女神なんてお断りですっ。

紫南

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6巻

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   第一章 女神の授けたもの


 フリーデル王国の王都から馬車で一時間ほどの場所に、学園街と呼ばれる街がある。
 騎士を育てる騎士学校、魔術師の育成を目的とした魔術学校、その他の民が通う民間学校など、多くの教育機関が集まった街だ。
 その街の地下には、学園街が作られる前から存在する通路がある。複雑に張り巡らされた地下通路は何百年も誰にも知られる事なく、たった一人の妖精族によって管理されていた。
 彼女は、この国随一の学園である、フェルマー学園の地下室で暮らしている。学園の創設者フェルマー・マランドが使っていた特別な部屋だ。長らく誰一人訪ねる事のなかったその部屋に、半年ほど前から可愛らしい学生が三人、訪れるようになっていた。

「このシフォンケーキ……めちゃくちゃ美味おいしい!」

 そう絶賛しながら、ケーキを幸せそうに頬張ほおばるのは、明るく快活な茶色の瞳をした少女。
 名をティアラール・ヒュースリーといい、そうは見えないがこの国の伯爵令嬢の一人だ。だが学園以外ではティアと名乗って冒険者をしている。どうかしても少々ウェーブする茶色の髪が邪魔なため、令嬢として振る舞う時以外は後ろで一つにまとめていた。

「うん。すっごく美味おいしいよ。フワフワだね」

 隣で同じようにケーキを食べるのは、ティアの親友アデル・マランドだ。彼女はフェルマー学園の学園長の血筋に当たる。
 先祖であるフェルマー・マランドは竜人族の男性と結婚していた。そのためアデルには、ひたいの上の方からこめかみにかけてうろこのような硬い皮膚がある。
 光に当たればきらきらと輝くその皮膚は、周りの貴族達には異質なものにしか見えない。そのせいでアデルは両親からもうとまれ、たった一人で誹謗ひぼうや中傷に耐えてきた。だが、ティアと出会ってからは孤独でなくなり、笑顔を絶やさない元気な女の子になっている。

「ありがとうね、キルシュ」
「あ、ああ。また作ってきてやる」

 アデルのまっすぐな瞳と笑顔に動揺しながら応えるのは、キルシュ・ドーバン。国でも屈指の大貴族であるドーバン侯爵家の三男だ。
 ティアと出会った当初は自分よりすぐれた学力を見せる彼女に嫉妬しっとし、敵対心をむき出しにしていた。アデルに会った時も、他の子ども達と同様に『混ざりもの』とバカにしていたのだが、ティアと関わり、アデルとも関係を築いていく中でその認識はすっかり変わっていた。

「キルシュって、アデルに甘いよね~」
「なっ、そ、そんな事はないっ」

 そうやって慌てて否定するところが可愛いのだと、ティアの最近のからかいネタになっている。

「ねぇ、シルキーもそう思わない?」

 ティアは妖精族の一種でこの部屋を管理しているシルキーに問いかけた。言葉を話さないシルキーが答える事はないが、彼女は代わりに行動で示す。
 アデルとキルシュの近くに歩み寄ると、二人の手を取って繋がせ、嬉しそうに笑ってみせた。これにキルシュが顔を真っ赤にさせる。

「っ、なんでっ」
「ほら。シルキーも仲が良いねって言ってるよ」

 ティアが代弁すれば、シルキーがうんうんとうなずく。その手はいまだキルシュとアデルの手を包んでいた。

「そっ、そんっ」
「キルシュどうしたの? 友達なんだもん。仲は良い……よね?」

 キルシュの分かりやすい好意にも気付いていないアデルは不安そうだ。

「もちろんだっ」
「あれぇ? それなら友達の私にちょっと冷たいのはオカシイなぁ」

 ティアが目を細めて、そこをツッコんでやれば、キルシュはさらに動揺し、その後怒り出す。

「それはっ……お前の日頃のおこないが悪いからだ!」
「そう?」

 こうしてキルシュをからかうのは日常茶飯事さはんじである。今は随分素直になったが、いちいちツンツンと突っかかってきた最初の頃がとても懐かしかった。だが、これも愛情の裏返し。ティアにとっては初めてできた同年代の友達なので、こんな他愛のない事を話すだけでも嬉しいのだ。

「さてと、お茶もお菓子も堪能たんのうしたし、そろそろおいとましようかな」
「この、自由人が……」
「何か言った?」
「別に」
「ティアらしいよね」

 アデルが苦笑した。もうかれこれ半年以上の付き合いだ。ティアがどんな性格なのかは、アデルもキルシュも身にしみて分かっている。
 三人は席を立ち、部屋を出ようと歩き出す。すると、シルキーがティアの肩を叩いた。

