恩恵なしに異世界に放り込まれたけど妖怪だから大丈夫

千夜詠

文字の大きさ
29 / 29
鬼神

鬼神⑤

しおりを挟む
 着物の淑女らしく、おしとやかに前に進む。

 閻鬼の姿を見て、ベオルグであった物は、刹那、慄く。覚えているのだ、平原で殴られた時の事を。

 己が強き物へと生まれ変わった事を思い出してか、直ぐに正面に魔法陣を展開させるハイダークエルフ。
 が、最初の慄きの間に、閻鬼は間を詰めていた。
 既に魔法の発動直前。このまま放てば、ほぼゼロ距離で直撃させられる。

「ざーんねん」

 閻鬼は魔法陣を殴った。
 脆い硝子のように魔法陣は割れ、消滅する。

 驚愕の顔をベオルグが見せ、距離を取ろうとした。

 どうやって、魔法をキャンセルさせたのか。
 魔力も妖力も源は同じ。言語が違うだけのようなもの。たとえ出鱈目でも、出鱈目であるからこそ、術式にちょっと押し込んでやれば、それは意味をなさなくなる。
 単純にそれだけの事。

 この誰でも思い付くような単純な事を閻鬼は鬼神姫より教わっていた。多分、他に誰も知らない。

 知っていても、夢詠唱で発動させられる相手の魔法陣に飛び込んでいく馬鹿はそういない。無謀の極みだ。
 躊躇なく飛び込んできた鬼に、ハイダークエルフは狂気を感じただろう。

「さあ、次はどうしますかぁ!」

 この戦い閻鬼は勝てると思っていた。死んでも絶対に勝てると思っている。
 死んでも構わないと考えて、それでも敵を必ず殺せると確信していた。
 そんな考えは、間違ってはいない。それが生死を賭ける戦いなのだから。

 ベオルグは飛び上がる。

 ――まあ、そう考えるわね。

 敵の攻撃が届かぬ場所からの攻撃。反撃されなければ、負ける事はないのだから。

「それ、もうフェイノートがやってますけど」

 より高く飛ぶ?
 いえいえ、その前に奴を飛ばせません。
 見えない天井にぶつかったように、ベオルグが止まった。戸惑いが見える。

「何が起きたか、理解できていないようね。飛べる相手と戦うのに、何の準備もしてこなかったと思う?」

 妖力で作ったネットが、西門から先、一帯へと広げてあった。

「さっき、時間稼ぎご苦労様って、言ったでしょ」

 燃尾が戦っている間に、とっくに到着していて、準備していたのだ。
 この国の王が、街中の魔物の対処を約束し、それを信じて託した。
 だから、一目散に、ここまで駆けつけている。

 ヒタヒタと閻鬼が近付けば、強引に上昇しようとベオルグが足掻く。

 実際の力の差は分からない。本当は大した差はないのかもしれない。
 それでもハイダークエルフは鬼を恐れた。

 妖怪の持つ、得体の知れなさ。魔法を撃ち砕き、アドバンテージである空へも行けなくされた。
 妖力のネットは引き裂く事もできたが、冷静さを欠いて、彼には思い付かない。

「怖い? ねえ、怖い?」

 そして、狂気の笑み。
 恐怖は思考を乱れさせ、隙を生む。

 地を蹴り、閻鬼は敵の斜め後方へと瞬時に移動し、再びそこで跳ねた。

 ベオルグが振り向くよりも早く、黒い翼を掴む。
 障子のようにビリビリと羽を破り、浮いていたハイダークエルフの体がとうとう地に落ちた。

「グオオオ――ッ!」

 呻きの咆哮を響かせ、背に乗った閻鬼をベオルグが振り払おうとする。

 その振り払う動きに合わせて飛び、閻鬼は自らが作った妖力の網に足をつけ、反動で再び飛び込んでいく。

 反射的にベオルグが腕を伸ばし、閻鬼に向けて拳を突き出した。
 腕に沿って、螺旋を描くように身を躱しながら、手刀の一閃。
 ドサッとハイダークエルフの腕が落ちた。

「グギャ――――ッ!」

 噴き上がる鮮血をベオルグが魔力で抑え込む。

 接近戦では鬼の閻鬼の方が圧倒する。
 距離を置く為に、ベオルグが走る。
 既に敗走。

 羽があるうちに、上ではなく横へと移動すべきであったのだ。
 全ては、対峙した瞬間に決まっていた。いや、獣人の村近くで最初の接触があった時からなのかもしれない。
 ベオルグに植え付けられた恐怖心が、全て。

 戦いにおける死への覚悟の違いが、結果となった。
 もしも対峙するのが、ここで初めてであったなら、まるで変わっていたかもしれない。

「鬼ごっこですか? 逃がしません」

 人間を、世界を恐怖で満たすはずであったハイダークエルフが、やがて魔王となるはずの存在が、涙目になったような顔で逃げていく。
 反撃の為に距離を置くはずが、ただ、逃げていた。

