【完結】護衛騎士の忠誠は皇子への揺るぎない溺愛

卯藤ローレン

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05. 奇病が咲かせる花

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「ブラッドリー……ブラッドリー? 大丈夫ですか?」

 呼ばれて、我に返った。
 戦闘の最中は身体能力を限界値まで使い続け、危険感知機能を最大出力使い果たすため、周囲の音が聞こえにくくなる。
 聴力が落ちているのではなく、研ぎ澄まされて無音状態になっているという方が正しい。

 正気を取り戻したブラッドリーは、眼前の凄惨な状態に直面して目を見開いた。
 持っていた剣を取り落とす。
 代わりに拳を強く握って後悔の念に耐えた。

「引けっ! 全員撤退だ!」

 命を保てた者たちは、負傷した身体を庇いながら窓から出て行った。
 情報を取るために動ける誰かひとりは人質にしなければと思うのに、ブラッドリーの身体は動かない。

「しっかりしてください、ブラッドリー! 怪我をしていますね。短剣が上腕に深々と刺さっています」

 苦い記憶の淵に沈みそうになる護衛騎士を、皇子が掬い上げる。
 頬を持ち上げられて見つめた先には、悲しげに表情を歪めた銀白の人がいた。

「殿下……ご無事でいらっしゃいますか?」
「ええ、私も何ともありません。あなたが身を挺して護ってくださいましたから。それよりもあなたの方が重傷です。この剣が刺さっているのには気づいていますか?」
「あ……いえ、今気がつきました。気がついてしまえば最後、めちゃくちゃに痛いです」
「でしょうね。あぁ、でもよかったです。まさかポンコツの私を抱えて戦い出すとは思いませんでした。指の隙間からこっそり見ましたが、戦神のようでした」
「人が血を流している場面など恐ろしいだけだったでしょう? ご気分を悪くされたりはしていませんか?」
「ご心配なく。あなたの勇猛な顔しか見てませんから。後ろは決して振り返らないと決めていますし」

 シェルエンの背後には絶命した人間が倒れている。
 それらは手慣れた様子の数名のフットマンによって、どこかへと運ばれていく。

「ジャックバート。至急、赤の花を持ってきてください」
「既に手配済みにございます、主」
「お持ちしました!」

 ジャックバートの言葉に被せるようにして、部屋へと走り入ってきたデーヨが大声を上げる。
 見ると、その手には深紅の花が握られていた。

「食べさせるのはこの剣を抜いてからの方がいいでしょうか? それともこのまま口に入れた方が?」
「傷口でないと効かないので、取ってしまった方がよろしいのではないでしょうか?」
「瞬時に治りますから、抜く痛みも一瞬かと存じます」

 皇子、フットマン、家令の三名による即席相談会が開かれ始めた。
 議題はどうやらブラッドリーの腕の傷についてのようだ。
 三者が負傷した右の上腕を覗き込みながら、何やら物騒なことを囁いている。

「じゃあ、やってしまいますね。えーい!」
「あ、主、そういうのは僕たちが――!」
「主、想像以上に大量出血でございます!」
「いててててて!」

 半分ほどが肉に収まっていた短剣が抜かれた。
 承諾もなしに他人から前触れなく与えられた激痛に、ブラッドリーは顔を思い切り顰めた。

 血が凄い勢いで噴き出す。
 どうやら太い動脈を傷つけているらしい、際限なく飛び散って碧い騎士服を濡らしていく。

「え、どうしましょう……とりあえずブラッドリー、口を開けてください! これを全部食べて!」
「ぐっ……ふぁんれすふぁ、こえ……!」

 口腔内に何かを押し込められた。
 ふわりと芳しい香りのするそれは、一枚一枚になっている何かだ。
 舌の上の乗せると徐々に溶ける、何とも不気味な感覚がする。
 そういうものは絶対に飲み込むべからずなのだが、少なからず気が動転しているブラッドリーの喉は持ち主の意思に反して嚥下してしまった。

「っごほ……ごっほ……」

 最後の拒否反応で咽るけれど、溶けたそれらは吐き出されない。
 仕方なく唾を何度か飲み込んでいる内に、腕がじんわりと熱くなった。
 そしてそのじんわりは、急速に高温に変わる。

