陽のあたる場所で

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3話・記憶の痕跡と現実

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占い師の店を後にして街を歩きながらテュフォンはリュンクスに訊ねた。
「素質と特性はなにが違うんですか?」
似たような意味を持つ言葉だが、使い分けているのにはちゃんとした理由があると推測された。動物と魔物の違いのように。
リュンクスは少し考える時間を置いてから答える。常識的な物事を説明すると言うのは案外難しいことだから、考える時間を有したのだった。
「素質も特性もその人の個性を指しますが、素質はあったとしても学んだり、修行をしたりして自ら成長を促さないと生かすことはできません。多くの魔力があっても魔法に変換する方法がわからないと意味はありませんし、強靭な肉体を持っていても鍛えなくては強くならないですからね。これが素質です」
説明を聞いてテュフォンはうなずく。説明だけでなく、たとえも非常にわかりやすかった。
「そして、特性ですがこれは生まれつき持っているものの事です。特性は後天的には変化しないと言われています。髪の色なども広く言えば特性ですけれど、一般的にはなにかしらの能力を持っている事を指しますね。そう言えば、私の親戚にも【千里眼】を持った人がいます」
「特性を持つ人は多いんですか?」
テュフォンのさらなる問いをリュンクスは否定した。
「いえ、さほど多くはないそうです。特性持ちの人は少なく、しかし、有益な能力であることが多いので国の高い地位にいる事が多くなります。先ほどの親戚も国家組織の一員になっています」
「へぇ…」
思った以上に特性が大きく扱われている事にテュフォンは素直に驚いた。特性を持っていればその人の人生を国が保証してくれるのだろう。
自分の恵まれていない立場を考えれば、いっそ、その方向で人生を考えてみようかとテュフォンはそんな事を頭の隅で考え始めていた。
「でも、特性を頼ってくる国にいつも監視されていて、家族でもめったに面会が出来ないと聞いています。私ももう何年も会えていませんし、手紙のやり取りも検閲が入るのでなかなか…」
リュンクスの続きの言葉にテュフォンは自分の考えが甘い事を思い知った。
国が囲っている人物なのだから、自由が犠牲になっても当然だろう。籠の鳥は普通の精神をしていたら厳しい環境だと思われる。
「…特性の事は黙っておくべきなのかな…」
誰に言うでもなく呟いたテュフォンの言葉にリュンクスが隣でうなずく。しかし、小首も傾げた。
「その方が良いと思います。けれど…テュフォンさんの特性はなにをなすものなのかがわからないので…」
そう、特性【ソーラーシステム】がどのような効果や現象を起こすものなのかがわかっていない。
占い師は過去に発見された特性を記憶しているが、知らないと言う。関連した貴重な書物も調べてくれたが類似するものすら無かったと言う。
初めて発現した特性ならば歴史的発見となる。見つけた占い師ではあるが、世紀の発見者になりたいと言う自己顕示欲は無く「どんなものなのかわかったら是非教えてね」と念を押される程度だった。
そんな未知の特性を告げられた当のテュフォンは別の視点から特性【ソーラーシステム】について考えていた。
彼にとってはまったく知らない言葉ではないようである。【ソーラーシステム】と言う言葉自体、初めて知った気がしないのだった。誰かが使っていた単語だと思われるし、自分も使っていたような感覚がある。
ただ、その言葉がなにを示す言葉なのかは記憶を探っても見つけられず、臍を噛む思いだった。
少なくとも【ソーラーシステム】と言う言葉は名詞のようなのでなにかの物体や現象を指す言葉なのだろう。
このことをリュンクスに隠すつもりはないが、まだ自分の素性が良くわかっていないのに、混乱するだけの材料を見せる必要もないと考えてテュフォンはこの事をしばらくは黙っておこうと決めた。
日は大分傾いている。今日はこの街で宿を取ると言う話になっているので、そろそろどこの宿にしようか考えても良い頃合いだ。
宿代の事を考えるとテュフォンの眉間にしわが出来た。路銀が減る事を考えると精神的に少し辛くなってきた。
「リュンクスさん、身分証明書がない者でも路銀を稼げる方法ってありますか?」
唐突な質問にリュンクスは驚いたが、みなまで言わなくても彼女は察してくれたようだった。
「テュフォンさん、宿代などは私が負担しますよ。幸い、路銀はそれなりに持っていますから…」
そんなリュンクスの申し出を食い気味にテュフォンは断った。そんなテュフォンを見てリュンクスは判っていたのだろう。食い下がる事はしなかった。だが、わかりやすくしょんぼりとしているのでテュフォンに罪悪感が生まれた。
差し出された好意を振っているのは確かだが…。
「あー…」
なにかフォローをしようとテュフォンが声を出す。
「リュンクスさんのお気持ちは嬉しいです。ただ、それに甘えてしまってはダメかと。自分でやれることはやって、どうしても必要な時は…お金を借りることもあるかもしれません。それまでは知識面のフォローをお願いできませんか?」
