恩恵なしに異世界に放り込まれたけど妖怪だから大丈夫

千夜詠

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ダークエルフ

ダークエルフ①

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 オークの戦士は全滅。鳥型の魔物らもリーダーを失い、残った連中は泣き付いてきた。

 亜人の村を狙ったが、どうやら未確認の第三勢力が存在するようだ。

「ヨウカイと言ったか……。むふぅ! ああ、またモエビさんに会いたい」

 おっと、鼻血が。

 ダークエルフのベオルグはゴブリンらの担ぐ木組みの上に設置した椅子の上に座っている。
 周囲にはゴブリン、人狼、コボルトの軍団が整然と行進し、数は少ないがトロールもゆっくりと歩いていた。空には生き残った鳥型の魔物らが飛んでいる。

 ベオルグの持つ主力であるが、これ以外にも戦力が増えていた。

「誰、モエビ?」

 蝙蝠のような翼を腰上に持ち、横を鬱陶しく飛んでいるのは、破滅神の使者として接触してきた悪魔である。
 紫色の髪をショートカットにして、曲がった角を耳の上に生やしている。性別は女。ただ、革ベルトで胸元と股間を隠しただけの格好をしている体は華奢で、男子と間違えそうな胸だった。
 ベオルグのタイプではないが、肌の露出が多すぎて、まともに目を向ける事ができない。

「ふ、ふん、貴公には関係のない事だ」

「あー、そんな事言って……、アイツらを貸してやってんの、誰だと思ってんの?」

 漆黒の肌に体躯は小さいが、横の女と同じ様な翼を持ったデーモン。それが三体。

 ――ちっ、悔しいが、あれ一体にも私は敵わない。

 これだけの力を破滅神が簡単に貸し与えられるのに、何故、地上にいる魔物から魔王を選ぶのか。

「あー、フェイノート殿」

「なに?」

「本当に、私はあれよりも強くなれるのか?」

「勿論だよ。期待しているから、私が来たんだよ」

 長く生きてきた。その間、魔導を極めようと精進してきたが、ここが限界ではないのか。
 信じるしかない。
 でなければ、亜人の村の近くで遭遇したオーガもどきの娘には勝てない。

 ――どちらが強いのだ? オーガもどきとデーモンでは。

 とにかく、まずは一つ、人間の国を頂くのが当面の目的だ。

 デーモンを得た事で、目指す場所を変えていた。
 真っ直ぐに、人間の大きな町へと。

「フェイノート殿、オルトロスでもカサブランダルを落とせなかったというのは本当か?」

「そっ。だから、破滅神様も気にしてんの。何かいるよ、異物が」

 異物――そう言われ、脳裏に浮かんだ言葉を口にしていた。

「ヨウカイ……」

 ピクッとファイノートが反応したようだ。

「そう、妖怪か。へえ、妖怪がこの世界に、ねえ」

「フェイノート殿は、ヨウカイを知っているのか?」

「さあ……。でも、この世界にはいないはずの存在だよ。知ってるのは、そのくらいかな」

 直感的に、嘘をついていると感じた。

 ――この態度では、問い質しても話さんだろうな。

 今は、自分の成すべき事を行い、自分が強くなる事だけを考えるしかない。隣の小生意気そうな悪魔の娘にもまるで敵いそうにないのだから。

 ――――

 実際に人間よりも長く生き、大人びた態度をする閻鬼であるが、その瞬間は童心に帰ったかのような笑みを見せた。

「まあ……、まあ、まあ、まあっ! こ、ここがカサブランダル……」

 廃砦から馬車に乗り、兵士らと共にやってきたのだが、城壁を越えた時の彼女の第一声である。
 ファンタジーRPGで見るようなイメージ通りの中世欧州っぽい街並みに、歓喜したのだ。

