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ハイダークエルフ

ハイダークエルフ①

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 人間の街カサブランダルまで、一日の距離まで迫っていた。

 鳥の魔物らは、泣き付いてきた時には意気消沈していたが、ここにきて復讐に燃えている。今にも飛んでいって強襲を仕掛けそうな勢いだ。
 どうしても足の遅い種族に合せて進んでいる為、ここまで時間はかかったが、体力的な消耗はほぼなかった。

 途中で獣人の斥候を見付けたが、無視させた。今頃はそいつの報告を聞いて、人間どもは慌ててふためいている頃だろう。
 せいぜい準備するがいい。そのうえで、圧倒的な力で飲み込んでみせる。
 良い知らせもあったからな。

「それで、オーガもどきは、確実に始末したのだな」

 悪魔フェイノートからの知らせに、心の中でははしゃぎ回っていたが、それは顔には出さなかった。

「そうだよ、ベオルグ。あんなに苦戦したのは、何百年ぶりかな」

 対して、フェイノートの表情に晴れやかさはない。

「……それ程の強敵であったか?」

「ん……、ああ、まあね」

 もう一度、冷静になって、考えるべきか。

「ヨウカイとはそれ程の存在か。うむ……」

「多分、エンキがあいつらの中では一番強いんだと思うけど……、他の奴らだって、私も知らないスキルを使う。一体ずつが、特殊な個体と考えた方がいいね」

「ああ、モエビさんもそうだった」

 まだ、侮ってはいけない、という事か。

 ――やはり、私自身の強化が急務。あと一日で成すには……。

 カサブランダルの戦力を分析すると、人間の雑兵など計算に値はしない。

 だから、注意すべきはヨウカイだ。
 モッコリなるオルトロスを倒した男は、幻術のような技で、ヘルハウンドの姿さえも変えさせる。対抗策は思い付かず、唯一の方法は、真っ先にこいつを殺してしまう事か。
 獣人の村で、自分を転がした奴もいる。それ以上の攻撃はしてこなかったが、人狼は被害に遭っていない為、数は少ないはず。
 他には謎の壁。形態からして、速度は遅いはずだから、どうにかできよう。
 モエビはできれば生け捕りにしたい。

「何を考えているんだい?」

「……自分自身の強化が必要だ」

「だろうね。うん、方法はあるよ。合体すればいい」

「合体! モエビさんとか!」

 鼻息が荒くなってしまった。

「キモ! あ、いや、デーモンとだよ」

「う、うむ。それで強くなれるのか?」

「強くはなれる。けど、君の意識が残るかは、君次第だね。より、精神の強い方が、主人格になるのさ」

「それは……」

 リスクが高い。

「その気になったら、言ってよ。手伝ってあげるからさ」

「分かった。では、確認をしよう。まず、モッコリだが、真っ先にデーモンを向かわせて、こいつを殺す。厄介なスキルを使われる前にね。それに、人間どもの士気も下がろう」

「壁の妖怪は?」

「位置さえ把握できれば、無視だ。街の周囲、全てを守れるわけもない」

 転がしてくる奴も同じ。数がいないなら、脅威ではない。

「賢者がいるよ」

「鳥どもが復讐に燃えているが、あいつらでは勝てまい」

「いいよ、私が殺ったげる」

「そ、それから、モエビさん……、ああ、こう乳のデカい――」

「殺す。乳のデカいのは、全て殺す」

「待て待て。彼女は、その……、私の妻にしようかと……」

「げっ、これだから童貞は……。ああ、分かったよ。デーモンどもにも言っとくから。ええと、モエビだっけ?」

「そうだ。狐の獣人に似ているが、尻尾の数が多いから、区別できるはずだ」

 強化等しなくても充分に勝てる算段だ。
 勢いに乗って、人間の街を蹂躙つくすのもいい。
 勝つ前から勝った気でいてはいけないと思っているが、それでも笑みを抑える事ができなかった。

 ――――

 レベッカは自分の部屋にいた。何もできず、じっと椅子に座っているだけ。

 昨日は取り乱した。
 エンキを背負い、大通りに出れば、直ぐに人々が気付き、誰かが用意してくれた馬車に乗って、家に戻り、そこで叫んだ。

 エンキ様を助けて――と。

 医者ではなく、賢者が診てくれた。
 彼女の生死さえ、レベッカは聞いていない。

 ――いいえ、信じるの。賢者様を……、エンキ様を。

 扉が開き、誰かが入ってきたようだ。

「レベッカ……」

「ん……、お兄様……」

 振り返らず、俯いたままのレベッカの肩に、そっとカサンドの手が置かれた。

「昨日、戻ってから、何も食べていないそうだな」

「…………エンキ様が起きるまで、食べません」

「いいや、食べるんだ。庇われた者の責務として、お前は生きていく為の行動をしなくてはならない」

 それはきっと正しい。

「エンキ様は?」

「部屋を一つお貸しして、ベッドに寝かせてある。そこにハクレウス様が籠って、なにやら処置をなさっているが、詳しくは分からん」

「で、では、死んではいないのですね」

 せめて、それだけでも教えて欲しい。

「聞かされてはいない。行っているのが、傷の手当てか、それともアンデッドにならぬ処置なのか……」

「そんな……」

 ぐっと拳を握り、信じると決めたのだと、自分に言い聞かせる。

「こんな時ではあるが、決めておかなくてはならない事がある。もう直ぐ、魔物の軍勢がこの街を襲うだろう。戦えぬ住民を今、東側の門から避難をさせている。うちの従者たちにも暇を出す」