取り繕わないテュフォンの本音がこれだ。記憶があいまいなおかげで世間の常識や細かい規則などがほとんどわからない。犯罪を犯す人間ではないと太鼓判を押されたものの、規則を知っていれば避けられる事象に自ら飛び込んでいく可能性は十分にある。
知らないで許されたら規則や法の意味がない。そんなトラブルを防ぐためにもリュンクスには世話になるのだ。無形の物を無償で与えてもらえるのだから、有形の物は自分で何とかしようとテュフォンは思う。
「…そう、ですか。では、テュフォンさんも本当に遠慮なくなんでも聞いてください。私にわからない事でも一生懸命調べます!」
胸の前で拳を強く握ってリュンクスがハッキリとした声で言う。
本当に良い人だとテュフォンは安堵した。
「ありがとうございます。…でー、俺みたいな人でも路銀を稼げそうなことってありますか?」
最初に問いかけた内容をテュフォンが再度訊くとリュンクスはハッとした。自分が話を変えてしまったことに気が付いたのだろう。
「あぁ、私ったらすみません。役所に行けばなにかしらのお仕事が見つけられると思います。日雇いから就職まで紹介がありますので」
「それは役所の仕事ですか?」
「役所が依頼の場合もありますね。でも、街に住む人なら誰でも募集を出せるので色んな人からの募集があります。身分証明書が無い人は出来ないものもありますけれど、そうでないものもあるので大丈夫ですよ、きっと」
小さい規模の街では募集が上手くあるかはわからないが、この規模の街ならばまずは大丈夫だろうと言う事だった。今の時間ならまだ役所は開いているので募集内容を見ることもできるし、気に入ったものがあれば申し込めると言う事なので善は急げと行くことにした。
広い街なので役所の支部も2つあったが仕事の紹介・斡旋は本部のみと言う事で街の中央部へ向かった。
思ったよりも歩くことにはなったけれど、閉館時間までは余裕がある。街の中央部は石造りの大きい建物が多かった。この役所も3階建てで、装飾はさほどないが幅も広くいかにも重要施設と言った雰囲気がある。
「私の街より大きいなぁ…」
リュンクスもそう呟いていたが、テュフォンはそこまでとは思わなかった。
具体的になにと比べたのかはわからないが、脳裏にはもっと高く、もっと巨大な何かの影が過ぎっていた。
受付窓口で訊ねると、日雇いの仕事の束を渡された。束と言っても1枚1枚が薄い木片なので件数自体はさほど多くない。10件程度だろうか。
「あの、身分証明書が必要なお仕事も含まれていますか?」
思ったより少ない枚数にリュンクスが受付担当者に確認してみたが、「日雇い」と言う条件の物なので身分証明書が必要な仕事も含まれているらしい。
正直、期待外れではあるけれど無いよりは良いと言う事で木片を抱えて2人は受付から離れたところにある壁際の椅子に座った。
「リュンクスさんも働くのですか?」
テュフォンが問いかけるとリュンクスはうなずいた。
「私も路銀はあった方が良いですし、それに、身分証明書がある方が報酬も良くなります。身分証明書を持つ私が責任者として申し込めばテュフォンさんも同額を受け取れるようになる場合もありますから…でも、もう少し仕事があっても良さそうなんですけどね…」
言い終わってリュンクスは小さくため息をついた。
「色々とお気遣いありがとうございます」
少女に気を使われてテュフォンは頭が下がる思いだった。
依頼の木片を確認したところ、日雇いと言うより日払いと言った依頼が多く感じた。特定の植物の採取や動物の確保などもあり、これは対象物を持ってきてくれれば報酬を支払うと言う形だった。これは採取場所等の問題では今回の条件においては不向きとなった。
一日で街中で終わる仕事はあるにはあるのだが、特別な技術や経験が必要な物も多く結局2人が問題なく受けられそうな仕事は1つだけだった。
朝早くから遅ければ日が沈むまで、早ければ昼までには終わるその仕事は清掃作業。依頼人は役所。公共の場を3日に1度清掃する作業者の募集だった。ハウスメイドほど繊細な作業は要されないので、ある程度の健康体なら参加は問題ないとのことだった。
身分証明書の有無で担当場所の制限はあるものの、報酬は昼までに終わるかそれ以降で変わるようだが、身分証明書の有無で報酬の差はないようだ。そして、報酬額も役所が依頼人だけあって悪くはない。
「無難っちゃ、無難ですね」
テュフォンの言葉にリュンクスはうなずく。
「これなら、2人で一緒に作業が出来る可能性が高いですし、良いですね」
リュンクスの言葉にテュフォンは苦笑していた。いくら自分の記憶が無くても掃除のような日常的な作業ならばさほど問題ないだろうに…。まるで子供扱いだとテュフォンは思ったが、口には出さずにいた。
受付に戻り申込みを希望すると手続きは順調に進められた。2人で同じ区画を担当できるようにしてもらう事も伝えておく。確約は出来ないけれど、善処するとの回答だった。期待が出来ない返事ではあるが、絶対にできないと言われるよりは良いだろう。
集合時間と場所を伝えられ、遅れた場合は1度役所に来て指示を仰ぐように言われる。もし、事故等のやむを得ない場合の理由以外でのキャンセルは今後、一定期間は申込を受け付けられないペナルティがある事も添えられた。
