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5話・路銀稼ぎと剣の腕
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時刻は昼過ぎ。街から比較的近い森にテュフォンとリュンクスは来ていた。数時間は歩くが、旅をする2人にはさほど苦ではない距離だった。
テュフォンが魔法の心得がある事は昨日の作業でわかったので、今度は剣の腕を調べてみようという話になった。別の森で出会ってから街に着くまでの道中では特に魔物や猛獣に襲われることもなかったので、剣を腕を知る機会がなかったと言うのもある。
街で道場や有識者にみてもらえればわかる事も多いかもしれない。しかし、無料と言うわけにはいかないだろう。ただ知るためだけに路銀を減らす事は避けたいので、動物相手に行う事とした。
市場などでは狩った動物を持ち込めば買い取ってくれたり、肉屋で解体をしてくれたりと色々と対応もできるし買い取ってもらえば路銀も増えるという良い点もある。
狩場に関する情報も買い取りたい立場の人からなら教えてもらえるものだ。
そんなわけで2人は狩場としても使用される森へとやってきた。ただ、狩りの基本は弓と言う事なので理想通りに事が運ぶかどうかは怪しい。もし狩りが上手く行かなかったとしても、野草や森でとれる果実なども売れるので何も収穫が無いという事は無いだろう。
「そろ、そろ、なにか、いてっいても良いかと」
やたらとリュンクスが言葉を切って話す。そんな不自然な話し方をするのにはもちろん理由があった。
昨日の役所の仕事の後遺症はやはりあったのだ。リュンクスにのみ。
何往復も猫車を押していたのが原因で、リュンクスの腕は酷い筋肉痛になっている。朝起きて驚いたのは何よりリュンクス本人だった。手首から肩までが痛みと張りで起きた直後は本当に動かせなかったそうだ。腰と足もかなりの疲労が残っていたが腕と比べたら大したことは無いという。
筋肉痛を和らげる薬はあるそうだが、リュンクスは購入を断った。修行の一環として経験を積みたいという。
着替えるどころか、マントに袖を通すだけでも大仕事になるのだから早く治って欲しいという事でテュフォンはサクッと薬を買ってきた。適度な布に薬を塗布したものを用意したところでリュンクスは至極驚いたが、早く治るった方がありがたいという事で意見はさせなかった。
リュンクスは薬の代金を支払うと言ったが、今後、テュフォン自身も使う事があるだろうからテュフォンは自分の荷物に残りの薬を入れてこの話は終わった。
薬はひんやりとした感覚を与えるらしく、張りによる痛みはだいぶ和らいだそうだが杖を持って歩くとやはり痛みが出るらしい。
少なくとも筋肉痛が引かなければ旅に出る事は危ないだろうという考えは2人で一致した。しかし、その間をどうやって過ごそうかという話になると2人の意見は分かれた。テュフォンはリュンクスには療養してもらっていてテュフォンは路銀稼ぎをしておくと言った。リュンクスは出来る範囲でテュフォンの素性を知る事をしたい。もしくは、何か役に立つ知識を使いたい。とのことだった。
そして、お互いの落としどころを探った結果、森へと来たのだった。
少し先を歩くテュフォンが肩越しに振り返って、リュンクスを気遣う。
「無理しないでくださいね」
リュンクスが頑固なのはテュフォンも大分わかってきた。本音で言うと街にいて欲しかったが、付き添ってもらえるのもありがたい。
しかし、ここまで疲労困憊だとテュフォンとしても素直には喜べないが、帰すわけにもいかない。本来はテュフォンの剣の腕を見るために来たが、リュンクスの状況を考えると動物も魔物も出会わずに帰りたい。
テュフォンは背負った籠を背負いなおす。
背中の籠はかなり大きい編み籠だが、今は空っぽだ。獲物や採取したものを持って帰るのに便利だろうと市場が貸し出してくれたのだ。
テュフォン自身の身体に昨日のダメージは残っていない。終わった時点で疲労感は無かったが、翌日にも疲れや筋肉痛のような影響も出ていなかった。
「足を、ひっぱらない、ように、がんばり、ます!」
奥歯を噛みながらリュンクスは答えた。
