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第8章.再会
3.
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ゴシック調の木彫りが施された扉を潜ると、微かにジャズが流れている。店内は控えめな照明で薄暗く、パリをイメージした調度品も、絢爛と言うより厳かに飾られていた。
カウンターに1人──薄いブルーのシャツを着た広い背中だ──座っている。恐らく沢村さんだ。
声をかけるタイミング──と言うより、躊躇し、気後れしている──をどうしようか、と考えていると、チラとこちらを振り返った。
「あ……沢村さん……」
「剣崎君だね?さぁ、座って」
隣の椅子を勧められ、会釈して座る。沢村さんはニコニコ笑っていて──あの、朋樹に似た、甘い匂いがする──俺もつられて笑顔になった。
「何を飲む?」
そう言いながら、メニューを見せてくれる。どれにしようかなって、悩みながら覗き込んでいると、沢村さんがねぇ、って、声をかけてきた。
「知ってるかい?カクテルにも、花言葉みたいに意味があるって」
「そうなんですか?初耳です。例えば?」
そうだなぁって、顎を指で掻きながら思案している。
「じゃあ、有名なお酒でカシス・ソーダってあるだろう?あれはね、貴方は魅力的 、って意味なんだよ」
じっと見つめられ──まるで俺に言ったと錯覚してしまうぐらい──ドキリとする。
「そう……なんですね」
カウンターに置いていた手に、そっと手が重ねられた。ごつくて温かい。
す、と、バーテンダーが──どうぞって──琥珀色のカクテルを差し出してきた。
「アフィニティって言うんだけど……」
「これは、どんな意味なんですか?」
綺麗な色だな、と思う。
「触れ合いたい……」
そう言ってから照れたようにはにかみ──少し頬が赤い──沢村さんは俺を見つめてきた。
「あ……の……」
「この意味、分かるよね……?もし構わないなら、飲んで欲しい。無理なら、飲まなくていいから」
いきなりの展開に、頭が混乱する。だけど心の片隅で、体が目当てだったんだって、ガッカリする自分もいた。
──もうこれで、会う事もないもんな……
微笑を返し、つ、と、一口飲む。少し辛い、だけどまろやかな舌触りのカクテルだ。
「……ありがとう」
そう言って沢村さんはバーテンダーに何かを注文し、俺からグラス──アフィニティ──を取って飲み干した。その様子を横目に見ながら、少し憂鬱になる。
──もう朋樹にも会えなくなるんだろうか……
だとしたら寂しい。2年前の話を聞き終えて、遠慮がちに笑ってくれてた顔も、別れ際、じゃあまたね、って、切なそうに見てきた眼差しにも、もう会えないのだろう。
「お待たせ致しました」
ふと、我に返ると、オレンジ色のカクテルが差し出されていた。これは?と、沢村さんを見遣る。
「オリンピック。待ち焦がれた再会って意味なんだ。えと……その、私は君に、ずっと会いたかったんだ」
「ど、どうして、ですか?」
同じ気持ちだったんだろうか?いや、違う。探してはいたけど、俺はあの朝、何をやったんだって、恐くなって逃げたんだから……
「あの日、私が起きたら君はいなくなってた。シンデレラみたいにね」
「その例えはちょっと違うのでは?」
「や、私の中ではそんなイメージだったんだよ」
ニコリ、と笑う顔が、朋樹に似てる。
「あの日、私が、君も、今私と同じ気持ちでいるかい?と聞いたのを、覚えてる?」
「ん……?いえ、すみません、覚えてないです」
優しい眼差し。それに混じって、少し寂しそうでもあった。
「明日、憶えていたら、教えるよ、って言って、君は消えた……」
「ご……ごめんなさい」
「責めてる訳じゃない。今夜は、それを伝えたいなって、思ってるんだ」
だから、と、握られたままの手に力がこもる。
「朝を迎えても、消えてしまわないで欲しい」
「……は、い……」
顔が一際熱いのは、きっとさっき飲んだアフィニティのせいだ──少しだけだったけど──と思いたい。
「じゃあ、これも飲んで」
