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2章
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マリウス神父は私の手に持っている書類の束を見て困ったような表情を見せた。
「いけませんね、祭壇の裏側を探るなんて。意外と手癖の悪いお嬢さんだ」
いつのまにそこに立っていたのだろう。それよりも外にはリクが見張っていたはずだ。思わず教会の入り口を見るとマリウス神父は「ああ」と思い出したように言った。
「あなたのお友達の精霊さんは気づいてはいないようですよ」
そう言ってにっこりと笑った。訝しげな視線をマリウス神父へ送ると、マリウス神父は懐から何かを取り出した。
「私はですね、魔導具を集めるのが趣味でして、この魔導具はなかなか珍しいものなんですよ」
それは金の飾り装飾に親指ほどのアメジストのような紫の石が嵌め込まれているペンダントだった。輝く金の装飾でふちどられた紫の石は淡く光っている。
「これは精霊を欺くことができる魔導具です。ただ、なかなか値がはる割には少々使いにくいのが難点でしてね、これは精霊相手にしか効かないものなんですよ。使い道はないと思っていましたがまさかこんなところで役に立つとはね」
つまりこの魔導具のせいで外にいるリクは中の様子に気づいていない……?
心臓の鼓動が早くなり、警鐘を鳴らしているかのようだった。今ここでリクを呼ぶべきか迷っていると、私の考えを見透かしたようにマリウス神父が言った。
「声をあげても無駄ですよ。この魔導具の他にも教会に入れないように結界を張っていますからね」
朗らかに笑って喋るマリウス神父の笑みはあのときにみた背筋の凍るような笑みを浮かべていた。いつも孤児院の子供達に向けている柔らかな笑顔の姿が思い出される。
「どうして……」
背中に汗が伝うも、やっとのことで絞り出した問いにマリウス神父は不思議そうな表情をした。
「どうして?」
「と、とぼけないでくださいっ……これはいったい何ですか!」
手に握ったままの書類をマリウス神父に掲げて見せると、マリウス神父は「ああ」と興味がなさそうに書類を見た。
「教会孤児院はですね、魔力の高い子供がいたら教会本部への報告義務はありますがそれについて正しく報告されているかなどの監査などは何もないんですよ。それはなぜだと思いますか?」
突然問われて困惑している私に構わず、マリウス神父は話し続けた。
「それは、教会本部自体が元高位貴族達が多いことが関係しています。幹部達は爵位はないものの選民意識が強く、平民なんぞにこれっぽちも興味がないからです」
笑みを浮かべたまま、話される内容に驚愕しているとマリウス神父は私を見て目を細めた。
「ですから、本部に魔力の高い子供を送るよりかはこちらで手っ取り早く売り買いしてしまった方が有効活用できるというわけですよ」
「じゃあ、ここにいた魔力の高い子供達は……」
「さあ? 売った後のことまではわかりません。まあ、あの町長が連れてきた売人なので私の知ることではありません」
首を傾げて見せるマリウス神父を見て私は拳をグッと握りしめた。
この手の中の書類に書かれた子供達は一体どれほどの数なのか、そしてどれほどの数の子供達がこの男によって金で売り買いされて今どんな暮らしをしているのか胸が痛んだ。
「町長と手を組んでいたんですね……どうしてそんなことをしたんですか?」
「そうですね、少し昔話をしましょう」
マリウス神父は少し考えてからどこか遠くを見つめた。
「私は子爵貴族の出でしてね、そこに長男として生まれたんです。両親はどちらも下位精霊と契約していて、私にかける期待も高く、幼いことから厳しく育てられました。魔法の訓練は物心ついた時からやらされていましたし、常に緊張感を持って過ごしていました。
そして、十二歳になったころ、精霊召喚の儀が行われました。両親も私も精霊と契約するのは当然と思っていましたし、何なら中位、上位の精霊と契約できるかもしれないと期待に胸を膨らませていました」
そこまで話すと頭をカクンと糸の切れた人形のように下を向いた。マリウス神父は無表情でその虚ろな目にぞくりとする。その表情を見て私はなぜかだんだんと吐き気がしてきた。気分が悪いのを堪えて足に力を入れる。
「精霊は私に応えてはくれませんでした。儀式は失敗に終わったのです。両親は私を酷く罵倒しました。『ここまで育てたのに、失敗なんて恥さらしだ』と。両親に顔も見たくないと言って部屋に軟禁された私は数日たってメイドから話を聞きました。
儀式の後、父が外で作った妾の子供を連れてきて儀式を受けさせたのです。結果はその妾の子供は儀式に成功し、下位の精霊と契約を結びました。父は大層喜び、妾とその子供を屋敷に住まわせることになりました。母はショックを受けてそのまま病に倒れ、一人生家に戻りました。私は誰からも相手にされず、一人部屋に軟禁されたまま数ヶ月過ごしました。そしてあるとき何ヶ月かぶりに父親付きの執事が部屋を訪れて私に言いました。『今から教会に行くのでご準備を』と。そのまま私は教会に連れて行かれました。儀式以来両親に会うこともなく……家を出されたのだと気付いたのは教会で神父になるための修行をして少し経ってからでした」
マリウス神父は虚ろな目で私を見た。その仄暗い表情に言いようのない恐怖を感じたと同時に足元がふらつく。
「平民如きが精霊と契約することができるなんておかしいでしょう」
思わず後ずさると、後ろに気配を感じた。ハッと振り向いた瞬間、私の意識はそこで途切れた。
「いけませんね、祭壇の裏側を探るなんて。意外と手癖の悪いお嬢さんだ」
いつのまにそこに立っていたのだろう。それよりも外にはリクが見張っていたはずだ。思わず教会の入り口を見るとマリウス神父は「ああ」と思い出したように言った。
「あなたのお友達の精霊さんは気づいてはいないようですよ」
そう言ってにっこりと笑った。訝しげな視線をマリウス神父へ送ると、マリウス神父は懐から何かを取り出した。
「私はですね、魔導具を集めるのが趣味でして、この魔導具はなかなか珍しいものなんですよ」
それは金の飾り装飾に親指ほどのアメジストのような紫の石が嵌め込まれているペンダントだった。輝く金の装飾でふちどられた紫の石は淡く光っている。
「これは精霊を欺くことができる魔導具です。ただ、なかなか値がはる割には少々使いにくいのが難点でしてね、これは精霊相手にしか効かないものなんですよ。使い道はないと思っていましたがまさかこんなところで役に立つとはね」
つまりこの魔導具のせいで外にいるリクは中の様子に気づいていない……?
