚を前提にお付き合いをすることになった。
貴族ならば、顔も知らない者と唐突に婚約することになるので、躊躇う必要もない。何より、ベリアローズは充分過ぎるほど好感の持てる青年だった。
「ベル様は何色がお好きなのかしら……」
まだ長く病に侵された体は弱く、ベリアローズやティアと一緒に外に行くということはできない。
だから、学園での課題が終わると、手ぐさみに編み物や料理をして過ごす。
今も、一冊の本を開いて編み物の研究中だった。
「素晴らしい出来ですね」
この屋敷では、メイドが三人いる。その内の二人は、侯爵家でユフィア付きだった少女達だ。彼女達はまだ見習いで、メイドとしての仕事を少しずつ覚えている最中だった。
しかし、この屋敷に引き抜いてきたことで、彼女達はたった数日で顔付きが変わった。歩き方や姿勢まで矯正されたらしく、別人かと思ったほどだ。
そんな少女達を教育しているのが、ユフィアよりも少し年下の少女。この屋敷全てを一人で管理しているメイドのラキアだ。
ティア曰く。
『うちのハイパーメイドに任せてよ! 一週間もすれば見習いの取れたちゃんとしたメイドになるから』
一週間で見習いが一人前のメイドになる。
そんな普通はあり得ない常識をユフィアは常識として受け入れてしまった。
しかしこの後、ラキアは『三日で成してみせます』と言っていた。ティアも『あ、そうなの? さすが自慢のハイパーメイド』と返していたので、即効でユフィアの常識は『三日で一人前のメイドが出来上がる』と上書きされた。
こうして、着々とユフィアは『ヒュースリー伯爵家の常識』を覚えていく。
花嫁修業は始まっていた。
今も伯爵家自慢のハイパーメイドは、ユフィアが退屈しないように、根を詰めすぎないように注意しながら話しかけてくれる。本邸にいても、ほとんど使用人に話しかけられた事のなかったユフィアとしては、嬉しくて仕方がない。
「本当? この本の絵でやっとわかったわ。とっても分かりやすくて、とっても楽しいの。こんな素晴らしい本、編み物を始める時に欲しかったわ」
びっくりするほど分からなかった所が理解できるのだ。複雑な編み方も、驚くほどあっさりできてしまう。出来ることが楽し過ぎて、全く嫌にならない。
「一体これを書いた方はどなたなのかしら。お会いしてお礼を言いたいくらいよ」
編み物やお料理の本は、やれる人が知っていて当たり前という前提で書かれているものが多く、初心者や経験の浅い者にとっては理解できないものが多い。そこで挫折してしまったり、嫌になるのだ。
しかし、それがもう当たり前なので、挫折すれば『忍耐がない』だの『出来が悪い』などと言われてしまう。
ユフィアの場合は、もう意地のようになっていた。家の役に立たないのならば、せめて出来ることは多く持っていようと思っていたのだ。
編み物も料理も、どちらかといえば嫌いだが、それを面に出さないように頑張ってきた。
「ラキアさんに勧めてもらえて本当に良かったわっ。ありがとう」
その努力が報われていくような感覚だった。
「いいえ、礼など不要です。何より、こちらの本を書かれたのはティア様ですから」
「……え?」
ラキアは誇らしげに笑っていた。
「奥様が編み物を苦手としておられたのです」
「え、えぇ……それでティアさんが?」
母親のためにあの幼い少女が書いたのかと思うと、とても心が温まる。しかし、続いた言葉の意味が分からなかった。
「奥様は手が空くと、すぐに訓練場に特攻されます」
「へ?」
「それを食い止める為、ティア様が対策の一つとして、これを書かれたのです」
「……ごめんなさい……よく分からないのだけれど……」
温まった心の感覚が分からなくなる。
「失礼いたしました。訓練場に奥様が来られると、他の護衛達が訓練できませんでしょう?」
「え、えぇ。確かに、危ないわよね」
伯爵夫人が訓練場に顔を出したなら、間違えても傷を付けないように手を止めることになるだろう。しかし、そこはヒュースリー伯爵家。一般的な常識は適応されない。