 まるでゲームの中にやってきたような感覚になり、現代妖怪の心を捉えた。幌無し、荷台だけの馬車から身を乗り出すようにして、キラキラと瞳を輝かせる。

「へえ……、アンタのそんな顔、初めてみたわ」

 燃尾が呟いていたが、ここで反応して相手をしたら、せっかくの気分が台無しだ。
 完全無視して、周囲を見回す。

「く……、スマホの充電が切れていなければ……」

 観光客気分で、写真を撮りまくるのに。

 つい先日、このカサブランダルは、オルトロスという魔獣の襲撃を受けたと聞いたが、人々の表情は明るく、通りも賑わっている。

 珍しくはしゃぐ様子の閻鬼だが、そんな彼女の見た街の人間もまた、物珍しそうにしていた。
 着物をこの街の人間は見た事はない。それから、これ程までに艶やかな黒髪もまた他になく、エキゾチックな顔立ちの美少女とくれば、目立つ事この上ない。

「恥ずかしいから止めて」

 流石にこれには返した。

「貴女の格好の方が恥ずかしいのでは?」

 この街、この世界に限らず、文明的な場所で、昼間からこんな露出狂のような姿をした破廉恥な女はなかなかいないと閻鬼は思っている。
 燃尾の、透けるような薄い生地のブラウスに包まれた、柔らかそうな脂肪球が揺れると、街の男らの視線はそちらに流れた。

「あたしの体に、恥ずかしいところはないわ」

 やはり相手にしなければよかったと思っていると、隣にキュピエルがやってきて、彼女もまたキラキラと瞳を輝かせている。

「うわぁ……」

「キュピエルもここは初めて?」

「うん。初めて」

 彼女は単純に大きな街が初めてなのだろう。
 思い出すのは、自分が修行を終えて、久しぶりに人間の町に出た時の事だ。アスファルトで固められた道に、コンクリートの建物、車が走り、着物を着ていたのは自分だけだった。
 あまりの変わりように、ただ呆然としたが、キュピエルの場合は、もっと憧れに近い感情であろう。

「閻鬼殿、これから真っ直ぐにこのカサブランダル一帯を治める領主、カサンド・ハンリ伯爵の下に参ります」

 観光気分で楽しんでもいられない。

「ガシャ……ハクレウス様は、こちらのご領主様ともご面識があるのでしたね」

 他に兵らも乗っているので、演技はしておく。

「そうです。ハンリ伯爵は、あまり細かい事は気にしないお方だ。巣のままで対応していただいて、問題ないでしょう」

「素って、どのくらい?」

 意味ありげに笑ってみせた。

「人間の範疇を超えない感じで」

「まあ、どうしましょう。私の美しさは、人間の範疇でしょうか?」

 聞き耳を立てていたか、兵らが口を挟んでくる。

「それは超えているかもしれない」

「ああ、こんな美しい令嬢を前にしたら、伯爵も求婚なさるでしょう」

 気分よく「まあ」と答えてみる。

 馬車の中では笑いが絶えない。

 魔物の活発な動きは、人々に不安を与えた事だろう。
 だが、悪い事ばかりでもない。
 兵らの前で、賢者ハクレウスは見事に天空の覇者を倒し、人間の力でも対抗できる事を証明してみせた。

 そしてこのカサブランダルでも、今は勇者の話題で持ち切りである。

「あの、皆様、勇者と思われる方について、もう少しお聞かせくださいませんか」

「おや、エンキ嬢は、伯爵より、勇者殿に興味がおありで?」

「お強い方が好きなので」

 燃尾が引いている。

「閻鬼が嬢って……」

 猫を被っているのではなく、演技です。

「私が知ってる範囲では、突如、この街に現われ、伯爵の妹であられるレベッカ様が、無礼な輩に絡まれているところを助けた事から、伯爵に見込まれたらしいのです」

「まあ、ロマンスですね」

「ええ。実際、噂では、レベッカ様は、モッコリ殿にご執心のようで。かなり歳は違うのでしょうけど」

「愛に歳の差は関係ないでしょ」

 神と人間。数百年差の夫婦も知っている。

「まったく、その通り。ああ、それで、先日、オルトロスとヘルハウンドらが襲撃してきた時に、刀を抜いて戦った事から、勇者様ではないか、と言われるようになったのです」

 勇者がほぼ必ず日本から召喚されている事は、ハクレウスからも聞いている。おそらく、であるが、この世界と繋がりやすいスポットがあるのではないか。
 ならば、偶然、そこに入り込んでしまい、自分達はここにやってきた、とも考えられる。

