【完結】護衛騎士の忠誠は皇子への揺るぎない溺愛

卯藤ローレン

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04. 夕食時の侵入者

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「一階には食堂、ティールーム、応接室、書斎、ギャラリー、ドレスルームに主の寝室、浴室が御座います。二階には客間が数部屋、図書室、遊戯室、音楽室にホール。三階は我々使用人の部屋、地下には厨房と倉庫が収まっております」

 そう説明するのは第一フットマンのデーヨだ。
 シェルエンとの邂逅を果たしたブラッドリーに、邸を案内する役を任命されたようだ。
 燕尾服の袖によって開けられた部屋の中を確認しながら、護衛騎士はその位置関係を記憶していく。

「騎士様のお部屋も三階にご用意がございますので、お持ちになったお荷物……それだけですか?」

 デーヨが驚きの目線を投げる先には、片手に持たれたやや大きめな鞄ひとつ。
 軽々と持ち上げるのは、内容物の大半が衣服だからだ。

「騎士は先行きが不透明な職業なので、あまり物を持たない傾向にあるんです。特に若いのは寮生活がほとんどなので、遠征から疲れて帰ってきて掃除するのが面倒だから、と少しのインテリアさえ置かないものぐさも多くて」
「恐れ入ります。騎士団の皆様には我々市民の平穏を常に護っていただき、痛み入る思いでございます……うう」

 ポケットチーフをばさりと取り出したデーヨは、その白い布で目元を拭っている。
 ブラッドリーは苦笑いした。
 嘘泣きだ、子供でも分かる。

「あの、デーヨさん」
「敬称は不要でございます。丁寧な口調もおやめください。貴方様は主の護衛騎士様かつ辺境伯家ご長男。私は子爵家の三男ですので、身分が釣り合いません」
「あぁ、俺が辺境伯出身だとよくお気づきになりましたね?」
「南の大砦を堅守するジェスフォード家を知らぬ国民はおりません。過去何百年の間、大国からの侵略を何度も防いだ、ファンデミアの難攻不落として崇め奉っております」

 ポケットチーフを手の中でくしゃくしゃに丸めながら力説するデーヨに、ブラッドリーは違う種類の苦笑いを零した。
 確かに生家は偉大なる辺境伯家であるが、その功績は父から上の代が成し遂げた偉業だ。
 自分に向けられる賛辞にはならない。

「デーヨさん、年齢は?」
「先日ちょうど二十八になりました」
「俺より四つも上なら不遜な態度は取れません。騎士団では、年功序列や騎士歴の長さが厳格な物差しになっているんです。風紀が乱れると、寄せ集めの集団はあっけなく崩壊するので」
「意外と無法地帯ではないんですね……失礼しました。決して悪口ではございません」
「分かっています。俺はここに赴任してまだ一日目なので、デーヨさんは年齢的にも職歴も上です。なので、呼び捨てには出来ません。というより、逆にもう少しだけラフな口調になってもらえると、俺の肩の強張りも取れるかと思います」

 ブラッドリーは肩を上下させて陽気な姿を見せた。
 初めての戦闘において、恐怖に顔面真っ青になっていた新人騎士の緊張を解くためによく行っていた動作だ。

「あはは」

 それは、デーヨの気持ちも同じように弛緩させることに成功したらしい。

「分かりました。畏まりすぎると肩が凝っちゃいますもんね。私も貴族の端くれなので無理なこともありますが、努力します。騎士様の――」
「ブラッドリー」
「……ブラッドリーのお心遣いに感謝します」

 ふたりは三階を一通り見学したのち、地上に戻ってきて邸の外へと出た。

「緑が多いですね」
「そうですね。ここには主がひとりでお住まいなので、建物自体は比較的こじんまりとしています。その分、庭は広い造りになっています」

 裏側は目隠しのためか、常緑樹が立ち並ぶ。
 ブラッドリーは長方形の箱を端から端、上から下まで眺めながら物思いに耽った。

 浮かんだ疑問がふたつ。

 ひとつめは、シェルエン邸は寝室や生活空間が一階に集められているということだ。
 プライバシーが尊重される貴族の邸宅では、主人の部屋は基本的に二階以上に作られることが多い。
 デーヨには紹介されなかったが、覗き見した限りでは、二階の最奥に一際大きな寝室があったように思う。
 あれはもしや……。

