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アマメと私
アマメと私 その5
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翌日のことだった。大学へ行くために旧夢庵前の停留所でバスを待っていると、誰かが後ろから私の服の裾を引っ張った。誰かと思って振り返れば、そこにいたのはアマメであった。黄色いワンピースの上に黄色いコートを羽織った、ミルフィーユ的装いである。
アマメは開口一番で、「昨日はどうだった?」と訊ねてきた。
「大変だったよ。君が消えたせいで、あちこち探し回ったんだからね」
「聞きたいのはそういうことじゃないんだけどなぁ」
「じゃあ、なにを聞きたいっていうんだい」
「お姉さんとはいい感じになったのかって、聞きたかったの」
「馬鹿を言うんじゃありません」
私はアマメのふにふにした頬をふんわりつねった。
「最近の子どもはマセてるから困るよ」
「仕方ないじゃない。だって、いまの新座じゃそれくらいしか楽しみが無いんだもの」
「映画じゃダメかい」
「駄目とは言わないけど、あのお姉さんの選ぶ映画はわたしの趣味とはちょっと違うかな」
アマメはぼんやりと空を見上げた。この子の醸し出す雰囲気は全体的に儚げというか、危うげというか、とにかく普通の子どもが出すべきではない何かを持っている。きっと彼女が大人になった時は、この雰囲気に騙され、そして翻弄される男が手足の指を全て使っても足りないくらいに現れることだろう。なんとも末恐ろしい子どもだろうか。
しばらく空を見上げていたアマメはやがてぽつりと呟いた。
「ねえ、お兄さん。わたし、お祭りが好きなの。お祭りに行きたいな」
「なら、夏まで待ちなさい。7月の終盤には、あちこちの小学校で盆踊り大会がやるはずだよ」
「あんなの子供だましじゃない。それにわたし、夏になるまでなんか待てない。すぐに行きたいの」
「それなら新座を出るしかないね。冬のお祭りも探せばきっとあるはずだから」
「新座からは出られないの、わたし」
「またなんてワガママなことを」
私はがっくり肩を落とした。
「無理に決まってるじゃないか」
「無理じゃないよ。お兄さんだったらきっとできる。だから、お願いね」
彼女は自らの小指を無理やり私の小指にきゅっと絡ませ、「ゆーびきーりげーんまーん」と抑揚の無い声で歌った。「待ちなさい」と私は言ったが、抵抗虚しく、嘘を吐いたら針を百万本飲まされる契約を一方的に交わされた。勝手極まりないとはこのことである。
「通例より千倍多いなんて無茶な」
「いいじゃない。千本飲んでも百万本飲んでも、死んじゃうことには変わりないんだから」
とんでもないことをさらりと言ったアマメはするりと小指をほどくと、「じゃあね」と手を振ってすたこらと去っていった。
「約束したんだからね。お兄さん、男だったら約束は守らなくちゃダメだよ」
〇
憂鬱である。バスの窓から眼下を見下ろせば、目に映る全てが煤けている。
まさか大人になる一歩手前の年齢まできて、自分の半分ほどの年齢の女の子にあごで使われるとは思ってもいなかった。情けないにも限度というものがあるだろう。
バスに乗ってため息をして、バスを降りてため息をして、駅で電車を待つ間にもため息をして、電車が駅で止まるたびにため息をして、学校に着いたらため息をして、授業中でもため息をして――仮にため息選手権なるものがあれば世界チャンピオン間違いなしというほど、私はため息を吐いてその日を過ごした。
そもそも、新座は祭りという文化から遠ざかって久しい。浮上前から大きな祭りといえば、新座駅前に伸びた通りで行われる夏祭りくらいだったらしいが、1000m超の高度まで浮上してからというものその祭りすら行われていない。
現在、市内で開催される祭りらしき催し物といえば、いいところ町内会の盆踊り大会程度だが、それも年々参加者が減ってしまい、つい二年前からは屋台も出さなくなってしまった。無暗にべたつくリンゴ飴も、やたらと味の濃い焼きそばも、下まで行かなければもう味わえない。
その日の授業後。私は大学の図書館に篭り必死に頭を働かせたが、まともな案は何一つとして思い浮かばなかった。
「どうしたものかな」と私は腕組みして呟いた。
「お困りのようだね」
背後から突然声をかけてきたのは茂川先生であった。彼は私の隣の席に腰掛けながら、「お金の無心以外なら力になるよ」と言って細い腕に力こぶを作った。
「金の悩みならどれだけいいことか。私の悩みはもっと大きいのです」
「ははあ。それなら、女の子についての悩みだね」
「当たらずとも遠からずですね」
私はアマメの存在を自分の姪であると偽った上で、彼女から突き付けられたかぐや姫も驚きの無理難題を先生に話した。力になってくれるほど頼りがいのある方だとは思ってもいなかったが、誰かに話すことによって少しでも楽になりたかった。他の誰かから「無理だねそれは」と言われて、早々に針を呑み込む練習に取り掛かりたかったのかもしれない。
私が話を終えると、先生は「なるほどねぇ」と深く頷きにこりと笑った。
「もしかしたら、僕が力になれるかもしれないな」
「まさか。どうしようってんです」
「それは見てのお楽しみさ」と先生はウインクしてみせる。大方、NNSの力を借りるつもりなのだろう。
「それより在原くん。代わりと言っては何だけどお願いがあるんだ。いいかな?」
