ホワイト・ルシアン

たける

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第25章.変動

3.

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昼食は何にしようか考えていると、携帯が鳴った。ディスプレイには──さっき登録したばかりの──我孫子弘之と表示されている。忘れ物でもしたのかと、通話ボタンを押した。

「もしもし。監督、忘れ物ですか?」

『こちらはT警察です。失礼ですが、貴方は……?』

警察?嫌な予感に、手がじっとりとする。

「わ、私は剣崎澪と申します。あの、我孫子監督とは知り合いでして……」

『そうなんですね。大変申し上げ難いのですが、我孫子弘之さんが先程事故に遭われ、W第一病院に緊急搬送されました。身元確認の為、お越しいただけませんか?』

足元の力が抜け、俺は床に座り込んだ。


──監督が、緊急搬送された……?身元確認……?


頭が追い付かず、浅く早い呼吸を繰り返す。

「ど……どうして私が……?」

『近親者の方がいらっしゃらなくて……それで、携帯の最後の通話が貴方とでしたので……もし誰か、ご友人等を知ってらっしゃるなら、その方にも』

「分かりました。伺います」

お待ちしております、と言う女性の声が遠くに聞こえ、無意識に携帯を切っていた。


──監督……


泣く前に、気力を集める。康介さんに連絡しないと。

『もしもし、剣崎君かい?』

数回の呼び出し音の後で、優しい声が耳朶を打った。俺は必死に悲しみを抑制し、さっき警察から連絡があったと伝える。

「僕も行きますので……」

康介さんは黙ったままだった。
きっと、頭が真っ白になっているのだろう。

「康介さんは、どうされますか?」

『……行くよ』

一段と低い声が返ってきて、それじゃあと、通話を終えた。


──数時間前に、話をしたばかりなのに……


信じられないし、信じたくなかった。
でも、行かなければ。
重い足に力を込め、俺はゆっくりと立ち上がった。




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