「どうしたの?」

 振り返ったティアにシルキーが差し出したのは何かの箱だった。真新しい箱は、なんとか片手に載るくらいの大きさで、持ってみるとそれなりの重みがあった。

「何? これ」

 ティアが首をかしげると、シルキーは一枚の紙を箱の上に載せる。そこには一言『預かり物を一つ返す』と書かれていた。

「うん? まぁ、後で開けてみるよ。ありがとうシルキー。また来るから」

 こくりとうなずいた後、シルキーは最近覚えた別れの挨拶あいさつを始める。ティア達を一人ずつギュッと抱きしめるのだ。
 これに男であるキルシュは毎回顔を赤らめていた。

「お姉さん、またね」

 フェルマー・マランドの子孫であるアデルには、特に長めで優しい抱擁ほうようがプレゼントされた。そのあと手を振って別れると、大きな扉がゆっくりと閉じた。
 地下の通路は、行くべき方向を教えてくれる。分かれ道があったとしても、迷わないように光が一つの道を白く照らしてくれるのだ。

「何をもらったんだ?」

 キルシュがティアの手の上にある箱を見つめると、同じようにアデルも覗き込んできた。

「ねぇ、それなんて書いてあるの? なんの……文字?」

 箱と一緒にもらった手紙の文字は、普通の人に読めるものではない。文字というより何かの記号のようだった。

「そっか。妖精の言葉だから読めないよね。あれ? でもシルキーは普通の言葉も書けるのに……なんでわざわざこの文字で……というか、この几帳面きちょうめんな妖精文字はどこかで……」

 ティアは記憶を探る。しかし、そう簡単には検索に引っかからない。なぜならば、その記憶の量は今の年齢に見合ったものではないからだ。
 ティアには前世の記憶がある。サティア・ミュア・バトラール。かつてこの場所にあったバトラール王国という国の第四王女だ。とある事情で国を滅ぼすきっかけを作り、その時に死んだのだが、のちに民達を救った『断罪の女神』としてあがめられるようになった。
 女神となったサティアのたましいは、人々の祈りをかてに絶大な力を手に入れた。そして、前世の記憶を持ったまま生まれ変わったのだ。だが、これを知っているのは前世からの友人達だけだった。

「それで、なんと書いてあるんだ?」

 キルシュが横から尋ねてくるので、ティアは考え事をしながら何気なく答える。

「ああ。『預かり物を一つ返す』だって」
「預かり物? 何が入っているんだ?」
「それが、まったく思い出せなくて……でも、この手の預かり物っていったら、前の私が預けたっぽいし、そうなると不用意に開けられないっていうか」

 その言葉にアデルが不思議そうな顔をする。

「前の? ティア、何言ってるの?」
「え? あ~……なんでもない。とにかく、ここで開けるのは良くない気がするから、安全を考えて外で開ける事にする」

 そう言いつつも、ティアは固く縛られた箱をポンポンと投げながら歩いていく。

「そんな危険な物を軽く扱うなっ」

 当然、常識人なキルシュに怒られるのだった。


     ◆ ◆ ◆


 フェルマー学園の小学部の学生寮。
 そこに帰ってきたティア達は、夕食の後、それぞれの部屋に落ち着く。
 そして皆が寝静まる頃、ティアは一人部屋を抜け出し、一階にある寮監室にもぐり込んだ。

「ティア……夜更よふかしはやめなさいって、いつも言ってるでしょ?」

 そう注意するのは、茶金色のつややかな髪を長く伸ばした細身の男性教師で、名をカグヤという。彼はティアの前世の母親である、マティアス・ディストレアとパーティを組んでいた事がある。
 その時は美しい女性の姿をしていた。狐の獣人族である彼は、容易に姿を変える事ができるのだ。当時はサクヤと名乗り、多くの男をとりこにしていたが、今は本来の姿に戻り、獣人族である事も隠して教師をしている。

「いやぁ、本当は外に出たかったんだけど、怒られると思ったからさぁ。サクねえさん、気になって寝られないでしょ?」
「そ、そうねぇ……って、あんた気付いてたのっ?」
「私が出かけると帰ってくるまで起きて待っててくれてる事? うん。最近はウルさんもそうみたいで、さすがに歳だしウルさんに悪いじゃん。ってか、私ってそんなに信用ないのかな?」

