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連載
629 晴れの佳き日に
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2017. 11. 24
今日はちょっと長めに。
来週はお休みをいただきます。
**********
ジェルバを見送ってひと月が経った。
いくら神のいる場所に帰ったとしても、ジェルバの存在自体の限界はどうにもできない。それは何故だか確信が持てた。
その後、マティアスは戻って来なかったが、カランタは次の日にはひょっこり戻ってきた。
学園生活に戻り、日常を送る中で、カランタは学園街にある屋敷に滞在している。ヒュースリー伯爵家で一人の使用人として雇われている形だ。
最初はシェリスかサクヤの所に厄介になれば良いと考えていたのだが、ティアの傍にいたいのだというカランタの思いを受けて、フィスターク達がそれならばと屋敷に招いた。
だが、カランタもただでそのまま置いてもらうのでは申し訳がないと、使用人として雇う事になったのだ。とはいえ、ティアの客人であるということには変わりなく、遠慮なく使うというわけではない。
「カランタ様。食器を出していただけますか?」
「うん。これでいいかな? ラキアちゃん」
「はい。奥の大皿もお願いします」
「これだね」
現在、カランタは学園街のヒュースリーの屋敷でラキアの補佐的な役割をしている。
「今日のお茶は僕が淹れても良い?」
「ええ。交代でしたからね。お願いします」
「よぉ~っし。ティアに美味しいって言わせて見せるよっ」
元王様が、娘に張り切ってお茶を淹れようとするようになるとは、誰が予想出来ただろうか。だが、昔は信じられなかったが、マティアスの言っていた泣き虫で少し抜けていて、努力家な人物像と一致する。
今のカランタの姿が本来のサティルなのだとすれば、納得がいった。
ティアは学園から出された課題をやりながら、そんな二人のやりとりをチラリと目の端に捉える。
「甘いですね。ティア様に認められる味を出せるのに、私でも二年はかかりましたよ?」
「うっ、ラキアちゃんでも? ティア……厳しくない?」
ティアへと意見を求めるカランタに、当然の事のように答える。
「極めようとしてる人にお世辞は不粋でしょ」
「ごもっとも……」
ただ上部だけの言葉で満足したいという訳ではないのだ。正直に、忌憚のない意見を言うのが礼儀というものだ。
そこへ、アデルが駆け込んできた。
「ねぇねぇっ、ラキアお姉さん、本当にこれを私が着るの? ってティアっ!?」
「おや、よくお似合いです」
アデルはここにラキア以外がいるとは思っていなかったのだろう。思わず大きな声が出ていた。それに笑いながらティアが感想を口にする。
「ほんとだ。アデル、とっても可愛いよ」
「っ、こ、こんなドレス着たことないよぉ」
アデルは膝丈の薄い青のシンプルなドレスを着ていた。シルプルな中にもフワフワとした濃い青色の大きなリボンが付いていて、同じ色のリボンで髪を結んだらもっと可愛いだろうと思える。
はっきり言って、本当に良く似合っていた。
恥ずかしそうに手でドレスを掴むアデルは、文句なく可愛い。
「もったいない。そういうの似合うよ? ほら、キルシュも感想言いなよ」
振り返れば、テーブルの端で、所在無げに同じように課題をこなしていたキルシュが、真っ赤になったまま固まっていた。否、アデルが目を向けた事で、意味なくパクパクと口を動かしている。
「あ、アデ、アデル……」
「キルシュっ……やっぱり変だよね?」
上目遣いでそう言ってくるアデルの破壊力は抜群だ。特に惚れている相手には。
「きっ、綺麗だ!」
「えっ!? あ、ありがと……っ」
そう言ってアデルは最後に嬉しそうに頬を染め、フワリと裾を膨らませながら着替えに行ってしまった。