 熱い。
 痛みよりも遥かに強烈な熱さが、腕の奥から湧き上がる。
 強張る腕を確かめると、信じられない出来事が起こっていた。

 治っていく、傷が。
 深く切れ込みの入っていた内部から、徐々に膜が張られるように繋がっていき、まばたきの度に修復されていく。
 血は止まり、肉が生まれ、皮膚が生まれ。
 最終的に完全に元に戻ってしまった。

「……は?」

 かさぶたも、傷跡もない。

「はぁ?」

 ブラッドリーは切れていた騎士服を引っ張り、大きく破いて中を確認した。
 先ほどまで止めどなく血を流していたそこが、激痛を伴っていたそこが、真っ新な状態で静けさを取り戻している。

「何だこれ……一体何ですか、これ?」
「あぁ、よかったです。塞がりましたね。普段ならば花びら一枚でいいところを七枚全部は暴挙かなと思いましたが、その分傷の治りも高速でほっとしました」
「えぇ、誠によろしゅうございました」
「何度見ても奇跡体験です、主!」

 勝手に短剣を抜かれて、さらには現実とは思えない出来事に度肝も抜かれたブラッドリーに誰も構ってくれない。
 それぞれに感想を述べ合う三名は、マイペース集団であるらしい。
 セルフ拍手喝采のなか、ブラッドリーは真っ直ぐに挙手をした。

「ちょっと一回黙ってもらってもよろしいですか?」

 声を張り上げた。
 その声量に、片付けをしていたモブ使用人たちまでも一斉に動きを止める。
 そちら側には、申し訳ないと謝罪して作業を続行させた。

「殿下でもジャックバートさんでもデーヨさんでもいいので、俺の質問に答えてください」
「「「はい」」」
「いま起こったことは一体全体何ですか? もしかしてこの邸では魔法が使えますか?」

 海を越えた先の大陸には、未知なる力を操れる人々もいると聞く。
 もはやその類だろうか?

「いいえ。あれは魔法ではありません」

 答えたのは皇子だった。

「あれは花です」
「花?」
「ええ、赤い花」
「それはもしかして、飲み込むと傷が塞がるなんていう魔法一歩手前の効力があるなんて、まさかそんなこと言わ――」
「ご名答です。理解が早くて助かります、ブラッドリー。その花は自己治癒力を猛烈に高める効果があります」
「……はぁぁ?」
「ブラッドリー、気持ちは心底理解できます。私も最初説明を受けた時の夜は、知恵熱を出して寝込みましたから」

 皇族への返答としては極限までに不敬なそれは、誰もが通る道であるらしい。
 デーヨの申し出に、ジャックバートとモブたちが盛大に頷いている。
 あまりにも現実とはかけ離れた事象であるのに、たったいま我が身に起きたことであるからには、現実だと認めなければならない。
 脳が焼き切れそうだ。

「こんな花、俺は知りません。草花に詳しい方ではありませんが、噂でさえも聞いたことがない。他国から秘密裏に手に入れたものですか? 皇族特権で?」
「いいえ、この花はファンデミアが原産国です。噂で聞いたことのない理由は、そうですね……どう説明したら驚かれないか……」
「主、打ち明けてもよろしいと思います。護衛騎士であれば、今後も目にする機会は多いでしょう」

 口籠ったシェルエンに、ジャックバートが提言する。

「そうですね。初日からこの話をするのは中々にハードだとは思いますが、ブラッドリー、驚かないで聞いてください」
「はい……」
「その花は、私から零れた花なのです」

 私から零れた花なのです。

 わたしからこぼれたはななのです。

 ワタシカラコボレタハナナノデス。

「…………」

 ブラッドリーは告げられた言葉を頭の中で何度も反芻した。
 にも関わらず、何ひとつとして理解が出来なかった。
 もはや聞き間違いを疑うレベルだ。

「殿下から零れた、と聞こえたんですが、間違いですよね?」
「合っています。それらはいわば、私を幹として咲いた花なのです」
「言い換えていただけますか?」
「私は私の感情によって花を咲かせる、奇病の持ち主です」