 ティアがウルさんと呼ぶのは、サクヤと同じく教師をしているウルスヴァン・カナートだ。元は王宮の魔術師長であった彼は、年齢と心労を理由に今年退職し、この学園の教師として新たな人生を歩み始めた。彼の心労にはティアが少々どころではなく大いに関わっているのだが、そこは聞かないでやってほしい。思い出すだけでも彼には負担になるからだ。

「当たり前でしょう。最近は落ち着いてきたけど、最初の頃のおびえようったらなかったわよ。あんたが今にも学園を吹っ飛ばすんじゃないかって」
「やだなぁ。学園は吹っ飛ばさないよ。ヤるなら城だね」
「それがダメだって言ってんのっ」

 失礼な話だとティアは思う。どれだけ頭が悪くていらつく生徒がいたとしても、尊敬するフェルマーが作った学園を吹っ飛ばしたりはしない。やるならば国の本丸だ。精霊達の力を借りれば、ここからでも充分狙える。女神のスペックは伊達だてではない。

「まったく。で? それはなんなの」

 サクヤが指さしたのは、ティアが手に持っている箱だ。十字に紐が掛けられ、きつく縛られている。だが、箱も紐も真新しく、古い呪いのような悪い感じは受けない。

「それがさぁ。今日、シルキーにこの紙と一緒に渡されたんだよ」
「へぇ……妖精文字? シルキーがわざわざこれで書かないわよね? 『預かっていた物を一つ返す』……誰に何預けてたのよ」
「それが分からなくて困ってる」

 夕食を食べている間も、昔の記憶を片っ端から漁っていたのだが、いまだにそれらしい物が思い当たらないのだ。

「なら開けてみなさいよ」
「……それこそ学園が吹っ飛ばないか心配なんだけど」
「あんた……一体何を人様に預けてんのよっ!」
「サクねえさんだって呪いのナイフとか持ってたでしょ? それに、私の物じゃないかもしれないじゃん。母様の物だったらどうすんの」
「うっ……」

 サクヤが顔を引きつらせる。そう、心配なのはティアではなく、マティアスの物かもしれないという事だ。

「私が預けた覚えはないんだもん。そうなると、母様の可能性が高いでしょ?」
「た、確かに。ヤバいわね」
「だから持ってきたの。開けていい?」
「なんで今の流れでそうなるのよっ。ダメよ、ダメに決まってるでしょっ。ご近所迷惑を考えなさいっ」

 途端に慌て出すサクヤ。少々心配するポイントがズレているが、それに気付ける者はいない。

「じゃあ、どうすんの?」
「そ、そうねぇ……あんた、透視とかできないの?」
「あ。できるかも……さすが、頭いい」
「もう……普通はできないってツッコむ気力もないわ……」

 透視するなんて芸当は、神属性の魔術によって初めて可能になるものだ。どれだけ魔術に精通していても、普通はできるものではない。

「よしっ。ではっ」

 魔術を発動すると、ティアの瞳が白く妖しく光る。
 箱の中を透視したティアは口を開けて固まった。

「あ……」
「どうしたのよ。そんなとんでもない物が入ってたの?」

 避難すべきなのかと心配になるサクヤ。しかし、ティアは術を解除すると、おもむろに紐をほどいた。

「ちょっ」

 慌てるサクヤだったが、箱の中に入っていた物を見て固まる。

「え? これって……」

 サクヤも見た事があるそれは、鉄でできた武器だった。手にはめてこぶしで敵を沈める『拳鍔けんつば』という武器だ。サクヤは知らないが、かつてティアがドワーフであるダグストールと共に考案して作ったオリジナルのものだった。

「なんで……」

 ティアは信じられないという思いで、それを手に取って見つめる。

「これ、昔持ってたやつよね?」
「うん。舞踏会でつけてるのを兄様達に見つかって、取り上げられたんだけど……やっぱ母様がどっかに預けてたのかな?」

 その昔、兄達に取り上げられた武器。もう存在さえ忘れていたが、今こうして手の中にある。
 あの頃と同じ大きさだ。今のティアの手には少々窮屈きゅうくつだが、冷たさも、手触りも、前世で慣れ親しんだものに間違いない。

「でも妖精文字……もしかして」
「サクねえさん? 心当たりあるの?」
「ちょっとね。それより、これどうすんの?」
「う~ん。今の私には少し小さいんだよね。となると……うん。アデルにあげよう」
「え?」

 思わぬ発言に、サクヤは間抜けな声を出す。アデルとキルシュが冒険者登録をして半年が経つが、親友の少女にこんな凶悪な武器をあげようなんて、よく考えるものだと呆れ顔だ。けれど、ティアにはちゃんと考えがある。

