あなたとぼくと空に住むひと

シラサキケージロウ

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プロローグ

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 私の生まれ育った故郷である、埼玉県の新座という市が、あの高尾山のほぼ二倍に相当する高さ、およそ1174mまで浮き上がったのはもう六十年も前の話になる。祖母から聞いたところによると、ナイフを入れたカステラを持ち上げるかの如く、この町はふわりと、大きな揺れも前兆もなく浮かび上がったとのことだ。

その珍事による死傷者はゼロ。また、建物への被害もほとんどなかったというのだから、奇跡と呼ぶ他に表現の方法がない。

 しかし、だからといって「ハイそうですかよかったですねぇ」で話が終わったわけではない。世間では当然、空前絶後の大騒ぎになったという。

 埼玉県内にある目立たない一市でしかなかった新座の名前は、その日のうちに〝天空のまち〟として世界に知れ渡った。

 地球中からマスコミが駆けつけ、研究機関の人間が駆けつけ、政府のお偉方が駆けつけ、観光客が駆けつけ……。

「にいざ温泉がオープンしたてのころでも、あんな人が集まったことは無いよ」と祖母は語ったが、当時の私にはその表現がいまいちわからなかったことを覚えている。想像するに、ドン・キホーテに置かれた商品が全部人間になったような人混みだったのだろうか。

 しかし、現在の〝にいざ温泉〟にさほど客が入っていないのと同じように、新座が天空の町となって六十周年を迎えた今では、マスコミも、研究機関の人間も、政府のお偉方も、観光客も、一部の物好きを除いてほとんど姿を消してしまった。

 新座は空に浮いたことにより圧倒的な知名度を得たが、その代わりに失ったものは大きかった。

 陸路からの物流が途絶えたことにより、全国展開するスーパーの類が全滅した。

 コンビニも同じく絶滅した。

 経営が立ち行かなくなる会社が多く、市内企業の倒産が相次いだ。

 高校や大学も閉鎖を余儀なくされた。

 電車も車も走らなくなり、大江戸線を延線するという話も当然の如く立ち消えた。

 天候の変化がいささか厳しくなった。

 多くの人が新座を出て行った。

 何故か市内の〝ファッションセンターしまむら〟だけはしぶとく生き残った。

 新座という町が文字通り世間から浮いた存在となってしまった理由は、今のところ全くの不明である。ひとつわかることがあるといえば、ファッションセンターしまむらと同じように、この土地から離れようとしない人がいて、そしてそのうちのひとりが私の祖母だったということくらいだ。

 私は新座に生きている。そして私は、この町をそこそこ気に入っている。
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