 奇病、それならば聞いたことがある。
 今まで生きてきた中でたったひとりだけ、実際に会ったこともある。
 その人物は、涙が真珠に変わる病だった。

 奇病、それは人智を超えた現象を有する人間の状態を表す言葉。
 予知夢を見られる者、山を粉砕できるほどの怪力を持つ者、二国先の鳥の囀りさえも聴き分けられる者、歌声で人を殺められる者。

 それは我が国だけでなく、周辺諸国からも報告例がごく僅かだが伝えられている。
 その特殊能力は国が積極的に保護し秘匿するほどに、どれも極めて貴重なものであるという。

「殿下の奇病によって咲いた花が、自己治癒力を高める効果がある、と?」
「ええ、そうです。病や先天性の疾患にはあまり効果を発揮しませんが、外傷に関してはどんな重傷でも治ります。命が終わる前であれば」
「それは、ある意味で魔法よりも価値のあるものではないですか? この花さえあれば怪我で死なないということになりますよね?」
「そうなります。だからこそ、私を攫おうとする者が多いのです。今日の彼らのように」

 白い指が差す先には、黒装束が消えた床。
 侵入者や襲撃者は、どうやらこの邸にとっては日常茶飯事のようだ。
 誰ひとり取り乱さずに迅速な後片付けが行われる理由にも納得がいく。

 そしてそこで、ブラッドリーはあることを思い出した。

 親友であるナーファの話だ。

「殿下、もしかしてその花は戦地に届けられたりしていませんか?」
「必要な場所に運ばれているとだけ聞いています。怪我人が多い場所となると、確率は高いでしょうね」
「昨年、第一騎士団所属の友人が、劣勢を強いられた国境線で負傷しました。抉られた内臓に死を覚悟したそうです。薄れゆく意識の中で何かを口に含まされると、それまでの痛みが嘘のように無くなった、と言っていました。三日三晩寝込んだそうですが、傷は跡形もなく消えていた、と。もしかして……」
「きっと、花の効果でしょうね」

 ブラッドリーは即座に立ち上がった。
 そして、深く腰を折る。

「助けていただき感謝します。俺は大切な友人を失わずに済みました。そして、そういった奇跡を体験した者は騎士団に何人も存在します。皆一様に不思議な生還を遂げたと神に感謝していましたが、本来ならば殿下に感謝すべきでした。今まで騎士団が受けた恩恵に比べればあまりにも足りませんが、殿下へ捧ぐ俺の忠心を万謝の代わりとさせてください」

 熱い眼差しでシェルエンの手を取り、ブラッドリーは宣言した。
 その誠実さを、そしてかつての仲間を思う気持ちを受け取ったシェルエンは、慈悲深く微笑む。

「ありがたく頂戴します。ご友人や大切な方々が救われて、本当によかったです」
「代わりと言っては何ですが、殿下、これからは俺があなたの命を救います」
「頼りにしています。最近はこうして邸まで押しかけられることも多くなってしまったので」
「前よりも頻繁にありますか?」
「ええ、数は多くなりました。それでロンバウトの負担が大きくなり、護衛騎士の交代を陛下に願い出たのです」
「あぁ、そういう経緯が……それでは――」
「エッホン!」

 話を切り出そうとしたブラッドリーの言葉は大きな咳払いに遮られる。
 ジャックバートの仕業だった。

「主、ブラッドリー様、場所を移してはいかがでしょうか。床では主の足先も冷えますでしょうし、掃除の妨げにもなっているようです」

 紫シルバーとアクアブルーの瞳が振り返る先には、箒とモップを持ったフットマンたちが数名、気まずそうに笑っていた。

「邪魔をしてしまいましたね。ティールームに移りましょうか」
「主、お食事は続けられますか?」
「さすがに食欲は失せてしまいました。ブラッドリーは?」
「俺も結構です」
「では、紅茶だけ頂くことにします」

 ブラッドリーはシェルエンに手を差し出した。
 それを支えにして立ち上がった跡地には、青と黄色の花が散らばっていた。
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