恩恵なしに異世界に放り込まれたけど妖怪だから大丈夫

千夜詠

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鬼神

鬼神④

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 狐に姿を変えて、燃尾は駆けた。
 林を抜けて、カサブランダルの城壁が迫ってくると、状況は見えてくる。

 連れ去られる前は、大量の魔物が攻め込んできた状況で、西門前に溢れ返っていたが、今は静かだった。
 ただ、死骸の数が少ない。
 デカ物の五体は確認できたから、残りのゴブリンやコボルトといった連中は、もう街に雪崩れ込んでいったのだろう。西門が開いていた。

 では、妖怪の仲間はどうなったのか?
 更に近付くと、それも確認ができた。

 城壁のへこんだ場所に、狸が減り込んでいて、ぐったりと動いていない。
 ガシャドクロは地に伏して、実態を保つのが難しくなっていた。あれではもう戦う事は不可能だ。
 そして、今、ぬりかべが真後ろに倒れ込んで、その体をベオルグが踏み付けている。

 デーモンと合体したダークエルフ、ハイダークエルフと彼らが対峙した時には、おそらくそれまでの戦いで疲弊していたとはいえ、三体がかりでもベオルグには傷一つ付けられていない。
 ダークエルフの魔人であった時でも互角以上であったベオルグ。デーモンと融合した事で、その力はフェイノートとかいうあの悪魔にも匹敵する程になっているだろう。
 よくもまあ、そんな相手と閻鬼は互角以上に戦ったものだ。

 あたしは勝てるの?

 考える。が、足は止まらなかった。

 牝として好意を寄せてきた男がいれば、悪い気はしなかった。出会い方が違っていたら、彼の味方になって、魔物側についていたかもしれない。
 けど――。

 ――仲間意識か……。あいつらが必死で人間なんかを守るから……。

 学校なんて、最初は嫌だった。ただ、敬愛してやまない九尾から言われて、従っただけ。

「けどさ、付き合いが長いんだよ、あいつらの方が」

 守りたい、と思ってしまう程には、どうやら学校での生活は楽しかったようだ。
 通っていた時には、かったるい、と思っていたのに。大嫌いと思っていた彼女との教室でのやりとりも、楽しかったのだ。一匹で、山の奥深くにいた時よりも。

 吠えた。

 ベオルグが気付く。
 互いに、初めて会った時とは違う姿だが、あいつの方も分かったみたい。
 殺気を感じて、ハイダークエルフが翳した手の先に魔法陣が浮かぶ。
 その時、魔法を放つのを躊躇したのだ。

「甘い男……。殺し合いに、そんな隙を作って!」

 狐火を大量に発生させて、それを身に纏う。
 炎に包まれた狐が、スピードを緩めることなく、ベオルグへと猛烈な勢いで飛び込んでいった。
 捨て身の体当たり。自分自身にも強烈な痛みを感じた。

 だけど、それは、ハイダークエルフの黒い体をぬりかべからどかしただけ。

 奴の胸元に頭を突き込んでいたが、振り払う手が、ドスンと体に衝撃を与え、地を滑った。
 炎は掻き消され、よろめきながら、四本足で立ちあがる。人の姿の時には、こうはいかなかった。

「へえ……、強いね、やっぱりアンタは……。でも、前の方がマシだったわよ」

「……」

 その顔は無。何を考えているか分からない。

 なら、これならばどう?
 燃尾は、人の姿をとった。奴が知っている女の姿。奴が求婚してきた姿だ。

 ベオルグはやはり声は発しない。
 だが、じーとこちらを見てくるのだ。
 攻撃はしてこない。しかし、近付いてはきた。

 冷や汗が流れてくる。今、いきなり攻撃されたら、何もできないで死ぬ。
 黒い翼を畳んで、地に降り立ち、歩いて寄ってくる。直ぐ傍まで。
 奴の片手が伸ばされてきた。
 そして、

 ムニュ――乳を揉んできやがった。

「…………」

 色香と体は女の最大の武器とは、よく言ったものだ。
 全く表情を変えず、ベオルグはもう一方も伸ばして、両手で揉んできやがった。

 こんな時、女はどうするか?
 プルプルと体を震わせて、バシ!
 平手を食らわせた。

 ベオルグの体が回転して、そのまま地に倒れ込むクリティカルヒット。
 ハイダークエルフに最もダメージを与えた瞬間だった。

 ひょっとして、今がチャンスかも?