言い切ったキルシュに、ティアはお菓子の皿を差し出して労う。
「良く言えたねぇ。えらいえらい」
「っ、なんだよ、その生暖かい目はっ」
「いやぁ、もうさぁ、焦れったいったらないよ。うん、明日はアデルのパートナーって事でよろしく」
「っ!?」
これを受けて、キルシュの頭は盛大に混乱した。あのドレスを着たアデルの隣に明日はずっと居ることになるのだと理解して、赤くなって青くなる。
「お~……見事な狼狽っぷり」
「ティア、あんまりからかっちゃダメだよ」
「はいはい。難しいお年頃ってやつだもんね~」
ティアはそれ以降、キルシュを放置して後少しという課題に取り組んだ。この課題は、ティアとキルシュの特別課題。他の生徒達よりも優秀な二人への教師達の挑戦状だ。
提出期限は一週間後。明日から一週間は長期休暇だ。課題をやれる時間はあると言えばあるのだが、ティアとキルシュには今日を逃すとちょっと難しいという事情があった。
「明日の結婚式、楽しみだね」
カランタが嬉しそうにそう言ってお茶を差し出した。
「ようやくかって気がしないでもないけど、エル兄様も都合が付いて良かったよ」
そう、明日はサルバで結婚式が行われる。その主役はベリアローズとユフィアだ。
「ラキアちゃんの結婚式も楽しみだなぁ」
「ティア様っ、気が早いです」
「そう?」
「まだ、私はティア様のメイドですからねっ」
「わかってるよ」
数年の内には、ラキアもエルヴァストと結婚する事に決まっている。まだ婚約発表は正式に公表されてはいないが、王太子であるレイナルートとヒュリアの結婚が済んだら、それほど間を空けずに結婚する事になるだろう。
それまでは、ラキアはヒュースリー伯爵家の、ティアのメイドでありたいと願っている。
この調子では、結婚した後もなにくれとティアの世話を焼きに来そうだと感じているのはティアだけではないだろう。
「よぉっし、出来た! さて、明日からの準備に取り掛かりますか」
楽しい結婚式になりそうだ。
◆◆◆◆◆
サルバは完全にお祭り騒ぎだった。
神に祝福されているかのように、良く晴れたこの日、ベリアローズとユフィアは結婚の儀を迎えようとしていた。
「ベル、良く似合っているぞ」
「ありがとうございます、お祖父様」
祖父ゼノスバートが涙ぐんでいるように見えるのは気のせいではない。思えば、数年前までベリアローズが結婚することなど不可能なのではないかと世界を悲観していた。
それがどうだろう。立派な継嗣として真っ直ぐに背を伸ばして、婚礼の衣装を着て立っているベリアローズは、自信を持ち、本気で愛することのできる女性を手に入れようとしている。
「くっ、ローザがこれを見たらっ……っ」
「お、お祖父様……」
完全に溢れ出た涙を腕で拭いながら、ゼノスバートは胸元にある今は亡き妻の遺影の入ったロケットを握り締めていた。
「ゼノ様。服が汚れます」
「おうっ、だってなぁっ」
「落ち着いてください。ほら、そろそろ来賓の方々をお迎えいたしませんと」
「リジッドぉぉぉぉっ、これが喜ばずにいられるかぁぁぁっ」
「わかりましたから、行きますよ」
面倒くさそうにリジットはゼノスバートを連れて部屋を出て行った。
部屋に残されたのは、それまで黙って壁際に立っていたルクスだ。
「ルクスは行かないのか?」
「一応は形だけでも護衛を付けるのが普通ですよ。今日は俺がベル様の護衛です」
「そうか……」
ルクスは苦笑しながら近付いて来ると、ベリアローズの手元のリボンを結び直した。
「これで完璧です。どこからどう見ても……王子様ですね」
「……ルクス……」
「なんです? ベル様はもう少し自信を持ちましょう。もっと堂々と、自身が王であるかのように胸を張るべきです」
「いや……それは難しいぞ……」
弱ったような表情を見せれば、ルクスはククっと笑う。