森はそこまで深くはないので、木漏れ日で周囲は比較的明るい。森に入ったあたりはそれなりに整備されていて、道と呼べるものがあった。しかし、それも十数分歩くと無くなって茂みをかき分ける形となった。
よく見ると獣道があるようだ。
獣道があるという事は、道を作ることが出来る程度の大きさの生き物がいるというわけだ。
この森に生息している生き物についても情報は集めている。
魔物は確認されておらず、動物たちの楽園らしかった。
木の上に鳥を何種類か確認できていたが、地上の動物はまだ未確認である。小動物ならなにかが近づいてくる音におびえて逃げてしまうだろう。
今、街で需要が高まっているのは毛皮が取れる動物らしい。
寒くなる季節に向けて毛皮を使用した服を作っていくと言うので、必要になると言う。毛皮が好まれる動物は小動物が多いのでそれなりの数が必要になるため商品の価格が高くなりやすく、元の動物も良い値段になるらしい。
大型なら毛があれば敷物になる事が多いと言う。また、肉もそれなりに取れるのでどっちみち買い取り用の商品としては問題ない。
とりあえず、出会った物は狩る。そんなシンプルな話だ。
そう、話はシンプルだが、後は出会うだけなのだが…。
「いないですね…」
テュフォンが形の良い眉を潜めて言うと、リュンクスは口を結んだままうなずいた。
森に到着してそれなりの時間は経ったし、そこそこ深くまでやってきた。
狩場として重宝されている森なので適度に歩いていればなにかしら出会えるらしい。他の狩人と出会う事も比較的あるとか。
別に狩りに向かない時期でもないし、森の生物が減り過ぎているという話も聞いていない。
状況としては問題ないはずなのだが、出会わない。
出会えない理由について他に思い当たることがあるとしたら…。
「あ」
今の状況を考えて1つテュフォンは思いついた。
「もしかしら、薬が原因かも…」
その呟きにリュンクスは軽く首を傾げた後に目を見開いた。
「あっ」
リュンクスの筋肉痛を和らげている塗り薬は鼻にツンと来る独特なかなり強い匂いがある。鼻の通りが良くなるようなスーッとする香りで、マントを羽織った今はそこまで匂わないが野生の動物は強く感じているのかもしれない。
「ああぁぁあ」
テュフォンが言う間もなく、リュンクスはテュフォンが言わんとすることを理解した。おびえた表情をするリュンクスにテュフォンは首を横に振る。
「いえ、可能性の1つですよ。リュンクスさんが悪いわけじゃないですから」
「そんなことないです。私のせいで…」
俯くリュンクスにテュフォンは向き直って言う。
「いいえ、リュンクスさんが必要ないと言ったのに薬を用意したのは俺ですから」
「違います。そもそも私が筋肉痛になるから」
「あれだけの作業をされたらなっても仕方ないですよ」
「とんでもないです。私の至らなさで…」
しばらくの間、どちらに責任があるのかと言う自己申告が続いた。
ある程度、謎の主張をし続けたところで最も無意味な時間の使い方をしていることに2人とも気が付く。
「どうしたら良かったのか」よりも「どうしていくか」と言う事で話を切り替える事とした。その結果「動物は諦めて植物の方に重点を置いていきましょう」と、動き回らない植物を相手にすることで話は落ち着いた。
ここまで来る間にもわかりやすい薬草やキノコや果実の採取はしていたのでテュフォンの背中の籠には多少の物が入っている。これをもっと増やしていこうという話だ。
視線を遠くから比較的近く、むしろ足元に注意しながら歩くようにする。
ただ、テュフォンはなにかある事はわかるが、それが有益な物なのかを判別する知識が無かった。見つけた物を採取するかどうかはリュンクスの役割だった。
「やっぱり、リュンクスさんがいると頼りになります」
テュフォンが本心を伝えると、リュンクスはわかりやすく頬を染める。感謝されたことに照れたのか、テュフォンの顔の良すぎる造形のせいなのかまではわからなかった。
本気で辺りを探せばそれなりに価値のある植物が見つかった。少し拓けたところに出てみたら、疲労回復薬として重宝されている薬草の群生地がありかなりの利益が見込めた。これだけあれば、来た甲斐があると十分言えるだろう。
