恩恵なしに異世界に放り込まれたけど妖怪だから大丈夫

千夜詠

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座敷童

座敷童②

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 指摘に動揺しそうになったその時、サクがお尻を軽く抓ってきた。
 お陰で、今、どう対応すべきかを冷静に考えられたのだ。

「女の子?」

 アウレックスは自分には見えない振りをする。
 サンディが怪訝な顔をした。

 ――どういう事なんだ? サクは、他の人間には確かに見えなかった。それは間違いじゃない。じゃあ、見えるサンディは……。

 ドキドキと鼓動が鳴る。この対応は正解であったのか?

「あそこの新しい侍女の事じゃないんですか?」

 ロンデムが少し離れた場所で庭の掃除をしている小柄な侍女を指差した。

「ああ、彼女は先日入った新しい侍女で……、サンディも知っていたはずなんだが?」

 これで他の人間にはサクが見えていない事にサンディも気付いたはずだ。

「…………そうでした。最近忙しくて」

「はは、いつも完璧な仕事してくれているからね。たまにはこういう事もあるさ」

 馬車の扉が開かれると、真っ先にサクが中に飛び込んでいく。

 見えていない演技をサンディがしている。自分もやっているのだから、それがよく分かった。

 進行方向を前に、アウレックスが座り、隣にサクがくる。王の隣に従者が座る事はないから、サクの判断は良かった。
 正面にロンデムが着き、彼の隣にサンディが座る。

 準備ができた合図をロンデムがして、馬車は動きだした。

 ――やれやれ、どうにか無事にサクも馬車に乗れたけど、サンディも見えているのなら、迂闊に横を見る事ができない。

 見えないのなら、ちょっとくらいサクと戯れても誤魔化せるが、もしサンディが見えているのなら危険だ。

 安全な旅路ではないかもしれない。
 一気に緊張感が増してきた。
 言い知れぬ不安。こんな事は以前に感じた事もあったが、大抵は当たっていて、必ず悪い事が起きる。
 無事にカサブランダルまで辿り着けるのだろうか。僅かに体が震えそうだった。

 そっとサクが手に触れてきた。

 ――サク!? ああ、どうしてだろう? 彼女には体温はないのに、温かい。

 この安心感は自分を繕わせるのに、役に立った。
 勇者に会いにいく――その高揚感のある顔をしていられる。
 少しだけ息を吸い込んで、

「こんな風に外へ出るのは久しいな、ロンデム」

「はは、昔は勝手にいなくなっていましたからね、陛下は」

「何を言う。追いかけてきて、で、結局、一緒に遊んでいたのは君じゃないか」

 昔話は、長旅にはよい話題だ。

「まあ、お二人で何をなさっていたのです?」

 笑みで聞いてくるサンディであったが、時折、視線がサクへと向けられている。注意しなければ気付けない程度ではあったが。

 ごく普通の会話が続く。笑ったり、少し難しい顔をしたり、アウレックスは普通を演じきった。
 心の中では、ヒヤヒヤだ。自分の仕草一つでサクが見えている事をサンディに気付かれてしまうかもしれない。
 そう、自分には見えないとし、関係のない存在の方と思わせた方が、サクに矛先が向かないはずだ。
 何故なら、サンディは――。

 出立して、数時間ほどが経過し、馬車は王都から完全に離れ、西への大街道を進んでいた。
 日は向かう方へと傾いていて、赤みが差してきている。完全に夜になる前に、途中の町へと入って、宿に向かいたいところだ。
 左右は平原で、遠方に山々が確認でき、ひなびた風景で、外に人の気配はまるで感じられない。

 言葉数が少なくなってくると、少しだけウトウトしてしまった。
 いけない。

 大きく背伸びをするようにして、欠伸と同時に窓の外を見た。

 ――あれは、竜背の山か……。

 竜の背びれに似た形に見える事から、古くからそう呼ばれる低い山脈である。

「あれ?」

 竜背の山は王都から北東側にあった。それが窓から真横に見えるのだ。
 太陽は――反対方向の窓から光が入り込んでいる。

「西に向かっていない!? 止めろ!」

 御者が道を間違えたのか?
 叱責するつもりはないが、注意し、元の街道に戻ってもらわなくてはならない。場合によっては馬車の中で一晩を過ごす事になるだろう。

 止まれば、馬車から飛び出して、馬の方へと歩いていくが、これも変だ。

 ――サンディもロンデムも起きていた?