「はい。屋敷が破壊されます」
「……そ、そうなの……?」
「奥様は手加減がお好きではないのです」
「……好き嫌いの問題なのね……」
訓練できなくなる理由は、彼らが手を止めるのではなく、手を止めざるを得ない状況になるかららしい。正確には、訓練中の者達が伯爵夫人であるシアンの力によって吹っ飛ばされ、訓練どころではなくなるのだ。
下手に伯爵夫人相手に手を出せないし、止めるのは至難の技だ。
「奥様の場合はそうです。その為、訓練場から意識をそらす目的で、ティア様が作成されたのが、この『世界編み物全集~初級編~』です」
「……仕方なく……なのね……」
少しでも訓練場に向く足を止められればと考えたのがこの本というわけだ。
「ですが、世界中探しても、これ程わかりやすい本もありません」
「ええ。すごく難しい筈なのに、分かりやすかったわ」
「そこが、ティア様の凄い所なのですっ」
「っそうなのねっ」
結局、ここに持って行きたかったらしい。
「でも、そんな奥様に会ってみたいわ……」
「ユフィア様、奥様ではなく『お義母様』ですよ」
「そ、そうねっ……っ」
こうして穏やかに、ユフィアの一日は過ぎていく。
◆ ◇ ◆
ユフィアがラキアと穏やかに午後を過ごしている頃。
サルバのヒュースリー伯爵邸では、シアンが夫のフィスタークの執務室へやってきていた。
「シアン? どうしたんだい? なんだか機嫌が良いね」
「そう?」
「うん。とても生き生きとしていて素敵だよ」
いつだって新婚気分。お互いを想い合う気持ちは子どもが大きくなっても変わることはない。
「まぁっ。ふふっ、あなたには分かってしまうのね」
「君の事なら分かるよ」
「あら、私もあなたの事ならなんでも分かるわ」
「っ、シアン……嬉しいよ」
まだ幼かったティアが作って持ってきた万能薬によって、体の弱かったシアンは驚くほど元気になり、毎日のように訓練場を破壊している。
元気で何より……
「ふふっ。私ね。あなたにお願いがあるの」
「なんだい? 君のお願いなら、なんでも叶えてあげるよ」
ここにティアか、もしくは家令のリジットがいたならば、咳払いでもして止めてくれたかもしれない。しかし今、フィスタークは心のままに、妻のお願いを受け入れようと待ち構えていた。
「本当っ?」
「愛しい君のお願いだからね。当然だよ」
「ふふっ。フィスタークったら」
「ほら、言ってごらん」
今日も可憐で、お願いする時の姿は無邪気で可愛らしい少女のようだ。
フィスタークの目はここへ来ても曇ることはなかった。
そして、シアンは一層可愛らしく首を傾げてみせる。
「ええ。私ね。訓練場をもっと大きくして欲しいのっ」
「……え……?」
両手を口元で合わせて嬉しそうに話すシアン。フィスタークの頭の中は『うん、可愛い』そういうものが半分。『え? 訓練場!?』というのが半分だ。
混乱しながらも、フィスタークは表情が崩れないようにするのに必死だった。
「やっぱり、狭いと思うのよ。ちょっと力を入れただけでお屋敷の壁に穴が開いてしまうでしょ?」
コテンとまた首を傾げて言われると、よくわからなくなる。
ちょっと力を入れただけでは普通、屋敷の壁に穴は開かないはずだ。
「風通しが良くなるのは良い事だと思うのだけど、リジットが泣きながら直している所を見るのは……胸が痛むわ……」
少し傷付いたように、形の良い眉を寄せられると無意識に頷いてしまう。
「うん……え、え~っと……うん?」
これはいけない。
夫として、注意することや否定することも時には必要だ。リジットにもティアにもいつも言われている。
父のゼノスバートもこの間言っていたではないか。
『フィスターク。シアンが元気になって色々とこれまで我慢させていた分を取り戻させてやりたいと思うのは良い。だが、夫として時には厳しい所も見せんと……尻に敷かれるぞ』
そうだ。今がその時だ。
混乱し続けた頭が冷静になっていく。心を決めて口を開こうとした次の瞬間だった。
「だからねっ。お・ね・が・い☆」
尻に敷かれて何が悪い!!
