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08. 花なんて咲かなければいい
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「今日の連中に心当たりはありますか?」
「あると言えば半分嘘、ないと言っても半分嘘になるでしょうね。周辺諸国は同じ言語体系なので、それだけでは自国民との判別はつきません。侵入者たちの素顔や身体を調べれば何かしらの発見はあるでしょう。彼らは城の研究塔へと送りましたね?」
「すぐに馬車で届けてございます」
ジャックバートがシェルエンのティーカップに追加の紅茶を注ぐ。
ブラッドリーにはデーヨがサーブする。
ジュディスは少し離れた壁際に位置取りを完了したようだ。
「殿下の見立てでは?」
「ファンデミアの国民ではないことを願っています」
その可能性も捨てきれないということだ。
熾烈な継承者争いをしている国でもない限り、君主に準ずる者たちが命を狙われる機会は基本的にあることではない。
ましてや他国から襲撃を受けるなど外交問題に発展しかねず、一触即発の渦中にある国同士以外ではまずあり得ない。
ということは、自国民だろうか?
そうならば、一体誰が指図したのか。
これまでのブラッドリーの所属は、第二と第一の騎士団だった。
今まで遠征中心の生活だったため都市部でのきな臭い話は管轄外であり、大隊長になって初めて政に関する情報の端を掴むようになった。
それでも、皇子を狙う国民がいるなどということは耳にしたことがない。
自国でも他国でもなさそうな侵入者たち。
けれど襲われたのは紛れもない事実。
そして、きっと命を脅かされた張本人は当たりを付けているのだろう。
「こういった急襲が頻繁に起こるようになったと仰っていましたが、もしかして心当たりがおありになるのではないですか?」
「その問いには口を噤みましょう」
はぐらかす言葉の裏にはきっと、幾筋の川が流れている。
どの水脈もやんごとなき山に繋がっているはずだ。
「質問を変えます。襲撃者は皆、殿下の赤い花を狙っていますね?」
「狙っています。この花びらさえあれば、際限なく戦闘を行える兵士を作れてしまえますから」
「兵士を兵器にしてしまえる……」
「そうです。我が国では皇帝陛下の勅令のもと、命を助けるための安全な運用に限り戦地での使用を許可されています。花で回復した者を即座に戦地に戻すことは、禁じられているはずです。けれどそれは、ファンデミア国内の話です」
「他国ではそれは通用しませんね。命の終わりに限界がない人間たちが誕生すれば、国民総動員の上で大国相手にも戦いを挑めますから」
そうなれば大陸の勢力図は一気に書き換わる。
シェルエンひとりを手に入れるだけで、その国は最上位国として君臨できるだろう。
何としてでも強奪したいと思うのが、為政者というものだ。
「俺は殿下の奇病については今日まで知りませんでした。騎士団でもその真実を知っている者は一握りだろうと思います。そんな国家機密が、他国に流れている可能性はありますか?」
「こういう情報こそ、闇に隠された地下通路を通って広く知れ渡るものなのです。ですよね、ジャックバート?」
「左様でございます。これまでにこの邸に無断で押し入った者の国籍は、実に様々でございました。大国から弱小国まで、そしてファンデミアの国民であった例も存在します」
ジャックバートの暴露に、ブラッドリーは瞬間怒りが燃えるのを感じた。
「殿下が自分を傷つけてまで赤い花を咲かせ、その恩寵をどこかで少なからず受けているにもかかわらず、なぜファンデミアの国民が殿下の命を狙うのですか? 貴方を護るならともかく、危険な目に遭わせるのは恩を仇で返すのと同義です。そんな暴虐に耐えなければならないのなら、いっそ花なんて咲かなければいい」
拳でテーブルを叩いたブラッドリーの衝撃で、ティーカップの水面が揺れる。
