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第九章

346 少し休むべきです

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一番初めに確認したのは、シンリームだ。不安げな表情でゆっくりと息を吐く。色々と衝撃だったようだ。

「その……代償だけど……スキルが無くなるって……無くなるなんてことってあるの? それに……寿命って……」

スキルは失うことはない。何かに統合されて名称が消えることはあるが、あくまで集約されるために消えるだけで、無くなったわけではなかった。歳を取ったとしても、スキルはそのまま。

もちろん、使えなくはなってくる。戦闘スキルは、体が追いつかなくなるのだ。それでも、完全に無くなるわけではない。防衛本能が働き、体が耐えうる限りの威力は出すことが可能だ。

「本当にスキルが無くなります。魔法も使えなくなり、振るえていた剣も型が分からなくなると聞きました。魔力量も生まれた時の量に戻ると。分かりやすくいえば、全ての能力が生まれた時の状態に戻るということです」
「……体力とかも……?」
「はい。一からやり直して反省しなさいということですね」

中身は全部リセットされる。それが罰だ。

「そんなこと……彼に……誰がやったの?」

そんなことになる人は誰なのか。誰もが気になるだろう。コウヤはもう気付いていた。サニールと繋がっているのが見えるのだ。

「声が出せなくなったのは、このまじないに抵抗したためですから、同意ではないのは確かですね」
「……っ」

躊躇いながらも、サニールは頷いた。その様子から、まじないをかけた相手を慮っているのがわかった。しかし、かけてしまった以上、取り消すことはできない。

「そもそも、ただの人族には無理なものです。膨大な魔力を必要としますから」
「ただのって……」
「……っ」

それはどういうことか。疑問に思うのは無理もない。

「記録も残していた可能性を考えると、現代なら……エルフ族……それも純血種でしょうね」
「エルフ……」

冒険者であっても、エルフなどの異種族と出会うことは、今の時代ではほとんどない。

現在、表に出てきているエルフやドワーフ族の者は、人との混血だ。タリスもそうだし、グランドマスターとなったシーレスも、正確には純血ではない。

神教国が差別意識を植え付けたらしく、純血種は隠れ里に引っ込んでしまったのだ。血が濃い者ほど変化を嫌う。閉鎖的になる。寿命も長いし、魔力も高い。そして、神であるコウルリーヤを倒した人を心底憎んでいる。

エルフ族は特に、薬学も魔法も、コウルリーヤの加護を受けられるほど極めていたのだ。その加護を失くす原因を人が作ったのだから、恨むのも当たり前だ。

「お弟子さんとして連れていた方はエルフの純血種なんですよね」
「っ……!」

一度だけ見たその青年。人だからとして、ベニ達をも忌々しそうに見ていたのを知っている。共にいる妖精が、そんな態度のフォローをしていたのも分かっていた。とても、悲しそうにしながら、子どもに必死で諭す母親のように見えたのを覚えている。

サニールは小さく頷いて見せる。ゆっくりと目が合った所で、コウヤはまた続けた。

「覗き見みたいなものでしたけど、あなたに対する態度も、ちょっと当時は気になって……ばばさま達がサニールさんの弟子だって言ったのが、すごく印象に残っていたんです」
「……っ」

師弟の関係と聞いて、あまりにも違和感があった。妖精が側に居たということもあるが、そちらの態度の方が不快で、幼いながらに覚えていたのだ。

「彼がこのまじないをかけたことは、分かっていますよね?」
「…………っ」

少しの躊躇ためらいがあった。俯いて、頷く様子から、信じたくないという想いも感じられる。どんな態度を取られても、サニールにとっては、大事な弟子だったのだろう。

そもそも、剣士が弟子を取るのは一人だと聞く。自身の磨いてきた技を、ただ一人、唯一の弟子に継承するのを誇りとしているらしいのだ。だから、きっとサニールにとっても、彼は唯一無二の弟子だったのだろう。

