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雪女・二口女
雪女・二口女
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大陸北方に位置するルダンは国土にしてマンナ帝国に次ぐ広さを持つが、その半分以上が雪原で、決して肥沃とは言えなかった。
それゆえ、他国への進攻を何度も行っては、国土の拡大を図っている。
歴史的な経緯から、周辺の国々から嫌われ、対立も多く、他国からの支援が見込めない状況が続いていた。
民が餓えても国家元首は他国に頭を下げる事はない。独裁国家の典型と言える。
ただ、これは人間の事情である。
白き森を見渡す丘の上にある城の主はヴァンパイアであった。一年の九割が上空を雲が覆い、半分は雪が舞うここでは、暖炉の火は絶やせない。
パチパチと赤い薪が鳴る音が聞こえる部屋で、静かにテーブルに座り、グラスに注がれた赤い飲み物を頂く。
吸血鬼、バイロン・エルマン侯爵。オールバックにした黒い髪に、端正な顔をした彼の持つ戦力は、不死の軍団。
破滅神の声を聞いた後、周辺の村、三つを壊滅させて作り上げた眷属吸血鬼ら。
そして、国の内外から攫ってきた、若く美しい娘ら。
美しい女性が好きだ。
コレクションとも呼んでいる。
つい最近もコレクションが増えた。
それも飛び切りのレアな存在だ。
「ヨウカイ……か。くく……私はついている」
エキゾチックな顔立ちの二人の女を拾った。一見すると人間のようであったが、異質な存在である事に気付く。
ユキオンナにフタクチオンナと変わった名前であったが、それはどうでもいい。ただ美しい女であれば、それでいいのだ。
魔物とは少し違うが、似た存在。特別な力を持っている。
特にユキオンナの方は、氷結属性の魔法に近い力を持ち、この雪に埋もれた土地であっても、特筆すべき威力を持っていた。
待った甲斐があった。
きっと他の魔物の勢力は既に動き出している頃であろう。元々の戦力を持っていなかったバイロンは、出遅れた事は仕方がないと思いつつ、焦りを押し殺し、整うのを待った。
頃合いか。
二人のヨウカイを得た事で、ようやく進軍を始められる。まずはこの国を手に入れよう。
ひとつ都市を壊滅させれば、真祖たるバイロンの力で、無尽蔵に戦力は増やしていける。吸血による眷属化と魅了による支配で、大陸最強最大の戦力を作り上げれば、ただ殺すだけの他の勢力など、取るに足らない。
窓の外を見た。
吹雪が窓を鳴らし、一面の白だけに染まった世界。
だが、これも直ぐに止むだろう。
「今夜だな」
三日――それだけあれば、ルダンという国は亡びる。やがて、魔王と呼ばれるのであろう我が手によって。
――――
雪女の銀幸がこの世界で目覚めた時、テンションは爆上がった。
「んほぉおおお――――」
ドン引きした二口女を尻目に、はしゃぎまくるのである。
一面の銀世界。樹氷が並び、全く踏み荒らされていない新雪が広がっていた。
ここは蔵王? それともシベリア? どちらも行った事はなかったけど、白い着物を更に白を重ねるように吹きつけてくる雪が心地好かった。
だが、反対に二口女の顔色はどんどん蒼くなっていく。
「寒い……」
産まれた時から妖怪である雪女と違って、二口女は人間から変容した類の妖怪である。
先妻の子供を嫌い、食事を与えずに餓死させると呪われ、後頭部を斧で裂かれ、妖しい口ができる。
それが二口女という妖怪であるが、彼女の場合、ちょっと事情が違っていて、同情すべき点も多々あった。
それよりも今は、現状が窮地である。
まだ雪が降るような季節ではなかったはずなのに、どうして?
二人とも同じように思ったが、気分は真逆。
「ああ、フッちゃん、体感は人間と同じだっけ?」
「そ、そ、そうよ……」
体も震えれば、声も震えている二口女だ。
二口女は人間であった頃の本名を誰にも明かしていない。過去の嫌な思い出を全て捨てて、妖怪として過ごしている彼女の事を「フッちゃん」と銀幸は勝手に呼んでいた。
人間の男性から精を受けた母から産まれたのが銀幸である。
銀髪をショートカットにした雪女は、タンクトップにホットパンツといった姿であったが、これは人間の町に行く為だけでなく、普段からこんな格好だ。
「どうして、こんな状況なのか、よく分からないけど、とりあえず皆を探そうか」
震えながら二口女が頷く。
焦げ茶色の髪を後頭部でお団子状に結わえている彼女は薄手のセーターにロングスカート。若奥さん風である。
見た目が人間に近い二人だから、この姿で怪しまれる事はないはず。ただ、周りを見回しても民家の一つも見当たらない。
――あれぇ、他の妖怪の仲間はいないし、人間も見当たらないけど……、バスは何処?
