眠らない夜

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第二幕

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僕が自分の気持ちを自覚した日の衝撃はなかなか忘れられない。
自分自身でも色んな意味でショックだった。
ライブ後、水城くんは約束があるとかですぐに帰ってしまったから、僕は家で1人悶々としていた。
生まれてこの方20数年間、自分がゲイだと思ったことはなかったし、今だって普通に彼女は欲しい。
なら、バイなのかと自問するけれど、その答えもいまいちしっくりこない。
そうなれば答えは1つで。
相手が水城くんだから僕は愛したのだろう。
水城くんの顔立ちは悪くないけど、別にイケメンと言うほどでもない。それに頭の回転は良いけど語彙力が無いからしばしば会話が躓く。
でも、相手の立場に立って物事を考えられるし、弱っている人には一生懸命寄り添おうとしてくれる。有り体に言えば優しいんだよねぇ。
僕は考えながら自分の頭を掻いた。
芸人でも男女コンビなら付き合っているコンビもたまにいる。それどころか、夫婦でコンビを組んでいる人もいるくらいで。
同性のコンビだって仲が良いところは珍しくもない。某高学歴コンビだって、2人がいつでも一緒にいられるから芸人になろうと言い出したくらいだから。あの人たちにゲイ疑惑があったかは知らないけど、表に出ないだけでゲイカップルもいるのかもしれない。
そう、ボンヤリと僕は考える。
「水城くんとねぇ…」
僅かに言葉を発して僕は布団に寝転がる。こんな気持ちは久し振りで僕自身が戸惑ってしまう。
脳裏に浮かぶのは水城くんがよく見せるあの悪戯っぽい笑顔で。
「ーーー」
胸をぎゅっと圧迫するような感覚を覚えると同時に、僕の体内の熱が身体の一点に集中するのを感じた。
あぁ、マズイな。自覚した途端にこれは…。
「本当に良くないよ…」
僕は目を閉じて自戒のように言葉を呟いた。
居るんだよ、水城くんには彼女が。しかも、3年くらい付き合っている子が。

僕たちは芸歴はほぼ同じだけど、僕の方が半年ほど早く生まれて、活動し始めたのも半年ほど早いからと水城くんは僕を一応先輩として接している。
だから水城くんは僕を「さん付け」で呼ぶ。
僕は水城くんを「くん付け」で呼んでいるから端から見ると上下関係が厳しそうに思われるらしい。
当事者間ではそんなことは一切無いんだけれども。
最初に出会った時の呼び方がそのまま定着しているだけで、心の距離や格差は無いと僕は思っている。
1度、水城くんにコンビを組んだし、学年は一緒なんだから呼び捨てのタメ口にしないかと提案した事がある。
そうしたら水城くんに「杜永さんにはネタ作成とか演出とかお世話になりっぱなしなんだから敬意を示さないと」と言われた。
それが水城くんなりの感謝の伝え方ならと、今に至るわけだけど…。思い返せば、やんわりと拒否されたうえ、心の距離があるんじゃないだろうか。
だいぶ昔の事を思いながら、僕はミルクティーを飲んでいた。涼しい喫茶店で冷たい物を飲むのはやはり良い。
「杜永さん」
水城くんが遅れてやってきた。
今日は事務所のネタ見せの日で、練習はしてあるけれど少しネタを変えたくなったので早めに集合することにした。
一応、昨夜のうちに変更したい部分を水城くんには送っていたけれど、実際に読み合わせをしてみないとわからないこともあるから。
金の無い若手芸人が喫茶店で待ち合わせとか贅沢だけど、季節柄仕方ない。
事務所の稽古場はネタ見せの会場になっているし、廊下でのネタ合わせは禁止だ。
それなら外なり公園なりとなるのが普通だけど、僕が暑さに異常に弱いからその考えは却下した。暑さに弱いのは体質なんだろうけど、僕1人が暑さに参っていることが少なくないのだから自分でも困っている。
一応、僕は夏生まれだけど、ハッキリ言って生まれた季節なんてものは関係ない。
そんな理由で涼しい場所を確保するわけだが、水城くんは水城くんで問題を抱えていた。
彼は昼間が苦手だった。朝に弱いとか夜間に活動するほうが楽と言うのもあるけれど、日光に負けやすいのだ。
本人曰く「紫外線アレルギー」らしい。
なにそれ、とは思ったものの調べると本当に症例があるから世の中は驚きに満ちていると思う。
どおりで水城くんが色白だと思ったよ。
そんなわけで、僕たちにとっては多少の金銭を使ってでも涼しい室内を確保することは重要なことなのである。
台本の通し読みをしてみて新しいくだりを確認してみる。少し水城くんに声のトーンを変えてもらったりして調整をしばらくしてみたものの…。
「これは最初のままの方が良いね」
「ちょっと杜永さん!」
素で水城くんにツッコまれてしまった。
「思いついたときはイケると思ったんだけどね」
苦笑いをする僕に水城くんも苦笑していた。
「深夜のテンションの思い付きはダメですって」
右手で僕を指さして水城くんは的確な指摘をしてくる。
「一応、起きてから見直して大丈夫だと思ったんだけどなぁ…」
言い訳だが本心を口にしながら僕は新たなくだりを見直す。深夜のテンションで作られたネタはたいてい寝て起きた後に「なんでこんなのが面白いと思ったんだろう」と感じることが多いものだけど…。
本音を言うなら、この台詞を言う水城くんの表情を見てみたかったから…そんな下心があった。趣味と実益ではないけれど、私欲に走るよりやはりネタの完成度を優先するのが芸人としては当然だろう。
ただ、このまま没にするのも勿体ないので、面白く活かせる新ネタを考えようと僕は密かに決める。
「あっ」
スマホを片手に水城くんが小さく呟いた。何か気づいたような顔をしていたので僕から問いかけた。
「電話?彼女?」
「そっす。ちょっと外出てきますね」
水城くんはそう言うと、スマホ片手に店の外に出ていった。自動ドアをくぐる時にスマホを耳に当てて嬉しそうな顔をしていた水城くんの横顔に、僕の鼓動がわずかに跳ね上がる。
しかし、それと同時に強い嫉妬心も沸き上がった。
僕は文字通り頭を抱えて、テーブルに両肘をついた。
水城くんの彼女とは何回か会ったことがある。小柄で贔屓目なしに可愛らしい子だった。馴れ初めから何から一応は聞かされているわけで…しばらく彼女のいない僕にとってはうらやましい限りである。
最初は彼女持ちの水城くんが羨ましかったけど、今は何の障害もなく水城くんと付き合える彼女が羨ましい。
出してはいけない感情がグルグルと僕の胸の中で熟成されて重くなるのを感じる。
こういう時はどうするのがベターなのかが相変わらずわからない。理想と現実のズレもあるけれど、関わる人が全員嫌な想いにならない事も大切な要素だ。
だから、僕だけが我慢すると言うのは嫌だ。けれども、水城くんが嫌な想いをするのも嫌だ。
我ながら面倒くさい性格をしていると僕自身も思っている。
こんな風に答えの出ない事を考える癖がついたからか、眉間に出来るしわが深くなった気がする。跡が出来るほどではないのが幸いだった。
水城くんへの恋心を自覚してから、別の人を好きになろうともしたし、実際に良いなと思う女性とも出会った。
告白したら付き合えそうなくらいまでいったものの、なんだか自分の心をごまかしているような気がしてならなくて…結局、その人とはフェードアウトする形を選んだ。
恋煩いとしては重症だ。
水城くんへの想いをどんな形でも良いから決着をつけないと、僕が先に進めることは無いだろう。
不意にグラスの中の氷が崩れた時の涼しい音が耳に届いた。
水城くんが飲んでいたアイスコーヒーのグラスから音はした。
僕はゆっくり頭を上げるとグラスを見た。
ブラックコーヒーはグラスの半分以下になっていて、大半の大粒の氷が水面から出ている。白く細いストローがまっすぐに刺さっていた。
「・・・」
ただぼんやりとそれを眺めていたつもりだったが、無意識に僕は水城くんのグラスに右手を伸ばしていた。
指先に冷気を感じて僕は我に返った。
そして、慌てて右手を引っ込めつつ店の外へ続く自動ドアを見た。そこには誰もいなかったので、僕は思わず安堵のため息を零す。
気持ちを落ち着けようと僕は自分のミルクティーを手に取る。なんとなく、甘くしたくなってガムシロップを1つ追加した。
時計に視線を向ける。
ネタ見せはどれくらいで終わるのか未知数で、早ければ良いが、押していたりするとかなり遅くなることもある。
「早く帰りたい…」
もう、僕の気持ちは憂鬱の一言で満ちていた。
ネタ見せでテンションをあげなくてはいけない事がすでに今からダルい。やらなきゃいけないことだからちゃんとやりますけど。
僕は早く帰って、高ぶった感情を鎮めるために、自分自身を慰めたいと思っていた。

「とりあえずどうしましょ」
スマホを見ながら水城くんが言う。僕もスマホを見ながら水城くんに返す。
「どうしようねぇ…」
事務所から所属若手芸人に一斉メールで送信されたメールを見ながら僕らは考えていた。告知事項やオーディションの話があるとこのようにメールが送られてくることはよくある。受けたい人は個別に返信したり、所定のやり取りを行うのだけれども。
今回の一斉メールはオーディションの話だったが…。
「Vチューバーって、うちの事務所はどこ目指してんですかね」
呆れたように言いながら水城くんはタバコを灰皿に押し付ける。
「まあ、大手アイドル事務所も参入するらしいから、無い話ではないよ」
「えっ、そうなの?」
「少し前に参入方向みたいなニュースあったよ」
ポータルサイトでトップニュースになった話題を水城くんが知らない事に僕は少し呆れた。こういう面は愛情があってもフォローできない部分である。
「でー、やりますぅ?」
面倒くさいと言う言葉を全力で感情に乗せている水城くんの言葉を聞きながら僕は考えを巡らせる。
「まぁ、僕らの演技力なら出来なくはないと思うけど…メリットが無いよねぇ」
VチューバーはあくまでVチューバーのキャラクターの人気が優先で、中の人は別物だ。仮にVチューバーがうまくいったとして、中の人がそれを公言できてもうまくいくとは限らないし…。場合によっては舞台に立ってネタをするという本来の目的の邪魔になってしまうかもしれない。
そんなところまで考えていて、お前は合格する気満々かと言われれば、オーディションを受けるなら何でも合格したいもんだ。
「うーん…俺はともかく、杜永さんは良い声してるから受けても良いんじゃないすか?」
水城くんの思わぬ言葉に僕は一瞬止まった。
「…え?」
「あ、だから、杜永さんは声も良いから声優も向いてんじゃないかって」
「初めて言われたよ、そんな事…」
確かに僕の声は比較的低音で落ち着いた響きのある良い声の方であるとは自覚している。けど、改めて水城くんに言われると正直照れるし、声「も」良いと言う事は他にも良い所があると言う意味だから、どこだろう。
せっかくのチャンスだが、深く尋ねても良いのか惑ってしまう。
「水城くんの声も聞きやすくて良いと思うけどねぇ」
結局、全然違う事を僕は言っていた。でも、本音だ。
成人男性としては水城くんの声は高いと思う。けど、明るく通る声なので聞いている方としては心地よいし、ツッコミとしても向いていると思う。
「そっすか?杜永さんが言うなら、確かですね」
嬉しそうに言いながら、水城くんはいつもの悪戯っぽい笑みを見せる。本当、良い笑顔をしているよなぁ。
「明良」
ふと、僕は水城くんの名前を口にする。
その言葉に水城くんの動きが一瞬止まった。
「え、なんすか急に」
「いや、声を褒めてくれたから」
若干の戸惑いを見せる水城くんに僕はしれっと返す。表情は平静を装っているが、内心ドキドキが止まらない。
あとで思えば、この程度で動揺するのなんて中学生かと自分で突っ込んでしまう。
「どういう理屈ですかー。もぅー」
水城くんは思いっきり眉をひそめて僕に視線を向ける。
いらぬことをやってしまったと僕が後悔をし始めたので、話題を変えようと僕が言葉を発する前に水城くんが言葉を口にした。
「保人」
僕の名前を含みを持たせるような、落ち着いた口調で水城くんが言った。
「・・・」
その時、僕はどんな表情をしていただろうか。
思わぬ流れに僕はつい顔をそむけてしまった。
水城くんは水城くんで悪戯っぽく笑っていた。
「いやー、改めて名前で呼ぶって照れくさいっすねぇ」
「そ、そうだね」
露骨に跳ね上がる僕の鼓動の影響か、つい言葉が詰まってしまう。
思い返せば、水城くんに名前で呼ばれたことは無かった気がする。名前で呼び合える関係と言うのは1つの憧れであり、親密さの象徴なのかもしれない。
そんなことを脳裏で考えていると、水城くんの声が聞こえた。
「でも、どんなに仲良くてもコンビで下の名前で呼ぶのは気持ち悪いっすねぇ」
そう言って水城くんは新たなタバコを取りだして火をつける。
「…あ、うん。そうだよねぇ…」
彼の言葉の意味を理解するのに僕には一瞬の時間が必要だった。
不思議と口の中が渇いていくが、それを潤すものは何もない。
もう、水城くんに名前で呼ばれることは無いんだろうか。
まだ耳に残る彼の声を失わないように、僕はその声と響きを身体に刻んだのだった。
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