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アマメと私
アマメと私 その6
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それからアマメは毎日のように私の前に姿を現した。私と顔を合わせるたびに、彼女は開口一番で「お祭りは?」と訊ねてくる。そして私が「もう少しだけ待ちなさい」と言うと、彼女は「そう」とつまらなさそうに言って去っていくのである。さながら新手の借金取りだ。
「針が集まってきたよ。いまはだいたい、八万本くらいかな」
顔を合わせるたびに針の総数がどんどん増えているのだからタチが悪い。このペースでいけば、桜の咲くころには約束の百万本に届くだろう。本当に飲まされるとは思ってはいないし、そもそも彼女の無理難題に真面目に取り組む必要性はどこにも無かったが、彼女の顔を見ていると、「もしかすればこの子は本当に針を用意しているのではないか?」と思う時があり、そんな勝手な想像が妙に怖くて無視を決め込むというのも出来ずにいた。
彼女の放つプレッシャーに耐える日々が続くうち、その年の最後の授業が終了した。茂川先生から「用意ができた」という旨の連絡があったのは、冬休みに入った直後のことだった。
「よかった。これで針を飲まされずに済みますよ」
「針云々はよくわからないけど、お役に立てて何よりだよ」
「しかし、祭りなんてよく手配出来ましたね。もしや、NNSには盆踊りのエキスパートと屋台・出店のプロフェッショナルでもいるんですか?」
「まあ、似たようなものだね。そういえば、参加者は君と君の姪っ子ちゃんだけでいいのかな?」
その時、私の頭に浮かんだのは青前さんの顔だった。彼女抜きでこのように面白いことを行えば、バレた後のことが恐ろしい。きっと私は頬を引っぱたかれた挙句、アンリをしばらく出禁になるだろう。脳内の彼女が、「この秘密主義者め!」と私を罵る。
「……差し支えなければ、姪以外にももうひとり、連れていきたい友人がいるのですが」
「構わないよ。お祭りっていうのは、人が多ければそれだけ楽しいものだからね」
その返事に心より安堵した私は、先生と翌日に会う約束を取り付けてから、アマメを探すべく家を出た。彼女がいるところも連絡先もわからないが、どうせ適当に出歩けば向こうからひょっこり現れることだろう。
筆洗いに灰色の絵具を落とした時のような、薄い色の雲がどこまでも広がっている。寒さはますます厳しくなって、マフラーと手袋が片時も手放せない。完全防備で外に出ても、吹く風はわずかな隙間から忍び込み、まるで針のように私の肌を刺してくる。
新座の冬はとことん寒い。
手を開いたり閉じたりして、指先がかじかまないようにしながら手始めにアンリまで行ったが、店内にアマメの姿はなかった。会わなくてもよい時には出てくるわりに、会いたい時に限って出てこない。まるでセロテープのような存在である。
店を外から覗き込んでいると、青前さんが扉を開けて「なにやってんの」と言いながら私を店内に呼び込んだ。どうせ彼女とも話すつもりであったため、お言葉に甘えて店に入ると、その瞬間に温度差のせいで鼻から水が垂れてきた。
店内には常連客が数人いるばかりだ。私は店の奥にあるテーブル席に腰掛け、ホットココアを注文した。
間もなくして青前さんがホットココアを運んできた。私はそれを湯たんぽ代わりに頬と指先を温めて、しばらくの間、目的も忘れてのんびりとした。
「ナリヒラくん、早く飲まないと冷めちゃうよ」
青前さんが私の対面の席に座りながら言った。
「せっかくのホットココアなのにさ」
「いいんですよ。冷めても美味しいですから。それよりも、お店の手伝いはいいんですか」
「いいのいいの。オーダーは終わってるし、お父さんも休憩中だし」
「そうですか」と言って、私はやや温くなったホットココアを一口すすった。猫舌の私にとってはこれくらいがちょうどいい。
「そういえば青前さん、明日はお暇でしょうか」
すると青前さんは途端に背筋をシャンと伸ばして、「うぇ」と喉が絞まった猫のような妙な声を出した。笑顔のままで鼻をぴくぴくと膨らませる彼女の表情は、なんだか趣深さすら感じるほどである。