「っ! 任せてくれ! 広くして、屋敷の壁はもっと丈夫にしようっ!!」
「きゃ~。愛してるわっ、フィスタークっ」
「僕もだよっ。シアンっ」
そんな会話とフィスタークのブレまくった心情を正確に察しながら、扉の前まで来ていたリジットは、ふっとそのまま扉に手をかけることなく背を向けた。
「……業者……いっそ結界で強化しましょうか……」
そんなリジットの呟きを拾い、使用人達は全てを察した。だから、唐突に下される命令にも、はっきりと応えが返ってくる。
「魔術師ギルドへ相談するので、手配を」「「「はっ!」」」
伯爵家の使用人達はこうして今日も強い団結力で繋がっているのだ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、昼12時投稿予定
②へつづく
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ティアの学友であるキルシュ・ドーバンの姉、ユフィア・ドーバンは、幼い頃から体が弱く、侯爵家の娘としては、他家へ嫁がせることもできない出来損ないだと言われて育った。
そんなユフィアに転機が訪れたのは、フェルマー学園の高学部三年、最高学年に上がって間もなくのことだった。
「ユフィア様。お茶をどうぞ」
「ありがとう。ラキアさん」
ユフィアは今、学園街にあるヒュースリー伯爵家の別邸に居を移していた。
きっかけは、ティアによってユフィアが生まれた時から患っていた病が癒えた事。その経過観察と、侯爵家の別邸ではユフィアはお荷物と認識されていたため、そんな場所からの保護が目的だった。
しかし、ユフィアとしては一生付き合って行くつもりだった病から解放された上に、生活面でも手厚く世話を焼かれるのは申し訳なさすぎる。
同学年にヒュースリー家の者はいたが、それほど親しいわけでもない。そんな、本来ならば縁もない者の屋敷にお世話になるなど考えられなかった。
だが、ティアはこれをあっさりと塗り替えた。
『未来のお姉様ってことでよろしくね』
そう、ユフィアはずっと病のせいで、誰かに嫁ぐという考えがなかった。けれど、ティアに言われて気付いた。
女として幸せになりたかった。
誰かを愛し、愛される人生が欲しかった。
それを、ティアが叶えてくれたのだ。
少々強引にではあったが、ユフィアの学友であり、ティアの兄であるベリアローズ・ヒュースリー。彼と結婚を前提にお付き合いをすることになった。
貴族ならば、顔も知らない者と唐突に婚約することになるので、躊躇う必要もない。何より、ベリアローズは充分過ぎるほど好感の持てる青年だった。
「ベル様は何色がお好きなのかしら……」
まだ長く病に侵された体は弱く、ベリアローズやティアと一緒に外に行くということはできない。
だから、学園での課題が終わると、手ぐさみに編み物や料理をして過ごす。
今も、一冊の本を開いて編み物の研究中だった。
「素晴らしい出来ですね」
この屋敷では、メイドが三人いる。その内の二人は、侯爵家でユフィア付きだった少女達だ。彼女達はまだ見習いで、メイドとしての仕事を少しずつ覚えている最中だった。
しかし、この屋敷に引き抜いてきたことで、彼女達はたった数日で顔付きが変わった。歩き方や姿勢まで矯正されたらしく、別人かと思ったほどだ。
そんな少女達を教育しているのが、ユフィアよりも少し年下の少女。この屋敷全てを一人で管理しているメイドのラキアだ。
ティア曰く。
『うちのハイパーメイドに任せてよ! 一週間もすれば見習いの取れたちゃんとしたメイドになるから』
一週間で見習いが一人前のメイドになる。
そんな普通はあり得ない常識をユフィアは常識として受け入れてしまった。
しかしこの後、ラキアは『三日で成してみせます』と言っていた。ティアも『あ、そうなの? さすが自慢のハイパーメイド』と返していたので、即効でユフィアの常識は『三日で一人前のメイドが出来上がる』と上書きされた。