銀世界に喜んでいたが、どうやら困った状況にあるらしい。
元は何もない山奥に暮らしていた雪女であるから、こういった場所ならむしろ生きていく自信はある。
だが、二口女は違う。今は髪のお団子に隠しているもう一つの口はフードファイターだ。他の者らの最低十倍は食らって、それでどうにか平常を保っていられる。
自分達とは違う、雪を踏む音が聞こえた。
驚きと共に顔を向ける。
人間にせよ、獣にしろ、妖怪である自分達に気付かれずにここまで近付かれる事は極稀だったから。
「人……?」
それでも他に誰かと会えたのは喜ばしい。
だが次の瞬間には警戒に変わった。
「銀ちゃん――」
「うん、分かってる」
まるで精気を感じない瞳に亡霊のような動き。
顔立ちが日本人ではないといった点は些細で、異様な気配がプンプンと臭った。
「ん……」
そんな奴が、既に十数人。自分達を囲むように近付いてくる。
口を開く奴がいた。牙が見える。
――なに、こいつら? 人間じゃ……ない。
二口女が雪女の後ろに隠れるようにしてきた。元来、戦いには向かない妖怪である。ただ、餓えきった時の彼女の爆発的な暴走は、銀幸にも止められない。
こうして後ろに隠れるようにしているのは、むしろ安心できる。
「うーん、どうも友好的って、感じじゃないよね」
「どうするの、銀ちゃん」
「人間じゃなさそうだし……」
囲んできた一人が動きだす。
反射的に両手を前に出して、銀幸は笑った。
途端、状況は一変する。
相手は自分達がどうなったのか、まるで気付いていないだろう。
一瞬にして、十数人を凍り付かせ、墓標のような氷結に埋めたのだ。
「終わった?」
「…………と、思う。人間じゃなさそうだけど、流石に私の氷から抜け出させる事はない――っ!?」
強烈な気配に上空を見た。
綺麗な顔立ちの男がそこにいる。上空にいるのだ。
――なに、こいつ?
黒い衣装のデザインは、中世の音楽家らを思い出させ、細面のオールバック。感情のない顔で見下ろしてきて、次にはゆっくりと正面に降りてくる。
更に警戒心を強めた。
「銀ちゃん、こいつ」
「うん。親玉っぽい」
人間ではない。だが、こんな妖怪も知らない。
なら、魔物か。
交通網の発達した現代では、海外から入り込んでくる魔物の数も増えたが、鬼の棟梁の指揮の下に構成された部隊が、それを牽制しているはず。
地上に降り立った男。「ほう」と呟くと、奴は微笑んだ。
「お美しいお嬢さん方、我が領地にどのようなご用向きで?」
会話が通じそうだ。
「ねえ、何て言ってるの?」
「そうか、フッちゃん、翻訳術、使えないんだっけ。えっとね――」
とりあえず、今、言われた事を教えてやる。
で、会話は銀幸が対応した。
「えーと、私たち、旅行の途中なんだけど、どうやら、仲間と逸れたらしくて」
「ほほう、それはお困りでしょう。見たところ、人間ではないようですが?」
「妖怪よ、魔物さん」
男は首を傾げた。直ぐに紳士的な態度に戻る。
「申し遅れました。私はバイロン・エルマン。侯爵の爵位を頂く、吸血鬼です」
「吸血鬼……。私は雪女。こっちは二口女よ」
確か、鬼の棟梁の知り合いにも吸血鬼がいたはず。なら、対応を間違えなければ、敵対する必要もない。
「どうでしょう、お仲間と逸れたのなら、私の城に来ませんか? 合流できるまで、僭越ながら、保護させて頂きますが?」
自分は断ってもどうにかなる。だが、二口女はそうはいかない。
「あの……、食事は……」
「ええ、勿論、用意させていただきますよ」
親切心を正直に受けていいものか、悩むところであるが、背に腹は変えられない。
こうして、雪女と二口女は、吸血鬼バイロン・エルマン侯爵の庇護下に入った。
それゆえ、他国への進攻を何度も行っては、国土の拡大を図っている。
歴史的な経緯から、周辺の国々から嫌われ、対立も多く、他国からの支援が見込めない状況が続いていた。
民が餓えても国家元首は他国に頭を下げる事はない。独裁国家の典型と言える。
ただ、これは人間の事情である。