「明日?」と訊ねる青前さんの声はややひっくり返っていた。
「なんでまた急に?」
「まあ、色々と事情がありまして。無理なら無理で構わないんです」
「ううん、全然全然。ヒマだよ、ヒマヒマ。なんなら、朝からずっとヒマだから」
「よかった。では、ぜひともよろしくお願いします」
「うん。どこ行くの? 何時から?」
「どこでというのはここでは言えませんが、夜からになると思います。詳しい予定が決まれば迎えに来ますので、その時はお願いします」
「夜ぅ?!」と青前さんは上ずった声をあげる。常連客の面々が「おぉ」と声を合わせて、にわかにその場がざわめき立つ。私を見てニヤリと笑い、グッと親指を立てるおじさんまでいて何が何やらだ。
その時、さながら西部劇に出てくるガンマンの如く扉を開き、肩で風を切りながら店へと入ってくる者がいた。やけに威風堂々と入店したのはアマメであった。
彼女はしどろもどろとしている青前さんの隣に座り、「準備出来た?」と訊ねてきた。
「針はとうとう十万本だよ」
「ハイペースだね。でも残念。それは無駄になるから、ハリネズミにでもあげておいで」
「へえ。ていうことは、準備できたんだ」
「約束を守る男だからね、僕は」
私は無意味に胸を張った。
「明日ここへ来なさい。時間は夜からになるから、お父さんとお母さんの許可をきちんと取ってくること」
すると突然青前さんは「ちょっとちょっと!」とテーブルに身を乗り出し、必死の形相で私達の間に割り込んだ。彼女のあまりの勢いに、私はつい両腕を上げて降参のポーズを取った。
「ナリヒラくんっ! 明日って、あたしとの約束はどうなるの?!」
「どうなるって、そりゃそのままですよ。私達三人で行くんです」
「どこに!」
「それはまだお答えできません。そもそも場所がわからないんです。ですが、浴衣を用意して貰えると助かります」
「なにさそれ!」
青前さんはその手に持っていた銀のお盆で私の頭をばちんと叩くと、ぷりぷりしながら店の奥へと引っ込んでいった。痛い以上にわけがわからなくて、私はしばし唖然とした。
常連客のおじさんのひとりが、「ヤレヤレ」と言いたげに頭を抱えながら私の元へやってきた。
「アレはマズイよ、ナリヒラちゃん。明日はクリスマスイブなんだから」
「針が集まってきたよ。いまはだいたい、八万本くらいかな」
顔を合わせるたびに針の総数がどんどん増えているのだからタチが悪い。このペースでいけば、桜の咲くころには約束の百万本に届くだろう。本当に飲まされるとは思ってはいないし、そもそも彼女の無理難題に真面目に取り組む必要性はどこにも無かったが、彼女の顔を見ていると、「もしかすればこの子は本当に針を用意しているのではないか?」と思う時があり、そんな勝手な想像が妙に怖くて無視を決め込むというのも出来ずにいた。
彼女の放つプレッシャーに耐える日々が続くうち、その年の最後の授業が終了した。茂川先生から「用意ができた」という旨の連絡があったのは、冬休みに入った直後のことだった。
「よかった。これで針を飲まされずに済みますよ」
「針云々はよくわからないけど、お役に立てて何よりだよ」
「しかし、祭りなんてよく手配出来ましたね。もしや、NNSには盆踊りのエキスパートと屋台・出店のプロフェッショナルでもいるんですか?」
「まあ、似たようなものだね。そういえば、参加者は君と君の姪っ子ちゃんだけでいいのかな?」
その時、私の頭に浮かんだのは青前さんの顔だった。彼女抜きでこのように面白いことを行えば、バレた後のことが恐ろしい。きっと私は頬を引っぱたかれた挙句、アンリをしばらく出禁になるだろう。脳内の彼女が、「この秘密主義者め!」と私を罵る。
「……差し支えなければ、姪以外にももうひとり、連れていきたい友人がいるのですが」
「構わないよ。お祭りっていうのは、人が多ければそれだけ楽しいものだからね」
その返事に心より安堵した私は、先生と翌日に会う約束を取り付けてから、アマメを探すべく家を出た。彼女がいるところも連絡先もわからないが、どうせ適当に出歩けば向こうからひょっこり現れることだろう。