「そうですか。そうですね、それがいいと思います」

「王宮に援軍の要請はしてあるが、間に合うとは思えない。避難する住民と合流して、守ってくれれば、それでいい」

 英断だ。敵が進攻してくる方向は分かっている。そして、戦力の分析では、勝算はあって二割。
 それでも兵がここに残るのは、ここがベトランゼ王国の対魔物の要だから。
 一体でも多く、魔物の数を減らし、可能なら死守して、これ以上の進攻を食い止める。

「昨日までの街の賑わいが嘘のよう」

「分析に時間がかかった。昨日の昼までは、カラハ殿と賢者様がいれば、街の門を越えさせる事などないと思っていたからな」

「人は……いつ死ぬか分からないのですね」

 だが、最期まで足掻きたいとも思った。

「レベッカ、君も避難するんだ」

「嫌です。私がここにいて、守る為に兵を割かなければならないと言うのなら、護衛はいりません」

「レベッカ……」

「分かっています。庇われた者の責務、なのでしょ。でも、我儘をお許しください。私はこの街が好き。この数日だけでも掛け替えのない思い出が増えました。逃げるなら、エンキ様も一緒に」

「そうか……」

 自分の妹の性格をカサンドはよく知っている。

 扉が叩かれる音がした。
 兄が確認の為に見てきたので、頷いた。

「どうぞ」

 入ってきたのは、カラハである。

 レベッカは立ちあがる。

「エンキ様に、なにか……」

 今度はカサンドとカラハが目で意思を確認し合った。カサンドが部屋を出ていく。

「レベッカ様、大事なお話があります。我らの正体について」

「あ、あの……、私のせいで、エンキ様が……」

「そんなに気になさらないで」

「でも……」

 カラハが一度深呼吸をした。

「この大事な時に、とも思ったのですが、レベッカ様の姿を見て、やはり、伝えるべきと考えました」

 ポンっと音がした気がして、瞬きの合間に、カラハの姿が変わった。

「え……」

 狸だった。二足歩行をする狸。

「これが、私の本当の姿です」

「あ、あの……、狸の獣人とかではない、のですね」

「ええ、我らは妖怪なのです」

「ヨウカイ?」

 頭の中がごちゃごちゃする。けど、これはしっかりと受け止めなくてはいけない事だと感じた。

「そう、妖怪です。我らは異世界から来たのです」

「い、異世界ですか」

 歴代の勇者もまた異世界から来たと聞く。

「どうやって来たかはわかりません。気付いたら、この世界にいたのです」

「……それで、我らとは?」

「門を守った壁のような存在も私の使い魔でなく、妖怪です。それから、燃尾、小さな動物のようなスネコスリもそうです。賢者ハクレウスはこの世界の者ですが、一度死に、妖怪のガシャドクロと一体化しております」

「そんな――」

 両手で口元を覆った。

「彼の孫娘となっているキュピエルは、この世界の妖怪なのでしょう。あの子は天狗とおう妖怪になります。そして、閻鬼も」

「…………カラハ様が正体を明かされて、エンキ様もそうでないかと」

「彼女は私の娘ではありません」

「そうなのですね」

 納得ができる。カラハの正体を知って、エンキが何を考えたか、想像できた。

「閻鬼は鬼。こちらの世界にも鬼と呼ばれる存在はあるようですが、あれこそ、本物の鬼なのです。だから、気になさる事はないのです。人間ではないのですから」

「違う……」

「ん?」

「エンキ様がどんな存在であっても、私は命を救われたのです」

「貴女は巻き込まれそうになった。それだけです」

「そうじゃありません!」

 ヨウカイという存在がどんなものか知らない。だけど――。

「知り合って、好意を持ったお方が死の淵のいるのです。気にしないなんて、無理。鬼……なのかもしれないけど、私は、エンキ様を怖いと思った事はないし、むしろ、傍にいて、安心したのです」

 自分が見て、自分が感じた事を信じる。

「レベッカ様……。我ら妖怪は、元いた世界でも正体を隠し、身を隠し、そうして、過ごしてきた。いても、いなくてもいい存在だった」

「私には、いて欲しい存在です」

「ありがとう」

 ああ、この方たちは、ヨウカイとは、とても純粋なのだ。
 そして、話してくれた事を嬉しく思った。

「エンキ様は今……」

「傷は塞がりました。こちらの世界の魔法も大したものだ」

「で、では――」

「まだ、目を覚ましません。このまま、目を覚まさない可能性もあります」

「そんな……。いいえ、私は信じます」

 前を向こう。
 未来に待っているのは、絶望だけではないのだから。
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