それを押さえようとテーブルクロスを引っ張ったのは、ジャックバートとデーヨ同時だった。
騎士団生活が長かったせいで、貴族の嫡男として産まれた自分に徹底教育されたマナーは、今では紙のように薄くなってしまった。
この瞬間に、それを実感したブラッドリーだった。
「失礼をいたしました。我を手放しました」
「いいえ。私を想って怒ってくださったのでしょう? ならば責める気持ちはありません。というより、どこか懐かしくて嬉しい気持ちになりました」
「懐かしくて、嬉しい気持ち……?」
「花など咲かなければいいと言ってくれたのは、亡くなった母以来なのです」
近くではっと息を飲む音が聞こえた。
それはきっと、救済された者たちの自戒の念だ。
「主、申し訳ございません。奇病を持つ苦しみを理解できず、救われたことを喜んでしまいました」
「「「申し訳ございません」」」
ジャックバートに続き、他三名も謝罪をする。
「あぁ、そんなつもりで言ったのではありません。誤解をさせてしまいましたね。私の小さな力で人々を窮地から救い出せるのであれば、それは本望です。私は私の意志で血を花へと変え、国民に捧げています。それは皇子として生を受けた私の義務であり願望であり、存在する意義なのです」
英雄だ。
そして、光り輝く聖人だ。
世襲君主制を採用する国では王族は腐敗しやすいと言われている。
反体制派が育ちにくいからだ。
変革が形になる前に、謀反の嫌疑をかけられて早々に潰されてしまうから。
二十九の国が集まるこの大陸において、惨憺たる状況に陥っている国家は沢山ある。
それを尻目に、第四皇子のなんと清々しく献身的な自己犠牲であることか。
胸を打つ思いに、ブラッドリーはため息を吐いた。
「主、素晴らしいです! この生涯かけて、主に仕えます!」
「立ちなさい、デーヨ。生涯は長い歳月ですから、ここに居続けることは出来ませんよ。ジャックバートくらいの年齢ならば、骨を埋めなさいとも言えるんですが」
「ずるいです、ジャックバート様! 私だって、一生涯を主のメイドとして仕えます!」
「私はかれこれ十八年を主と共にしているんだ。ひよこのお前たちとは年季も想い出の濃さも違うよ」
ハンカチを噛みながら発狂している若者たち。
それを無意識で排除しながら、ブラッドリーは頭の中で計算をした。
「十八年前ということは、殿下が五歳の頃からご存じでいらっしゃったんですね」
「いいえ、八歳ですね」
「え、でも、殿下は二十三歳ですよね?」
「……あぁ、そうでした。ブラッドリー、あなたにここで短い昔話をしましょうか」
そうして聞かされたのはシェルエンの生い立ちだった。
シェルエンの母、シャンアンナ・エリウッドは、ファンデミアの東に位置する小国の第二王女として育った。
その国は呪術国家として有名で、王都の中心に聳えるギャザラデ山を神体として祀っていた。
神体山は常に小さな噴火を起こしていたが、ある時ついに大噴火してしまう。
被害は甚大で、多大なる費用を投じて行われた復興は国庫を逼迫し、国力は急激に衰えていった。
貧困に喘ぐ小国に援助を申し出たのが、同盟を結んでいたファンデミアだ。
感謝の意としてファンデミアに献上されたのがシャンアンナであり、彼女はすぐに皇帝との間に子を設けた。
第三妃として迎えられたが、寵愛は深かった。
十か月が経ち、いざ出産となった段階で、その場に集まった関係者は一同絶句した。
泣きながらこの世に誕生した真っ白なその子の周りは、みるみる内に青い花で飾られていく。
まばたきをするたびにひとつ増え、再度目を閉じるとまたひとつ増えた。
どこからともなく咲く花、きっと奇病に違いないとその場で判断が下された。
誕生は一時秘匿されたのだ。
関係者には全員に緘口令が敷かれ、沈黙を破った者には極刑が与えられた。
皇帝は限られた重臣と話し合いを重ねに重ね、時期を見計らい、体制を万全に整えてからの生誕発表となった。
シェルエンが三歳になって半分が過ぎた頃だった。
