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第15章
2.
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今日退院すると聞いていたゲイナーは、屋敷の玄関先に立っていた。そして先週、ドーズがゲイナーの病室を訪れ、話した事を思い出した。
「本部長、いいですか?」
そう畏まって入って来たドーズの顔は真剣で、ゲイナーは何事かと身構えた。
「あぁ、構わない」
椅子をすすめ、そこにドーズが腰掛けるのを見てから、ゲイナーはドーズに何の用だと尋ねた。
「本部長は明日退院ですよね。その前にお話がしたくて」
ドーズはそう言って笑ったが、無理をしているように感じられた。
「そうだ。明日、退院する」
すっかりとは言えないまでも、怪我は随分と回復していた。これ以上仕事を休む訳にはいかないと、多少医師に無理を言って取り付けた退院だった。
「本部長、貴方はクレイズを愛していますか?今も」
唐突にそう尋ねられ、ゲイナーは一瞬戸惑った。
何と答えたらいいのだろう?素直にまだ、愛していると答えるべきか、諦める為に、いいや、と答えるべきか悩んだ。するとそんなゲイナーの内心を悟ったのか、ドーズは膝上で指を組むと、ゲイナーを見つめてきた。
真剣な眼差しだ。
──嘘をついては失礼になる。
そう感じたゲイナーは、素直に答えた。
「愛している。今も」
「それなら、ご家族と別れる決意はありますか?」
新たな質問に、再びゲイナーは戸惑った。ドーズは一体、何が言いたいのだろう。
「君は、何が言いたいんだ?」
そう尋ねると、ドーズは優しく微笑んだ。
「僕は、クレイズを自由にして上げたいと思うんです」
「自由に……とは?」
ゲイナーが先を促すようにそう言うと、ドーズは肩をすくめて見せた。
「彼女との出会いは貴方も知ってらっしゃる通り、強引なものでした。それからも、僕は彼女を独占したくて、卑劣な事もした。だけど、全て自分勝手な事だったと分かったんです」
そこで言葉を切ると、ドーズは窓の外へと視線を向けた。
「ただ自分の為だけを考えていたんです。だけどそれは間違っていると、彼女が気付かせてくれた。貴方への見返りを求めない真っ直ぐな愛情。それこそ、尊いものだ」
そう言うと、ドーズは視線をゲイナーへと戻した。
「僕は彼女と離婚します。別れてから彼女がどう生きるかは、とやかく言う権利など僕にはありませんが、多分彼女は、貴方を想い続けるでしょう。だからお願いです。彼女を幸せにして上げて下さい」
ドーズは頭を下げた。それを見たゲイナーは、何も言えず布団を握りしめた。
「顔を上げてくれ、ドーズ君」
ゲイナーがそう言うと、ドーズはゆっくりと顔を上げた。辛そうなその表情に、ゲイナーまで辛くなる。
だが、ドーズの言葉で決心がついた。
──1度きりの人生なんだ。
「君に頼まれなくても、そうするつもりさ」
強がってみせた。
ライバルだった男に、君のお陰で決心がついたよ、なんて事は言えない。そんな自分を大人げないと思ったが、それでいい、とも思った。
そして今、ここにいる。
退院の時ハリスが手渡してくれたカードを、ゲイナーはドーズに託した。ドーズは笑顔でそれを受け取ると、任せて下さい、と言った。
その後帰宅したゲイナーは、妻と話し合った。
申し訳ない。すまない。
そう、たくさん謝った。だが、妻は涙を見せたものの、取り乱す事も、ゲイナーを罵る事もなく、黙ってサインをした。
息子のケイトは、妻が引き取る事になった。
その夜、マーガレットと家を出て行く事になったケイトは、酷く泣いていた。ケイトにとって姉の次は、父親を無くす事になるのだ。
その心中は辛いだろう。
だがひとしきり泣くと、ケイトは笑った。もう、大人だから、と言ったケイトは、今年大学を卒業する。
今後、この2人に出来る限りの事をしてやろう。そうゲイナーは決めた。
ふと、腕時計を見遣った。