リュンクスは腕の筋肉痛の影響で薬草を摘むことは厳しかったが、薬草が丈夫な草だったのでテュフォンが薬草の根元から剣で斬っていくという荒技が使えた。そのおかげで薬草採取の苦労はさほどなかった。
「私は剣はあまり詳しくはないのですが…テュフォンさんの剣筋は綺麗だと思いました」
テュフォンの作業風景を見ていたリュンクスの評価は良いものだった。実際、テュフォンも使ってみてなんとなくだが、振るうのは初めてではないと思っていた。ロングソードと言う扱いには慣れが必要な物をなんなく振れたのだ。
と言う事は、テュフォンはそれなりに剣の心得があるのだろう。そして、このロングソードも愛用していたのだろう。
それでなにを斬っていたのか、テュフォンは気になった。しかし、それは今はわかりようがない。
籠に入れられるだけ薬草を詰めた後、街に戻るか、せっかくだからもう少し森の奥を見ていくかと相談しながら2人は奥に向かって進んでいた。
まだ帰還までの時間に余裕はあるので奥に進めるだけ進んでみようと言う方向で2人は進んだ。
「わ…」
また拓けたところに出た。
先ほどは薬草の群生地だったが、ここは泉が沸いていた。先ほどよりも大きく空間が拓けていたので太陽の光がさんさんと降り注いでおり、薄暗い森とは大違いだった。
僅かに波打つ水面がキラキラと輝く景色は綺麗で幻想的な雰囲気がある。
丸い泉の中央から水が沸いているのか、中心から岸に向けて円状に波がゆっくりと広がり続けている。
「これまた絵になりますね」
「はい。綺麗です」
岸辺も柔らかい草が生えていたので、2人は休憩していくことにした。
泉を覗くと透明度の高い水が湛えられていて、底が見えた。深さは腰まであるかないというくらいで、魚などの水中の生物はいないようだった。なにか面白いものがいないかと期待をしていたが、当ては外れた。
自然の中で泉が自然と沸くことはある事だが、なにか違和感をテュフォンは抱いていた。しかし、何故そう感じるのかはわからなかった。
リュンクスは木の幹を背に足を伸ばして座っている。
休憩をしているリュンクスにテュフォンは声をかけた。
「ちょうど良いから水を汲んでいきましょう。リュンクスさんの水筒を貸してもらえますか?」
そう言ってテュフォンが手を差し出すと、リュンクスが慌てて立ち上がろうとしたのでそのまま座っているように手で示した。その仕草にリュンクスは動きを止める。
リュンクスから水筒を受け取ったテュフォンは自分のと合わせて2本の水筒を水面に近づける。その時、ふと、テュフォンは気が付いた。水面の波の発生源の位置が変わっていることに。
先ほど見た時は泉の中心だったが、今はテュフォンのほんの先になっていた。
湧き出すポイントが数か所あるのかとテュフォンが考えたのと同時にリュンクスの叫び声が聞こえた。
「テュフォンさん!!」
リュンクスがこんな大声を出すのかとテュフォンは驚いたが、その叫び声でテュフォンは顔を上げる。その視界に映ったのは水の壁。
「えっ…!」
状況が呑み込めず、テュフォンは動くに動けなかった。
そそり立つ壁となった泉の水はそのままテュフォンを飲み込み、泉の中に引きずり込んだ。
抵抗をしようにも液体相手では掴むことすらままならず、テュフォンはそのまま泉に全身を飲み込まれる。
泉の底は眼前に迫っている。
底に手を付いて、身体を起こそうとしたが上から圧迫されているのか上手くできない。水と思っていたものは粘性があるように感じた。
水中以上に動きにくい。
リュンクスは腕の痛みを忘れて立ち上がった。
時間にしてほんの数秒のうちにテュフォンは泉に引きずり込まれた。その状況を見て、リュンクスは青ざめている。
起きた出来事の原因が彼女にはわかっていた。
泉だと思っていたものは粘性の不定形の魔物、スライムが擬態していたのだ。
この森に魔物は確認されていない。だが、未来永劫いないという保証もない。最近、なにかしらの理由があってスライムがこの森に出現して、泉に擬態していたとすれば。
水場を求めてやってきた動物は確実に餌食になっているだろう。
「動物がいない理由は…まさか…」
リュンクスは杖を強く握ると唇を噛んだ。
光魔法使いとしてテュフォンを助け出すための有効な方法を彼女は思いつけなかった。
