8 / 38
第3章
(7)死神
しおりを挟むーーそして、帳珈琲店。
「老婦人の小町さんは、教師の真田さんにホームで助けられた方で、就活惨敗女子の美空さんと家がお隣同士だったんですね」
「はい。とても仲の良いお友達のようです」
「ところで死神さん。触れていいのか迷いますが……」
彼のそんな前置きに、嫌な予感がした。
「触れないでいるのも、不自然な気がするので言いますね」
そう話す帳さんの顔が、既に笑っている。
「都市伝説となったラッキーキャットとお呼びしましょうか?」
「やめて下さい!」
やはり、これだった。
むしろ真っ先に突っ込まれるのではないかと身構えていたのだ。
すさまじい早さで拒否した私が可笑しかったのか、「フハッ」と帳さんが吹き出している。このマスターは、一度笑い出すと長いのだ。
「いつまで笑ってるんですか」
「いつまでだって笑いますよ」
死神さんがお気の毒で。
そう付け足し、また笑う。
「帳さん。気の毒な相手に対する態度が、間違っていると思うのですが……」
本来、心配や気遣いを見せるのが、人としての正しい姿なのではないだろうかと思う。
そんな私の一言に、先程までとは違う真摯な目で帳さんがこちらを見た。
「……あなたは、本当に人の良い死神ですね」
「え?」
「少しの会話だけでも、死神さんが善人だということが充分に伝わります」
真っ直ぐに目を見つめながらそんな事を言われて、私は驚いて視線を逸らした。
もし私が人間であったなら、それは賛辞に値することなのだろう。
けれどこの性格が災いして、私はずっと落ちこぼれだと見下されてきた。母親は優秀な兄弟にしか興味がなく、父親に至っては、すでに自分の存在を無かったものにしている。
半年以上も初級試験に合格できず、元の世界に戻れずにいる私の事を、もはや家族の誰も気にかけてなどいなかった。
「死神さんのそばにいる人は、やはり幸せ者ですね。あなたがそんな風に、思いやりのある人だから」
その言葉に、胸の奥がギュッとなった。
「そんなこと……無いんです。私の周りは誰も、そんな風に思ってなんかいません。それでも私は、誰かと話をして、もしもその誰かが私との会話を楽しいと思ってくれたなら……。それはすごく、すごく嬉しい事だと思います」
小さく笑うと、帳さんが空になった私の珈琲カップを下げ、ホットココアを前に置いた。
「楽しいですよ」
「え?」
「僕は、とても楽しいです」
生まれて初めて、自分との会話を楽しいと言われた。
なんだか胸の奥がポカポカするような、温かく不思議な感覚に戸惑う。
「有り難うございます。私も、私も帳さんと話しをするのが楽し…………」
感動で胸がいっぱいになった私の視線の先で、彼がしれっと伝票にココアと追記している。
「まさか! この会話の流れでまさか! こちらのココアもお代金に含まれるのですか?」
「どうして、含まれないと?」
「だって……帳さんが! 勝手に出して下さいましたよ?」
「確かにそうですね。では、こちらはお下げしますか?」
帳さんがココアのソーサーに手を掛ける。
ホットココアから広がる独特の甘い薫りが、私の鼻腔をそっとくすぐった。
美味しい。
匂いだけでこんなに美味しい。
飲めばもっと美味しいことが、飲む前から約束されている。私がココアを見つめていると、帳さんがそれをテーブルから引いた。
「あ」
思わず、声が出る。
「あれ? いります?」
「せ、せっかくのココアが勿体ないので! 頂いても……いいかなと」
「でしたらお気遣いなく、僕が自分で飲みますので」
「や、あの。そうではなく」
「そうではなく?」
「わ、私が……」
「私が?」
ここまで来ると、もう抗う事などできない。
「私が飲みたいので下さいっ!」
最後まで言ってしまった。
きっとこのマスターは、こうなる事が分かっていてこの会話を楽しんでいる。むしろ、会話の着地点がここに降り立つように誘導されていたような、そんな気さえしてきた。
「ご注文ありがとうございます!」
彼が美しい微笑みを浮かべる。
先程は思わず帳さんの言葉に感動してしまったけれど、彼の言った『楽しいですよ』と、私の言う『楽しいと思ってもらえたら』の『楽しい』には若干のズレがあるような気もする。
「帳さん。意地悪だって言われませんか?」
私も、もはや帳さんの前で遠慮というものがなくなってきた。
「一度もありませんが……」
「絶対、嘘だ」
帳さんは、心外です。と言いたげに傷ついたような目でこちらを見てくる。きっと、たいして傷ついてなどいないくせにと思った。
しかし、不意に何か思い出したように、帳さんが言葉を付け足す。
「ここのマスターをしていてそう言われたことは、本当に一度もありませんが……。昔、弟に同じことを言われたことがありました」
「弟さんに?」
「ええ。不器用で人の良い性格が、あなたと良く似た弟です」
ひどく寂しげに細められた瞳を見て、私はそれ以上、弟のことを質問することが出来なかった。
このマスターと出会ってから、私は自分が経験した出来事をたくさん語り、話をする楽しさを知った。そして今、誰かの話を聞いてみたいと、そう思っている。
誰かを見ているだけではなく、相手のことを『知りたい』と、そんな風に思い始めていた。
1
あなたにおすすめの小説
48歳主婦の宅建試験挑戦―そして年下彼がくれた勇気と恋
MisakiNonagase
恋愛
「お母さん」でも「奥さん」でもない、私の名前を呼び止めたのは、26つも年下の彼だった。
「48歳、主婦。私が手に入れたのは、資格(ライセンス)と、甘く切ない自由だった。」
スーパーのパートに明け暮れる平凡な主婦・中西京香、48歳。
目的もなく始めた宅建試験への挑戦が、枯れかけていた彼女の人生を激変させる。
インスタの勉強垢で出会ったのは、娘よりも年下の22歳大学生・幸正。
「不倫なんて、別の世界の出来事だと思っていた――」
そんな保守的で、誰より否定的な考えを持っていたはずの京香が、孤独な受験勉強の中で彼と心を通わせ、気づけば過去問演習よりも重い「境界線」を越えていく。
資格取得、秘めた大人の恋。そして再スタート、
50歳を迎えた彼女が見つけた、自分だけの「地平線」とは。
不動産、法学、そして予期せぬ情熱が交錯する、48歳からの再生と自立の物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
Emerald
藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。
叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。
自分にとっては完全に新しい場所。
しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。
仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。
〜main cast〜
結城美咲(Yuki Misaki)
黒瀬 悠(Kurose Haruka)
※作中の地名、団体名は架空のものです。
※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。
※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。
ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる