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第24章.2組の
3.
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式典は無事に終了し、オレは沢村を誘って最上階にあるバーへ来ていた。
「どうだ?朋樹と連絡はついたか?」
「あぁ。どうも、帰宅しているようだ」
「剣崎君と一緒なんだろう?」
沢村との情事の後、オレ達は会場に戻ったが、2人の姿はなかった。あの事件──剣崎君が棟方社長に襲われた──があったし、沢村は2人きりで話をさせたのだから、当然の流れだと思っている。
「そうらしい……まぁ、仕方ない、か……」
「やはり、あの2人は付き合っているのか?」
雰囲気が、そうな気がした。オレは反対したのだが、どうも沢村はそうではなかったようだ。
──目的を果たせたらいいんだが……
とことん、沢村は甘い。
「うん?さぁ、私は」
「しらばっくれるな。察しはついてる」
「いや、本当に知らないんだ」
「ふん……まぁいいさ。それでメダルが獲れれば構わない。が、もしだめだったら……」
「必ず獲るさ」
楽観的だ。オリンピックはそんなに甘くない。それは沢村だって分かっている。その上で許可したのなら、それなりの覚悟があっての事だろう。
──信じるしかない。
バーの中心にカウンターがあり、窓際は全てハイカウンターになっていて、街を眼下に眺められる。今は薄暮で、空のグラデーションが美しい。
「じゃあ、未来のメダリストに乾杯しようじゃないか」
そう言うと、沢村は笑った。その愛らしい笑みに、何度奥歯を噛んだだろう。胸が痛い。だけど、今は……
『私も……お前が好きだ……』
その言葉を聞けただけで、満足だった。それ以上は望めない。望んではいけない。
「注文してくるよ。何がいい?」
「オレが行くよ、誘ったんだし。何がいい?」
半分腰を浮かせた沢村を座らせ、代わりに立ち上がる。沢村は逡巡した後、同じもので、と言った。
「分かったよ」
そう答え、バーカウンターに向かう。もう注文は決めてあるが、沢村まで同じものとは……それは駄目だ。
とにかく注文し、2つのグラスを運ぶ。
「お待たせ。お前には、これな」
沢村の前に、クリーム色のカクテルを置く──カクテル言葉を知ってるなら、きっと名前を聞いたら分かるだろう──と、オレを見上げてきた。
「うん?同じものって言ったのに?」
「あぁ。君には……ゴールデン・キャデラックだ」
オレの気持ちだよ、と、付け加えると、沢村は頬を赤らめた。
──この上ない幸福……それが、このカクテルの意味だ。
「あ、我孫子……?」
「素直な気持ちだよ。受け取ってくれ」
困った顔も、照れた顔も好きだ、なんて。とてもじゃないが、まだ言えない。
「ありがとう……」
薬草のような独特な風味だが、甘いクリーム系のカクテルだ。
オレも少し──と言っても、これともう1つだけしか知らないけど──勉強した。キザな趣味を持つ沢村に合わせて。
「どう?旨いか?」
「美味しいよ。君は飲まないのか?」
オレの手元には、白黒の美しいカクテルがある。勿論これも、沢村にプレゼントするつもりだ。
「お前がこれを、一口でも飲んでくれたらな」
「うん?それは?」
「これは……ホワイト・ルシアンだよ」
「え……?」
戸惑う沢村に、す、と差し出す。別に飲んでくれなくたっていい。オレの気持ちだから。
「お前なら、これの意味は分かるだろう?」
ホワイト・ルシアンには、2つの意味がある。1つは、誘惑、と言う意味だ。
「あぁ、分かる……が……」
「もう誘惑したりしてないよ」
そう言うと、沢村は耳まで赤くなった。
──本当に狡い男だな……
精悍でありながら、愛らしい。なのに鈍感で、勝負勘は鋭い。そのギャップに、何度1人身悶えたか。
「わ……私も……」
「沢村、それは違う」
もう1つの意味は、愛しさ、だ。
その感情は──絶対に──オレには湧いていない。