「少なくても、今日くらいは堂々とされないと、ティアにからかわれますよ」
「うっ……努力する……」
今日ベリアローズとユフィアが主役なのだ。そして、次期領主としてのお披露目的な役割もある。今日だけは精一杯、見栄を張っておくべきだろう。
緊張のせいで体が固まってきたベリアローズを見て、ルクスは思い出したかのように窓の外へ目を向けて話す。
「町は凄いことになっていますよ。まるで王族の結婚式があるようだとエル様が笑っておられました」
「エル……完全に他人事か……」
この国の優秀な第二王子は、きっと久し振りに王宮から解放されたことを喜び、楽しんでいる事だろう。
ますます緊張してきたと肩を硬ばらせるベリアローズにルクスが呆れていると、ドアがノックされ同時に少しだけ隙間が開く。
「用意できた? お兄様」
「ティア……」
可愛らしいというより、最近急にまた大人びて美しくなったティア。
今日は髪を器用に編み込み後ろにまとめている。茶色の髪は父であるフィスタークと同じだ。しかし、瞳の色は赤みがかった不思議な色合いになっていた。
本当はあの伝説の赤髪の冒険者と同じく、髪も赤くなっている事を知ったのはつい最近だった。
魔力が強くなり過ぎたための『魔力焼け』なんだと説明されたが、それだけではない事をベリアローズやティアを知る者達はなんとなく察している。
天使は傍にいるし、時折見せる絶対的強者のような態度。多くの者を魅了してやまないカリスマ性。それらが否が応なしに彼女が女神のようだと思わせる。
本人は必死で隠しているようだが、無駄な足掻きだ。
「今日はまた……可愛らしい色のドレスだな」
淡いピンクよりも少し紅みがかったドレスだった。
「サク姐さんとカル姐が選んだの。目に痛いくらいの紅色のドレスになるとこだったけどね……」
「それは……」
見てみたい気もするが、遠慮してもらって良かったとベリアローズは胸を撫で下ろす。するとすかさずティアはいつもの調子でからかいにきた。
「お兄様は、立派に王子様だね。これはもう張り切って、他の国や町から来た人達が勘違いするくらい派手に盛り上げないとね」
「やめてくれ。寧ろティアは大人しく頼む」
ティアが張り切れば大変なことになる。
「やだよ。大人しくしてたらまた女神だ聖女だって騒がれるんだ。だから気付いたんだ。今日こそが仮面を脱ぐ日だって!」
「脱ぐな! 何でよりにもよって今日なんだ!」
「お兄様とお姉様の記念日だよ!? 今日やらずしていつやる!」
「分かってて決めただろ!!」
最悪だと頭を抱えるしかない。なぜ祝福されるべきこの日に多くの者が心を折られなくてはならないのか。
すっかり見ものに回っていたルクスが助け舟を出してくれる。
「まぁまぁ、ベル様もいい具合に緊張がほぐれたようで。ティアはそろそろ会場の方見に行くんだろ?」
「そうだった。神殿の方の警備を確認してくるよ」
「えっ、ティアが?」
「言ったじゃん。仮面を脱ぐ日だって☆ じゃぁね~」
ヒラヒラと手を振りながらドアを閉めたティア。これにベリアローズは顔色を変える。
「まさか……っ、ル、ルクス止めっ」
「無理です」
「即答!?」
大変な一日になりそうだった。
**********
舞台裏のお話。
ユメル「ティア様が生き生きしておられますね」
ゲイル「お、あのドレス姿で出掛ける気か?」
ユメル「本当ですねぇ。珍しい」
カヤル「あれ? ねぇ、ユメル。良いのかな?」
ユメル「なにが?」
カヤル「だって、伯爵令嬢のティアラール様は、サルバでは病弱で深窓のお姫様だよ?」
ゲイル「……あ……」
ユメル「……そういえば……っ」
カヤル「あ~、でもそろそろ時効だよねってティア様が言ってたか」
ユメル「時効?」
カヤル「うん」
ゲイル「……ま、まぁ、何とかなるか」
ユメル「……リジットさんに一応報告しておこうかな」
ゲイル「そうだな。もう仕方ねェ!」
つづく?
