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剣の聖地
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「ふぅー…」
大きく白い息を吐き出す。
標高3000mの朝は寒い…と言うか年中寒い。
それでも太陽が見えれば、多少は寒さも和らぐけど、今はまだ早朝、日の出前だ。
普通の人なら、火や毛布にくるまって暖を取って凌ぐのが普通だが、このホリシア連峰にある三ツ山で暮らして三年になるバンゼルからすれば、少し寒いかな?と言う程度だ。
氷のように冷たい水で顔を洗い、朝の空気を肺に充填すると、同門生のキリカを起こしに向かう。
この剣神流道場では、序列三位以上になると、小さいが個室を貰える。
序列四位は十人いるが、少し大きめのベッドがある部屋で、五位は大部屋、六位以下は道場で雑魚寝だ。
入門したばかりの子達なんかは、凍傷に掛かる者もいるくらいだ…
12歳で、剣聖ガリフォンに拾われ道場に住んで三年、身長の伸び率は怪しくなってきたが、剣の腕は日々上達を実感できている。
そんな彼が抱く"今"の目標は、当然、序列二位への昇格だが…
最終目標は、自分の故郷を破壊し、両親や兄弟を皆殺しにした悪魔に復讐をする事だ。
「おはようございますっ!」
「うん。おはよう!」
自分より年下の子弟達が、すれ違い様に挨拶をしてくる。
ここでは、滞在年数や年齢より実力が優先される為、序列が上の人間には敬意が払われる。
バンゼルも最初は喋り辛さを感じたりもしたが、四位に上がった時には、それが普通だと思うようになっていた。
…トントントン
「キリカ起きて…もう朝稽古の時間だよ」
「…う~ん。…あと二時間…」
「…はぁ。」
毎朝のやりとりに溜息をついて、無言で部屋の扉をスライドさせて開ける。
…⁉︎
「きゃっ!変態!毎朝入ってこないでよ!」
「…じゃあ、一発で起きようよ?」
キリカが文句を言いながら投げつける、目覚ましや枕をキャッチして床に置くと「じゃあ、いつもの道場で待ってるよ」と、言い残して部屋を後にする。
道場へ歩きながらバンゼルは考える。
…なんで寝起きを見られるのは恥ずかしいんだろう?
稽古が終わったら、上はシャツ一枚で歩いてたりするのに…ほんと変わってるよなぁ
まぁ女の子で、こんな山奥に籠るような生活をしてるんだから、普通じゃ無理だよね。
いつもと同じ疑問を、いつも通りの解答で自分に言い聞かせると、一礼してから道場に入る。
竹刀を持った三人が、バンゼルが来たのを見て近づいてきた。
彼等は序列四位の者達で、毎朝稽古をお願いしにくるのだ。
「おはようございます。バンゼル先輩、今日もキリカさんが来るまで、指導いいですか?」
「あぁ、構わないよ。」
そう言うと、バンゼルは壁に掛けてある竹刀を取り、軽く素振りをする。
そして、一つ頷くと開始の合図だ。
三人は三角になるように彼を囲む。
バンゼルは腰を落とし、正眼に構えると微動だにしない。
「はぁっ!」
まず動いたのは獣族の少年だ、右斜め後ろから横薙ぎの一閃を猛スピードでお見舞いする。
が、バンゼルは知っていたかの様に…正確に竹刀で払い飛ばす。
それを見計らって魔族の青年が、上段からの鋭い一撃を放とうとするも、振り向きざまに放たれたバンゼルの一閃が、腹を直撃し吹き飛ぶ。
「ひゅっ!」
短いモーションの後、攻撃の隙を狙って突きを放つ少年の竹刀は、バックステップをしたバンゼルの腹を掠め躱される。
「花鳥風月!」
お返しとばかりに、バンゼルが乱撃スキルを放ち倒れる少年。
「行運流水!」
スキルの終わった直後を狙った、獣族の少年が流れるような連撃スキルを放つが…
綺麗に捌かれて肩口に一閃入れられ崩れ落ちる。
「ふぅ…」
大きく息を吐いたバンゼルは、起き上がって来た三人に、動きが鋭くなってるね、と褒めた後、連携や攻撃のタイミングを指導していく。
その後は一対一の稽古を順番にしていると、「ふぅわぁぁ」と欠伸をしながらキリカが入ってきた。
「「おはようございますっ!!」」
「ん、おはよう。」
キリカの入場に、道場の熱が上がる。
何故なら、彼女はキツそうな顔はしているが、中々の美人だからだ!