「私が生まれて一年後、皇后に第二子が、第二妃に第一子が誕生したので、私は四番目の皇子として公表されることとなったのです」
「主の誕生秘話は、いつ伺ってもドラマチックです」
「青い花に囲まれて誕生なさった主、この世のものとは思えないほどにお美しかったでしょうね! ジャックバート様はご覧になったんですよね?」
「左様。当時は皇帝陛下の執事をしていた関係で、ご誕生あそばされたことも、それが隠されたことも存じ上げていた。シャンアンナ様のご厚意で数度お会いする機会があったが、それはそれは玉のようなお子様で……」
「ジャックバート、黙りなさい」
記憶にない幼少期を褒められるむず痒さは、皇族といえど同じなようだ。
赤面しても逃走まではしない皇子に、ブラッドリーは同情と尊敬の念を送る。
「殿下のお母様である第三妃も、奇病の持ち主でいらっしゃったんですか?」
「いいえ、そうではありませんでした。けれど、神秘の力が宿りやすい民族だったようです。奇病が発見された数も圧倒的に多いと聞いています。情報は徹底して国内に留められたので、広く知られてはいないようですが」
「シャンアンナ様は、宮殿内で不自由を強いられている主を深い愛情で包みこみ、最後の最後までお護りになられました」
「母との毎日は感情のコントロールに勤しみました。反抗期の癇癪で黒い花ばかりを咲かせる幼い私を抱き締めた母は、いつもこう呟いていました。花が憎い、と。どんなに綺麗でもこんなもの咲かなければいい、と」
遠い過去を思い出すシェルエンの表情は、あたたかさで溢れている。
慈愛に満ちる紫シルバーの瞳はきっと母譲りだろう、とブラッドリーは会ったこともないのに確信した。
癇癪を起こしている小さかった頃の皇子に会ってみたかった、と胸に叶わぬ願いを芽生えさせて。
「わたくしが主と初めてお会いしたのは、癇癪が止んだ八歳の頃でございました。十二歳の頃にこの邸へと移ってくる時に、私も家令としてお供する命が下ったのです」
「もうあれから十四年になりますね。時が経つのは早い。年々早くなる気がします」
「僕は主とお会いしてまだたったの五年なので、ジャックバートさんが羨ましいです」
「それを言うなら私はデーヨさんが羨ましいです。まだ三年目なので。私の知らない二年分の記憶を余すことなく共有してもらうか、それが難しいならいっそのこと、デーヨさんの記憶が消え去ればいいです」
「怖い。呪いが降ってきそう」
和気藹々と会話をする使用人たちを無視して、ブラッドリーは今聞いた話を脳内で再生した。
気になる点があったので、計算し直す。
「殿下、もしかして二十三歳というのは公称であって、実年齢ではないという認識が正しいですか?」
「ええ、ご名答です。隠されていた三年分は綺麗さっぱりゼロに戻されてしまったので、国公認で年齢詐称をしています」
「実年齢は二十六歳ということになりますか?」
「そうです」
ブラッドリーは驚くままに声を上げた。
「てことは、年上!?」
その無礼を意に介さず笑うシェルエンの足元に、黄色い花が落ちた。
「あると言えば半分嘘、ないと言っても半分嘘になるでしょうね。周辺諸国は同じ言語体系なので、それだけでは自国民との判別はつきません。侵入者たちの素顔や身体を調べれば何かしらの発見はあるでしょう。彼らは城の研究塔へと送りましたね?」
「すぐに馬車で届けてございます」
ジャックバートがシェルエンのティーカップに追加の紅茶を注ぐ。
ブラッドリーにはデーヨがサーブする。
ジュディスは少し離れた壁際に位置取りを完了したようだ。
「殿下の見立てでは?」
「ファンデミアの国民ではないことを願っています」
その可能性も捨てきれないということだ。
熾烈な継承者争いをしている国でもない限り、君主に準ずる者たちが命を狙われる機会は基本的にあることではない。
ましてや他国から襲撃を受けるなど外交問題に発展しかねず、一触即発の渦中にある国同士以外ではまずあり得ない。
ということは、自国民だろうか?