こうして、着々とユフィアは『ヒュースリー伯爵家の常識』を覚えていく。
花嫁修業は始まっていた。
今も伯爵家自慢のハイパーメイドは、ユフィアが退屈しないように、根を詰めすぎないように注意しながら話しかけてくれる。本邸にいても、ほとんど使用人に話しかけられた事のなかったユフィアとしては、嬉しくて仕方がない。
「本当? この本の絵でやっとわかったわ。とっても分かりやすくて、とっても楽しいの。こんな素晴らしい本、編み物を始める時に欲しかったわ」
びっくりするほど分からなかった所が理解できるのだ。複雑な編み方も、驚くほどあっさりできてしまう。出来ることが楽し過ぎて、全く嫌にならない。
「一体これを書いた方はどなたなのかしら。お会いしてお礼を言いたいくらいよ」
編み物やお料理の本は、やれる人が知っていて当たり前という前提で書かれているものが多く、初心者や経験の浅い者にとっては理解できないものが多い。そこで挫折してしまったり、嫌になるのだ。
しかし、それがもう当たり前なので、挫折すれば『忍耐がない』だの『出来が悪い』などと言われてしまう。
ユフィアの場合は、もう意地のようになっていた。家の役に立たないのならば、せめて出来ることは多く持っていようと思っていたのだ。
編み物も料理も、どちらかといえば嫌いだが、それを面に出さないように頑張ってきた。
「ラキアさんに勧めてもらえて本当に良かったわっ。ありがとう」
その努力が報われていくような感覚だった。
「いいえ、礼など不要です。何より、こちらの本を書かれたのはティア様ですから」
「……え?」
ラキアは誇らしげに笑っていた。
「奥様が編み物を苦手としておられたのです」
「え、えぇ……それでティアさんが?」
母親のためにあの幼い少女が書いたのかと思うと、とても心が温まる。しかし、続いた言葉の意味が分からなかった。
「奥様は手が空くと、すぐに訓練場に特攻されます」
「へ?」
「それを食い止める為、ティア様が対策の一つとして、これを書かれたのです」
「……ごめんなさい……よく分からないのだけれど……」
温まった心の感覚が分からなくなる。
「失礼いたしました。訓練場に奥様が来られると、他の護衛達が訓練できませんでしょう?」
「え、えぇ。確かに、危ないわよね」
伯爵夫人が訓練場に顔を出したなら、間違えても傷を付けないように手を止めることになるだろう。しかし、そこはヒュースリー伯爵家。一般的な常識は適応されない。
「はい。屋敷が破壊されます」
「……そ、そうなの……?」
「奥様は手加減がお好きではないのです」
「……好き嫌いの問題なのね……」
訓練できなくなる理由は、彼らが手を止めるのではなく、手を止めざるを得ない状況になるかららしい。正確には、訓練中の者達が伯爵夫人であるシアンの力によって吹っ飛ばされ、訓練どころではなくなるのだ。
下手に伯爵夫人相手に手を出せないし、止めるのは至難の技だ。
「奥様の場合はそうです。その為、訓練場から意識をそらす目的で、ティア様が作成されたのが、この『世界編み物全集~初級編~』です」
「……仕方なく……なのね……」
少しでも訓練場に向く足を止められればと考えたのがこの本というわけだ。
「ですが、世界中探しても、これ程わかりやすい本もありません」
「ええ。すごく難しい筈なのに、分かりやすかったわ」
「そこが、ティア様の凄い所なのですっ」
「っそうなのねっ」
結局、ここに持って行きたかったらしい。
「でも、そんな奥様に会ってみたいわ……」
「ユフィア様、奥様ではなく『お義母様』ですよ」
「そ、そうねっ……っ」
こうして穏やかに、ユフィアの一日は過ぎていく。
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ユフィアがラキアと穏やかに午後を過ごしている頃。