「違うもんか……!言っただろう?お前が好きだと」
「言ってくれたな。けど、オレには分かってるんだ。お前が誰を愛おしいと想っているか……」
「なっ、何を……!」
その気持ちが成就しなくとも、沢村は想い続けるだろう。側にいて、支えてやるだろう。
──全く……羨ましい男だ。
「剣崎君の事を……お前はそう想ってるんだろう?」
図星だったのか、沢村は軽く唇を噛んだ。
「彼に、このカクテルを?」
贈れている筈はない──意地悪で聞いてみた──だろう。朋樹の気持ちを知っているのなら。
「あのなぁ、我孫子……剣崎君とは」
「息子に遠慮してるのか?ふん、お前らしいな」
ニヤリと笑ってやると──ムッとした顔で──沢村はグラスを取り、一口飲んだ。ホワイト・ルシアンは別名、レディ・キラーとも呼ばれる程、度数の高いカクテルだ。沢村は一瞬顔をしかめたが、次いでゴールデン・キャデラックを口に含むと、それを溜飲した。
「飲んだぞ。君の気持ちは受け取った」
どうだ、と言わんばかりの顔に、思わず声を上げて笑ってしまう。
「はいはい、ありがとう。嬉しいよ」
「我孫子……私と付き合ってくれ」
喜びも束の間、沢村は真顔でそう言ってきた。オレは新しいカクテルを注文しようと腰を浮かせていたが、すとん、と、椅子に逆戻る。
──何て事を言い出すんだ……!
「沢村、それは……マジで言ってるのか?」
「マジだよ。まだ酔ってないし、冗談でこんな事を言うのは嫌いだ」
ぎゅうと手を握られ、見つめられた。その眼差しは本当に真剣で、胸が──柄にもなく──高鳴る。
「お……オレ、で、いいのか?」
いいよ、と、即答しそうになるのを堪え、見つめ返すと、沢村は当たり前だ、と言った。
──沢村と付き合える……?
夢なんじゃないだろうか?
平然と沢村と笑いあっていた裏で、長年妄想しては落胆していた。それが現実になろうとしている。
「お前じゃなきゃ、誰がいるって言うんだ」
なぁ、と詰め寄られたが、オレは──最後の理性を慌てて掻き集め──首を振った。
「気持ちだけで十分だよ。ありがとう、沢村……」
「どうだ?朋樹と連絡はついたか?」
「あぁ。どうも、帰宅しているようだ」
「剣崎君と一緒なんだろう?」
沢村との情事の後、オレ達は会場に戻ったが、2人の姿はなかった。あの事件──剣崎君が棟方社長に襲われた──があったし、沢村は2人きりで話をさせたのだから、当然の流れだと思っている。
「そうらしい……まぁ、仕方ない、か……」
「やはり、あの2人は付き合っているのか?」
雰囲気が、そうな気がした。オレは反対したのだが、どうも沢村はそうではなかったようだ。
──目的を果たせたらいいんだが……
とことん、沢村は甘い。
「うん?さぁ、私は」
「しらばっくれるな。察しはついてる」
「いや、本当に知らないんだ」
「ふん……まぁいいさ。それでメダルが獲れれば構わない。が、もしだめだったら……」
「必ず獲るさ」
楽観的だ。オリンピックはそんなに甘くない。それは沢村だって分かっている。その上で許可したのなら、それなりの覚悟があっての事だろう。
──信じるしかない。
バーの中心にカウンターがあり、窓際は全てハイカウンターになっていて、街を眼下に眺められる。今は薄暮で、空のグラデーションが美しい。
「じゃあ、未来のメダリストに乾杯しようじゃないか」
そう言うと、沢村は笑った。その愛らしい笑みに、何度奥歯を噛んだだろう。胸が痛い。だけど、今は……
『私も……お前が好きだ……』
その言葉を聞けただけで、満足だった。それ以上は望めない。望んではいけない。
「注文してくるよ。何がいい?」
「オレが行くよ、誘ったんだし。何がいい?」
半分腰を浮かせた沢村を座らせ、代わりに立ち上がる。沢村は逡巡した後、同じもので、と言った。
「分かったよ」
そう答え、バーカウンターに向かう。もう注文は決めてあるが、沢村まで同じものとは……それは駄目だ。
とにかく注文し、2つのグラスを運ぶ。
