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第16章.帰国
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タクシーに並んで乗り、空港を後にする。運転手さんは──老齢の男性だ──バックミラーで俺達をチラと見たきり、話しかけてはこなかった。
「良かったね、会えて」
「うん、ありがとう。圭人が俺の背中を押してくれたから……」
じゃなかったら、多分、会えてなかった。
「澪君、こう言う時は消極的だよね」
ニパッと笑う圭人は、もう汗が引いているみたいだ。
「圧倒されちゃって……」
「分かるけど」
「それより、あの時言いかけてたよね?」
『昨日N高校にまた行く事になったんだけど』
そう言ってた。
「あぁ、うん。その話ね」
「どうかしたの?」
「うちも、あの高校と取引があってさ、営業で行ったんだけど……姫野先生、がさ、声かけてきて」
──昨日
「あの、すみません!以前、公開練習の時に、沢村選手の側にいらっしゃった方ですよね?」
帰り際──玄関口で──声をかけられた。
「あ、はい。確か……剣崎さんの」
「大学の後輩でして」
エヘヘっと笑う顔は人懐っこそうで、俺は好印象を持った。
「何かご用ですか?」
「えぇ、ちょっと……お時間、よろしいですか?」
はい、と答えると、こちらへ、と案内──生徒指導室と書かれてた──された。互いに向かい合って座る。
「体育教師をしている姫野です」
「カーレッジ・ジャパン営業の吉村です。その、剣崎さんとは」
「聞いてますよぉ!仲がいいって」
──澪君……!
恥ずかしくて俯くと、ボクもです、と笑った。
「は、はぁ……」
「えとですね。その先輩の件なんですが、どこまで聞いてるんですかね?」
「と、言うと?」
そう尋ねると、姫野先生は少し前傾になった。
「探してる人がいるってのは?」
「いえ……」
本当は聞いてたけど、知らないフリをした。
「あ、そうなんですねぇ。えとですね、先輩、2年前に……」
澪君がネコになったきっかけの人の事、それが沢村康介だった事、改めて関係を持ち、意味深なカクテルをプレゼントされた事。そして、その意味を知った事を教えてくれた。
「さっ、沢村先輩のー?」
驚いたフリをしながら、ダンディで柔和な顔を思い出す。でも、カクテルの事は聞いてなかったから、キザだなーって、思った。
「多分、連絡取ってないと思うんですよねぇ」
「ちっとも知らなかった……あ、すみません」
「いいですよぉ。ボク24ですけど」
「え?僕も24ですよ?」
同い年だと分かって、気持ちが解れた空気がする。
姫野先生もそうだったのか、口調が砕けた。
「きっとお父さんの事、好きだよ」
「うーん……2人がどんな雰囲気かは知らないけど、俺は朋樹先輩を好きだと思う」
俺も砕けて返すと、姫野君は腕を──ゴツイな。スポーツマンって感じ──組んだ。
「ちなみに、カクテルの意味って?」
「今、君を想う、だって」
泣いてたから、と、姫野君は付け加えた。
「そうなんだ……」
「お父さんって、どんな人ぉ?」
「優しくて、情熱的で、けど厳しい、かな」
直属の部下ではないから、深くは知らない。
「じゃあ、朋樹君は?」
「ちょっと俺様なとこあるかな。でも、柔道には真摯だよ」
「ふーん……ボク的に、やっぱり先輩の好みはお父さんだと思うなぁ」
「それが、この話のなんなの?」
「あぁ、うん。吉村君も知ってるだろうけど、沢村親子は明日帰国するじゃん?」
確か、グランドスラム大会でパリに行ってるんだっけ、と思い出す。
「そうだけど……?」
「先輩、出迎えに行くから、多分。でも、後ろの方でチラッと見るだけっぽいんだよねぇ」
「あー、ぽいぽい!」
安易に想像出来ちゃう。
「ボクは行けないけど、吉村君、行って背中押してあげてくれない?」
「えぇ?な、何で?」
いきなりの提案に驚きを隠せない。
「例えどっちが好きだとしても、ボクは先輩に幸せになって欲しいんだ」
そう言った姫野君の眼差しは強く、きっと彼も澪君の事が好きだったんだろうなって。
──俺も、澪君が好き。
「分かった、やってみるよ」
──現在
「……そう、だったんだ……」
話を聞き終え、俺はそう呟いた。
「まぁ、そんな事があって来たんだ」
「ありがとう……」