クレイズがプレゼントしてくれた腕時計。それを見つめていると、新たな人生に希望を持つ事が出来る。
──今度は、教会の赤い絨毯を歩くクレイズを見られる。
胸がときめいた。
「本部長、いいですか?」
そう畏まって入って来たドーズの顔は真剣で、ゲイナーは何事かと身構えた。
「あぁ、構わない」
椅子をすすめ、そこにドーズが腰掛けるのを見てから、ゲイナーはドーズに何の用だと尋ねた。
「本部長は明日退院ですよね。その前にお話がしたくて」
ドーズはそう言って笑ったが、無理をしているように感じられた。
「そうだ。明日、退院する」
すっかりとは言えないまでも、怪我は随分と回復していた。これ以上仕事を休む訳にはいかないと、多少医師に無理を言って取り付けた退院だった。
「本部長、貴方はクレイズを愛していますか?今も」
唐突にそう尋ねられ、ゲイナーは一瞬戸惑った。
何と答えたらいいのだろう?素直にまだ、愛していると答えるべきか、諦める為に、いいや、と答えるべきか悩んだ。するとそんなゲイナーの内心を悟ったのか、ドーズは膝上で指を組むと、ゲイナーを見つめてきた。
真剣な眼差しだ。
──嘘をついては失礼になる。
そう感じたゲイナーは、素直に答えた。
「愛している。今も」
「それなら、ご家族と別れる決意はありますか?」
新たな質問に、再びゲイナーは戸惑った。ドーズは一体、何が言いたいのだろう。
「君は、何が言いたいんだ?」
そう尋ねると、ドーズは優しく微笑んだ。
「僕は、クレイズを自由にして上げたいと思うんです」
「自由に……とは?」
ゲイナーが先を促すようにそう言うと、ドーズは肩をすくめて見せた。
「彼女との出会いは貴方も知ってらっしゃる通り、強引なものでした。それからも、僕は彼女を独占したくて、卑劣な事もした。だけど、全て自分勝手な事だったと分かったんです」
そこで言葉を切ると、ドーズは窓の外へと視線を向けた。
「ただ自分の為だけを考えていたんです。だけどそれは間違っていると、彼女が気付かせてくれた。貴方への見返りを求めない真っ直ぐな愛情。それこそ、尊いものだ」
そう言うと、ドーズは視線をゲイナーへと戻した。
「僕は彼女と離婚します。別れてから彼女がどう生きるかは、とやかく言う権利など僕にはありませんが、多分彼女は、貴方を想い続けるでしょう。だからお願いです。彼女を幸せにして上げて下さい」
ドーズは頭を下げた。それを見たゲイナーは、何も言えず布団を握りしめた。
「顔を上げてくれ、ドーズ君」
ゲイナーがそう言うと、ドーズはゆっくりと顔を上げた。辛そうなその表情に、ゲイナーまで辛くなる。
だが、ドーズの言葉で決心がついた。
──1度きりの人生なんだ。
「君に頼まれなくても、そうするつもりさ」
強がってみせた。
ライバルだった男に、君のお陰で決心がついたよ、なんて事は言えない。そんな自分を大人げないと思ったが、それでいい、とも思った。
そして今、ここにいる。
退院の時ハリスが手渡してくれたカードを、ゲイナーはドーズに託した。ドーズは笑顔でそれを受け取ると、任せて下さい、と言った。
その後帰宅したゲイナーは、妻と話し合った。
申し訳ない。すまない。
そう、たくさん謝った。だが、妻は涙を見せたものの、取り乱す事も、ゲイナーを罵る事もなく、黙ってサインをした。
息子のケイトは、妻が引き取る事になった。
その夜、マーガレットと家を出て行く事になったケイトは、酷く泣いていた。ケイトにとって姉の次は、父親を無くす事になるのだ。
その心中は辛いだろう。
だがひとしきり泣くと、ケイトは笑った。もう、大人だから、と言ったケイトは、今年大学を卒業する。
今後、この2人に出来る限りの事をしてやろう。そうゲイナーは決めた。
ふと、腕時計を見遣った。
クレイズがプレゼントしてくれた腕時計。それを見つめていると、新たな人生に希望を持つ事が出来る。
──今度は、教会の赤い絨毯を歩くクレイズを見られる。
胸がときめいた。
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