スライムも様々な種類がいる。酸や毒などで直接、獲物を殺す方法を持つものもいる。しかし、この泉の透明度からこのスライムはそのような方法は持っていない可能性が高い。
しかし、スライム全種に共通する手段がある。それは窒息だ。
獲物の全身を取り込んだり、顔を塞げば後は獲物が窒息死するのを待つだけと言う方法だ。
「なにか…なにか方法は…!」
リュンクスは沈むテュフォンの背中を見つめつつ、出来るだけ冷静に考えられるように自分の恐怖心を抑え込んでいた。
しかし、それはテュフォンは同じだった。
が、襲われている当の本人であるテュフォンはかなり落ち着いていた。
粘性の液体で全身が覆われているのに、息苦しくないのである。呼吸は確かに出来ていない。自分で息を止めている自覚はあるのだが、一向に苦しくならない。
その理由はわからないが、テュフォンは先ほど感じていた違和感の正体を見つけていた。
こんこんと泉が沸き続けているのなら、泉から溢れた水が川を作っていても良いはずだ。しかし、この泉から延びる川は無かった。水が沸いていると思ったあの波はスライムの生命動作のようなものだったのだろう。
もっと早く気づいていれば…。
そうテュフォンは自分を責めるが、それでは現状を変える事が出来ない。
今は息苦しくなくとも、いずれ苦しくなるかもしれない。
早く対処法を探さなければ…。
そう思案しつつ、テュフォンは視線を巡らせる。手足を動かすことはできるが、身体を回転させたり、起き上がろうとすると上から押さえつけられてしまって出来ない。
まともに見る事が出来るのは底だけになるのだが、よく目を凝らすと一部の色が違う事に気が付いた。
綺麗な円形に他より明るい色をしている部分が、太陽光に照らされると良く分かった。それを見て、デュフォンは腰のロングソードにゆっくりと腕を伸ばした。
泉の底を塞ぐ蓋かと思ったが、そんなわけはないはずだ。
リュンクスはもどかしい思いをしながらも、動けずにいた。
あまりスライムに近づきすぎると自分まで捕らわれてしまうかもしれない。そうなってしまったら、もう、2人とも助からないだろう。
しかし、リュンクスは距離を置きながらスライムを倒し、テュフォンを助ける方法が思いつけなかった。
「わ…私のせいで…。私が才能が無いから…」
リュンクスが無意識に言葉をつぶやくと、瞳から涙が零れ落ちた。
涙のせいでリュンクスの視界が大きく歪む。最初はその歪みかと思ったが、目を凝らすとリュンクスは視力はテュフォンの動きをしっかりと捉えた。
テュフォンがゆっくりとした動きだが、腰の剣を抜いてそれを泉底に突き刺した。
その瞬間、泉が弾けた。
「ひゃっ…!」
高く水しぶきが上がり、通り雨が辺りに降り注ぐ。
とっさにリュンクスは両腕で顔をかばった。その動きで腕が悲鳴を上げたが、そんなことに構っていられない。
「テュフォンさん!!」
リュンクスが顔を上げた時、テュフォンは泉だったものの中に立っていた。
「心配かけました」
そう、テュフォンは申し訳なさそうに言う。
一部変色していた部分はスライムの核と呼ばれる部位だった。その核がスライムの生命を維持する最も重要な部分なので、それを破壊されるとスライムはその存在を保てなくなる。まさに水が入った袋が破裂するかのようにスライムはその身体を破裂させて死に絶えた。
「テュフォンさん…」
リュンクスが泣き顔のような笑顔でテュフォンの名を口にするとその場にへたり込んでしまった。
「リュンクスさん…!」
テュフォンは慌てて岸に上がるとリュンクスを支えようとしたが、自分は全身ずぶぬれであることに気が付いてためらった。
「大丈夫ですか?」
「テュフォンさんこそ、大丈夫ですか!?」
リュンクスの言葉はもっともで、思わずテュフォンは苦笑いをしてしまった。
「俺は大丈夫です。無傷ですよ」
言って両掌を開いて見せる。
水溶性の高いスライムは窒息させてからゆっくりと消化をしていくと言う。このスライムはまさにそのタイプだったのだろう。
酸が強いタイプなら獲物は生きながら溶かされることもあると言う。
結果的には2人とも無事だったのだから良いが、自然の中では油断が出来ないと改めて思った。
異常事態が発生したので報告は発見者の義務である。底に残っていたスライムの核を回収して、2人は街へと戻ることにした。