「お待たせ。お前には、これな」
沢村の前に、クリーム色のカクテルを置く──カクテル言葉を知ってるなら、きっと名前を聞いたら分かるだろう──と、オレを見上げてきた。
「うん?同じものって言ったのに?」
「あぁ。君には……ゴールデン・キャデラックだ」
オレの気持ちだよ、と、付け加えると、沢村は頬を赤らめた。
──この上ない幸福……それが、このカクテルの意味だ。
「あ、我孫子……?」
「素直な気持ちだよ。受け取ってくれ」
困った顔も、照れた顔も好きだ、なんて。とてもじゃないが、まだ言えない。
「ありがとう……」
薬草のような独特な風味だが、甘いクリーム系のカクテルだ。
オレも少し──と言っても、これともう1つだけしか知らないけど──勉強した。キザな趣味を持つ沢村に合わせて。
「どう?旨いか?」
「美味しいよ。君は飲まないのか?」
オレの手元には、白黒の美しいカクテルがある。勿論これも、沢村にプレゼントするつもりだ。
「お前がこれを、一口でも飲んでくれたらな」
「うん?それは?」
「これは……ホワイト・ルシアンだよ」
「え……?」
戸惑う沢村に、す、と差し出す。別に飲んでくれなくたっていい。オレの気持ちだから。
「お前なら、これの意味は分かるだろう?」
ホワイト・ルシアンには、2つの意味がある。1つは、誘惑、と言う意味だ。
「あぁ、分かる……が……」
「もう誘惑したりしてないよ」
そう言うと、沢村は耳まで赤くなった。
──本当に狡い男だな……
精悍でありながら、愛らしい。なのに鈍感で、勝負勘は鋭い。そのギャップに、何度1人身悶えたか。
「わ……私も……」
「沢村、それは違う」
もう1つの意味は、愛しさ、だ。
その感情は──絶対に──オレには湧いていない。
「違うもんか……!言っただろう?お前が好きだと」
「言ってくれたな。けど、オレには分かってるんだ。お前が誰を愛おしいと想っているか……」
「なっ、何を……!」
その気持ちが成就しなくとも、沢村は想い続けるだろう。側にいて、支えてやるだろう。
──全く……羨ましい男だ。
「剣崎君の事を……お前はそう想ってるんだろう?」
図星だったのか、沢村は軽く唇を噛んだ。
「彼に、このカクテルを?」
贈れている筈はない──意地悪で聞いてみた──だろう。朋樹の気持ちを知っているのなら。
「あのなぁ、我孫子……剣崎君とは」
「息子に遠慮してるのか?ふん、お前らしいな」
ニヤリと笑ってやると──ムッとした顔で──沢村はグラスを取り、一口飲んだ。ホワイト・ルシアンは別名、レディ・キラーとも呼ばれる程、度数の高いカクテルだ。沢村は一瞬顔をしかめたが、次いでゴールデン・キャデラックを口に含むと、それを溜飲した。
「飲んだぞ。君の気持ちは受け取った」
どうだ、と言わんばかりの顔に、思わず声を上げて笑ってしまう。
「はいはい、ありがとう。嬉しいよ」
「我孫子……私と付き合ってくれ」
喜びも束の間、沢村は真顔でそう言ってきた。オレは新しいカクテルを注文しようと腰を浮かせていたが、すとん、と、椅子に逆戻る。
──何て事を言い出すんだ……!
「沢村、それは……マジで言ってるのか?」
「マジだよ。まだ酔ってないし、冗談でこんな事を言うのは嫌いだ」
ぎゅうと手を握られ、見つめられた。その眼差しは本当に真剣で、胸が──柄にもなく──高鳴る。
「お……オレ、で、いいのか?」
いいよ、と、即答しそうになるのを堪え、見つめ返すと、沢村は当たり前だ、と言った。
──沢村と付き合える……?
夢なんじゃないだろうか?
平然と沢村と笑いあっていた裏で、長年妄想しては落胆していた。それが現実になろうとしている。
「お前じゃなきゃ、誰がいるって言うんだ」
なぁ、と詰め寄られたが、オレは──最後の理性を慌てて掻き集め──首を振った。
「気持ちだけで十分だよ。ありがとう、沢村……」
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