恩恵なしに異世界に放り込まれたけど妖怪だから大丈夫

千夜詠

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ダークエルフ

ダークエルフ⑤

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 妖術ではなく、魔法を使う相手との戦い。経験は少なく、自分の拳が届かぬ距離からの攻撃には正直、手を焼く。

 周囲を取り囲んできた魔法陣から最初に放出されたのは、酸だった。
 閻鬼が反射的に避けると、地面が焼けたようになって、独特のきつい臭いと共に湯気が立つ。
 かと思えば、他の魔法陣からは、槍が飛び出てきた。

 威力が判明しないうちは、全て躱すしかない。

 同時に左右から襲ってきたのは、生物の長い舌と巨人の腕のような物で、屈んで避けると、今度は下から火球が撃ちあがってきた。

 それでも着物の裾を乱す事無く、閻鬼は小さく跳ね躍りながら、ダメージを受ける事はない。
 舞うように全てを躱しきる。かつて見た、鬼族最強と謳われた鬼神姫のように。
 そうしながら、閻鬼は注意深く観察する。

 ――フェイノートは動かない、か。

 黒い翼を広げながら、僅かに足は地から離れ、宙に浮いている。

「成程……」

 彼女がもっと優位に立とうとするなら、本当なら、もっと上空にいた方がいいはずだ。
 それに――。

 閻鬼は、無数の針を撃ち込んでくる魔法陣と、剣で斬りかかってくるそれの合間で立ち止まると、針は全てを手刀で打ち払い、剣は二本の指に挟んで、動けなくさせた。
 他の攻撃はこない。

「ち……。ちょっと、もう読まれちゃったの」

「ええ、私を囲った魔法陣ですが、一つの魔法陣から出る攻撃は、他の魔法陣に当たらないように調整されています。で、今、私がいる位置なら、この二つだけ防いでいれば、他から攻撃がされないのです」

「でも、動かないと、私が攻撃しちゃうよ」

「やってごらんなさい。ナイフでも突き立てに来ますか? 今出している魔法陣を解除しないと、他の魔法は使えないのでしょ。あと、発生させられる距離もあるのでは?」

 そして、互いの魔法陣を攻撃しないようにしているのなら、破壊ができるという事。
 全ての攻撃を避けてきた閻鬼にとっては、魔法陣を消し去る事も造作もない事であったが、そこまで必要はなかった。
 フェイノートの方から、魔法陣を解除したのだ。

「仕方ないね、余り派手にしたら、君の仲間に気付かれるかもしれないし、それに人間どもにも警戒されちゃうと思って、手加減してきたけど、殺ると決めたら、ここで君を殺すしかない」

 悪魔が翼を大きく広げ、空へと舞い上がっていく。
 制空権を握り、敵の攻撃が届かぬ高さから、一方的に爆撃する。
 こんな基本中の基本を行わなかったのは、目立つ事を嫌ったからであったが、フェイノートは閻鬼を倒す事を優先した。

「想像以上に君は危険そうだ。私の存在が知られても、ここで君を倒しておかないと――な!?」

 閻鬼の姿が同じ高さにある。

「これ以上、空には上げません」

 握り合わされた拳をフェイノートの体に打ち付けた。
 自然落下の何倍もの速度で、悪魔の体が地面にぶつかり、激しい衝撃音が響き渡る。地面がへこんで、地割れが広がった。

 遅れて閻鬼の体が下りてくる。

「う……、うぐ……」

 血反吐を吹き、体の土を払いながらフェイノートは立ちあがった。

「貴女は私より高く飛べるのでしょうが、加速は私の跳躍の方が上でしたね」

「ああ、信じられないよ。大魔法を使って、一撃で消してあげようと思ったのに、どうやら、魔法を放つ隙は与えてくれないみたいだ」

「まあ、怖い。その大魔法はどんな威力が?」

「この辺り一帯は灰燼だね」

 嫌な感じがする。

「む、何をしました?」

「もう気付いた!? やっぱり凄いよ、君は」

「会話はもういいです。そんな時間を与えたのは迂闊でした」

 口でも裂けたかと思えるほど、フェイノートが口角を上げている。

 そこに真っ直ぐに飛び込んで、笑った顔に拳をぶつけた。
 だが――。

「接近戦とか、肉弾戦って、私も得意なんだ」

 笑いはそのままだった。

 みぞおちに衝撃。フェイノートの拳が、腹に減り込み、後ろに飛ばされながら、足で地面を擦った。
 微かによろめく。

 この戦いで、閻鬼は初めてダメージを負った。

「…………殴られ屋も布石ですか」

「いやいや、あの時は防御をあげる暇がなかったしね。多重物理防御障壁が三つも破壊されたら、ビビるって」

「今は?」

「あの時の障壁の数倍強固なのを六重に張ってる。それに――」

 瞬時に目の前に迫ったフェイノートの拳をどうにか腕でガードしたが、骨が軋む音がした。

「うぐ……」

「大した反応だよ。これ以上は種明かししないから、ね!」

 一方的に正拳が打ち込まれてくる。

 種明かしがされなくても、閻鬼には見当がついた。
 全てが魔法による強化。速度も力強さもフェイノートの肉体だけでは出せないそれを魔法でドーピングして、跳ね上げている。