男ばかりのムッサイ道場で女性、しかも憧れるくらいの実力を持つ女の子が居れば、男子はそれだけで頑張ってしまうものだ…
しかし、当の本人はそんな男心に気付く様子も無く、スタスタとバンゼルに向かっていく。
「道場に入る時は一礼でしょ?」
「あれー?そうだっけ?」
いつも通りの反応に、バンゼルは注意を続けるのを早々に諦める。
キリカは竹刀を取ると「さっ、はじめましょ!」そう言い放ち、構えをとる。
左足を前に出した、最下段の構えで…見る者によっては、野獣のようにすら感じるかもしれない威圧感を放つ。
しかし、バンゼルは至って普通に、油断の無い表情で正眼に構えるだけだ。
……
それからしばらく続いた二人の稽古は、周りにいり門下生達の手を止めてしまう…
それ程、毎回激しくも、美しさすら感じるような打ち合いだからだ。
「はぁはぁっ、はぁ…」
「ふぅーふぅ…」
激しい打ち合いに二人は息を整える…互いに必勝のタイミングで次の一撃を放つために。
「「でぇやぁぁ!」」
ドスッ!
同時に放たれた必殺の一撃は…キリカの横薙ぎは腹を捉え、バンゼルの打ち下ろしは肩に落ちる。
カンッ…
二人は同時に竹刀を床につき、動きを止める。
「…くっそー、また引き分けかぁ」
「キリカは動きが大雑把過ぎるよ」
「うっるさいわねぇー…あんたの動きがつまんないのよ!」
…
二人の稽古が終わり、皆がそれぞれに稽古を再開していく姿を横目に、二人は思った事を言い合う。
バンゼルは理詰めに動き、無駄を省いていくスタイルで、キリカは直感や本能を前面に出した予測し難い動きで攻めるスタイルだ。
自分には無いスタイルを持つ相手との意見交換はとても貴重で、体を動かした後の舌戦にも力が入る…
と、入り口から二人を呼ぶ声がする。
「えっ!?し、師匠!」
「あっ、はい!ただ今!」
二人は珍しい訪問者の元に駆けて行き、要件を尋ねると…「昇格試験をしてやる」と、突然言われ唖然とする。
だが、すぐにキリカは瞳に炎を燃やして「何をすればいいんですか!?」と、やる気満々の様子だ。
バンゼルも、気まぐれな師匠が何を言い出すのかと、身構えて静かに答えを待つ。
「引きこもりのバカを二人で倒せれたら、お前らは二位に昇格だ。」
「な…なるほど。」
バンゼルは唸る。
…たしかに、師匠に一本入れるとかよりは現実的だけど、ジゼール先輩をキリカと倒すって…かなり厳しいと思うんだけど。
「もちろん、やりますっ!!」
キリカの返事を聞いて、バンゼルとしても断る気は無いが…まずは、ジゼールを部屋から誘き出す事から考えないといけないな…と頭を悩ませる。
「お師匠様、それでは四の間で試験を受けても良いですか?」
「ん?…あぁ、アホの部屋から一番近いからか。構わんぞ」
ガリフォンの了承を得ると、バンゼルはキリカに耳打ちをする。
「こ、こしょばいわよ…」
若干頬を赤らめるキリカを無視して、ターゲットを部屋から試験会場に誘い出す作戦を伝える。
「えぇ…それ、結構恐ろしいわよ?」
「でも、単純にお願いしても無駄でしょ?」
キリカはガックリと肩を落として、仕方ないか…と了解の意味で手を上げて答える。
…
二人は早速行動を開始した。
師匠が四の間の道場に着いて、試合が開始されないと、試験自体キャンセルされてしまう恐れがあるからだ。
そうならないように、素早くジゼールの部屋の前まで来ると、真剣を使って戸の鍵を叩っ斬る。
…カンカンッカン!