 そしてふたつめ。
 建物の大きさに比べて庭園部分が広すぎること。
 花が植えられているのは邸の正面側だけで、裏側には切り揃えられた緑が辺り一面に広がっていた。
 別に怪しげな空間ではなかったのだが、ブラッドリーの野生の勘がどことなく反応した。

 それを尋ねるべきか。
 護衛騎士として訪れた自分に説明をしないということは、知らなくてもいいことか、部外者には知られたくないことかの二択だ。
 皇子を護る上で必要だと判断されたならば真っ先に伝えられるだろうから、これは知らなくてもいいことなのか。

 思い当たる節はあるけれど、それをフットマンに投げかけるのは些か違うような気がして、ブラッドリーは口を噤んだ。




∞∞∞∞∞∞∞∞




「殿下、俺は護衛騎士だということをお忘れですか?」
「いいえ、きちんと存じていますよ」
「ならばなぜ、こんな席に座らされているんでしょうか」

 夕食時、ブラッドリーの姿は食堂の中にあった。
 大きく切り出された窓から見える星の輝きが、一枚の素晴らしい絵画のようだ。
 貴族の邸宅では通常、使用人は壁際に控えて主人の食事を見守るのが常だ。
 ブラッドリーもそうしよう、と窓と反対側を陣取り控えていたのだが、席に座って振り向いた銀白の麗しい人からこう命令された。

「貴方もあちら側に座りなさい」
「それは……食事を共にしろ、と仰っていますか?」
「ええ、ご名答です。皆、急ぎ用意を」

 発せられた号令の元、デーヨ以下のフットマンたちが優雅な仕草を保ちつつも超特急で支度をしていく。
 白いテーブルクロスが敷かれた長いテーブルの反対側に、完璧なるセッティングが施された。

「さぁ、食事を始めましょう」

 楽しそうに言い切ったその人に、けれどブラッドリーの足は動かない。

「皇子殿下と同じテーブルに座るなんて非礼は致しかねます。護衛騎士としては距離が離れるということも、いざという時の対処に出遅れる懸念がございます。おひとりでお召し上がりください」
「ひとりで食事を摂るということがどんなに寂しいか、あなたは分かっていないんです。本当はここにいる皆でパーティーをしてもいいのに」
「それは、誰も賛成しないのでは?」
「ええ、全くもって聞き入れてもらえません。頑固で忠実な使用人たちで困っています」

 ここに三つ編みのメイドでもいれば意気揚々と席に着きそうなものだが、あいにくとこの空間には家令とフットマンしかいない。
 ジャックバートは口を開かず見守っているだけなので、きっとパーティーは未来永劫実現しないだろう。

「今夜はあなたの歓迎会ということで、ね? 孤食の私の寂しさを紛らわすと思って」
「殿下、なりません」
「私の護衛騎士ならば、私の心も護ってもらわねば。まさか一日目で職務放棄はしないでしょう?」

 見上げてくる美しい人は、案外と無邪気な物言いだ。
 どうしようかと判断がつかず、ブラッドリーは隣に立っていたジャックバートに耳打ちした。

「クインテ師団長はどうされていましたか?」
「一日目は断固拒否なさいましたが、二日目以降は根負けして同席されていらっしゃいました」

 猛者をも薙ぎ倒す第四皇子、恐るべし。
 前任者がそうであったならば、後任者が断る術はない。
 ブラッドリーはシェルエンの反対側の席に腰を下ろした。

 キャンドルと花で飾られたテーブルで向かい合う。
 すぐさまアミューズから提供された。
 騎士団の荒くれ者共との生活では一切不要だったテーブルマナーだが、幼少期に叩き込まれたおかげか忘却の彼方にあった一連の動作は、思いがけないスピードで指先に戻ってきた。

「あなたは第一騎士団の前は第二騎士団に在籍していたと聞きました」
「左様です。貴族学校の騎士科を卒業して第二に配属されました。二年ほど在籍して、十九歳の時に第一に異動しました」
「二年いて十九歳というのは計算が合わないですね。もしかして卒業は十八歳より前ですか?」
「はい。一年スキップしましたので」
「エリートですね」
「偶然です」