「アデルって、どうも剣は苦手みたいなんだよね~。魔術はさまになってきたし、キルシュと組ませるのも良い感じになってるんだけど、どうしても体が前に出ちゃうんだ。なら、近接戦闘上等! 短剣とコレで良くない?」
「ま、まぁ悪くはないけど……」

 元冒険者として、悪くない戦法だと納得するサクヤ。

「でしょ? って事で、明日は午前中だけの授業だし、放課後に試してみよう。あ、でもそうなると予定が……」

 明日確認しようと思っている事が一つある。これだけは明日中にしなくてはならないので、アデルに拳鍔けんつばの扱い方を教える時間はないかもしれない。
 ティアと、事情を察したサクヤが一緒になって考え込む。

「これの使い方っていうか、戦法を教えられる人がいればいいって事よね? 私も明日は忙しいし……。あっ、でも待って。最近これっぽいのをどこかで見たような……」

 首をかしげるサクヤを見て、ティアもはっと思い当たる。

「そうじゃんっ。いるよ、コレと同じ物を持ってる人っ。よしっ、まずは先生をゲット」

 夜の風が入ってくる窓の方を向いて、ティアは声をかける。

「ねぇ、そこにいるよね? クィーグの血を引く人」

 窓の外にひそんでいた男が、戸惑いながらも姿を見せた。ティアが満足げに笑みを浮かべると、男は窓枠に静かに腰掛ける。
 黒装束を着て口元も隠し、少々くせのありそうな黒髪を持っている。前髪は長く、目が少し透けて見えるくらいだった。

「クィーグ……?」

 サクヤがその名に反応する。それは、サティアが生きていた頃から続く一族。サクヤ達『豪嵐ごうらん』のメンバーとも深い関わりがあった。

「サクねえさん、気付いてなかったの?」
「え、えぇ……だって……あら? ちょっと待って……それっ、その名前ってまさか、アレなの? 本当に?」

 サクヤは信じられないといった様子だ。その名前を持つ者が、まさか学園の警備をしているとは思ってもみなかったようだ。

「なぁに? 物忘れ? アレとかソレで会話するようになると危ないよ?」
「今はそんな事どうでも良いのよっ。クィーグって、どういう事よっ。説明しなさいっ」
「っっっ!」

 動揺しすぎたサクヤが男の胸倉をつかみ、ガクガクと揺さぶった。彼が白目をき始めたので、ティアは慌てて止めに入る。

「サクねえさん、絞まっちゃってるっ。ただでさえ口元の布で息がしづらいんだから、それ以上やったら死んじゃうよっ?」
「だって、そんな素振り今まで見せなかったじゃないっ」

 ようやく手を離したサクヤは、彼らの正体に気付けなかった事がショックだったらしい。

「素振りって、そんな無茶な。サクねえさんだって当時の名前を名乗ってないじゃん。それに、クィーグの人達は人族なんだもん。世代が完全に入れ替わってるし、『豪嵐ごうらん』の事も知らないかもよ?」
「……そうだったわ……ごめんなさい……」

 素直に謝ったサクヤだが、男はそれよりもティアの言葉が気になったようだ。

「……ごうらん……」

 そのつぶやきは、信じられない言葉を聞いたという驚きに満ちていた。無表情だった男の顔も、今はその目に驚愕きょうがくの色が見える。
 そこで、ティアは説明が足りていない事に気付いた。

「あ、ごめんね。色々説明する前に、いくつか確認させてほしいんだけど……まずその腰の武器。それってもしかして、ずっと受け継がれてるの?」
「あ、はい」
「なら、あなたはシルの名も継いでるんじゃない?」
「っ……はい……どうしてそれを……」
「ふぅ~ん……」

 ティアはこの学園に来てから、男の姿を度々たびたび目撃していた。だが、その腰の辺りにチラリと見える物がなんなのかは、しっかりと確認していなかった。
 それが何かを思い出したのは先ほど、本当に偶然だった。たまたま窓の外にいた彼の気配。その中に感じられた魔力の波動が、今は亡き友人の物だと気付いたからだ。
 ここで、サクヤも気付いたらしい。

「ダグの魔力……で間違いないわよね? それに大きさが違うけど、ティアが持ってるのと同じ武器だわ」

 鍛冶師かじしであったドワーフのダグストール。武器を作る時に錬成するはがねや鉄には、作り手の魔力が込められる。そのため、どれだけ時間が経ったとしてもその魔力が残っているのだ。

「うん。いつだったか、シルにあげたの。私のは兄様達に取り上げられちゃったけど……せっかく開発した武器だからさ。使い手は後世に残したいじゃん?」
「……あんたが持つには凶悪すぎたものね……」