筆洗いに灰色の絵具を落とした時のような、薄い色の雲がどこまでも広がっている。寒さはますます厳しくなって、マフラーと手袋が片時も手放せない。完全防備で外に出ても、吹く風はわずかな隙間から忍び込み、まるで針のように私の肌を刺してくる。
新座の冬はとことん寒い。
手を開いたり閉じたりして、指先がかじかまないようにしながら手始めにアンリまで行ったが、店内にアマメの姿はなかった。会わなくてもよい時には出てくるわりに、会いたい時に限って出てこない。まるでセロテープのような存在である。
店を外から覗き込んでいると、青前さんが扉を開けて「なにやってんの」と言いながら私を店内に呼び込んだ。どうせ彼女とも話すつもりであったため、お言葉に甘えて店に入ると、その瞬間に温度差のせいで鼻から水が垂れてきた。
店内には常連客が数人いるばかりだ。私は店の奥にあるテーブル席に腰掛け、ホットココアを注文した。
間もなくして青前さんがホットココアを運んできた。私はそれを湯たんぽ代わりに頬と指先を温めて、しばらくの間、目的も忘れてのんびりとした。
「ナリヒラくん、早く飲まないと冷めちゃうよ」
青前さんが私の対面の席に座りながら言った。
「せっかくのホットココアなのにさ」
「いいんですよ。冷めても美味しいですから。それよりも、お店の手伝いはいいんですか」
「いいのいいの。オーダーは終わってるし、お父さんも休憩中だし」
「そうですか」と言って、私はやや温くなったホットココアを一口すすった。猫舌の私にとってはこれくらいがちょうどいい。
「そういえば青前さん、明日はお暇でしょうか」
すると青前さんは途端に背筋をシャンと伸ばして、「うぇ」と喉が絞まった猫のような妙な声を出した。笑顔のままで鼻をぴくぴくと膨らませる彼女の表情は、なんだか趣深さすら感じるほどである。
「明日?」と訊ねる青前さんの声はややひっくり返っていた。
「なんでまた急に?」
「まあ、色々と事情がありまして。無理なら無理で構わないんです」
「ううん、全然全然。ヒマだよ、ヒマヒマ。なんなら、朝からずっとヒマだから」
「よかった。では、ぜひともよろしくお願いします」
「うん。どこ行くの? 何時から?」
「どこでというのはここでは言えませんが、夜からになると思います。詳しい予定が決まれば迎えに来ますので、その時はお願いします」
「夜ぅ?!」と青前さんは上ずった声をあげる。常連客の面々が「おぉ」と声を合わせて、にわかにその場がざわめき立つ。私を見てニヤリと笑い、グッと親指を立てるおじさんまでいて何が何やらだ。
その時、さながら西部劇に出てくるガンマンの如く扉を開き、肩で風を切りながら店へと入ってくる者がいた。やけに威風堂々と入店したのはアマメであった。
彼女はしどろもどろとしている青前さんの隣に座り、「準備出来た?」と訊ねてきた。
「針はとうとう十万本だよ」
「ハイペースだね。でも残念。それは無駄になるから、ハリネズミにでもあげておいで」
「へえ。ていうことは、準備できたんだ」
「約束を守る男だからね、僕は」
私は無意味に胸を張った。
「明日ここへ来なさい。時間は夜からになるから、お父さんとお母さんの許可をきちんと取ってくること」
すると突然青前さんは「ちょっとちょっと!」とテーブルに身を乗り出し、必死の形相で私達の間に割り込んだ。彼女のあまりの勢いに、私はつい両腕を上げて降参のポーズを取った。
「ナリヒラくんっ! 明日って、あたしとの約束はどうなるの?!」
「どうなるって、そりゃそのままですよ。私達三人で行くんです」
「どこに!」
「それはまだお答えできません。そもそも場所がわからないんです。ですが、浴衣を用意して貰えると助かります」
「なにさそれ!」
青前さんはその手に持っていた銀のお盆で私の頭をばちんと叩くと、ぷりぷりしながら店の奥へと引っ込んでいった。痛い以上にわけがわからなくて、私はしばし唖然とした。
常連客のおじさんのひとりが、「ヤレヤレ」と言いたげに頭を抱えながら私の元へやってきた。
「アレはマズイよ、ナリヒラちゃん。明日はクリスマスイブなんだから」
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