白き森を見渡す丘の上にある城の主はヴァンパイアであった。一年の九割が上空を雲が覆い、半分は雪が舞うここでは、暖炉の火は絶やせない。
パチパチと赤い薪が鳴る音が聞こえる部屋で、静かにテーブルに座り、グラスに注がれた赤い飲み物を頂く。
吸血鬼、バイロン・エルマン侯爵。オールバックにした黒い髪に、端正な顔をした彼の持つ戦力は、不死の軍団。
破滅神の声を聞いた後、周辺の村、三つを壊滅させて作り上げた眷属吸血鬼ら。
そして、国の内外から攫ってきた、若く美しい娘ら。
美しい女性が好きだ。
コレクションとも呼んでいる。
つい最近もコレクションが増えた。
それも飛び切りのレアな存在だ。
「ヨウカイ……か。くく……私はついている」
エキゾチックな顔立ちの二人の女を拾った。一見すると人間のようであったが、異質な存在である事に気付く。
ユキオンナにフタクチオンナと変わった名前であったが、それはどうでもいい。ただ美しい女であれば、それでいいのだ。
魔物とは少し違うが、似た存在。特別な力を持っている。
特にユキオンナの方は、氷結属性の魔法に近い力を持ち、この雪に埋もれた土地であっても、特筆すべき威力を持っていた。
待った甲斐があった。
きっと他の魔物の勢力は既に動き出している頃であろう。元々の戦力を持っていなかったバイロンは、出遅れた事は仕方がないと思いつつ、焦りを押し殺し、整うのを待った。
頃合いか。
二人のヨウカイを得た事で、ようやく進軍を始められる。まずはこの国を手に入れよう。
ひとつ都市を壊滅させれば、真祖たるバイロンの力で、無尽蔵に戦力は増やしていける。吸血による眷属化と魅了による支配で、大陸最強最大の戦力を作り上げれば、ただ殺すだけの他の勢力など、取るに足らない。
窓の外を見た。
吹雪が窓を鳴らし、一面の白だけに染まった世界。
だが、これも直ぐに止むだろう。
「今夜だな」
三日――それだけあれば、ルダンという国は亡びる。やがて、魔王と呼ばれるのであろう我が手によって。
――――
雪女の銀幸がこの世界で目覚めた時、テンションは爆上がった。
「んほぉおおお――――」
ドン引きした二口女を尻目に、はしゃぎまくるのである。
一面の銀世界。樹氷が並び、全く踏み荒らされていない新雪が広がっていた。
ここは蔵王? それともシベリア? どちらも行った事はなかったけど、白い着物を更に白を重ねるように吹きつけてくる雪が心地好かった。
だが、反対に二口女の顔色はどんどん蒼くなっていく。
「寒い……」
産まれた時から妖怪である雪女と違って、二口女は人間から変容した類の妖怪である。
先妻の子供を嫌い、食事を与えずに餓死させると呪われ、後頭部を斧で裂かれ、妖しい口ができる。
それが二口女という妖怪であるが、彼女の場合、ちょっと事情が違っていて、同情すべき点も多々あった。
それよりも今は、現状が窮地である。
まだ雪が降るような季節ではなかったはずなのに、どうして?
二人とも同じように思ったが、気分は真逆。
「ああ、フッちゃん、体感は人間と同じだっけ?」
「そ、そ、そうよ……」
体も震えれば、声も震えている二口女だ。
二口女は人間であった頃の本名を誰にも明かしていない。過去の嫌な思い出を全て捨てて、妖怪として過ごしている彼女の事を「フッちゃん」と銀幸は勝手に呼んでいた。
人間の男性から精を受けた母から産まれたのが銀幸である。
銀髪をショートカットにした雪女は、タンクトップにホットパンツといった姿であったが、これは人間の町に行く為だけでなく、普段からこんな格好だ。
「どうして、こんな状況なのか、よく分からないけど、とりあえず皆を探そうか」
震えながら二口女が頷く。
焦げ茶色の髪を後頭部でお団子状に結わえている彼女は薄手のセーターにロングスカート。若奥さん風である。
見た目が人間に近い二人だから、この姿で怪しまれる事はないはず。ただ、周りを見回しても民家の一つも見当たらない。
――あれぇ、他の妖怪の仲間はいないし、人間も見当たらないけど……、バスは何処?