「…んなっ!?」
部屋の中から人の声がするが、当然無視して強行突入する二人は「何やってんだ!」と騒ぐ先輩を放置して…
彼の最大の宝物…ストーブのような魔法道具を運び出す。
「ぐぅおらぁあ!!何しやがんだテメーラァァ!!」
叫び声を背に、バンゼルが手袋をして運び、キリカが時間稼ぎに扉につっかえ棒を差し入れる。
…ドンドン…ドカッ!
しかし、扉はすぐに蹴破られ、鬼の形相をしたジゼールが追いかけて来る!
なんとか、四の間まで逃げ込むと、ガリフォンの横にストーブを置くバンゼル。
「テメーラ、返しやがれぇぇ!」
……
道場に押し入ったジゼールは、先程までの勢いは何処へやら、ガリフォンを見て停止する。
「おう、引きこもり…試験だ、手伝え」
それだけ言うと、ガリフォンは顎をしゃくり、二人に竹刀を取って撃ち込めと指示を出す。
「「……」」
二人は竹刀を構える。
「…へっ?いや、俺の分は?」
丸腰で追い掛けて来たので、武器を持たないジゼールは、焦って壁の竹刀を取ろうと後ろを向く。
「でぇぇやぁっ!」
「はぁっ!!」
二人がその隙を逃すはずも無く、袈裟斬りと突きが同時に放たれる。
「舜転身」
…ヒュッ…スカッ
ジゼールは後ろを向いていたので、タイミングは分かりようが無いはずなのに、二人の刃が当たる、その刹那…移動スキルを使い、瞬間移動のようにほんの少しだけ自身の位置をずらせて避ける。
「隙を狙うなら殺気抑えて静かにやんねーと、声で避けられるぞ?」
そう言いながら、ジゼールは竹刀を手に取りると、二人に向き直る。
「…一撃くらいは入れておきたかったですね」
「上等よ…面白いわ!」
…
その後、三人は己が使えるスキルを全て使用し、その身を強化し技を放ち…放たれる。
一進一退の攻防は、時間の経過と共に徐々に二人の優勢へと傾いていく。
「「はぁ…はぁ、はっ。」」
それぞれ体力の限界も近いのか、肩で息を切る三人。
「…かぁ、多対一の稽古をしっかりしとけば良かったかなぁ」
「おー、そう言う事だよバカタレ。引きこもってんじゃねーよ。」
無言で見守っていたガリフォンから、ジゼールにヤジが飛ぶ。
「…仕方ない。一人は道連れだ!」
そう言うと、さらにギアを上げて斬り込んで行くジゼール。
「くっ!飛花落葉っ!!」
突っ込んでくる相手に、思わず超速での連撃で応じようとするキリカ。
「夢幻泡影」
対してバンゼルは自身の存在を極限まで削り、残った殺気もキリカのソレに紛れ込ませ、自身の動きを読めないように動く。
「質実剛健、舜転身!」
キリカの攻撃は一撃が軽く、スキルで防御力を上げた捨て身のジゼールは止められない、そのまま剛気をまとった一撃で、キリカは壁に吹き飛ばされ沈黙する。
読めないまでも、タイミングをズラして急所を外そうと考えたジゼールだが…
ドゴッ!!
