あなたとぼくと空に住むひと

シラサキケージロウ

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佐和田さんと私

佐和田さんと私 その6

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 のんびりと時間が過ぎていくのが新座の魅力であったのに、ここ最近ときたら時計の針がレースカーのエンジンでも取り付けたかのように、慌ただしく日々が過ぎ去っていく。

 ゾウキリン出現当初と比べれば新座に来る観光客は減ってきたものの、土曜日曜となるとやはり人が多くなる。不思議なことに、コンビニもスーパーもないことを大抵の観光客は面白がる。そして、「不便だねえ」などと無責任なことを言って嬉しそうに笑う。そういうお客さんが来ると、青前さんは少し不機嫌になる。アンリでバイト中の私としてはたまったものではない。

 さて、その年の成人式は一月の十二日であった。その日ばかりは青前さんも休みであり、必然的にアンリも人手不足のため臨時休業となる。店のガラス扉には、『本日ゾウキリン探索のため臨時休業』という適当な言い訳が書かれた紙が貼られている。

 久々の自由に私は心を躍らせた。朝、目覚めて、「今日は何をしようか」と思えることを懐かしく感じた。私はとりあえず起きてから一時間ばかりを布団の中で過ごし、怠惰な時間を存分に味わった。

 一階のリビングに降りてからのんびり朝食を取っていると、いつの間にか十一時になっていた。そろそろ成人式の式典も終わるころだろうか。しゃんと背筋を伸ばしてパイプ椅子に座る青前さんが、必死にあくびを堪えながら市長の話を聞く姿が目に浮かぶようだ。

 そこで私は、彼女の振袖姿をまだ拝んでいないことを思い出した。見せてもらうと約束していたというのに、ここ最近の忙しさのせいですっかり頭から抜け落ちていた。しかし、今さら思い出したところでどうしようもない。生で見られなかったことは悔やまれるが、後で写真でも見せてもらえばよいのである。

 早々に諦めをつけて、いま一度今日の予定を練ろうとしたところで、私の携帯電話がやかましく鳴り響いた。青前さんからの着信であった。

 もしかして、振袖姿を見せてくれるつもりなのだろうか。淡い期待を抱きつつ、私は電話を取った。

「もしもし。どうされましたか?」
「ナリヒラくん。今日、予定は大丈夫だよね?」

 そう問いかける彼女の声はどこか苛立っているように聞こえた。一気に空気が不穏になってきて、私はつい背筋を正した。

「構いません。どこで待ち合わせましょう」
「新座の市民体育館がいいな。この恰好じゃ、そっちまで行くのも大変だから」
「わかりました。すぐに向かいましょう。三十分もあれば着くと思いますのでしばしお待ちを」
「そんなに待てないよ」

 青前さんは素っ気なく言った。

「飛んできてよ。スーパーマンみたいにさ」





 青前さんが待ち合わせ場所に指定した新座の市民体育館は、かの〝にいざ温泉〟と、万年休耕地の畑を挟んでお隣さんの関係である。

 全三階建ての大きな体育館で、室内競技の市内大会や大きなイベントが催される際はここが利用されている。大会などが無い時は市民向けに解放されており、私も時折この場所で、青前さんとバドミントンや卓球に勤しむことがある。

 私は必死に自転車を漕ぎながら考えた。

 青前さんは、何故私を呼んだのだろうか。考えないでもわかることがひとつだけある。成人式の途中で、彼女にとって何か気に食わない出来事が起きたのだ。

 彼女は気まぐれではあるものの、そこまで心の狭い人物ではない。そんな彼女がへそを曲げたということは、つまりよほどのことが起きたということに違いない。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

 冷たい空気を一直線に切りながら私は必死に自転車を漕いだ。青前さんのリクエスト通りのスーパーマンのようにとまではいかなかったが、まともに行けば三十分はかかる道のりを、なんとかして二十分程度で辿り着いた。

 青前さんは体育館の駐輪場に独りで居た。鳳凰や花丸紋様の刺繍が施された、見るも鮮やかなうぐいす色の振袖をすらりと着込んでおり、私は一瞬彼女に見惚れた。

「遅いじゃん、ナリヒラくん」

 ぼーっとしていた私に青前さんのピリリとした声が浴びせられた。

「ま、来てくれただけでありがたいんだけどね」
「その振袖、お似合いですよ、青前さん。素敵です」
「知ってる。今日会った人全員に言われたから」

 つっけんどんにそう言って青前さんは静かに歩き出した。着物のせいで足取りこそ静々としていたが、機嫌が悪いことは眉間にしわを寄せた横顔から明らかであった。

 私は彼女の隣に並んで、自転車を引きながら歩いた。

「歩くというのも疲れるでしょう。後ろへお乗せしましょうか」
「いいよ、気ぃ使わなくって。歩くからさ」
「成人式で何かありましたか」
「別に何もないよ。きつい帯を我慢して、あんまり面白くない市長の話を聞きながら座ってただけだから」
「しかし、あまり虫の居所が良くないように見えます」

 青前さんは答えなかった。それからしばらく、私達は沈黙の時を過ごした。彼女が黙る姿というのは私の記憶にあまりない。居心地の悪さを感じるよりも、私は彼女が心配になった。

 青前さんの足取りはアンリの方へと向かっている。道も半分以上超えたところで、彼女はようやく語りだした。

「久しぶりにさ、小学校からの同級生に会ったんだ。高校卒業するまではしょっちゅう会ってたんだけど、ここ二年近くは会ってなかった。みんな、大学生になるのと同時に新座を出たんだよね」
「まあ、大抵はそうです。私の同級生も多くはここを出ましたから」
「その人たちは新座好き?」
「聞いたことはありませんが、嫌いではないと思います」
「よかったじゃん。あたしの場合は違ったよ」

 青前さんは悲しそうに続ける。

「一番の友達だって思ってた子がさ、中学生の時からここを出たくて堪らなかったって。こんな何もないところは、居たってしょうがないって思ってたって。今見てもどうしようもないところだって。その言い方にあんまりイラってきちゃったから、その後の集まりにも行かないって言って出てきちゃった」

「それは照れ隠しというか、冗談のようなものだったのではないですか」

「たとえ冗談でも、自分の生まれ育った土地を嫌いだなんて言える人、どうかしてるよ」

 青前さんは振袖が濡れることにも構わずに、道の端に固められている汚れた雪を軽く蹴飛ばした。

「好きなものを好きって言って何が恥ずかしいの。自分の故郷を好きになることのどこが恥ずかしいの。あたしにはわかんないよ。全然わかんないよ」
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