「刀……」

「ええ、勇者様しか、持っていない剣なのです」

「ふふ、修学旅行の土産に良さそうですね」

「はい?」

 日本から勇者として召喚される人物には、何か条件があるのだろうか。
 こればかりは、こちらの神に聞いてみなければ分からない。

 会話を続けるうちに、馬車は街の中心にまでやってきた。
 通りの突き当たる場所に、左右に広がる白い塀が伸びていて、かなり広い邸宅があるのだと分かった。

「もう着きますね。あそこが、伯爵邸になります」

 兵士の一人が教えてくれた。

 馬車は門の前で止められ、そこで兵士らとは別れた。

 ここへやってきた目的は、一つは宿代を浮かす為。
 ハクレウスの家から、残っていた金は持ってきたのだが、スネコスリは隠れるとして、四人が宿泊するとなれば、相応にかかる。それに、向こうの世界の常識的な宿レベルを期待するなら、こちらでは最高級になるのだ。
 もう一つは、モッコリなる人物に会ってみて、確かめたい事があった。

 正面の門の前には二人衛兵が立ち、まずはハクレウスが近寄って、話を通した。
 最初は怪訝な表情をした衛兵も賢者と気付き、慌てて一人が奥へと走っていく。

「へえ、キュピエルのジイジ、ホントに凄いのね」

 見ていた燃尾が言えば、キュピエルも嬉しそうだ。

 その天狗幼女の頭に乗っているのはスネコスリで、姿は小動物の彼との組み合わせが、見る者の表情を和らげる。

 ここに辿り着くまでに、キュピエルの才能を確認しているが、手本となる他の天狗がいない状況で、ここまで神通力が使えるならかなり優秀だ。
 天賦の才、あるいは血筋がいいのか。

 ――父親はどんな種馬なのか……。ホース娘、事前予約はしたけど、サービス開始までに戻れるのかしら。

 そういえば、今の天狗の指導者の娘が行方不明になったとか、少し前に騒がれていたが、まさか――。

 ハクレウスが戻ってきた。

「話はつきました。中に通してもらえますよ」

 第一関門は通過した。宿泊のお願いと、ここからの路銀が借りられるかは、交渉しだい。
 尤も、自分達は妖怪だ。その気になれば、野宿だってできるし、このくらいの文明レベルなら、金がなくともどうにかできよう。
 だが、現代日本に慣れてしまうと、やはり温かな食事と寝床が恋しくなるのだ。

「まあ、まあ……、まあ、まあ、まあっ! これが貴族のお屋敷」

 真っ赤な薔薇の咲く、庭園風の庭に、大きな白い洋館。本邸に一歩足を踏み入れれば、赤くて深い絨毯が敷かれたロビーがあって、二階に上がっていく階段が見えた。
 まさに――といった光景に、また閻鬼のテンションは上がる。

 直ぐに迎えに出てきたのは、恰幅の良い中年男性で、ここまで出会ったこの世界の人間よりも派手な格好もまた、いかにも、であって、彼が伯爵であると分かった。

「おお、ハクレウス殿、よくご無事にここまでいらした」

「久方ぶりですな、伯爵」

 賢者と伯爵。どちらが格上という事もなく、友人としての握手を交わしている。

「王都に向かわれる途中と聞きましたが?」

「ええ。なにぶん、魔物の襲撃を受けて、着の身着のままで、ここまで」

「ふむ。では、今夜はこちらに泊まっていかれるといいでしょう」

 話が早くて助かる。第二関門もクリアといったところか。

「照会しましょう。こちらは――」

 育ちの良さをアピールする笑みを作ろうとしたその時だった。

「閻鬼!? 燃尾にスネコスリも……」

 聞いた事のある声に、そちらを向くと、驚きに瞳を丸めた。同時に、納得がいく。

「おお、カラハ殿。紹介しよう、賢者ハクレウス殿と連れの方々だ」

 間違いない、こいつがモッコリだ。
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