こう言った報告することでなにかしらの謝礼が出たりしないかと思うくらいの余裕がテュフォンにはあったのだった。
テュフォンが魔法の心得がある事は昨日の作業でわかったので、今度は剣の腕を調べてみようという話になった。別の森で出会ってから街に着くまでの道中では特に魔物や猛獣に襲われることもなかったので、剣を腕を知る機会がなかったと言うのもある。
街で道場や有識者にみてもらえればわかる事も多いかもしれない。しかし、無料と言うわけにはいかないだろう。ただ知るためだけに路銀を減らす事は避けたいので、動物相手に行う事とした。
市場などでは狩った動物を持ち込めば買い取ってくれたり、肉屋で解体をしてくれたりと色々と対応もできるし買い取ってもらえば路銀も増えるという良い点もある。
狩場に関する情報も買い取りたい立場の人からなら教えてもらえるものだ。
そんなわけで2人は狩場としても使用される森へとやってきた。ただ、狩りの基本は弓と言う事なので理想通りに事が運ぶかどうかは怪しい。もし狩りが上手く行かなかったとしても、野草や森でとれる果実なども売れるので何も収穫が無いという事は無いだろう。
「そろ、そろ、なにか、いてっいても良いかと」
やたらとリュンクスが言葉を切って話す。そんな不自然な話し方をするのにはもちろん理由があった。
昨日の役所の仕事の後遺症はやはりあったのだ。リュンクスにのみ。
何往復も猫車を押していたのが原因で、リュンクスの腕は酷い筋肉痛になっている。朝起きて驚いたのは何よりリュンクス本人だった。手首から肩までが痛みと張りで起きた直後は本当に動かせなかったそうだ。腰と足もかなりの疲労が残っていたが腕と比べたら大したことは無いという。
筋肉痛を和らげる薬はあるそうだが、リュンクスは購入を断った。修行の一環として経験を積みたいという。
着替えるどころか、マントに袖を通すだけでも大仕事になるのだから早く治って欲しいという事でテュフォンはサクッと薬を買ってきた。適度な布に薬を塗布したものを用意したところでリュンクスは至極驚いたが、早く治るった方がありがたいという事で意見はさせなかった。
リュンクスは薬の代金を支払うと言ったが、今後、テュフォン自身も使う事があるだろうからテュフォンは自分の荷物に残りの薬を入れてこの話は終わった。
薬はひんやりとした感覚を与えるらしく、張りによる痛みはだいぶ和らいだそうだが杖を持って歩くとやはり痛みが出るらしい。
少なくとも筋肉痛が引かなければ旅に出る事は危ないだろうという考えは2人で一致した。しかし、その間をどうやって過ごそうかという話になると2人の意見は分かれた。テュフォンはリュンクスには療養してもらっていてテュフォンは路銀稼ぎをしておくと言った。リュンクスは出来る範囲でテュフォンの素性を知る事をしたい。もしくは、何か役に立つ知識を使いたい。とのことだった。
そして、お互いの落としどころを探った結果、森へと来たのだった。
少し先を歩くテュフォンが肩越しに振り返って、リュンクスを気遣う。
「無理しないでくださいね」
リュンクスが頑固なのはテュフォンも大分わかってきた。本音で言うと街にいて欲しかったが、付き添ってもらえるのもありがたい。
しかし、ここまで疲労困憊だとテュフォンとしても素直には喜べないが、帰すわけにもいかない。本来はテュフォンの剣の腕を見るために来たが、リュンクスの状況を考えると動物も魔物も出会わずに帰りたい。
テュフォンは背負った籠を背負いなおす。
背中の籠はかなり大きい編み籠だが、今は空っぽだ。獲物や採取したものを持って帰るのに便利だろうと市場が貸し出してくれたのだ。
テュフォン自身の身体に昨日のダメージは残っていない。終わった時点で疲労感は無かったが、翌日にも疲れや筋肉痛のような影響も出ていなかった。
「足を、ひっぱらない、ように、がんばり、ます!」
奥歯を噛みながらリュンクスは答えた。
森はそこまで深くはないので、木漏れ日で周囲は比較的明るい。森に入ったあたりはそれなりに整備されていて、道と呼べるものがあった。しかし、それも十数分歩くと無くなって茂みをかき分ける形となった。
よく見ると獣道があるようだ。
