arkⅣ

たける

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ブリッジは、ファイの司令通り待機中だった。だが士官達は、計器類の数値をチェックしている。
これなら少し席を外しても構わないだろうと判断し、操舵士のデルマに声をかけた。

「少し席を外しますが、何かあれば連絡を下さい」
「分かりました。副艦長、どこに行かれるんです?」

振り返ったデルマは、ファイを見上げてきた。

「医務室にいます」

そう言うなり、ファイはブリッジを出て医務室へ向かった。
通路には下士官達が気を緩める事なく歩いており、それを横目に見ながら、医務室の扉を叩いた。

「入ってもよろしいですか?」

そう声をかけると、看護婦長が扉を開いた。

「どうぞ。皆は今いませんが」

ファイは一瞥すると、静かに医務室へ入った。

「あの、副艦長、さっきはありがとうございました」
「礼には及びません。ところで看護婦長、あれから具合はいかがですか?」

視線を絡めると、看護婦長は椅子へと移動した。コーヒーの入ったカップがテーブルに乗っている。

「はい、大丈夫です。怪我もしていませんし、精神的なダメージもありません」
「そうですか。それは何よりです」

バートン看護婦長を気にかけているのは──個人的興味からではない──あくまで副艦長としての義務だった。だが看護婦長はそうは思わなかったらしく、嬉しそうに笑っている。

「副艦長、コーヒーでもいかがですか?」

断ろうとしたが、看護婦長はもう新しいカップにコーヒーを注いでいた。

「ありがとうございます」

カップを受け取ると、看護婦長はまたニコリと笑った。何が可笑しいのか分からず首を傾げたが、ファイは取り敢えず向かいに腰かけた。

「副艦長は働きすぎです。少しここで休憩して行って下さい」
「いえ、そう言う訳にはいきません。これを頂いたら、すぐブリッジに戻ります」

こんなところで休んでいる訳にはいかない。こうしている間にも、ジョシュ達はヨラヌス人達の動きを注視しているだろう。


──もし彼等が裏切ったら……?


その可能性は、ファイの中では非常に高いものだった。だがあの艦長なら、そうは考えてはいないだろう。
だがもしファイの推測通りヨラヌス人が裏切ったとしたら、ジョシュは迷わず制裁を与えるだろうか?


──無理だろう……彼は優しすぎるところがある。


その甘さが、いつかジョシュの身を滅ぼすのではないか。そうならない為にも、ファイが厳しく彼を見守っていなければならない。
それが副艦長としての勤めだと、ファイは考えていた。

「キルトン船医長も、貴方には休息が必要だと言っておられましたよ?」

不意に話しかけられ、ファイは急いで意識を医務室へ戻した。看護婦長は、じっとこっちを窺うように見ている。

「必要と感じたら、自身で判断し休息を取ります」

そう言ってカップに口をつけると、突然医務室のインターコムがビービー音を立てた。また、同時に艦内の警報が鳴り響く。

「こちらファイ。どうしましたか?」

急いでインターコムのボタンを押すと、切迫したデルマの声が聞こえてきた。

『副艦長、何者かがワープ3でこちらの宙域に向かってきます!』
「分かりました」

医務室を出てメインブリッジに戻ると、ノッドがコンソールの上に指を走らせていた。

「あと5秒で到着します」

デルマが報告し、ホップスは通信回線をチェックした。

「どうやらワムール人の航宙艦みたいだ」

ノッド科学士官が報告するのと同時に、堅牢なワムール艦が姿を現した。ファイはすかさずシールドを上げるよう命じると、司令席に座った。

「ワムール艦から通信が入りました!モニターに映します」

モニターに、ワムール人の姿が大きく映し出された。その目は猫のようにつり上がり、鼻は鼻孔が見える程上を向いていて、大きく裂けた口からは、獣のように不揃いな牙が覗いている。


──まったく、何度見ても醜悪な顔だ。


『艦長はいるか!』
「私は副艦長のファイです。何か用ですか?」

ブリッジ内は静まり返り、警報だけが煩く鳴っている。

『我々の仲間を襲撃したな?我々は報復にきた!』
「貴方達の仲間は、宇宙連邦の許可を得た物資を奪おうとしたのです。艦長は警告しました。ですが、引かなかったから攻撃をしたのです」

そう説明したが、ワムール人の怒りは更に激しくなった。

『やかましい!もっともぶった言い訳をしやがって!覚悟するんだな、我々はお前達を許さない』

モニターからワムール人の姿が消えた途端、ミューズが手を上げた。

「敵艦の攻撃照準がこちらに合わされました!」
「フェイザー砲で対処して下さい。ホップス、艦長に通信を」

突如ブリッジ内は慌ただしくなった。それぞれのコンソールに指を走らせている士官達を見遣っていると、司令席の通信が繋がる。

『こちらデビット。どうかしたのか?』
「艦長、ワムール人が先刻の件で報復に現れました」
「ファイ!ワムール艦が4隻に増えた!」

ノッドが大声を張り上げた。モニターに目を向けると、4隻のワムール艦がアルテミス号を包囲している。

『何だって?ファイ、そっちは頼むぞ。こちらも、済み次第艦に戻る!』

通信が途絶えると、艦はワムールからの攻撃に振動した。デルマがアルテミス号を回避させようとすると、士官の何人かは床に転がった。

「シールドが80%に低下!」

ミューズが声を張り上げる。ファイは司令席にしがみつきながら、どう対処すれば最善かを考えていた。


──4対1では分が悪すぎる。


「何だってんだ!クソッ!」

急にノッドが悪態を吐き、ファイを振り返った。

「ワムール艦がヨラヌス星に転送降下をしやがった!」
「すぐに艦長へ連絡を!警備班を武装させ、ただちに転送降下をさせて下さい」

ファイには、ミューズとデルマの腕に賭けるしか道がないように思えた。

「副艦長、艦長と通信が繋がりました」
「ファイです。艦長、ワムールがそちらに転送降下した模様。警戒して下さい」
『何だって?分かった。こちらも戦闘準備を始める。ファイ、我々がそっちに到着するまで、何とか持ちこたえてくれ』

再び艦が振動する。

「分かりました。何とか持ちこたえます、以上」

通信を切ると、ファイはノッドを見遣った。彼は忙しなくコンソールを叩いている。

「ノッド、貴方に頼みたい事があります」
「へ?こんな状況で……」

振り返ったノッドは、唇を引き締めた。どうやらファイの思考を読み取ったようだ。

「分かったよ。やってみる」

そう言って自席から立ち上がると、デルマが眉を潜めてノッドを見上げた。

「おい、何をするって言うんだよ?」
「あいつらの動きを止める」

眉間に深い皺を刻み、ノッドは両手を突き出した。




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