「っち…」
キリカに攻撃する隙を狙い済まし、舜転身のタイミングズレすらも見極めて放った、脇腹へのバンゼルの一撃に、ジゼールもその場でドサッと倒れ込んだ。
「…おう、そこまでだ!」
ガリフォンの合図があり、試験は終了した。
…その後、三人はガリフォンからダメ出しを受ける。
ジゼールには…宝の持ち腐れ、もっと精進しやがれ、半年以内で俺に一本入れられ無ければ道場を出て行け!と矢継ぎ早に。
そして二人には、オマケで二位に上げてやるから、もっと強くなれ!とだけ伝えられる。
「「…はいっ!」」
三人は力強く頷くと、ストーブを戻すため三人でジゼールの部屋に向かう…
…
「あ~あ、後半年かぁー、働かなくて良いから、楽だったのになぁ…」
「いや、ジゼール先輩…目標とか無いんですか?」
「そうよそうよ!」
やる気の無い呟きを二人から避難されて、ジゼールは、魔族特有の尖った耳をピクピクさせて反論する。
「あるぞ…免許皆伝されて、富豪の家で剣の指南役をするんだ。口動かすだけでいいからな。」
免許皆伝なら、魔族とのハーフでも雇いたい奴はいるだろうと続ける。
ジゼールの顔色は分かり難い。
彼の肌は、魔族の血が影響していて、黒と青が混ざったような色をしている。
…バンパイヤ的な感じでイメージしてもらえば分かりやすいかもしれない。
そんな彼は生い立ちの為から、幼少の時より人間の世界で苦労してきた…
だが、魔族の身体能力と、剣の才能を活かしてここまで登りつめたのだ。
人の世界に下りれば、少なからず差別や偏見とのストレスが待っていると事に変わりは無いが。
…
「この道場は…居心地が良すぎるからな。」
今までを思い返して、思わず本音が漏れる。
「…差別なんてありませんしね。」
「弱い者は排除されるけどね!」
キリカのストレートな物言いに、ジゼールもバンゼルも苦笑いする。
ジゼールの部屋に着いて、吹き飛んだ扉を直しながら、二人は身の振り方を聞かれて、それぞれの想いを答える。
「私は世界最強の剣士になることよ!」
「僕は悪魔達を消し去る事です。」
なるほどなぁ、と気の無い返事をしながらジゼールは二人にアドバイスをする。
「ってことは二人共、師匠を越えないとな?そん位には大変な事だしな。」
「ええ!越えてみせるわ。」
「僕も…それが必要なら。」
…そうか。
と返事を返すと、「後半年…しっかり引き篭もるから邪魔するなよ!」と言って、二人を追い出し、斬られた鍵を付け直すジゼールであった。
大きく白い息を吐き出す。
標高3000mの朝は寒い…と言うか年中寒い。
それでも太陽が見えれば、多少は寒さも和らぐけど、今はまだ早朝、日の出前だ。
普通の人なら、火や毛布にくるまって暖を取って凌ぐのが普通だが、このホリシア連峰にある三ツ山で暮らして三年になるバンゼルからすれば、少し寒いかな?と言う程度だ。
氷のように冷たい水で顔を洗い、朝の空気を肺に充填すると、同門生のキリカを起こしに向かう。
この剣神流道場では、序列三位以上になると、小さいが個室を貰える。
序列四位は十人いるが、少し大きめのベッドがある部屋で、五位は大部屋、六位以下は道場で雑魚寝だ。
入門したばかりの子達なんかは、凍傷に掛かる者もいるくらいだ…
12歳で、剣聖ガリフォンに拾われ道場に住んで三年、身長の伸び率は怪しくなってきたが、剣の腕は日々上達を実感できている。
そんな彼が抱く"今"の目標は、当然、序列二位への昇格だが…
最終目標は、自分の故郷を破壊し、両親や兄弟を皆殺しにした悪魔に復讐をする事だ。
「おはようございますっ!」
「うん。おはよう!」
自分より年下の子弟達が、すれ違い様に挨拶をしてくる。
ここでは、滞在年数や年齢より実力が優先される為、序列が上の人間には敬意が払われる。
バンゼルも最初は喋り辛さを感じたりもしたが、四位に上がった時には、それが普通だと思うようになっていた。
…トントントン
「キリカ起きて…もう朝稽古の時間だよ」
「…う~ん。…あと二時間…」
「…はぁ。」
毎朝のやりとりに溜息をついて、無言で部屋の扉をスライドさせて開ける。
…⁉︎
「きゃっ!変態!毎朝入ってこないでよ!」
「…じゃあ、一発で起きようよ?」
キリカが文句を言いながら投げつける、目覚ましや枕をキャッチして床に置くと「じゃあ、いつもの道場で待ってるよ」と、言い残して部屋を後にする。
道場へ歩きながらバンゼルは考える。
…なんで寝起きを見られるのは恥ずかしいんだろう?