「い、いただきます……」
オリンピックも一口飲む。オレンジジュースのような味わいなのにグラッときて、俺は沢村さんの手を強く握り返した。
カウンターに1人──薄いブルーのシャツを着た広い背中だ──座っている。恐らく沢村さんだ。
声をかけるタイミング──と言うより、躊躇し、気後れしている──をどうしようか、と考えていると、チラとこちらを振り返った。
「あ……沢村さん……」
「剣崎君だね?さぁ、座って」
隣の椅子を勧められ、会釈して座る。沢村さんはニコニコ笑っていて──あの、朋樹に似た、甘い匂いがする──俺もつられて笑顔になった。
「何を飲む?」
そう言いながら、メニューを見せてくれる。どれにしようかなって、悩みながら覗き込んでいると、沢村さんがねぇ、って、声をかけてきた。
「知ってるかい?カクテルにも、花言葉みたいに意味があるって」
「そうなんですか?初耳です。例えば?」
そうだなぁって、顎を指で掻きながら思案している。
「じゃあ、有名なお酒でカシス・ソーダってあるだろう?あれはね、貴方は魅力的 、って意味なんだよ」
じっと見つめられ──まるで俺に言ったと錯覚してしまうぐらい──ドキリとする。
「そう……なんですね」
カウンターに置いていた手に、そっと手が重ねられた。ごつくて温かい。
す、と、バーテンダーが──どうぞって──琥珀色のカクテルを差し出してきた。
「アフィニティって言うんだけど……」
「これは、どんな意味なんですか?」
綺麗な色だな、と思う。
「触れ合いたい……」
そう言ってから照れたようにはにかみ──少し頬が赤い──沢村さんは俺を見つめてきた。
「あ……の……」
「この意味、分かるよね……?もし構わないなら、飲んで欲しい。無理なら、飲まなくていいから」
いきなりの展開に、頭が混乱する。だけど心の片隅で、体が目当てだったんだって、ガッカリする自分もいた。
──もうこれで、会う事もないもんな……
微笑を返し、つ、と、一口飲む。少し辛い、だけどまろやかな舌触りのカクテルだ。
「……ありがとう」
そう言って沢村さんはバーテンダーに何かを注文し、俺からグラス──アフィニティ──を取って飲み干した。その様子を横目に見ながら、少し憂鬱になる。
──もう朋樹にも会えなくなるんだろうか……
だとしたら寂しい。2年前の話を聞き終えて、遠慮がちに笑ってくれてた顔も、別れ際、じゃあまたね、って、切なそうに見てきた眼差しにも、もう会えないのだろう。
「お待たせ致しました」
ふと、我に返ると、オレンジ色のカクテルが差し出されていた。これは?と、沢村さんを見遣る。
「オリンピック。待ち焦がれた再会って意味なんだ。えと……その、私は君に、ずっと会いたかったんだ」
「ど、どうして、ですか?」
同じ気持ちだったんだろうか?いや、違う。探してはいたけど、俺はあの朝、何をやったんだって、恐くなって逃げたんだから……
「あの日、私が起きたら君はいなくなってた。シンデレラみたいにね」
「その例えはちょっと違うのでは?」
「や、私の中ではそんなイメージだったんだよ」
ニコリ、と笑う顔が、朋樹に似てる。
「あの日、私が、君も、今私と同じ気持ちでいるかい?と聞いたのを、覚えてる?」
「ん……?いえ、すみません、覚えてないです」
優しい眼差し。それに混じって、少し寂しそうでもあった。
「明日、憶えていたら、教えるよ、って言って、君は消えた……」
「ご……ごめんなさい」
「責めてる訳じゃない。今夜は、それを伝えたいなって、思ってるんだ」
だから、と、握られたままの手に力がこもる。
「朝を迎えても、消えてしまわないで欲しい」
「……は、い……」
顔が一際熱いのは、きっとさっき飲んだアフィニティのせいだ──少しだけだったけど──と思いたい。
「じゃあ、これも飲んで」
「い、いただきます……」
オリンピックも一口飲む。オレンジジュースのような味わいなのにグラッときて、俺は沢村さんの手を強く握り返した。
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