獣道があるという事は、道を作ることが出来る程度の大きさの生き物がいるというわけだ。
この森に生息している生き物についても情報は集めている。
魔物は確認されておらず、動物たちの楽園らしかった。
木の上に鳥を何種類か確認できていたが、地上の動物はまだ未確認である。小動物ならなにかが近づいてくる音におびえて逃げてしまうだろう。
今、街で需要が高まっているのは毛皮が取れる動物らしい。
寒くなる季節に向けて毛皮を使用した服を作っていくと言うので、必要になると言う。毛皮が好まれる動物は小動物が多いのでそれなりの数が必要になるため商品の価格が高くなりやすく、元の動物も良い値段になるらしい。
大型なら毛があれば敷物になる事が多いと言う。また、肉もそれなりに取れるのでどっちみち買い取り用の商品としては問題ない。
とりあえず、出会った物は狩る。そんなシンプルな話だ。
そう、話はシンプルだが、後は出会うだけなのだが…。
「いないですね…」
テュフォンが形の良い眉を潜めて言うと、リュンクスは口を結んだままうなずいた。
森に到着してそれなりの時間は経ったし、そこそこ深くまでやってきた。
狩場として重宝されている森なので適度に歩いていればなにかしら出会えるらしい。他の狩人と出会う事も比較的あるとか。
別に狩りに向かない時期でもないし、森の生物が減り過ぎているという話も聞いていない。
状況としては問題ないはずなのだが、出会わない。
出会えない理由について他に思い当たることがあるとしたら…。
「あ」
今の状況を考えて1つテュフォンは思いついた。
「もしかしら、薬が原因かも…」
その呟きにリュンクスは軽く首を傾げた後に目を見開いた。
「あっ」
リュンクスの筋肉痛を和らげている塗り薬は鼻にツンと来る独特なかなり強い匂いがある。鼻の通りが良くなるようなスーッとする香りで、マントを羽織った今はそこまで匂わないが野生の動物は強く感じているのかもしれない。
「ああぁぁあ」
テュフォンが言う間もなく、リュンクスはテュフォンが言わんとすることを理解した。おびえた表情をするリュンクスにテュフォンは首を横に振る。
「いえ、可能性の1つですよ。リュンクスさんが悪いわけじゃないですから」
「そんなことないです。私のせいで…」
俯くリュンクスにテュフォンは向き直って言う。
「いいえ、リュンクスさんが必要ないと言ったのに薬を用意したのは俺ですから」
「違います。そもそも私が筋肉痛になるから」
「あれだけの作業をされたらなっても仕方ないですよ」
「とんでもないです。私の至らなさで…」
しばらくの間、どちらに責任があるのかと言う自己申告が続いた。
ある程度、謎の主張をし続けたところで最も無意味な時間の使い方をしていることに2人とも気が付く。
「どうしたら良かったのか」よりも「どうしていくか」と言う事で話を切り替える事とした。その結果「動物は諦めて植物の方に重点を置いていきましょう」と、動き回らない植物を相手にすることで話は落ち着いた。
ここまで来る間にもわかりやすい薬草やキノコや果実の採取はしていたのでテュフォンの背中の籠には多少の物が入っている。これをもっと増やしていこうという話だ。
視線を遠くから比較的近く、むしろ足元に注意しながら歩くようにする。
ただ、テュフォンはなにかある事はわかるが、それが有益な物なのかを判別する知識が無かった。見つけた物を採取するかどうかはリュンクスの役割だった。
「やっぱり、リュンクスさんがいると頼りになります」
テュフォンが本心を伝えると、リュンクスはわかりやすく頬を染める。感謝されたことに照れたのか、テュフォンの顔の良すぎる造形のせいなのかまではわからなかった。
本気で辺りを探せばそれなりに価値のある植物が見つかった。少し拓けたところに出てみたら、疲労回復薬として重宝されている薬草の群生地がありかなりの利益が見込めた。これだけあれば、来た甲斐があると十分言えるだろう。
リュンクスは腕の筋肉痛の影響で薬草を摘むことは厳しかったが、薬草が丈夫な草だったのでテュフォンが薬草の根元から剣で斬っていくという荒技が使えた。そのおかげで薬草採取の苦労はさほどなかった。
「私は剣はあまり詳しくはないのですが…テュフォンさんの剣筋は綺麗だと思いました」