「いいですよ。どうせ新座関連のことなんでしょう」
「鋭いね。大正解だよ」
茂川先生は私の手をぐっと握った。
「用意が出来たら連絡するよ。浴衣の準備をしておきなさい」
アマメは開口一番で、「昨日はどうだった?」と訊ねてきた。
「大変だったよ。君が消えたせいで、あちこち探し回ったんだからね」
「聞きたいのはそういうことじゃないんだけどなぁ」
「じゃあ、なにを聞きたいっていうんだい」
「お姉さんとはいい感じになったのかって、聞きたかったの」
「馬鹿を言うんじゃありません」
私はアマメのふにふにした頬をふんわりつねった。
「最近の子どもはマセてるから困るよ」
「仕方ないじゃない。だって、いまの新座じゃそれくらいしか楽しみが無いんだもの」
「映画じゃダメかい」
「駄目とは言わないけど、あのお姉さんの選ぶ映画はわたしの趣味とはちょっと違うかな」
アマメはぼんやりと空を見上げた。この子の醸し出す雰囲気は全体的に儚げというか、危うげというか、とにかく普通の子どもが出すべきではない何かを持っている。きっと彼女が大人になった時は、この雰囲気に騙され、そして翻弄される男が手足の指を全て使っても足りないくらいに現れることだろう。なんとも末恐ろしい子どもだろうか。
しばらく空を見上げていたアマメはやがてぽつりと呟いた。
「ねえ、お兄さん。わたし、お祭りが好きなの。お祭りに行きたいな」
「なら、夏まで待ちなさい。7月の終盤には、あちこちの小学校で盆踊り大会がやるはずだよ」
「あんなの子供だましじゃない。それにわたし、夏になるまでなんか待てない。すぐに行きたいの」
「それなら新座を出るしかないね。冬のお祭りも探せばきっとあるはずだから」
「新座からは出られないの、わたし」
「またなんてワガママなことを」
私はがっくり肩を落とした。
「無理に決まってるじゃないか」
「無理じゃないよ。お兄さんだったらきっとできる。だから、お願いね」
彼女は自らの小指を無理やり私の小指にきゅっと絡ませ、「ゆーびきーりげーんまーん」と抑揚の無い声で歌った。「待ちなさい」と私は言ったが、抵抗虚しく、嘘を吐いたら針を百万本飲まされる契約を一方的に交わされた。勝手極まりないとはこのことである。
「通例より千倍多いなんて無茶な」
「いいじゃない。千本飲んでも百万本飲んでも、死んじゃうことには変わりないんだから」
とんでもないことをさらりと言ったアマメはするりと小指をほどくと、「じゃあね」と手を振ってすたこらと去っていった。
「約束したんだからね。お兄さん、男だったら約束は守らなくちゃダメだよ」
〇
憂鬱である。バスの窓から眼下を見下ろせば、目に映る全てが煤けている。
まさか大人になる一歩手前の年齢まできて、自分の半分ほどの年齢の女の子にあごで使われるとは思ってもいなかった。情けないにも限度というものがあるだろう。
バスに乗ってため息をして、バスを降りてため息をして、駅で電車を待つ間にもため息をして、電車が駅で止まるたびにため息をして、学校に着いたらため息をして、授業中でもため息をして――仮にため息選手権なるものがあれば世界チャンピオン間違いなしというほど、私はため息を吐いてその日を過ごした。
そもそも、新座は祭りという文化から遠ざかって久しい。浮上前から大きな祭りといえば、新座駅前に伸びた通りで行われる夏祭りくらいだったらしいが、1000m超の高度まで浮上してからというものその祭りすら行われていない。
現在、市内で開催される祭りらしき催し物といえば、いいところ町内会の盆踊り大会程度だが、それも年々参加者が減ってしまい、つい二年前からは屋台も出さなくなってしまった。無暗にべたつくリンゴ飴も、やたらと味の濃い焼きそばも、下まで行かなければもう味わえない。
その日の授業後。私は大学の図書館に篭り必死に頭を働かせたが、まともな案は何一つとして思い浮かばなかった。
「どうしたものかな」と私は腕組みして呟いた。
「お困りのようだね」
背後から突然声をかけてきたのは茂川先生であった。彼は私の隣の席に腰掛けながら、「お金の無心以外なら力になるよ」と言って細い腕に力こぶを作った。
「金の悩みならどれだけいいことか。私の悩みはもっと大きいのです」
「ははあ。それなら、女の子についての悩みだね」
「当たらずとも遠からずですね」
私はアマメの存在を自分の姪であると偽った上で、彼女から突き付けられたかぐや姫も驚きの無理難題を先生に話した。力になってくれるほど頼りがいのある方だとは思ってもいなかったが、誰かに話すことによって少しでも楽になりたかった。他の誰かから「無理だねそれは」と言われて、早々に針を呑み込む練習に取り掛かりたかったのかもしれない。
私が話を終えると、先生は「なるほどねぇ」と深く頷きにこりと笑った。
「もしかしたら、僕が力になれるかもしれないな」
「まさか。どうしようってんです」
「それは見てのお楽しみさ」と先生はウインクしてみせる。大方、NNSの力を借りるつもりなのだろう。
「それより在原くん。代わりと言っては何だけどお願いがあるんだ。いいかな?」
「いいですよ。どうせ新座関連のことなんでしょう」
「鋭いね。大正解だよ」
茂川先生は私の手をぐっと握った。
「用意が出来たら連絡するよ。浴衣の準備をしておきなさい」
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