稽古が終わったら、上はシャツ一枚で歩いてたりするのに…ほんと変わってるよなぁ
まぁ女の子で、こんな山奥に籠るような生活をしてるんだから、普通じゃ無理だよね。
いつもと同じ疑問を、いつも通りの解答で自分に言い聞かせると、一礼してから道場に入る。
竹刀を持った三人が、バンゼルが来たのを見て近づいてきた。
彼等は序列四位の者達で、毎朝稽古をお願いしにくるのだ。
「おはようございます。バンゼル先輩、今日もキリカさんが来るまで、指導いいですか?」
「あぁ、構わないよ。」
そう言うと、バンゼルは壁に掛けてある竹刀を取り、軽く素振りをする。
そして、一つ頷くと開始の合図だ。
三人は三角になるように彼を囲む。
バンゼルは腰を落とし、正眼に構えると微動だにしない。
「はぁっ!」
まず動いたのは獣族の少年だ、右斜め後ろから横薙ぎの一閃を猛スピードでお見舞いする。
が、バンゼルは知っていたかの様に…正確に竹刀で払い飛ばす。
それを見計らって魔族の青年が、上段からの鋭い一撃を放とうとするも、振り向きざまに放たれたバンゼルの一閃が、腹を直撃し吹き飛ぶ。
「ひゅっ!」
短いモーションの後、攻撃の隙を狙って突きを放つ少年の竹刀は、バックステップをしたバンゼルの腹を掠め躱される。
「花鳥風月!」
お返しとばかりに、バンゼルが乱撃スキルを放ち倒れる少年。
「行運流水!」
スキルの終わった直後を狙った、獣族の少年が流れるような連撃スキルを放つが…
綺麗に捌かれて肩口に一閃入れられ崩れ落ちる。
「ふぅ…」
大きく息を吐いたバンゼルは、起き上がって来た三人に、動きが鋭くなってるね、と褒めた後、連携や攻撃のタイミングを指導していく。
その後は一対一の稽古を順番にしていると、「ふぅわぁぁ」と欠伸をしながらキリカが入ってきた。
「「おはようございますっ!!」」
「ん、おはよう。」
キリカの入場に、道場の熱が上がる。
何故なら、彼女はキツそうな顔はしているが、中々の美人だからだ!
男ばかりのムッサイ道場で女性、しかも憧れるくらいの実力を持つ女の子が居れば、男子はそれだけで頑張ってしまうものだ…
しかし、当の本人はそんな男心に気付く様子も無く、スタスタとバンゼルに向かっていく。
「道場に入る時は一礼でしょ?」
「あれー?そうだっけ?」
いつも通りの反応に、バンゼルは注意を続けるのを早々に諦める。
キリカは竹刀を取ると「さっ、はじめましょ!」そう言い放ち、構えをとる。
左足を前に出した、最下段の構えで…見る者によっては、野獣のようにすら感じるかもしれない威圧感を放つ。
しかし、バンゼルは至って普通に、油断の無い表情で正眼に構えるだけだ。
……
それからしばらく続いた二人の稽古は、周りにいり門下生達の手を止めてしまう…
それ程、毎回激しくも、美しさすら感じるような打ち合いだからだ。
「はぁはぁっ、はぁ…」
「ふぅーふぅ…」
激しい打ち合いに二人は息を整える…互いに必勝のタイミングで次の一撃を放つために。
「「でぇやぁぁ!」」
ドスッ!