 それに王であるアウレックスよりも先にロンデムが注意に向かうのが本来の姿である。

 後退りしながら、アウレックスは剣の柄を握った。いつでも抜剣できるように。

「勘がいいですね、陛下」

 サンディが下りてきて、微笑む。その微笑みがどうにもいやらしい。

「御者に近付いたところをグサッとやって、楽に死んでいただいて良かったのに」

 ロンデムと御者役の親衛隊騎士がサンディの横に並んだ。

 ――二人ともサンディとグルなのか? いや、あの目は……。

 魔物の中には精神に干渉できるスキルを使うものがいて、あれは魅了された者の目であった。十代の頃に行った数々の冒険の経験が教えてくれる。

「サンディ、君が二人を……」

「驚かないのですね。まあ、よく分かりました。褒めて差し上げますわ」

 サンディがサクに気付いた時から、怪しんではいた。
 父を殺した間者は見付かっていない。
 小国とはいえ、城の警備はそう易々と暗殺者に侵入される程甘くはなかった。だから、まだ城の中にいる可能性も捨ててはいなかったのだ。

「君は、人間じゃないね」

 サクが見えた。それだけで分かる。

「そこまでお気づきで。いつから分かっていたので? 私の誘惑にちっとも乗ってこなかったのは、警戒してらしたのかしら?」

「ま、まあ、そんなところだ。で、君は何なんだい?」

 巨乳には興味がない、とは言えなかった。

「ヴァンパイア……」

 彼女の口から牙が見えた。

「な……っ!? 恐るべき身体能力の夜の魔物」

 魔物の中でも知性が高く、上位種とされる。特に危険なのは、人間を魅了し、血を分け合う事で、仲間を増やす事ができる点だ。

「ええ、余程頑張らないと、人間では敵いませんよ」

 単純な力比べをしたら、勝てる見込みはまるでない。

「その気になれば、もっと早くに僕を殺せるタイミングがあったはず」

「そうですね……。殺せましたが、目的を果たすには足りないので」

「ん?」

「まず、貴方のお父様、先代の王を殺し、その後の国の混乱ぶりを確認しました。貴方という存在のお陰か、大きな混乱はなく、直ぐに体制も落ち着いた。で、次に貴方を殺したら、どの位で混乱が治まるか、検証をしてまいりました」

「へえ……、で、どう結論したんだ?」

 冷静さを装っても冷や汗が額から流れていった。

「新たな王が立てられ、落ち着くまでは半月はかかるでしょう。それに、貴方が王であった時よりも一枚岩ではなくなる」

 ほぼ正しい見立てと思える。
 もしも不慮の事故などで自分が死んだ場合は従弟が王座に就く事なるが、彼はまだ十歳であって、周囲が完全フォローしなくてはならない。重要な決定も遅れるだろう。

「今、僕を殺そうとするのは?」

「知らせが来ましたの。我が主人から、準備が整ったと。北のルダンという国はもう直ぐ滅亡します。そう、我が主の国になるのです」

「ヴァンパイアの主……だと?」

「ええ、吸血鬼の中の頂点、真祖たるお方」

 魔物の国ができるというのか。そして、更なる矛先は、ベトランゼ王国。

「僕を殺し、混乱の内に侵略を進める、という計略か」

「はい。ベラベラと喋ってしまいましたが、何も知らないで死ぬより、もっと未練がましくなって頂けますでしょ?」

「ぐ……」

 一対一ならどうにか戦い、勝利もしてみせよう。ヴァンパイアが相手でも、弱点を突く方法はあった。
 だが、一対三。
 親衛隊長であるロンデムには、剣の技だけでは勝てず、魔法も駆使して優位に立てるくらいで、他に優秀な親衛隊騎士と人間以上の力を持つ魔物を相手にしては、勝利確率は限りなくゼロに近い。