「はぁああああ――――っ!」

 妖力の限界まで、狐火を発生させて、ベオルグへと撃ち込んでいく。

 燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ――。

 ハァ、ハァ、と息が上がった。

「どう? 少しは焼けてくれると嬉しいんだけど」

 これで駄目なら、自分にベオルグを倒す手立てはない。

 燃え盛る炎の中に、動きだしてきた影が見えた。

「は、はは……嫌になるわ」

 奴は立ちあがり、纏わりついた炎を、片手を振るって掻き消した。

 両膝をつく。
 一気に妖力を放出したせいで、体に力が入らない。

 ――くっ……。あれだけ敵意を見せたんだ。流石に今度は、殺しにかかってくるわね。

 覚悟しなくてはならないか。

 しかし、一瞥しただけで、ベオルグは門の方へと向かっていく。余裕か、歩いていったのだ。

「く……」

 ここで諦めるのか?
 まだ体は動いた。動いてしまっていた。
 逃げても良かったのに、もうこちらを見ないベオルグの腰に抱き付いている。
 進ませないように踏ん張るが、ズルズルと引き摺られた。

「このぉ! 街には入らせない!」

 みっともない。戦い方も、こんなに風に男にしがみ付いている姿も。
 こんなのは、誇り高い妖狐がする事じゃない。
 それでも、そうせずにはいられない。

 何故か?

「あらあら、時間稼ぎ、ご苦労様」

 和服姿の黒髪の少女がそこにいた。

「閻鬼……」

 強い安心感。そんな物を覚えてしまって、もう自虐的に笑うしかなかった。

 ――――

「本当にいいの?」

 淡々とサクが聞いてきたので「いいわ」と答えた。
 あの子の加護なんて、自分には必要ない。街の中だけに、集中してくれた方が、気兼ねなく戦えるというもの。

 西門から出て、周りを見回すと、酷い有様だ。
 倒れ込んだぬりかべには、もう立ちあがる力は残っていない。消滅していないから、生きてはいるのだろう。
 呻き声が聞こえて、見上げれば、狸が壁に埋まっていた。
 もう人間の姿に化けるだけの力は残っていない空葉である。まあ、呻けるのなら、こちらも生きている。
 ガシャドクロは実体をどうにか保っていた。あれ以上は無理をさせてはいけない。キュピエルが悲しむ事だけは避けたいと思った。

「で……、発情狐は何をしているの?」

「見て分かるでしょ! こいつを街に行かせないように……」

「どう見ても、捨てられた女が男にしがみ付いている図なんですけど。ぷ……」

「笑うな!」

 あれだけの元気があるなら、燃尾はまだ全然大丈夫そうだ。ただ、かなり妖力は消耗してしまっている様子である。
 他には――。

 フェイノートの姿は見えなかった。気配も感じられない。

 ――残念だわ。決着をつけたいと思ったのですが……。

 相手は街中で自分の存在をあまり公にしたくなかったのか、大魔法を使っていない。
 こちらは、レベッカを庇っての負傷。
 互いに力を出し切れていない状態で終わったのだった。

 ま、そのうち、また会えるような気はする。

 なら、敵は目の前の黒い奴のみ。

「さて、どいていなさい、発情狐。そいつをぶっ叩いてやった時に、巻き添えになるわ」

 ムッとした燃尾であったが、それが事実と感じてか、そっと離れ、遠ざかっていった。
 それでいい。

 よく眠ったせいか、力が有り余って、ウズウズする程だ。
 強そうな相手を見て、わくわくもしている。

「さあ、貴方は、悪魔よりも強いのですか? あの程度では、準備運動にしかなりませんでしたから。楽しませてください」

 笑えば、燃尾がゾッとするような顔を見せた。
 どう思ったか、なんて気にしない。
 怖がられてこそ、鬼。そして――。

「エンキ様っ、頑張って!」

 駆けつけたレベッカの声が城壁の上から聞こえてきた。

「エンキ殿、やってしまえ!」

 カサンドもいて、兄妹の護衛をしている老騎士らに、伯爵家の侍女もいた。
 キュピエルが、ガシャドクロに気付いて、飛んでくる。
 目で黒い敵を牽制して、あの子には近付けさせない。
 ガシャドクロ、即ち、ハクレウスがまだ存在を保っていられる事を知り、安堵したキュピエルがこちらを見詰めてきた。

 ――想いが伝わってくる。

 ただ恐れられ、力が認められるものが鬼。
 そこに、人々の希望が注がれ、畏怖と共に崇められる存在となって、鬼神と化す。

 今、閻鬼は鬼神となる一歩手前まできていた。

「さあ、貴方を倒して、私は一つ上の存在へと成りましょう」

 最強に名を連ねる為の生涯。それを乗り越える為、前に進む。
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