テュフォンの作業風景を見ていたリュンクスの評価は良いものだった。実際、テュフォンも使ってみてなんとなくだが、振るうのは初めてではないと思っていた。ロングソードと言う扱いには慣れが必要な物をなんなく振れたのだ。
と言う事は、テュフォンはそれなりに剣の心得があるのだろう。そして、このロングソードも愛用していたのだろう。
それでなにを斬っていたのか、テュフォンは気になった。しかし、それは今はわかりようがない。
籠に入れられるだけ薬草を詰めた後、街に戻るか、せっかくだからもう少し森の奥を見ていくかと相談しながら2人は奥に向かって進んでいた。
まだ帰還までの時間に余裕はあるので奥に進めるだけ進んでみようと言う方向で2人は進んだ。
「わ…」
また拓けたところに出た。
先ほどは薬草の群生地だったが、ここは泉が沸いていた。先ほどよりも大きく空間が拓けていたので太陽の光がさんさんと降り注いでおり、薄暗い森とは大違いだった。
僅かに波打つ水面がキラキラと輝く景色は綺麗で幻想的な雰囲気がある。
丸い泉の中央から水が沸いているのか、中心から岸に向けて円状に波がゆっくりと広がり続けている。
「これまた絵になりますね」
「はい。綺麗です」
岸辺も柔らかい草が生えていたので、2人は休憩していくことにした。
泉を覗くと透明度の高い水が湛えられていて、底が見えた。深さは腰まであるかないというくらいで、魚などの水中の生物はいないようだった。なにか面白いものがいないかと期待をしていたが、当ては外れた。
自然の中で泉が自然と沸くことはある事だが、なにか違和感をテュフォンは抱いていた。しかし、何故そう感じるのかはわからなかった。
リュンクスは木の幹を背に足を伸ばして座っている。
休憩をしているリュンクスにテュフォンは声をかけた。
「ちょうど良いから水を汲んでいきましょう。リュンクスさんの水筒を貸してもらえますか?」
そう言ってテュフォンが手を差し出すと、リュンクスが慌てて立ち上がろうとしたのでそのまま座っているように手で示した。その仕草にリュンクスは動きを止める。
リュンクスから水筒を受け取ったテュフォンは自分のと合わせて2本の水筒を水面に近づける。その時、ふと、テュフォンは気が付いた。水面の波の発生源の位置が変わっていることに。
先ほど見た時は泉の中心だったが、今はテュフォンのほんの先になっていた。
湧き出すポイントが数か所あるのかとテュフォンが考えたのと同時にリュンクスの叫び声が聞こえた。
「テュフォンさん!!」
リュンクスがこんな大声を出すのかとテュフォンは驚いたが、その叫び声でテュフォンは顔を上げる。その視界に映ったのは水の壁。
「えっ…!」
状況が呑み込めず、テュフォンは動くに動けなかった。
そそり立つ壁となった泉の水はそのままテュフォンを飲み込み、泉の中に引きずり込んだ。
抵抗をしようにも液体相手では掴むことすらままならず、テュフォンはそのまま泉に全身を飲み込まれる。
泉の底は眼前に迫っている。
底に手を付いて、身体を起こそうとしたが上から圧迫されているのか上手くできない。水と思っていたものは粘性があるように感じた。
水中以上に動きにくい。
リュンクスは腕の痛みを忘れて立ち上がった。
時間にしてほんの数秒のうちにテュフォンは泉に引きずり込まれた。その状況を見て、リュンクスは青ざめている。
起きた出来事の原因が彼女にはわかっていた。
泉だと思っていたものは粘性の不定形の魔物、スライムが擬態していたのだ。
この森に魔物は確認されていない。だが、未来永劫いないという保証もない。最近、なにかしらの理由があってスライムがこの森に出現して、泉に擬態していたとすれば。
水場を求めてやってきた動物は確実に餌食になっているだろう。
「動物がいない理由は…まさか…」
リュンクスは杖を強く握ると唇を噛んだ。
光魔法使いとしてテュフォンを助け出すための有効な方法を彼女は思いつけなかった。
スライムも様々な種類がいる。酸や毒などで直接、獲物を殺す方法を持つものもいる。しかし、この泉の透明度からこのスライムはそのような方法は持っていない可能性が高い。
しかし、スライム全種に共通する手段がある。それは窒息だ。
獲物の全身を取り込んだり、顔を塞げば後は獲物が窒息死するのを待つだけと言う方法だ。