 壁際のフットマンが時折、足元から何かを拾い上げては退室するのを横目で見ながら、ブラッドリーは食事と会話を続けた。
 穏やかな夜だった。
 けれど魚料理が運ばれてくる頃、その異変は突如として窓の外からもたらされた。

 カトラリーを置いたブラッドリーが左腰に帯びている剣に手をかけた。
 それとほぼ同時にバリン――という派手な音を立てて窓が割れた。
 身体を丸くして衝撃を最小限に抑えた黒装束の者たちは、着地すると真っ先にシェルエンの元へと駆ける。

 手練れた。
 そのスピードは尋常じゃない。
 手慣れた殺し屋の身のこなしだ。

 使用人たちが主人の元へ急ぐけれど、間に合わないだろう。

 狙いを定めた侵入者がひとりが、シェルエンに向かって剣を振るう。

 ブラッドリーは軽い動作でテーブルの上へと乗ると、キャンドルや花を潔く踏みながら一直線に走り抜け、そして跳んだ。
 銀の切っ先は少しの躊躇いもなく、黒装束の喉元へと突き刺さる。
 そのままシェルエンの前に立ちはだかり、ブラッドリーは壁となった。

「殿下、お逃げください」

 そう告げる間にも、迫る敵を倒していく。

「そうしたいのは山々なんですが、足が動かなくなってしまって」
「足……?」

 そこでブラッドリーは、シェルエンの左足が不自由なことを思い出した。
 先ほど玄関ホールで会った時もこの部屋に入ってきた時も引きずっている様子がなかったため、僅かに忘れていたのだ。

「日常生活には問題ないんですが、緊急事態にはポンコツになります」
「ポンコツ……」

 思わぬ言葉に、おうむ返ししか出来なかった。

 ブラッドリーは周囲を見渡した。
 使用人に引き渡せればいいのだが、侵入者に囲まれた中では実現可能性は低い。
 仕方ないと諦めて、一歩下がった彼はシェルエンの左肩を力強く引き寄せた。
 自分の口元までの身長の皇子を、胸に抱く。

「俺にしがみついていてください。怖かったら、顔をうずめて」

 そう宣言するなりブラッドリーは、シェルエンの頭に腕を回して前を見ないように、と手の平で固定した。
 胴体に巻きつく腕を感じて、剣を持つ手に力を込める。

「相手は騎士ひとりだ! そいつを殺して皇子を奪え!」

 黒装束の頭だろうか、最後方にいる男が叫んだ。
 それに呼応するように侵入者たちは、間髪をいれずにブラッドリーに斬りかかってくる。

 その光景に、アクアブルーの瞳が燃えた。
 銀に輝く長剣で、先頭にいた相手の鳩尾を一思いに突き刺した。
 次々に襲いかかる敵の攻撃を躱し、喉や肩、脇の下、右腹部に剣を突き入れていく。

 ブラッドリーの剣術は、人体を斬り裂くやり方ではない。
 急所を突いて戦えなくさせるやり方だ。
 大量出血する場所を狙っているので、即座に相手を戦闘不能にできる。
 さらには剣を振りかざすような大振りな動作がない分体力を温存できるため、戦地で長期戦となっても攻撃力を持続させることができるのだ。

 大規模戦闘の主力を担う第一騎士団において大隊を任されていた男、ブラッドリー・ジェスフォード。
 その実力は伊達ではない。

 シェルエンを抱いたまま軽くステップを踏んで体勢を自在に変えながら、黒い集団を次々に床に転がしていく。
 一対多であるため全くの無傷とは言い難いが、この人数を制圧しているにしてはひどく軽傷だ。

「っぐ……死ねぇ!」

 瞬く間に最後のひとりとなった。
 それはブラッドリーを殺せと高らかに命令していた人物。
 飛び道具使いのようで、隠し持っていた短剣を数本同時に投げてくる。

 ブラッドリーはシェルエンから手を放し、その者へと大きな一歩で近づいた。
 楕円状に広がる短剣を長剣で一思いに薙ぎ払うと、両手でグリップを握り直した。
 右足を踏み込み腰を深く落として、相手の右脇腹から左肩へと一直線に深い太刀筋を残した。

「悪いな。どこの誰だか分からんが、殿下は渡せないんだ」


 血も涙もない冷たいアクアブルーが、かつて人間だったものを見下ろしていた。
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