事務的な口調でしか話が出来ない担当者との会話に疲れを覚えたまま、2人は役所を後にする。
「とりあえずはなんとかなりそうで良かった…」
安堵のため息をこぼしつつ、テュフォンが言う。その横でリュンクスはどこか楽しそうに言う。
「せっかくなら、普段は入れないような場所に行けると良いですねー」
「そうですね」
確かに「関係者以外立入禁止」などの看板はその先になにがあるのかと言う好奇心を刺激する。その中が平凡な状態でも、そこに入ったと言う事実が楽しいものだ。
「・・・」
また、少しテュフォンの記憶に触れるものがあった。
関係者以外立入禁止と言う文言を頻繁に目にしていた気がする。そうなると、自分はなにかしらの機密施設にいたことがあるのだろうか。
いたとしたら、その関係者として入れる立場だったのか、その扉の前で止まらなければならない立場だったのか。
それはわからない。
そして、この記憶と【ソーラーシステム】が関連しているのかもわからない。
「テュフォンさん」
リュンクスの声にテュフォンは我に返った。
「リュンクスさん、どうされました?」
「それはこちらのセリフです。急に立ち止まられて…」
テュフォンは思考に意識を持っていかれてしまい、往来の中で立ち止まっている自分に気が付いた。
人通りはさほど多くないので周りの迷惑にはなっていないが、リュンクスには迷惑をかけた。
「あ…すみません。考え事をしてしまって」
「なにか思い出しましたか?」
リュンクスの言葉は半分正解で半分外れである。
「いいえ、そう言う訳ではないですよ」
まだ、テュフォン自身が整理できてないのだから、リュンクスに話すのは早い。1度、自分で整理しようとテュフォンは考えていた。
今夜の宿は別々の所になった。
リュンクスは残念そうではあったが、路銀の節約でテュフォンは安宿にした。リュンクスは同じ安宿でも構わないと言ったが、設備の問題以前に安全性の心配があった。部屋は同室にはできないし、少女が1人で泊まるには客層が合わない事も理由だった。
夕ご飯は一緒に取る事を約束し、リュンクスは別の彼女に合った宿に泊まらせることが出来た。
リュンクスの奉仕精神は本当にありがたいが、ここまでくるとお節介に発展しそうでテュフォンは苦笑いをするしかなかった。
リュンクスの年齢は17と言っていた。テュフォンの年齢は正確にはわからないが、占い師曰く21では無いかと言う事だった。
宿の部屋はベッドと棚が1つあるだけだった。寝具も薄く質は期待できないが、清潔さは問題なさそうである。かなり綺麗なのでもしかしたら変えたばかりの新品かもしれない。
荷物である背負いカバンをベッドの上に置くとテュフォンは長いため息をついた。
リュンクスに助けられて3日ほどたったが、テュフォンは違和感を拭いきれていなかった。
それは記憶が無いと言う事だけが理由ではないだろう。この世界の事を知っているはずと言う感覚とそれとは別の世界の記憶が微かに頭にある。
特性【ソーラーシステム】の事も忘れてはいけない。これが自分になにを成すのか、探って行かないとならないだろう。
違和感を覚えることは多々あるのだが、一番の違和感は自分の事だ。
テュフォンと言う名前も耳慣れていないし、言いなれてもいない。最初に脳裏を過ぎった名前らしき言葉である「カノエ アスカ」と言う言葉の方が自分自身にしっくりくる。
そして、なにより自分で受け入れられていないものが、自分の見た目だ。
棚の上に鏡が置かれている。特定の鉱石を研磨した物や「地」の魔法の素質がある人が作成したものなど、鏡にも種類があるらしい。これがどんなタイプの鏡なのかはテュフォンにはわからない。
その表面に映った自分の顔を改めて見る。
空色のような長い髪を後ろになでつけていて、涼しげな目元が良く見える。深いブルーの瞳は大きく、筋の通った鼻は高い。唇は健康的な色をしていて、みずみずしい。見慣れない美男子がそこにいた。
テュフォンが頬に手を当てると鏡の中の人物も左右反対ではあるが、同じポーズを取るので写っているのは間違いなく自分なんだろう。
やはり違和感しかない。
最初、水を汲もうと池を覗いた時に客観的に自分の姿を見て本当に驚いた。じゃあ、本来あるべき姿の自分はどんな姿だったのかと問われると答えられない。だが、少なくともこんなにも恵まれた容姿ではなかったと言える自信はあった。
テュフォンの言動にリュンクスが照れたり、戸惑ったりするのはこの美貌のせいだったのだとテュフォンは確信していた。
正直、街中でも好意的な視線を多々向けられている事はわかっていた。
鏡をそっと伏せるとテュフォンは肺の中が空になる勢いで大きなため息を吐いた。
自分は本当に何者なのだろうか。
どこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか。
「カノエ アスカ…お前を探せば良いのか…?」
そう問いかけるように呟くが、答えてくれる返事はなかった。
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