「なにか…なにか方法は…!」
リュンクスは沈むテュフォンの背中を見つめつつ、出来るだけ冷静に考えられるように自分の恐怖心を抑え込んでいた。
しかし、それはテュフォンは同じだった。
が、襲われている当の本人であるテュフォンはかなり落ち着いていた。
粘性の液体で全身が覆われているのに、息苦しくないのである。呼吸は確かに出来ていない。自分で息を止めている自覚はあるのだが、一向に苦しくならない。
その理由はわからないが、テュフォンは先ほど感じていた違和感の正体を見つけていた。
こんこんと泉が沸き続けているのなら、泉から溢れた水が川を作っていても良いはずだ。しかし、この泉から延びる川は無かった。水が沸いていると思ったあの波はスライムの生命動作のようなものだったのだろう。
もっと早く気づいていれば…。
そうテュフォンは自分を責めるが、それでは現状を変える事が出来ない。
今は息苦しくなくとも、いずれ苦しくなるかもしれない。
早く対処法を探さなければ…。
そう思案しつつ、テュフォンは視線を巡らせる。手足を動かすことはできるが、身体を回転させたり、起き上がろうとすると上から押さえつけられてしまって出来ない。
まともに見る事が出来るのは底だけになるのだが、よく目を凝らすと一部の色が違う事に気が付いた。
綺麗な円形に他より明るい色をしている部分が、太陽光に照らされると良く分かった。それを見て、デュフォンは腰のロングソードにゆっくりと腕を伸ばした。
泉の底を塞ぐ蓋かと思ったが、そんなわけはないはずだ。
リュンクスはもどかしい思いをしながらも、動けずにいた。
あまりスライムに近づきすぎると自分まで捕らわれてしまうかもしれない。そうなってしまったら、もう、2人とも助からないだろう。
しかし、リュンクスは距離を置きながらスライムを倒し、テュフォンを助ける方法が思いつけなかった。
「わ…私のせいで…。私が才能が無いから…」
リュンクスが無意識に言葉をつぶやくと、瞳から涙が零れ落ちた。
涙のせいでリュンクスの視界が大きく歪む。最初はその歪みかと思ったが、目を凝らすとリュンクスは視力はテュフォンの動きをしっかりと捉えた。
テュフォンがゆっくりとした動きだが、腰の剣を抜いてそれを泉底に突き刺した。
その瞬間、泉が弾けた。
「ひゃっ…!」
高く水しぶきが上がり、通り雨が辺りに降り注ぐ。
とっさにリュンクスは両腕で顔をかばった。その動きで腕が悲鳴を上げたが、そんなことに構っていられない。
「テュフォンさん!!」
リュンクスが顔を上げた時、テュフォンは泉だったものの中に立っていた。
「心配かけました」
そう、テュフォンは申し訳なさそうに言う。
一部変色していた部分はスライムの核と呼ばれる部位だった。その核がスライムの生命を維持する最も重要な部分なので、それを破壊されるとスライムはその存在を保てなくなる。まさに水が入った袋が破裂するかのようにスライムはその身体を破裂させて死に絶えた。
「テュフォンさん…」
リュンクスが泣き顔のような笑顔でテュフォンの名を口にするとその場にへたり込んでしまった。
「リュンクスさん…!」
テュフォンは慌てて岸に上がるとリュンクスを支えようとしたが、自分は全身ずぶぬれであることに気が付いてためらった。
「大丈夫ですか?」
「テュフォンさんこそ、大丈夫ですか!?」
リュンクスの言葉はもっともで、思わずテュフォンは苦笑いをしてしまった。
「俺は大丈夫です。無傷ですよ」
言って両掌を開いて見せる。
水溶性の高いスライムは窒息させてからゆっくりと消化をしていくと言う。このスライムはまさにそのタイプだったのだろう。
酸が強いタイプなら獲物は生きながら溶かされることもあると言う。
結果的には2人とも無事だったのだから良いが、自然の中では油断が出来ないと改めて思った。
異常事態が発生したので報告は発見者の義務である。底に残っていたスライムの核を回収して、2人は街へと戻ることにした。
こう言った報告することでなにかしらの謝礼が出たりしないかと思うくらいの余裕がテュフォンにはあったのだった。
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