銀世界に喜んでいたが、どうやら困った状況にあるらしい。
元は何もない山奥に暮らしていた雪女であるから、こういった場所ならむしろ生きていく自信はある。
だが、二口女は違う。今は髪のお団子に隠しているもう一つの口はフードファイターだ。他の者らの最低十倍は食らって、それでどうにか平常を保っていられる。
自分達とは違う、雪を踏む音が聞こえた。
驚きと共に顔を向ける。
人間にせよ、獣にしろ、妖怪である自分達に気付かれずにここまで近付かれる事は極稀だったから。
「人……?」
それでも他に誰かと会えたのは喜ばしい。
だが次の瞬間には警戒に変わった。
「銀ちゃん――」
「うん、分かってる」
まるで精気を感じない瞳に亡霊のような動き。
顔立ちが日本人ではないといった点は些細で、異様な気配がプンプンと臭った。
「ん……」
そんな奴が、既に十数人。自分達を囲むように近付いてくる。
口を開く奴がいた。牙が見える。
――なに、こいつら? 人間じゃ……ない。
二口女が雪女の後ろに隠れるようにしてきた。元来、戦いには向かない妖怪である。ただ、餓えきった時の彼女の爆発的な暴走は、銀幸にも止められない。
こうして後ろに隠れるようにしているのは、むしろ安心できる。
「うーん、どうも友好的って、感じじゃないよね」
「どうするの、銀ちゃん」
「人間じゃなさそうだし……」
囲んできた一人が動きだす。
反射的に両手を前に出して、銀幸は笑った。
途端、状況は一変する。
相手は自分達がどうなったのか、まるで気付いていないだろう。
一瞬にして、十数人を凍り付かせ、墓標のような氷結に埋めたのだ。
「終わった?」
「…………と、思う。人間じゃなさそうだけど、流石に私の氷から抜け出させる事はない――っ!?」
強烈な気配に上空を見た。
綺麗な顔立ちの男がそこにいる。上空にいるのだ。
――なに、こいつ?
黒い衣装のデザインは、中世の音楽家らを思い出させ、細面のオールバック。感情のない顔で見下ろしてきて、次にはゆっくりと正面に降りてくる。
更に警戒心を強めた。
「銀ちゃん、こいつ」
「うん。親玉っぽい」
人間ではない。だが、こんな妖怪も知らない。
なら、魔物か。
交通網の発達した現代では、海外から入り込んでくる魔物の数も増えたが、鬼の棟梁の指揮の下に構成された部隊が、それを牽制しているはず。
地上に降り立った男。「ほう」と呟くと、奴は微笑んだ。
「お美しいお嬢さん方、我が領地にどのようなご用向きで?」
会話が通じそうだ。
「ねえ、何て言ってるの?」
「そうか、フッちゃん、翻訳術、使えないんだっけ。えっとね――」
とりあえず、今、言われた事を教えてやる。
で、会話は銀幸が対応した。
「えーと、私たち、旅行の途中なんだけど、どうやら、仲間と逸れたらしくて」
「ほほう、それはお困りでしょう。見たところ、人間ではないようですが?」
「妖怪よ、魔物さん」
男は首を傾げた。直ぐに紳士的な態度に戻る。
「申し遅れました。私はバイロン・エルマン。侯爵の爵位を頂く、吸血鬼です」
「吸血鬼……。私は雪女。こっちは二口女よ」
確か、鬼の棟梁の知り合いにも吸血鬼がいたはず。なら、対応を間違えなければ、敵対する必要もない。
「どうでしょう、お仲間と逸れたのなら、私の城に来ませんか? 合流できるまで、僭越ながら、保護させて頂きますが?」
自分は断ってもどうにかなる。だが、二口女はそうはいかない。
「あの……、食事は……」
「ええ、勿論、用意させていただきますよ」
親切心を正直に受けていいものか、悩むところであるが、背に腹は変えられない。
こうして、雪女と二口女は、吸血鬼バイロン・エルマン侯爵の庇護下に入った。
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