「諦めちゃ駄目よ」

 サクが隣に来ていた。

「サク!」

 ムッとしてサンディがサクを睨む。

「ふーん、やっぱり、陛下にはその子が見えていた。いえ、最初から知っていたのですね。お前はなに?」

 淡々とした口調でサクが答える。

「座敷童の咲」

「ザシキワラシ?」

「知らないの? 妖怪なんだけど」

「知らないわ。何なの、不気味ね。まあ、大した力もなさそうだし。微々たる魔力すら感じないし」

 纏めて殺す気で、サンディは魅了している二人に命じるタイミングを計っている様子だ。舌なめずりが、やはりいやらしい。

「アウ……なんだっけ?」

「アウレックスだよ! 酷いよ、サクぅ」

「じゃあ、アウレックス。あの侍の二人は操られているだけ。つまり、吸血鬼にはされていない。本当に私が見えていなかったわ。あの女だけを狙いなさい」

「そうか!」

 迷ってはいけない。
 真っ直ぐにサンディだけを狙って、その心臓を貫く。他の場所を狙っては、直ぐに再生する。

「はは、だから? 私を殺す前に、お前らは八つ裂きになるの。さあ、可愛い坊やたち、行きなさい!」

 親衛隊は国軍の中でもずば抜けて優秀な人材で構成されたエリート騎士の集団である。そんな彼らを躱して、サンディにまで自分の刃を届ける事ができるのか。
 疑問に思っている場合ではない。

 やるのだ!

「うおおおおお――――」

 万が一にも負ける要素がないと思っているサンディは、そこから動かなかった。

 まるで、一秒が何倍にも感じる瞬間。
 最大限に集中している時に、こんな風に感じた事があり、今、またその刹那にいる。

 ただ一心に、飛び込み、渾身の力を剣に伝えた。

 サンディの顔は相手を嘲笑うものから、驚愕へとなって、そのまま変わる事はなかった。

 グサ――と大きな胸の膨らみの真下から剣先を貫通させている。

「何故……?」

 ロンデムも親衛隊騎士も動いていない。
 いや、動いてはいた。だが、それは極端に遅く、初めて重い剣を持った素人のようであった。

 無表情のままサクが言った。

「ここはまだアウレックスの国の中。つまり、私の加護が効いている。私の家の中で、家人に危害を加えるような事は絶対にできない」

 それがサク本来の力なのか。
 僕は最高の守護天使を手に入れた。

「天空の聖なる光りよ。その温かさを悪しき存在を打ち破る灼熱に変えて――」

 剣に光の属性を加え、サンディを心臓から焼き尽くす。
 最後まで驚愕の表情を変えず、彼女は青白い炎に包まれた。
 肉の焼ける臭いさえも浄化して、サンディの衣装も髪も、そして肉体も、全て無に還していく。

 ヴァンパイアが完全消滅した事を証明するように、ロンデムと親衛隊騎士は気絶したようにそこで倒れ込んだ。

「や……やった」

 勝利の喜びよりも安堵が大きくて、へたり込みそうだ。

「よくやったわ、褒めてあげる」

 サクが近付いていたので、思い切り、腰に抱き付いてしまった。

「はは、サクがいたら、この国は無敵だ」

 小さく、か細いのに、安心感が湧いてくる。

「さっきのは、私が近くにいたから、強く加護が働いただけ。でなければ、各地で魔物が暴れたりしない」

「そうか、でも……」

 神に感謝をせずにはいられない。
 カサブランダルに現われたという男が勇者であったとしても、アウレックスにとっては、サクを遣わせてくれた事の方が嬉しかった。

「ねえ、いつまで抱き付いているの?」

「…………もう少し」

「全く、甘えて」

 呆れる声も優しく聞こえた。
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