 過去、一緒に出かけたクエストでそれを振るうサティアを見た。その時の衝撃を思い出し、サクヤは顔をしかめる。

「あのフィット感が好きだったのに……騎士のアリアにバレて、めっさ怒られたんだよ。コレなら舞踏会でも着けられて、ナイスだと思ったんだけどなぁ」
「ぶ、武闘会の間違いよね?」
「ほら見てよ。ドレスに合うように、細かい飾りまで彫ってもらったのにさ」
「……舞踏会の方だと思う……?」
「……恐らくは……」

 意味が分からない様子ながらも、男はサクヤの問いかけにうなずく。ティアの視線は、彼が気を遣ってティア達にも見えるようにしてくれている拳鍔けんつばへと注がれていた。その視線が大層うらやましそうに見えたのだろう。サクヤがすかさず注意する。

「ティア。あんたの護衛がまた泣く事になるから、使ってみようとか思うのヤメテね」

 苦労性の青年が真っ青になる姿がサクヤの頭には浮かんでいた。言うまでもなく、ティアの護衛兼保護者のルクス・カランだ。

「手応えが直接伝わるから、手加減とかしやすいんだよ。まだ普及してないみたいだし、武器だと認識されないと思うんだよねぇ……やっぱ、舞踏会にも持っていけるよっ。あ、今度お母様にっ……」
「ダメに決まってるでしょっ。自分の母親に、舞踏会で何させるつもり!?」

 楽しい事はとことん広めたい。何よりティアは、手放した武器に再び出会えた事が嬉しかった。

「仕方ない。今度私の分を内緒で用意するくらいで我慢しておく」
「……りないわねぇ……」

 サクヤは呆れ顔だが、ルクスにバレなければ問題ないのだと、ティアは胸を張って主張する。そして、ようやく本題に入った。

「ねぇ、あなた、どうせ私達の担当だよね? これの使い方と戦法をアデル・マランドに教えてくれないかな?」

 クィーグの一族はこの学園の警備と、生徒達の護衛をしている。それぞれ数人の生徒を受け持ち、見守っているようなのだ。そして、シルの名を受け継ぐこの男は、ティアを中心とする仲間達を担当しているらしかった。

「私がですか……?」
「そうっ。ダメ?」

 可愛らしく首をかしげてみせれば、動揺したように男の瞳が揺れる。彼らは陰で見守る者。本来ならば決して姿を見せず、担当の生徒にも気付かれる事なく卒業まで見守るのだ。
 しかし、ティアは学園に入学する以前から彼らの存在を認識しており、最近は目が合う事もしばしばあった。それを踏まえてか、男はすぐに観念する。

「……私でよろしければ……」
「うんっ。よろしく~っ」

 ティアは使えるものは使う主義だ。影の護衛さえも、使えるならば遠慮なく表に引っ張り出す。
 そんなティアを理解しているサクヤだが、一応、彼の意思を確認せずにはいられないらしい。

「ちょっと、いいの? これからこき使われるわよ?」
「はぁ……」

 気のない返事は、多分よく分かっていないせいだ。いずれ存分に後悔してもらおうとティアは思う。

「よぉしっ、これでまたアデルも冒険者としてレベルアップできるねっ」
「なんて生き生きしてんのよ……」

 どうしてこんな事に、とサクヤは項垂うなだれる。仮にも伯爵令嬢であるティアが、最近は侯爵の子息と学園長の縁者を連れて冒険者をしているなどと、誰が信じるだろうか。

「もう少し学園生活をエンジョイしようとか思わないの?」
「それ、どこが面白いの?」
「……もう寝なさい……」

 心底不思議そうに返されたサクヤは、もはや教師らしくさとしてやる気力もないのだった。


     ◆ ◆ ◆


 その夜、ティアは夢を見た。それは世界の記憶。まだ王女サティアだった頃の楽しい思い出だ。
 サクヤの依頼である物を取り返しに来た、盗賊団の宝物庫。
 そこには、大量に貯め込んだ財宝が雑多に置かれていた。

「おぉ……歴史を感じるねぇ」

 宝物庫に入り、中を見回したサティアが発した第一声がこれだ。その量は、この盗賊団が捕まる事なく長く生き延びてきた証拠だった。

「管理はズサンすぎだけどね……」

 本当に雑多に置かれているので、種類ごとに分けるぐらいしろよと言いたくなる。

「見張りも一人しかいなかったし……もうこれは、お好きにどうぞって言ってるようなもんだね。うんっ。お好きにさせてもらいますっ」

 サティアは一人で何度もうなずき、無理やり納得する。


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