そうならば、一体誰が指図したのか。
これまでのブラッドリーの所属は、第二と第一の騎士団だった。
今まで遠征中心の生活だったため都市部でのきな臭い話は管轄外であり、大隊長になって初めて政に関する情報の端を掴むようになった。
それでも、皇子を狙う国民がいるなどということは耳にしたことがない。
自国でも他国でもなさそうな侵入者たち。
けれど襲われたのは紛れもない事実。
そして、きっと命を脅かされた張本人は当たりを付けているのだろう。
「こういった急襲が頻繁に起こるようになったと仰っていましたが、もしかして心当たりがおありになるのではないですか?」
「その問いには口を噤みましょう」
はぐらかす言葉の裏にはきっと、幾筋の川が流れている。
どの水脈もやんごとなき山に繋がっているはずだ。
「質問を変えます。襲撃者は皆、殿下の赤い花を狙っていますね?」
「狙っています。この花びらさえあれば、際限なく戦闘を行える兵士を作れてしまえますから」
「兵士を兵器にしてしまえる……」
「そうです。我が国では皇帝陛下の勅令のもと、命を助けるための安全な運用に限り戦地での使用を許可されています。花で回復した者を即座に戦地に戻すことは、禁じられているはずです。けれどそれは、ファンデミア国内の話です」
「他国ではそれは通用しませんね。命の終わりに限界がない人間たちが誕生すれば、国民総動員の上で大国相手にも戦いを挑めますから」
そうなれば大陸の勢力図は一気に書き換わる。
シェルエンひとりを手に入れるだけで、その国は最上位国として君臨できるだろう。
何としてでも強奪したいと思うのが、為政者というものだ。
「俺は殿下の奇病については今日まで知りませんでした。騎士団でもその真実を知っている者は一握りだろうと思います。そんな国家機密が、他国に流れている可能性はありますか?」
「こういう情報こそ、闇に隠された地下通路を通って広く知れ渡るものなのです。ですよね、ジャックバート?」
「左様でございます。これまでにこの邸に無断で押し入った者の国籍は、実に様々でございました。大国から弱小国まで、そしてファンデミアの国民であった例も存在します」
ジャックバートの暴露に、ブラッドリーは瞬間怒りが燃えるのを感じた。
「殿下が自分を傷つけてまで赤い花を咲かせ、その恩寵をどこかで少なからず受けているにもかかわらず、なぜファンデミアの国民が殿下の命を狙うのですか? 貴方を護るならともかく、危険な目に遭わせるのは恩を仇で返すのと同義です。そんな暴虐に耐えなければならないのなら、いっそ花なんて咲かなければいい」
拳でテーブルを叩いたブラッドリーの衝撃で、ティーカップの水面が揺れる。
それを押さえようとテーブルクロスを引っ張ったのは、ジャックバートとデーヨ同時だった。
騎士団生活が長かったせいで、貴族の嫡男として産まれた自分に徹底教育されたマナーは、今では紙のように薄くなってしまった。
この瞬間に、それを実感したブラッドリーだった。
「失礼をいたしました。我を手放しました」
「いいえ。私を想って怒ってくださったのでしょう? ならば責める気持ちはありません。というより、どこか懐かしくて嬉しい気持ちになりました」
「懐かしくて、嬉しい気持ち……?」
「花など咲かなければいいと言ってくれたのは、亡くなった母以来なのです」
近くではっと息を飲む音が聞こえた。
それはきっと、救済された者たちの自戒の念だ。
「主、申し訳ございません。奇病を持つ苦しみを理解できず、救われたことを喜んでしまいました」
「「「申し訳ございません」」」
ジャックバートに続き、他三名も謝罪をする。
「あぁ、そんなつもりで言ったのではありません。誤解をさせてしまいましたね。私の小さな力で人々を窮地から救い出せるのであれば、それは本望です。私は私の意志で血を花へと変え、国民に捧げています。それは皇子として生を受けた私の義務であり願望であり、存在する意義なのです」
英雄だ。
そして、光り輝く聖人だ。
世襲君主制を採用する国では王族は腐敗しやすいと言われている。
反体制派が育ちにくいからだ。
変革が形になる前に、謀反の嫌疑をかけられて早々に潰されてしまうから。
二十九の国が集まるこの大陸において、惨憺たる状況に陥っている国家は沢山ある。
それを尻目に、第四皇子のなんと清々しく献身的な自己犠牲であることか。
胸を打つ思いに、ブラッドリーはため息を吐いた。
「主、素晴らしいです! この生涯かけて、主に仕えます!」
「立ちなさい、デーヨ。生涯は長い歳月ですから、ここに居続けることは出来ませんよ。ジャックバートくらいの年齢ならば、骨を埋めなさいとも言えるんですが」
「ずるいです、ジャックバート様! 私だって、一生涯を主のメイドとして仕えます!」
「私はかれこれ十八年を主と共にしているんだ。ひよこのお前たちとは年季も想い出の濃さも違うよ」
