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第一章:ゼフィル
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悪魔が再びブルーサファイアの中に戻ると、ゼフィルはそれをポケットに忍ばせ、そのままキャロラインに会いに行った。
雪が降り始め、白い息を両手に吹き掛けていると、キャロラインがこっそりと玄関から出てきた。
「貴方の仕事は昼間でしょう?どうしたの?」
ゼフィルは、キャロラインから顔を背けたくなった。だがそれは、自身の犯した罪から目を背けるのと同等な気がして、しっかりとキャロラインを見つめ返した。
「君に言いたい事がある」
そう言いながら、ゼフィルはキャロラインと並んでアーツ河の畔へと歩いた。
「私も、貴方に言いたい事があるの」
川面に三日月が浮かび、雪が吸い込まれて行く。それを見つめながら、2人で畔に腰掛けた。
先に口を開いたのは、キャロラインだった。
「私、貴方の事を誤解してたわ……ごめんなさい」
「誤解?」
キャロラインは俯かなかった。ゼフィルを真っ直ぐに見つめ返すその目は、何かしらの希望に燃えているようだ。
「街の外れで、貴方の噂を聞いたわ。貴方が盗んだ物……私達より貧しい人に配ってるって。今まで酷い事を言って……」
「いいんだ、キャル」
ゼフィルはキャロラインの言葉を遮った。聞きたくなどない。現にキャロラインの家からも盗んでいたし、何より彼女の吐いた暴言など、ゼフィルがつけた傷に比べたら些末な事だった。
「それよりも、傷……治らないみたいだな」
許されるのなら、その傷に触れたかった。だが、そんな事はきっと許されない。そう思ってゼフィルは膝上で拳を握った。
川面に2人の顔が映っている。
美しいキャロラインには傷があり、不細工な自身の顔にはそれがない。
出来るなら彼女の傷を自分に移してやりたかった。
「気にしてないわ」
そう言ったキャロラインは、ゼフィルの手を握ると、自身の傷口に触れさせた。ゼフィルの掌は途端に熱くなり、緊張を走らせた。
「私、貴方が好きよ」
「馬鹿言えよ、こんな男の、どこがいいってんだ……」
するとキャロラインは、蛇のようなゼフィルの顔に触れた。
「鋭い目とか、薄い唇……あと、優しいってところかしら?」
そう言って笑うキャロラインを見つめ、ゼフィルは今夜で最期になる笑顔を瞼に焼き付けた。そして言った。
「俺はキャロライン、お前を愛してる……だから、傷を治してやるよ」
「え……?」
キャロラインの頬が赤く染まった。そして泣き笑いになると、私も、と言った。
「私も貴方を愛してるの」
そう呟いたキャロラインは、ゼフィルに抱き着いてきた。温かく柔らかな体温を腕に抱きながら、ゼフィルはキャロラインの髪にキスをした。
するとそれが合図であったかのように、キャロラインの傷が小さくなり、やがて消えて元の美しい顔に戻った。
「治ったぞ、触ってみろよ」
そう言うと、それまでゼフィルの頬を触っていた手が引っ込み、キャロラインは自身の頬を撫でて目を丸くした。
「凄い……!ねぇ、どうやったの?私、街中のお医者様に診て貰ったのに……」
目を輝かせるキャロラインに、また以前のような眩しさが蘇った。
──これで良かったんだ。
ゼフィルが笑うと、ポケットに忍ばせておいたブルーサファイアから、ポルポトがその姿を現した。キャロラインはポルポトを見た途端、短い悲鳴を上げ、ゼフィルに引っ付いた。
「願いは叶ったようだな、ゼフィル・カラノア」
そう言い、ポルポトは大いに笑うと、ゼフィルと交わした契約書を突き出した。ゼフィルは受け取ると、何気なく契約書に視線を落とした。すると、契約前まで読めなかった文字が、ちゃんと読めるようになっていた。しかもその内容は、ゼフィルが想定していた悪魔との契約とは全く違うものだった。
「なっ……!これはどう言う事だポルポト!」
キャロラインを庇うように怒鳴ると、ポルポトは声を出して笑うのを止めた。だがその口元には笑みが浮かんだままで、並びの悪い犬のような歯が覗いている。
それを見てぞっとした。
契約書には、こう書かれてあった。
──汝、その生を悪魔に引き渡す代わりに、願いを叶える。
汝、叶え終えたら悪魔となり器に戻る。
汝、次に願いを叶えし者が現れるまで、器に封じられる。
「そのまんまの意味だ!こう見えて、オレも人間だったんだ。ずっと待ってたんだぜ?お前みたいな人間をな!」
そう言った途端、ゼフィルの体とポルポトの体が青い光に包まれた。
「ゼフィル!貴方、どうなってしうの?」
キャロラインが泣いている。
──あぁ、どうしてお前の涙はそんなに綺麗なんだ?
「キャロライン、俺は……」
体がブルーサファイアへと引き込まれて行く。代わりに、ポルポトの黒く大きな体は、人間のそれへと縮んで行った。
やがて悪魔だったポルポトは、口髭を生やしたネズミみたいな顔の男に戻ると、ゼフィルの体は完全に閉じ込められてしまった。
「ふへへっ!これで新たな人生が始められるってもんよ」
卑しく笑ったポルポトは、狼狽えるキャロラインを尻目に、ゼフィルが閉じ込められたブルーサファイアを拾い上げた。
「よぉ、感謝するぜ。だがな、お前とはここでおさらばだ!」
そう言ったポルポトは、ブルーサファイアをアーツ河へと投げた。
──これで俺は終りなのか?