なんて事が起こってましたとさ☆
読んでくださりありがとうございます◎
混乱しそうですけどね。
色々吹っ切っています。
次回、こんな所ですみませんが
一週休ませていただきます……。
次は再来週8日0時です。
よろしくお願いします◎
今日はちょっと長めに。
来週はお休みをいただきます。
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ジェルバを見送ってひと月が経った。
いくら神のいる場所に帰ったとしても、ジェルバの存在自体の限界はどうにもできない。それは何故だか確信が持てた。
その後、マティアスは戻って来なかったが、カランタは次の日にはひょっこり戻ってきた。
学園生活に戻り、日常を送る中で、カランタは学園街にある屋敷に滞在している。ヒュースリー伯爵家で一人の使用人として雇われている形だ。
最初はシェリスかサクヤの所に厄介になれば良いと考えていたのだが、ティアの傍にいたいのだというカランタの思いを受けて、フィスターク達がそれならばと屋敷に招いた。
だが、カランタもただでそのまま置いてもらうのでは申し訳がないと、使用人として雇う事になったのだ。とはいえ、ティアの客人であるということには変わりなく、遠慮なく使うというわけではない。
「カランタ様。食器を出していただけますか?」
「うん。これでいいかな? ラキアちゃん」
「はい。奥の大皿もお願いします」
「これだね」
現在、カランタは学園街のヒュースリーの屋敷でラキアの補佐的な役割をしている。
「今日のお茶は僕が淹れても良い?」
「ええ。交代でしたからね。お願いします」
「よぉ~っし。ティアに美味しいって言わせて見せるよっ」
元王様が、娘に張り切ってお茶を淹れようとするようになるとは、誰が予想出来ただろうか。だが、昔は信じられなかったが、マティアスの言っていた泣き虫で少し抜けていて、努力家な人物像と一致する。
今のカランタの姿が本来のサティルなのだとすれば、納得がいった。
ティアは学園から出された課題をやりながら、そんな二人のやりとりをチラリと目の端に捉える。
「甘いですね。ティア様に認められる味を出せるのに、私でも二年はかかりましたよ?」
「うっ、ラキアちゃんでも? ティア……厳しくない?」
ティアへと意見を求めるカランタに、当然の事のように答える。
「極めようとしてる人にお世辞は不粋でしょ」
「ごもっとも……」
ただ上部だけの言葉で満足したいという訳ではないのだ。正直に、忌憚のない意見を言うのが礼儀というものだ。
そこへ、アデルが駆け込んできた。
「ねぇねぇっ、ラキアお姉さん、本当にこれを私が着るの? ってティアっ!?」
「おや、よくお似合いです」
アデルはここにラキア以外がいるとは思っていなかったのだろう。思わず大きな声が出ていた。それに笑いながらティアが感想を口にする。
「ほんとだ。アデル、とっても可愛いよ」
「っ、こ、こんなドレス着たことないよぉ」
アデルは膝丈の薄い青のシンプルなドレスを着ていた。シルプルな中にもフワフワとした濃い青色の大きなリボンが付いていて、同じ色のリボンで髪を結んだらもっと可愛いだろうと思える。
はっきり言って、本当に良く似合っていた。
恥ずかしそうに手でドレスを掴むアデルは、文句なく可愛い。
「もったいない。そういうの似合うよ? ほら、キルシュも感想言いなよ」
振り返れば、テーブルの端で、所在無げに同じように課題をこなしていたキルシュが、真っ赤になったまま固まっていた。否、アデルが目を向けた事で、意味なくパクパクと口を動かしている。
「あ、アデ、アデル……」
「キルシュっ……やっぱり変だよね?」
上目遣いでそう言ってくるアデルの破壊力は抜群だ。特に惚れている相手には。
「きっ、綺麗だ!」
「えっ!? あ、ありがと……っ」
そう言ってアデルは最後に嬉しそうに頬を染め、フワリと裾を膨らませながら着替えに行ってしまった。
言い切ったキルシュに、ティアはお菓子の皿を差し出して労う。
