arkⅣ

たける

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医務室では、艦長の指示に従い治療を受けている者で僅かにごった返していた。
何人もの医師や看護婦達が、彼等の手当てを的確かつ迅速に行っている。

『船医長、今すぐメインプリッジへお越し願います』

スピーカーから真面目くさった副艦長の声がし、ワイズ・キルトンは顔をしかめた。まだ怪我人は10人はいる。軽度ではあるが、一体何の用だと言うのか。

「ドクター、ここは我々だけでもう大丈夫ですよ」

医師の1人が言った。その言葉に看護婦長のジュリア・バートンも頷く。

「すぐに行って差し上げて下さい」

いつもと変わらない、明るい笑顔を見せる彼女は、アカデミーの時からの親友だ。ワイズは頷き返すと、担当していた乗組員の手当てを終えてから、リフトへと向かった。


──ジョシュは一体何処へ行ったんだ?


そう思いながらメインブリッジへ入ると、ファイが指令席から振り返った。

「船医長、艦長は現在、ノッドと宇宙連邦基地へ行っておられます」

そしてその理由を簡潔に述べた後、ファイはブリッジ内の乗組員の状態を調べ、治療が必要ならそうしてくれと言った。

「どうやってここから宇宙連邦基地へ行ったんだ?転送範囲外だろう」

順番に、医療トリコーダーを使って乗組員の怪我がないかチェックしながら、ワイズは尋ねた。

「ノッドはサイボーグです。その能力の1つに、テレポートがあるのです」


──あぁ、そうだった。


全く、何と馬鹿な質問をしたのだろうと後悔しながらも、ワイズはそれきり黙ったまま、作業を続けた。時新モニターに目をやるが、依然ヨラヌス艦はそこに停止している。
最後にファイのチェックを済ませてから、ワイズはトリコーダーを戻した。

「何人かは睡眠不足と栄養不足だが、心配はいらない程度だ」
「ありがとうございます、船医長」

そうファイが言った途端、デルマが驚いた声を発した。

「副艦長!何かが当艦へ転送移動してきます!」
「何だって?一体……」

ワイズは声を上げたが、ファイは黙ったまま科学席へ移動し、あちこちボタンを叩いた。

「どうやら物ではなく、人のようです。医務室へ座標がロックされてる」

慌てた様子もなく、ファイは落ち着き払った態度でインターコムを押すと、警備班を医務室に向かわせた。

「おい、一体誰なんだ?まだあそこは治療をしている!」
「分かりません。私も今から向かいます」

ファイが大股に歩きリフトに乗り込むと、ワイズも慌てて駆け込んだ。扉が閉まり──静寂に耐えられなくなった──ワイズは、無口なハーフ男に苛立つ感情をぶつけた。

「誰が許可なく俺の職場へ来るって言うんだ?見学者は募集していなかったはずだぞ!」
「船医長、どうか落ち着いて下さい。今ごろ警備班も医務室に到着し、不法侵入者を捕らえている頃でしょう」

それに、治療中の乗組員も何人かいるはずだ。彼等はフェイザー銃を携帯しているから、いざとなったら発砲して自分の身は守るだろう。
リフトが停止し、屏が開くと同時にワイズは駆け出した。心配がないと言えど、心配でならない。
通路の角を曲がると、警備班が3人、勢いよく医務室の扉から投げ出されたところだった。乗組員達は手にフェイザー銃を持って、狙いをつけているようだが、その顔は緊迫していた。

「船医長!大変だ、バートンが!」

ファイも追い付き、2人して医務室に顔を突っ込んだ。するといきなり、目が眩むような光が発せられた。

「ジュリア!無事か?」

何とか目を凝らし、状況を把握しようとする。すると光はだんだん弱まっていき、漸く視界が見えるようになった頃には、ヨラヌス人に捕らえられたジュリアが、助けを求めて手を差しのべているところだった。

「ワイズ!助け……」

2人の体はあっと言う間に光の粒に変わったかと思うと、ワイズの手が届く前に消えてしまった。どうやら転送収容されたらしい。

「一体、どうしてバートンが拐われたんだ!」

誰とはなしに声を荒げると、医師の1人が怯えながら口を開いた。

「最後の乗組員を治療し終えた時、急に奴が現れたんだ、看護婦長の後ろに!そして彼女を掴んだかと思うと、駆け付けた警備班を投げ飛ばしたんだ」
「彼女を拐った理由は?」

そうファイが尋ねたが、誰も知らなかった。フェイザー銃を構えていた乗組員は、申し訳なさそうにワイズを見遣ってくる。

「申し訳ありません、船医長。看護婦長を盾にされて撃てませんでした……」


──何故ジュリアが拐われなきゃならないんだ!


ワイズが怒りに地団駄を踏んでいると、隣に立つファイが、小さな声で面白い、と言うのが聞こえた。




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