同時に放たれた必殺の一撃は…キリカの横薙ぎは腹を捉え、バンゼルの打ち下ろしは肩に落ちる。
カンッ…
二人は同時に竹刀を床につき、動きを止める。
「…くっそー、また引き分けかぁ」
「キリカは動きが大雑把過ぎるよ」
「うっるさいわねぇー…あんたの動きがつまんないのよ!」
…
二人の稽古が終わり、皆がそれぞれに稽古を再開していく姿を横目に、二人は思った事を言い合う。
バンゼルは理詰めに動き、無駄を省いていくスタイルで、キリカは直感や本能を前面に出した予測し難い動きで攻めるスタイルだ。
自分には無いスタイルを持つ相手との意見交換はとても貴重で、体を動かした後の舌戦にも力が入る…
と、入り口から二人を呼ぶ声がする。
「えっ!?し、師匠!」
「あっ、はい!ただ今!」
二人は珍しい訪問者の元に駆けて行き、要件を尋ねると…「昇格試験をしてやる」と、突然言われ唖然とする。
だが、すぐにキリカは瞳に炎を燃やして「何をすればいいんですか!?」と、やる気満々の様子だ。
バンゼルも、気まぐれな師匠が何を言い出すのかと、身構えて静かに答えを待つ。
「引きこもりのバカを二人で倒せれたら、お前らは二位に昇格だ。」
「な…なるほど。」
バンゼルは唸る。
…たしかに、師匠に一本入れるとかよりは現実的だけど、ジゼール先輩をキリカと倒すって…かなり厳しいと思うんだけど。
「もちろん、やりますっ!!」
キリカの返事を聞いて、バンゼルとしても断る気は無いが…まずは、ジゼールを部屋から誘き出す事から考えないといけないな…と頭を悩ませる。
「お師匠様、それでは四の間で試験を受けても良いですか?」
「ん?…あぁ、アホの部屋から一番近いからか。構わんぞ」
ガリフォンの了承を得ると、バンゼルはキリカに耳打ちをする。
「こ、こしょばいわよ…」
若干頬を赤らめるキリカを無視して、ターゲットを部屋から試験会場に誘い出す作戦を伝える。
「えぇ…それ、結構恐ろしいわよ?」
「でも、単純にお願いしても無駄でしょ?」
キリカはガックリと肩を落として、仕方ないか…と了解の意味で手を上げて答える。
…
二人は早速行動を開始した。
師匠が四の間の道場に着いて、試合が開始されないと、試験自体キャンセルされてしまう恐れがあるからだ。
そうならないように、素早くジゼールの部屋の前まで来ると、真剣を使って戸の鍵を叩っ斬る。
…カンカンッカン!
「…んなっ!?」
部屋の中から人の声がするが、当然無視して強行突入する二人は「何やってんだ!」と騒ぐ先輩を放置して…
彼の最大の宝物…ストーブのような魔法道具を運び出す。
「ぐぅおらぁあ!!何しやがんだテメーラァァ!!」
叫び声を背に、バンゼルが手袋をして運び、キリカが時間稼ぎに扉につっかえ棒を差し入れる。
…ドンドン…ドカッ!
しかし、扉はすぐに蹴破られ、鬼の形相をしたジゼールが追いかけて来る!
なんとか、四の間まで逃げ込むと、ガリフォンの横にストーブを置くバンゼル。
「テメーラ、返しやがれぇぇ!」
……
道場に押し入ったジゼールは、先程までの勢いは何処へやら、ガリフォンを見て停止する。
「おう、引きこもり…試験だ、手伝え」
それだけ言うと、ガリフォンは顎をしゃくり、二人に竹刀を取って撃ち込めと指示を出す。
「「……」」
二人は竹刀を構える。
「…へっ?いや、俺の分は?」
丸腰で追い掛けて来たので、武器を持たないジゼールは、焦って壁の竹刀を取ろうと後ろを向く。
「でぇぇやぁっ!」
「はぁっ!!」
二人がその隙を逃すはずも無く、袈裟斬りと突きが同時に放たれる。
「舜転身」
…ヒュッ…スカッ
ジゼールは後ろを向いていたので、タイミングは分かりようが無いはずなのに、二人の刃が当たる、その刹那…移動スキルを使い、瞬間移動のようにほんの少しだけ自身の位置をずらせて避ける。
「隙を狙うなら殺気抑えて静かにやんねーと、声で避けられるぞ?」
そう言いながら、ジゼールは竹刀を手に取りると、二人に向き直る。
「…一撃くらいは入れておきたかったですね」
「上等よ…面白いわ!」
…
その後、三人は己が使えるスキルを全て使用し、その身を強化し技を放ち…放たれる。
一進一退の攻防は、時間の経過と共に徐々に二人の優勢へと傾いていく。
「「はぁ…はぁ、はっ。」」
それぞれ体力の限界も近いのか、肩で息を切る三人。
「…かぁ、多対一の稽古をしっかりしとけば良かったかなぁ」
「おー、そう言う事だよバカタレ。引きこもってんじゃねーよ。」
無言で見守っていたガリフォンから、ジゼールにヤジが飛ぶ。
「…仕方ない。一人は道連れだ!」