心臓の鼓動が早くなり、警鐘を鳴らしているかのようだった。今ここでリクを呼ぶべきか迷っていると、私の考えを見透かしたようにマリウス神父が言った。
「声をあげても無駄ですよ。この魔導具の他にも教会に入れないように結界を張っていますからね」
朗らかに笑って喋るマリウス神父の笑みはあのときにみた背筋の凍るような笑みを浮かべていた。いつも孤児院の子供達に向けている柔らかな笑顔の姿が思い出される。
「どうして……」
背中に汗が伝うも、やっとのことで絞り出した問いにマリウス神父は不思議そうな表情をした。
「どうして?」
「と、とぼけないでくださいっ……これはいったい何ですか!」
手に握ったままの書類をマリウス神父に掲げて見せると、マリウス神父は「ああ」と興味がなさそうに書類を見た。
「教会孤児院はですね、魔力の高い子供がいたら教会本部への報告義務はありますがそれについて正しく報告されているかなどの監査などは何もないんですよ。それはなぜだと思いますか?」
突然問われて困惑している私に構わず、マリウス神父は話し続けた。
「それは、教会本部自体が元高位貴族達が多いことが関係しています。幹部達は爵位はないものの選民意識が強く、平民なんぞにこれっぽちも興味がないからです」
笑みを浮かべたまま、話される内容に驚愕しているとマリウス神父は私を見て目を細めた。
「ですから、本部に魔力の高い子供を送るよりかはこちらで手っ取り早く売り買いしてしまった方が有効活用できるというわけですよ」
「じゃあ、ここにいた魔力の高い子供達は……」
「さあ? 売った後のことまではわかりません。まあ、あの町長が連れてきた売人なので私の知ることではありません」
首を傾げて見せるマリウス神父を見て私は拳をグッと握りしめた。
この手の中の書類に書かれた子供達は一体どれほどの数なのか、そしてどれほどの数の子供達がこの男によって金で売り買いされて今どんな暮らしをしているのか胸が痛んだ。
「町長と手を組んでいたんですね……どうしてそんなことをしたんですか?」
「そうですね、少し昔話をしましょう」
マリウス神父は少し考えてからどこか遠くを見つめた。
「私は子爵貴族の出でしてね、そこに長男として生まれたんです。両親はどちらも下位精霊と契約していて、私にかける期待も高く、幼いことから厳しく育てられました。魔法の訓練は物心ついた時からやらされていましたし、常に緊張感を持って過ごしていました。
そして、十二歳になったころ、精霊召喚の儀が行われました。両親も私も精霊と契約するのは当然と思っていましたし、何なら中位、上位の精霊と契約できるかもしれないと期待に胸を膨らませていました」
そこまで話すと頭をカクンと糸の切れた人形のように下を向いた。マリウス神父は無表情でその虚ろな目にぞくりとする。その表情を見て私はなぜかだんだんと吐き気がしてきた。気分が悪いのを堪えて足に力を入れる。
「精霊は私に応えてはくれませんでした。儀式は失敗に終わったのです。両親は私を酷く罵倒しました。『ここまで育てたのに、失敗なんて恥さらしだ』と。両親に顔も見たくないと言って部屋に軟禁された私は数日たってメイドから話を聞きました。
儀式の後、父が外で作った妾の子供を連れてきて儀式を受けさせたのです。結果はその妾の子供は儀式に成功し、下位の精霊と契約を結びました。父は大層喜び、妾とその子供を屋敷に住まわせることになりました。母はショックを受けてそのまま病に倒れ、一人生家に戻りました。私は誰からも相手にされず、一人部屋に軟禁されたまま数ヶ月過ごしました。そしてあるとき何ヶ月かぶりに父親付きの執事が部屋を訪れて私に言いました。『今から教会に行くのでご準備を』と。そのまま私は教会に連れて行かれました。儀式以来両親に会うこともなく……家を出されたのだと気付いたのは教会で神父になるための修行をして少し経ってからでした」
マリウス神父は虚ろな目で私を見た。その仄暗い表情に言いようのない恐怖を感じたと同時に足元がふらつく。
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