「で、さー……澪君は、どっちが好きなの?」
「え……?」
「聞かせてよ、応援するから」
ぎゅうと両手を握られる。朋樹とは違う、柔らかな感触だ。
「お……俺は……」
──俺が好きなのは……
圭人を見つめ返した。
「良かったね、会えて」
「うん、ありがとう。圭人が俺の背中を押してくれたから……」
じゃなかったら、多分、会えてなかった。
「澪君、こう言う時は消極的だよね」
ニパッと笑う圭人は、もう汗が引いているみたいだ。
「圧倒されちゃって……」
「分かるけど」
「それより、あの時言いかけてたよね?」
『昨日N高校にまた行く事になったんだけど』
そう言ってた。
「あぁ、うん。その話ね」
「どうかしたの?」
「うちも、あの高校と取引があってさ、営業で行ったんだけど……姫野先生、がさ、声かけてきて」
──昨日
「あの、すみません!以前、公開練習の時に、沢村選手の側にいらっしゃった方ですよね?」
帰り際──玄関口で──声をかけられた。
「あ、はい。確か……剣崎さんの」
「大学の後輩でして」
エヘヘっと笑う顔は人懐っこそうで、俺は好印象を持った。
「何かご用ですか?」
「えぇ、ちょっと……お時間、よろしいですか?」
はい、と答えると、こちらへ、と案内──生徒指導室と書かれてた──された。互いに向かい合って座る。
「体育教師をしている姫野です」
「カーレッジ・ジャパン営業の吉村です。その、剣崎さんとは」
「聞いてますよぉ!仲がいいって」
──澪君……!
恥ずかしくて俯くと、ボクもです、と笑った。
「は、はぁ……」
「えとですね。その先輩の件なんですが、どこまで聞いてるんですかね?」
「と、言うと?」
そう尋ねると、姫野先生は少し前傾になった。
「探してる人がいるってのは?」
「いえ……」
本当は聞いてたけど、知らないフリをした。
「あ、そうなんですねぇ。えとですね、先輩、2年前に……」
澪君がネコになったきっかけの人の事、それが沢村康介だった事、改めて関係を持ち、意味深なカクテルをプレゼントされた事。そして、その意味を知った事を教えてくれた。
「さっ、沢村先輩のー?」
驚いたフリをしながら、ダンディで柔和な顔を思い出す。でも、カクテルの事は聞いてなかったから、キザだなーって、思った。
「多分、連絡取ってないと思うんですよねぇ」
「ちっとも知らなかった……あ、すみません」
「いいですよぉ。ボク24ですけど」
「え?僕も24ですよ?」
同い年だと分かって、気持ちが解れた空気がする。
姫野先生もそうだったのか、口調が砕けた。
「きっとお父さんの事、好きだよ」
「うーん……2人がどんな雰囲気かは知らないけど、俺は朋樹先輩を好きだと思う」
俺も砕けて返すと、姫野君は腕を──ゴツイな。スポーツマンって感じ──組んだ。
「ちなみに、カクテルの意味って?」
「今、君を想う、だって」
泣いてたから、と、姫野君は付け加えた。
「そうなんだ……」
「お父さんって、どんな人ぉ?」
「優しくて、情熱的で、けど厳しい、かな」
直属の部下ではないから、深くは知らない。
「じゃあ、朋樹君は?」
「ちょっと俺様なとこあるかな。でも、柔道には真摯だよ」
「ふーん……ボク的に、やっぱり先輩の好みはお父さんだと思うなぁ」
「それが、この話のなんなの?」
「あぁ、うん。吉村君も知ってるだろうけど、沢村親子は明日帰国するじゃん?」
確か、グランドスラム大会でパリに行ってるんだっけ、と思い出す。
「そうだけど……?」
「先輩、出迎えに行くから、多分。でも、後ろの方でチラッと見るだけっぽいんだよねぇ」
「あー、ぽいぽい!」
安易に想像出来ちゃう。
「ボクは行けないけど、吉村君、行って背中押してあげてくれない?」
「えぇ?な、何で?」
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「ありがとう……」
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「え……?」
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「お……俺は……」
──俺が好きなのは……
圭人を見つめ返した。
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