 腕を顔の前でクロスして、ただサンドバックのように打ち込まれるばかり。
 それを鬼のプライドが許すはずもない。

「軽い……」

「はあ? ヒっ!」

 腕の合間から閻鬼が見せた瞳に、フェイノートが怯む。
 こちらの世界にも鬼という言葉はあった。その意味は、恐ろしく、怖ろしく、非情なる怪物であり、圧倒的な破壊を齎す存在。
 悪魔がその真の意味を知った刹那、

 ドガガガガガガ――――ッ! 閻鬼の拳が全ての物理防御障壁を砕き、フェイノートの顔面に減り込んだ。

 吹き飛んだフェイノートの体が地面を削る。

 着物に付いた誇りを払うようにして、閻鬼はフェイノートに近付いた。

「立ちなさい。この程度では死なないのでしょ」

 ふらつきながら、悪魔は立つ。

「酷いね、女の子の顔を殴るなんて」

 フェイノートが魔力を拳に集中させてくる。
 次の一撃に全てを込める気なのか。
 防御には回していないように見えた。

 ――決死の覚悟、ですか。

 受けてやろうと思った。
 次の交差で、勝敗は決する。どちらかの死で。

 呼吸を整え、全身全霊の闘気を練った。
 街の喧騒も聞こえず、集中していく。その時――。

「エンキ様?」

 振り返らないわけにはいかず、瞳が捉えたのは、レベッカの姿だった。
 そして、彼女の背後に、魔法陣が現われ、大斧をもった腕が出てくるのだ。

「レベッカ!」

 閻鬼の突進力なら間に合う距離。
 令嬢を庇うようにして、どうにか大斧を歯の側面から拳で砕く。

 次の瞬間、

「がは……」

 閻鬼は鮮血を口から吐き、腹から噴き出させた。
 悪魔の手刀が、鬼の体を貫通している。

 ――――

 何が起きたのかを理解するのに、数秒のタイムラグを必要とした。

「へ……」

 エンキが見せたのは、自分が無事であると確認してのものなのか。

 腕がエンキの体から抜かれ、彼女は力なく倒れ込んだ。

「あ、あ……、ああぁあああ――――っ、いやぁあああっ!」

 叫びが路地裏に響き渡る。
 過呼吸になりそうになって、それが落ち着くと、レベッカは、うつ伏せて倒れたエンキに、震えながら手を伸ばした。

「エ、エンキ様? う、嘘……」

 つい先程まで、一緒に歩き、一緒に話し、一緒にケーキを食べて、お茶を飲んでいた。
 知り合って、そんなに時間は経っていない。
 だけど、とても惹かれた。
 それは、好きになった人の娘とか、そんなのは関係なくて、美しさと聡明さが滲み、どう見ても自分よりも年下なのに、まるで姉と話しているような落ち着きと、そして、守られているような安心感があったのだ。

 触れるのが怖い。
 死んでしまっていると、確認してしまうのが怖い。

 魔法陣から出ている大きな腕が、砕けた斧で、動かぬ閻鬼を叩こうとしてきた。

「駄目ぇ!」

 咄嗟に彼女の体を自分の体で覆っている。どんどんと冷たくなっていくのが伝ってきた。

 衝撃が背中を襲ってくるのを覚悟していると、

「どうして、庇うの?」

 叩き付けられる感覚はなくて、代わりに聞こえた声に顔を向けた。

「何故、エンキ様にこんな……」

「質問はこっちがしてる。それはもう死体。庇っても意味がない」

「いいえ! この方をこれ以上、傷付けさせません」

 涙で滲んだ瞳で、フェイノートを睨む。
 きっと、ここにエンキが倒れていなければ、彼女が怖くて逃げだしていた。

「ねえ、死ぬのが怖くないの?」

「怖いです。でも、それでも……、エンキ様を置いてはいけません」

 そのままフェイノートを見詰める。怒りよりも悲しみばかりが膨らんで、もう睨んではいなかった。
 一緒にケーキを食べたのに、どうして? ただ、それだけを瞳でフェイノートにぶつけている。

「…………お前は殺さない。ケーキ、美味しかったよ」

 黒い翼を広げ、フェイノートの体が浮き上がっていった。
 大きな腕も魔法陣もとっくに消えている。

「どうして……」

 首をブルブルと横に振った。

「エンキ様を運ばなくっちゃ。お医者様を呼んで……、それから……」

 そうだ。自分は医者でもなく、専門知識もない。
 だから、エンキが死んだとか、決めてはいけない。

 どんなにドレスが血で汚れようと、レベッカはエンキを背負った。
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