「良く言えたねぇ。えらいえらい」
「っ、なんだよ、その生暖かい目はっ」
「いやぁ、もうさぁ、焦れったいったらないよ。うん、明日はアデルのパートナーって事でよろしく」
「っ!?」
これを受けて、キルシュの頭は盛大に混乱した。あのドレスを着たアデルの隣に明日はずっと居ることになるのだと理解して、赤くなって青くなる。
「お~……見事な狼狽っぷり」
「ティア、あんまりからかっちゃダメだよ」
「はいはい。難しいお年頃ってやつだもんね~」
ティアはそれ以降、キルシュを放置して後少しという課題に取り組んだ。この課題は、ティアとキルシュの特別課題。他の生徒達よりも優秀な二人への教師達の挑戦状だ。
提出期限は一週間後。明日から一週間は長期休暇だ。課題をやれる時間はあると言えばあるのだが、ティアとキルシュには今日を逃すとちょっと難しいという事情があった。
「明日の結婚式、楽しみだね」
カランタが嬉しそうにそう言ってお茶を差し出した。
「ようやくかって気がしないでもないけど、エル兄様も都合が付いて良かったよ」
そう、明日はサルバで結婚式が行われる。その主役はベリアローズとユフィアだ。
「ラキアちゃんの結婚式も楽しみだなぁ」
「ティア様っ、気が早いです」
「そう?」
「まだ、私はティア様のメイドですからねっ」
「わかってるよ」
数年の内には、ラキアもエルヴァストと結婚する事に決まっている。まだ婚約発表は正式に公表されてはいないが、王太子であるレイナルートとヒュリアの結婚が済んだら、それほど間を空けずに結婚する事になるだろう。
それまでは、ラキアはヒュースリー伯爵家の、ティアのメイドでありたいと願っている。
この調子では、結婚した後もなにくれとティアの世話を焼きに来そうだと感じているのはティアだけではないだろう。
「よぉっし、出来た! さて、明日からの準備に取り掛かりますか」
楽しい結婚式になりそうだ。
◆◆◆◆◆
サルバは完全にお祭り騒ぎだった。
神に祝福されているかのように、良く晴れたこの日、ベリアローズとユフィアは結婚の儀を迎えようとしていた。
「ベル、良く似合っているぞ」
「ありがとうございます、お祖父様」
祖父ゼノスバートが涙ぐんでいるように見えるのは気のせいではない。思えば、数年前までベリアローズが結婚することなど不可能なのではないかと世界を悲観していた。
それがどうだろう。立派な継嗣として真っ直ぐに背を伸ばして、婚礼の衣装を着て立っているベリアローズは、自信を持ち、本気で愛することのできる女性を手に入れようとしている。
「くっ、ローザがこれを見たらっ……っ」
「お、お祖父様……」
完全に溢れ出た涙を腕で拭いながら、ゼノスバートは胸元にある今は亡き妻の遺影の入ったロケットを握り締めていた。
「ゼノ様。服が汚れます」
「おうっ、だってなぁっ」
「落ち着いてください。ほら、そろそろ来賓の方々をお迎えいたしませんと」
「リジッドぉぉぉぉっ、これが喜ばずにいられるかぁぁぁっ」
「わかりましたから、行きますよ」
面倒くさそうにリジットはゼノスバートを連れて部屋を出て行った。
部屋に残されたのは、それまで黙って壁際に立っていたルクスだ。
「ルクスは行かないのか?」
「一応は形だけでも護衛を付けるのが普通ですよ。今日は俺がベル様の護衛です」
「そうか……」
ルクスは苦笑しながら近付いて来ると、ベリアローズの手元のリボンを結び直した。
「これで完璧です。どこからどう見ても……王子様ですね」
「……ルクス……」
「なんです? ベル様はもう少し自信を持ちましょう。もっと堂々と、自身が王であるかのように胸を張るべきです」
「いや……それは難しいぞ……」
弱ったような表情を見せれば、ルクスはククっと笑う。
「少なくても、今日くらいは堂々とされないと、ティアにからかわれますよ」
「うっ……努力する……」
今日ベリアローズとユフィアが主役なのだ。そして、次期領主としてのお披露目的な役割もある。今日だけは精一杯、見栄を張っておくべきだろう。