そう言うと、さらにギアを上げて斬り込んで行くジゼール。
「くっ!飛花落葉っ!!」
突っ込んでくる相手に、思わず超速での連撃で応じようとするキリカ。
「夢幻泡影」
対してバンゼルは自身の存在を極限まで削り、残った殺気もキリカのソレに紛れ込ませ、自身の動きを読めないように動く。
「質実剛健、舜転身!」
キリカの攻撃は一撃が軽く、スキルで防御力を上げた捨て身のジゼールは止められない、そのまま剛気をまとった一撃で、キリカは壁に吹き飛ばされ沈黙する。
読めないまでも、タイミングをズラして急所を外そうと考えたジゼールだが…
ドゴッ!!
「っち…」
キリカに攻撃する隙を狙い済まし、舜転身のタイミングズレすらも見極めて放った、脇腹へのバンゼルの一撃に、ジゼールもその場でドサッと倒れ込んだ。
「…おう、そこまでだ!」
ガリフォンの合図があり、試験は終了した。
…その後、三人はガリフォンからダメ出しを受ける。
ジゼールには…宝の持ち腐れ、もっと精進しやがれ、半年以内で俺に一本入れられ無ければ道場を出て行け!と矢継ぎ早に。
そして二人には、オマケで二位に上げてやるから、もっと強くなれ!とだけ伝えられる。
「「…はいっ!」」
三人は力強く頷くと、ストーブを戻すため三人でジゼールの部屋に向かう…
…
「あ~あ、後半年かぁー、働かなくて良いから、楽だったのになぁ…」
「いや、ジゼール先輩…目標とか無いんですか?」
「そうよそうよ!」
やる気の無い呟きを二人から避難されて、ジゼールは、魔族特有の尖った耳をピクピクさせて反論する。
「あるぞ…免許皆伝されて、富豪の家で剣の指南役をするんだ。口動かすだけでいいからな。」
免許皆伝なら、魔族とのハーフでも雇いたい奴はいるだろうと続ける。
ジゼールの顔色は分かり難い。
彼の肌は、魔族の血が影響していて、黒と青が混ざったような色をしている。
…バンパイヤ的な感じでイメージしてもらえば分かりやすいかもしれない。
そんな彼は生い立ちの為から、幼少の時より人間の世界で苦労してきた…
だが、魔族の身体能力と、剣の才能を活かしてここまで登りつめたのだ。
人の世界に下りれば、少なからず差別や偏見とのストレスが待っていると事に変わりは無いが。
…
「この道場は…居心地が良すぎるからな。」
今までを思い返して、思わず本音が漏れる。
「…差別なんてありませんしね。」
「弱い者は排除されるけどね!」
キリカのストレートな物言いに、ジゼールもバンゼルも苦笑いする。
ジゼールの部屋に着いて、吹き飛んだ扉を直しながら、二人は身の振り方を聞かれて、それぞれの想いを答える。
「私は世界最強の剣士になることよ!」
「僕は悪魔達を消し去る事です。」
なるほどなぁ、と気の無い返事をしながらジゼールは二人にアドバイスをする。
「ってことは二人共、師匠を越えないとな?そん位には大変な事だしな。」
「ええ!越えてみせるわ。」
「僕も…それが必要なら。」
…そうか。
と返事を返すと、「後半年…しっかり引き篭もるから邪魔するなよ!」と言って、二人を追い出し、斬られた鍵を付け直すジゼールであった。
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俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった
仙道
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異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。
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初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
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辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
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過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
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