arkⅣ

たける

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6.

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肩に置かれたモハンドの手が、微かに震えているのを感じる。

「それは……誰なんだ」

ジュリアは立ち上がり、モハンドに背を向けた。
決してこのヨラヌス人が嫌いな訳ではない。だがジュリアにとって結婚は、大きな人生の転機のように感じるのだ。

「それは言えません。けど、とっくにフラれてるんです。でも……忘れられなくて……」

自嘲するように、俯きながら笑みを浮かべた。
アカデミーに入隊した時から、ずっと見ていた。だが、その恋は実らずに終わってしまっている。
あの夜はたくさん泣いた。結果は分かっていても、悲しくて仕方がなかった。どれだけワイズに慰めてもらっただろう?
モハンドも立ち上がる気配を感じたが、ジュリアは振り返らなかった。

「それなら私を拒む理由は何もない筈だ。何故受け入れてくれないのだ?」

ヨターヌを握りしめ、ジュリアは考えた。


──この人と結婚したら、アルテミス号を降りなきゃいけないんだろうな……


それはとても寂しかった。ずっと側にいてくれたワイズやジョシュと、もう簡単には会えなくなる。いや、もしかしたら、もう2度と、会えないかも知れない。

「ジュリア……」
「モハンドさん、私……」

振り返ると、モハンドと目が合った。無表情だが、その瞳は悲しげに見える。


──この人は、私が断ると思ってるんだ……


誰でも、自分の気持ちを拒否されたら悲しいものだ。とくに、受け入れ難いものなら尚更不安で、打ち明けるにはかなりの努力が必要になる。
モハンドは、異星人であるジュリアに多大な勇気を持って打ち明けてくれたのだ。
そう思うと目頭が熱くなった。

「私、ずっと船医になるのが夢だったんです」

それは、ワイズ・キルトンと言う優秀な船医士官候補生に出会うまでだ。ジュリアはアカデミーでワイズに出会い、そして彼の下で働きたいと思った。

「それなら、ヨラヌス艦でなればいい。ちょうど前任の船医長が亡くなってしまったばかりだから」
「他にもいっぱい優秀な人はいるでしょう?」

そう言うと、モハンドは口を閉じた。ジュリアはヨターヌをモハンドに手渡し、そのまま握った。


──きっとこれが、私の転機になるんだわ。


「結婚します、貴方と」

真っ直ぐモハンドの目を見つめながら、ジュリアは決心した。




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