「さあ、捕まえ――」

 雲を割って、闇の閃光が降り注ぐ。
 閻鬼の手がベオルグを掴みかけた時だった。

 爆発と衝撃の渦が発し、ハイダークエルフを包み込んだ。
 ベオルグの肉が全身から千切れ、骨が曲がりくねり、首があらぬ方向へと捻られていく。
 断末魔までも呑み込まれ、ただ地が抉れていく音だけが一帯に響き渡った。
 戦いを静観していた者らの悲鳴が掻き消される。

 ハイダークエルフの間近に迫っていた鬼も巻き込まれたと誰もが考えた。
 閻鬼の作った妖力も網も閃光で破壊されている。
 暴風が吹き荒れたが、それも直ぐにおさまっていった。

 そして、皆、目を開ける。
 憮然と立っている閻鬼を見た。

「はあ……、明らかに私も巻き込むつもりの攻撃でしたが……」

 フェイノートと戦った時に、彼女は体の周囲に防御の障壁を多重に張っていた。それを真似てみていた。妖力で再現してみたのだ。
 死をいとわぬうえに、用意周到。

 閻鬼は空を見上げた。
 二撃目がくる気配はない。
 きっとこちらの実力を知った相手だ。不意打ちが失敗した今、これ以上の追撃はないだろう。確信できてしまった。

 丁度その頃、街から全ての魔物の殲滅が終わっていた。
 戦いは終わったのだ。

 ――――

 上空の強い風に煽られながら、俯瞰し、うんざりとフェイノートは笑った。

「あーあ、失敗しちゃった」

 この地を去る置き土産の一発だったが、成功すればラッキー、くらいの気持ちであった。

 勝敗は完全に決して、もはやベオルグに勝ち目はなかった。
 ならば彼の存在を意味あるものへとする為に、放った一撃である。

「けど、あれで生きていたんだ、閻鬼……」

 嬉しく感じている自分がいた。
 何故か?

「うん。こうでないと面白くないよね」

 破滅神からしてみれば、不本意な結果であろうが。

 ――ああ、心が躍る。これが、ワクワクするって、感情なのかな?

 閻鬼は強くなっている。街で戦ったあの時よりも。

「神格……、破滅神様に、一歩近付いている?」

 これまで存在して、なかった想いが生じた。
 あれに負けないように、自分も強くなりたい。

 フっと笑った。

「じゃあね、閻鬼。近いうちに、またきっと会えるよ」

 この世界は小さいのだから。

 ――――

 頬と着物に付着した汚れを払い、閻鬼は城壁へと向き直った。
 空葉にガシャドクロ、ぬりかべが、安堵と勝利の喜びの笑みを浮かべている。キュピエルが両手を大きく振ってくれた。
 城壁の上には、カサンドがいて、肩にスネコスリを乗せたレベッカが、やはり手を振っている。

「エンキ様ぁ!」

 ようやく閻鬼も笑った。

 伝わってくるのは、人の想い。
 自分を信じて、希望を託し、願ってくれる。それが、神格を得る条件であった。
 そして、それに応えようとしなければ、得られぬものでもある。

 なり立ての鬼神。やっと到達した喜びよりも、ただ出会った人間の笑顔の方が嬉しかった。

「ふふ、戻りますか」

 慌てず、ゆっくりと進んでいく。

 呆然と立っている燃尾と擦れ違い、少しだけ足を止めた。

「貴女が頑張ってくれたお陰で、勝てました」

 ピクッと燃尾の肩が動いた。

「ふん……、全然、余裕だったじゃない」

「その余裕を貴女が作ってくれたのよ」

「気持ちわるっ! アンタにそんな風に言われると、かえって怖いわよ」

 クスッと笑って、閻鬼はまた西門へと向かって歩き始めた。

 ――――

 もっと喜んでいいはずなのに、燃尾の心には、寂しさが残った。

 空から撃たれた破壊の魔法の爆心地を見詰め続けてしまう。

「馬鹿な男って、実はそんなに嫌いじゃないのよ」

 顔を見た時間も僅か。話した言葉も僅か。ほぼ他人で、敵だった。
 でも、自分に惚れたという男の死に、何も思わない訳にはいかない。

 変貌し、彼は何処まで自分を覚えていただろうか。
 元の自我が残っていたのだろうか。

 もう、分かるはずはない。

 ただ、けじめとして、言おう。

「バイバイ。やっぱ、あたしは、男に追いかけられるより、追いかける方がいいんだよね。と、いう事で、さようなら」

 バッサリとふって、歩き始めた。
 我ら妖怪を英雄と讃える事の下へ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ

よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。   剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。  しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。   それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。 「期待外れだ」 「国の恥晒しめ」   掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。  だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。 『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』  彼だけが気づいた真実。  それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。  これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。 【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

処理中です...