緊張のせいで体が固まってきたベリアローズを見て、ルクスは思い出したかのように窓の外へ目を向けて話す。
「町は凄いことになっていますよ。まるで王族の結婚式があるようだとエル様が笑っておられました」
「エル……完全に他人事か……」
この国の優秀な第二王子は、きっと久し振りに王宮から解放されたことを喜び、楽しんでいる事だろう。
ますます緊張してきたと肩を硬ばらせるベリアローズにルクスが呆れていると、ドアがノックされ同時に少しだけ隙間が開く。
「用意できた? お兄様」
「ティア……」
可愛らしいというより、最近急にまた大人びて美しくなったティア。
今日は髪を器用に編み込み後ろにまとめている。茶色の髪は父であるフィスタークと同じだ。しかし、瞳の色は赤みがかった不思議な色合いになっていた。
本当はあの伝説の赤髪の冒険者と同じく、髪も赤くなっている事を知ったのはつい最近だった。
魔力が強くなり過ぎたための『魔力焼け』なんだと説明されたが、それだけではない事をベリアローズやティアを知る者達はなんとなく察している。
天使は傍にいるし、時折見せる絶対的強者のような態度。多くの者を魅了してやまないカリスマ性。それらが否が応なしに彼女が女神のようだと思わせる。
本人は必死で隠しているようだが、無駄な足掻きだ。
「今日はまた……可愛らしい色のドレスだな」
淡いピンクよりも少し紅みがかったドレスだった。
「サク姐さんとカル姐が選んだの。目に痛いくらいの紅色のドレスになるとこだったけどね……」
「それは……」
見てみたい気もするが、遠慮してもらって良かったとベリアローズは胸を撫で下ろす。するとすかさずティアはいつもの調子でからかいにきた。
「お兄様は、立派に王子様だね。これはもう張り切って、他の国や町から来た人達が勘違いするくらい派手に盛り上げないとね」
「やめてくれ。寧ろティアは大人しく頼む」
ティアが張り切れば大変なことになる。
「やだよ。大人しくしてたらまた女神だ聖女だって騒がれるんだ。だから気付いたんだ。今日こそが仮面を脱ぐ日だって!」
「脱ぐな! 何でよりにもよって今日なんだ!」
「お兄様とお姉様の記念日だよ!? 今日やらずしていつやる!」
「分かってて決めただろ!!」
最悪だと頭を抱えるしかない。なぜ祝福されるべきこの日に多くの者が心を折られなくてはならないのか。
すっかり見ものに回っていたルクスが助け舟を出してくれる。
「まぁまぁ、ベル様もいい具合に緊張がほぐれたようで。ティアはそろそろ会場の方見に行くんだろ?」
「そうだった。神殿の方の警備を確認してくるよ」
「えっ、ティアが?」
「言ったじゃん。仮面を脱ぐ日だって☆ じゃぁね~」
ヒラヒラと手を振りながらドアを閉めたティア。これにベリアローズは顔色を変える。
「まさか……っ、ル、ルクス止めっ」
「無理です」
「即答!?」
大変な一日になりそうだった。
**********
舞台裏のお話。
ユメル「ティア様が生き生きしておられますね」
ゲイル「お、あのドレス姿で出掛ける気か?」
ユメル「本当ですねぇ。珍しい」
カヤル「あれ? ねぇ、ユメル。良いのかな?」
ユメル「なにが?」
カヤル「だって、伯爵令嬢のティアラール様は、サルバでは病弱で深窓のお姫様だよ?」
ゲイル「……あ……」
ユメル「……そういえば……っ」
カヤル「あ~、でもそろそろ時効だよねってティア様が言ってたか」
ユメル「時効?」
カヤル「うん」
ゲイル「……ま、まぁ、何とかなるか」
ユメル「……リジットさんに一応報告しておこうかな」
ゲイル「そうだな。もう仕方ねェ!」
つづく?
なんて事が起こってましたとさ☆
読んでくださりありがとうございます◎
混乱しそうですけどね。
色々吹っ切っています。
次回、こんな所ですみませんが
一週休ませていただきます……。
次は再来週8日0時です。
よろしくお願いします◎
応援ありがとうございます!
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