ゼフィルが悲嘆した瞬間、キャロラインが河へ飛び込んだ。
「ゼフィル!」
──お前は生きてくれ、キャロライン……
雪が降り始め、白い息を両手に吹き掛けていると、キャロラインがこっそりと玄関から出てきた。
「貴方の仕事は昼間でしょう?どうしたの?」
ゼフィルは、キャロラインから顔を背けたくなった。だがそれは、自身の犯した罪から目を背けるのと同等な気がして、しっかりとキャロラインを見つめ返した。
「君に言いたい事がある」
そう言いながら、ゼフィルはキャロラインと並んでアーツ河の畔へと歩いた。
「私も、貴方に言いたい事があるの」
川面に三日月が浮かび、雪が吸い込まれて行く。それを見つめながら、2人で畔に腰掛けた。
先に口を開いたのは、キャロラインだった。
「私、貴方の事を誤解してたわ……ごめんなさい」
「誤解?」
キャロラインは俯かなかった。ゼフィルを真っ直ぐに見つめ返すその目は、何かしらの希望に燃えているようだ。
「街の外れで、貴方の噂を聞いたわ。貴方が盗んだ物……私達より貧しい人に配ってるって。今まで酷い事を言って……」
「いいんだ、キャル」
ゼフィルはキャロラインの言葉を遮った。聞きたくなどない。現にキャロラインの家からも盗んでいたし、何より彼女の吐いた暴言など、ゼフィルがつけた傷に比べたら些末な事だった。
「それよりも、傷……治らないみたいだな」
許されるのなら、その傷に触れたかった。だが、そんな事はきっと許されない。そう思ってゼフィルは膝上で拳を握った。
川面に2人の顔が映っている。
美しいキャロラインには傷があり、不細工な自身の顔にはそれがない。
出来るなら彼女の傷を自分に移してやりたかった。
「気にしてないわ」
そう言ったキャロラインは、ゼフィルの手を握ると、自身の傷口に触れさせた。ゼフィルの掌は途端に熱くなり、緊張を走らせた。
「私、貴方が好きよ」
「馬鹿言えよ、こんな男の、どこがいいってんだ……」
するとキャロラインは、蛇のようなゼフィルの顔に触れた。
「鋭い目とか、薄い唇……あと、優しいってところかしら?」
そう言って笑うキャロラインを見つめ、ゼフィルは今夜で最期になる笑顔を瞼に焼き付けた。そして言った。
「俺はキャロライン、お前を愛してる……だから、傷を治してやるよ」
「え……?」
キャロラインの頬が赤く染まった。そして泣き笑いになると、私も、と言った。
「私も貴方を愛してるの」
そう呟いたキャロラインは、ゼフィルに抱き着いてきた。温かく柔らかな体温を腕に抱きながら、ゼフィルはキャロラインの髪にキスをした。
するとそれが合図であったかのように、キャロラインの傷が小さくなり、やがて消えて元の美しい顔に戻った。
「治ったぞ、触ってみろよ」
そう言うと、それまでゼフィルの頬を触っていた手が引っ込み、キャロラインは自身の頬を撫でて目を丸くした。
「凄い……!ねぇ、どうやったの?私、街中のお医者様に診て貰ったのに……」
目を輝かせるキャロラインに、また以前のような眩しさが蘇った。
──これで良かったんだ。
ゼフィルが笑うと、ポケットに忍ばせておいたブルーサファイアから、ポルポトがその姿を現した。キャロラインはポルポトを見た途端、短い悲鳴を上げ、ゼフィルに引っ付いた。
「願いは叶ったようだな、ゼフィル・カラノア」
そう言い、ポルポトは大いに笑うと、ゼフィルと交わした契約書を突き出した。ゼフィルは受け取ると、何気なく契約書に視線を落とした。すると、契約前まで読めなかった文字が、ちゃんと読めるようになっていた。しかもその内容は、ゼフィルが想定していた悪魔との契約とは全く違うものだった。
「なっ……!これはどう言う事だポルポト!」
キャロラインを庇うように怒鳴ると、ポルポトは声を出して笑うのを止めた。だがその口元には笑みが浮かんだままで、並びの悪い犬のような歯が覗いている。
それを見てぞっとした。
契約書には、こう書かれてあった。
──汝、その生を悪魔に引き渡す代わりに、願いを叶える。
汝、叶え終えたら悪魔となり器に戻る。
汝、次に願いを叶えし者が現れるまで、器に封じられる。
「そのまんまの意味だ!こう見えて、オレも人間だったんだ。ずっと待ってたんだぜ?お前みたいな人間をな!」
そう言った途端、ゼフィルの体とポルポトの体が青い光に包まれた。
「ゼフィル!貴方、どうなってしうの?」
キャロラインが泣いている。
──あぁ、どうしてお前の涙はそんなに綺麗なんだ?
「キャロライン、俺は……」
体がブルーサファイアへと引き込まれて行く。代わりに、ポルポトの黒く大きな体は、人間のそれへと縮んで行った。
やがて悪魔だったポルポトは、口髭を生やしたネズミみたいな顔の男に戻ると、ゼフィルの体は完全に閉じ込められてしまった。
「ふへへっ!これで新たな人生が始められるってもんよ」
卑しく笑ったポルポトは、狼狽えるキャロラインを尻目に、ゼフィルが閉じ込められたブルーサファイアを拾い上げた。
「よぉ、感謝するぜ。だがな、お前とはここでおさらばだ!」
そう言ったポルポトは、ブルーサファイアをアーツ河へと投げた。
──これで俺は終りなのか?
ゼフィルが悲嘆した瞬間、キャロラインが河へ飛び込んだ。
「ゼフィル!」
──お前は生きてくれ、キャロライン……
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