サルバのヒュースリー伯爵邸では、シアンが夫のフィスタークの執務室へやってきていた。
「シアン? どうしたんだい? なんだか機嫌が良いね」
「そう?」
「うん。とても生き生きとしていて素敵だよ」
いつだって新婚気分。お互いを想い合う気持ちは子どもが大きくなっても変わることはない。
「まぁっ。ふふっ、あなたには分かってしまうのね」
「君の事なら分かるよ」
「あら、私もあなたの事ならなんでも分かるわ」
「っ、シアン……嬉しいよ」
まだ幼かったティアが作って持ってきた万能薬によって、体の弱かったシアンは驚くほど元気になり、毎日のように訓練場を破壊している。
元気で何より……
「ふふっ。私ね。あなたにお願いがあるの」
「なんだい? 君のお願いなら、なんでも叶えてあげるよ」
ここにティアか、もしくは家令のリジットがいたならば、咳払いでもして止めてくれたかもしれない。しかし今、フィスタークは心のままに、妻のお願いを受け入れようと待ち構えていた。
「本当っ?」
「愛しい君のお願いだからね。当然だよ」
「ふふっ。フィスタークったら」
「ほら、言ってごらん」
今日も可憐で、お願いする時の姿は無邪気で可愛らしい少女のようだ。
フィスタークの目はここへ来ても曇ることはなかった。
そして、シアンは一層可愛らしく首を傾げてみせる。
「ええ。私ね。訓練場をもっと大きくして欲しいのっ」
「……え……?」
両手を口元で合わせて嬉しそうに話すシアン。フィスタークの頭の中は『うん、可愛い』そういうものが半分。『え? 訓練場!?』というのが半分だ。
混乱しながらも、フィスタークは表情が崩れないようにするのに必死だった。
「やっぱり、狭いと思うのよ。ちょっと力を入れただけでお屋敷の壁に穴が開いてしまうでしょ?」
コテンとまた首を傾げて言われると、よくわからなくなる。
ちょっと力を入れただけでは普通、屋敷の壁に穴は開かないはずだ。
「風通しが良くなるのは良い事だと思うのだけど、リジットが泣きながら直している所を見るのは……胸が痛むわ……」
少し傷付いたように、形の良い眉を寄せられると無意識に頷いてしまう。
「うん……え、え~っと……うん?」
これはいけない。
夫として、注意することや否定することも時には必要だ。リジットにもティアにもいつも言われている。
父のゼノスバートもこの間言っていたではないか。
『フィスターク。シアンが元気になって色々とこれまで我慢させていた分を取り戻させてやりたいと思うのは良い。だが、夫として時には厳しい所も見せんと……尻に敷かれるぞ』
そうだ。今がその時だ。
混乱し続けた頭が冷静になっていく。心を決めて口を開こうとした次の瞬間だった。
「だからねっ。お・ね・が・い☆」
尻に敷かれて何が悪い!!
「っ! 任せてくれ! 広くして、屋敷の壁はもっと丈夫にしようっ!!」
「きゃ~。愛してるわっ、フィスタークっ」
「僕もだよっ。シアンっ」
そんな会話とフィスタークのブレまくった心情を正確に察しながら、扉の前まで来ていたリジットは、ふっとそのまま扉に手をかけることなく背を向けた。
「……業者……いっそ結界で強化しましょうか……」
そんなリジットの呟きを拾い、使用人達は全てを察した。だから、唐突に下される命令にも、はっきりと応えが返ってくる。
「魔術師ギルドへ相談するので、手配を」「「「はっ!」」」
伯爵家の使用人達はこうして今日も強い団結力で繋がっているのだ。
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読んでくださりありがとうございます◎
次回、昼12時投稿予定
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