そんな弟子に裏切られたようなものなのだ。落ち込む気持ちも分かる。

「恐らくですが……あなたは何か特別な奥義のようなものを、彼に伝授しようとしたのではありませんか?」
「っ……!」

なぜ分かるのかと、顔を上げたサニールの目は、大きく見開かれていた。

「その伝えようとする所を利用したのでしょう。いくらスキルを半ば奪うといっても、きっかけは必要となります。『与えよう』とする思いが相手側に生じない限り、発動しません。最初から、無理のある魔法ですからね」
「……」

『貸し与えよう』という同意がなければ成立しない魔法を、更に歪めたもの。けれど、誰彼構わず奪えるというものではない。だから、隙は必要だ。

心を許し、自分の持っている技術を与えようとするその想いを利用したのだ。

それを察したのだろう。サニールは、目を見開いたまま、静かに涙を落とした。

恐らく、最初からサニールのスキル目当てで彼は弟子になった。それが分かってしまったのだ。時折見せた妖精の、悲しそうな表情の意味がコウヤにもここで理解できた。こんなことを決してさせたくなかったのだろう。変わって欲しいと願っていたのかもしれない。危ういからこそ、きっと側に居たのだ。

それまで静かに聞き役に徹していたニールも、全てを悟った。

「……叔父上……」

サニールは傷付いていた。可愛がっていた弟子だけでなく、これまで育ててきたスキルも奪われたのだから。全てのスキルではなく、剣術などの戦闘スキルだけのようだが、憔悴する様子にも頷ける。

「声だけは取り戻せると思います。ただ、心の整理も必要です。あなたは今、とても疲れている。少し休むべきです」
「……」

コウヤはハンカチを取り出して彼に差し出した。それを、呆然と反射的にサニールは受け取る。

「ここへ来たのは、ばばさまと……ニールに会いに来たんですよね?」
「っ……」
「え……」

ニールが後ろで驚いたような声を上げる。サニールは俯いてしまった。恥ずかしかったのだろう。ハンカチを握りしめて目を逸らす。

「ふふっ。ばばさま達が、あなたが帰ってから言ってました。『可愛がってた甥っ子に嫌われたのが相当堪えたらしい』って。弟子にしたかったのは、ニールですよね?」
「っ……!」

真っ赤になった。表情が出るのはいい事だ。それを狙ったとはいえ、少しからかい過ぎたかもしれない。とはいえ、これで回復の見込みは出てきた。

だが、同時にニールの方まで動揺させてしまったらしい。

「え……お、叔父上?」
「っ……」

おじさんがもじもじするのはどうかと思うが、コウヤには微笑ましく思えた。

「まあまあ、ニール落ち着いて。本心を聞くのは、声が戻ってから二人でね」
「あ……はい……」

ニールも恥ずかしそうに頬を染めたのを見て、コウヤはクスクスと笑った。

「それじゃあ、テンキ」
《はい。お呼びですか》

休憩所から少し離れた場所に目を向けたコウヤの声に応え、そこにテンキが本来の小さな狐の姿で転移してきた。少し前から念話で呼ぶことを伝えていたのだ。

「うん。まじないを少し弱める。手伝って」
《承知しました。それとは別に、一つご報告もございます。後ほどよろしいですか?》
「分かった」

そうして、サニールにかけられたまじないを少し弱める。やろうと思えば、神の力で解くことも可能だろう。だが、それをしてしまえば、正しく罰も発動しない。そこは今は保留だ。

「うん。これで少しずつ出るようになるよ」
「っ……ぁ……ぁぃ……と……」
「どういたしまして」

ありがとうと言いたいのはわかった。心の問題もあるので、そこはゆっくりやっていけば大丈夫だろう。

「それで? テンキ。報告って?」
《はい。エルフ族、ドワーフ族、獣人族が神教国に対して、宣戦布告をしたようです》
「……ん?」

理解できなかった。それで、テンキは尚も続ける。

《精鋭達が国を包囲したため、ベニ様方が、民達を急ぎ回収しながら戻られます》
「……うん?」

何がどうなったのか、訳が分からない。だが、恐らくサニールの弟子であった彼がそこに居そうなのはコウヤだけでなく、ニール達も察したようだった。

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二日空きます。
よろしくお願いします◎
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