ハンカチを噛みながら発狂している若者たち。
それを無意識で排除しながら、ブラッドリーは頭の中で計算をした。
「十八年前ということは、殿下が五歳の頃からご存じでいらっしゃったんですね」
「いいえ、八歳ですね」
「え、でも、殿下は二十三歳ですよね?」
「……あぁ、そうでした。ブラッドリー、あなたにここで短い昔話をしましょうか」
そうして聞かされたのはシェルエンの生い立ちだった。
シェルエンの母、シャンアンナ・エリウッドは、ファンデミアの東に位置する小国の第二王女として育った。
その国は呪術国家として有名で、王都の中心に聳えるギャザラデ山を神体として祀っていた。
神体山は常に小さな噴火を起こしていたが、ある時ついに大噴火してしまう。
被害は甚大で、多大なる費用を投じて行われた復興は国庫を逼迫し、国力は急激に衰えていった。
貧困に喘ぐ小国に援助を申し出たのが、同盟を結んでいたファンデミアだ。
感謝の意としてファンデミアに献上されたのがシャンアンナであり、彼女はすぐに皇帝との間に子を設けた。
第三妃として迎えられたが、寵愛は深かった。
十か月が経ち、いざ出産となった段階で、その場に集まった関係者は一同絶句した。
泣きながらこの世に誕生した真っ白なその子の周りは、みるみる内に青い花で飾られていく。
まばたきをするたびにひとつ増え、再度目を閉じるとまたひとつ増えた。
どこからともなく咲く花、きっと奇病に違いないとその場で判断が下された。
誕生は一時秘匿されたのだ。
関係者には全員に緘口令が敷かれ、沈黙を破った者には極刑が与えられた。
皇帝は限られた重臣と話し合いを重ねに重ね、時期を見計らい、体制を万全に整えてからの生誕発表となった。
シェルエンが三歳になって半分が過ぎた頃だった。
「私が生まれて一年後、皇后に第二子が、第二妃に第一子が誕生したので、私は四番目の皇子として公表されることとなったのです」
「主の誕生秘話は、いつ伺ってもドラマチックです」
「青い花に囲まれて誕生なさった主、この世のものとは思えないほどにお美しかったでしょうね! ジャックバート様はご覧になったんですよね?」
「左様。当時は皇帝陛下の執事をしていた関係で、ご誕生あそばされたことも、それが隠されたことも存じ上げていた。シャンアンナ様のご厚意で数度お会いする機会があったが、それはそれは玉のようなお子様で……」
「ジャックバート、黙りなさい」
記憶にない幼少期を褒められるむず痒さは、皇族といえど同じなようだ。
赤面しても逃走まではしない皇子に、ブラッドリーは同情と尊敬の念を送る。
「殿下のお母様である第三妃も、奇病の持ち主でいらっしゃったんですか?」
「いいえ、そうではありませんでした。けれど、神秘の力が宿りやすい民族だったようです。奇病が発見された数も圧倒的に多いと聞いています。情報は徹底して国内に留められたので、広く知られてはいないようですが」
「シャンアンナ様は、宮殿内で不自由を強いられている主を深い愛情で包みこみ、最後の最後までお護りになられました」
「母との毎日は感情のコントロールに勤しみました。反抗期の癇癪で黒い花ばかりを咲かせる幼い私を抱き締めた母は、いつもこう呟いていました。花が憎い、と。どんなに綺麗でもこんなもの咲かなければいい、と」
遠い過去を思い出すシェルエンの表情は、あたたかさで溢れている。
慈愛に満ちる紫シルバーの瞳はきっと母譲りだろう、とブラッドリーは会ったこともないのに確信した。
癇癪を起こしている小さかった頃の皇子に会ってみたかった、と胸に叶わぬ願いを芽生えさせて。
「わたくしが主と初めてお会いしたのは、癇癪が止んだ八歳の頃でございました。十二歳の頃にこの邸へと移ってくる時に、私も家令としてお供する命が下ったのです」
「もうあれから十四年になりますね。時が経つのは早い。年々早くなる気がします」
「僕は主とお会いしてまだたったの五年なので、ジャックバートさんが羨ましいです」
「それを言うなら私はデーヨさんが羨ましいです。まだ三年目なので。私の知らない二年分の記憶を余すことなく共有してもらうか、それが難しいならいっそのこと、デーヨさんの記憶が消え去ればいいです」
「怖い。呪いが降ってきそう」
和気藹々と会話をする使用人たちを無視して、ブラッドリーは今聞いた話を脳内で再生した。
気になる点があったので、計算し直す。
「殿下、もしかして二十三歳というのは公称であって、実年齢ではないという認識が正しいですか?」
「ええ、ご名答です。隠されていた三年分は綺麗さっぱりゼロに戻されてしまったので、国公認で年齢詐称をしています」
「実年齢は二十六歳ということになりますか?」
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