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20. 宮殿での襲撃者・シェルエン視点
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午前の早い時間、真っ白な馬車が揺れる。
城へと続く大理石の石橋の上を慎重なスピードで滑るその中には、シェルエン・ファン・エリウッド第四皇子がひとりきりで座っている。
御者は知らぬ者、四方を取り囲む正装した近衛騎士も、誰ひとり面識のない者たちだった。
「退屈ですね……」
慣れた道だ。
普段は小ファーセスに住んでいるので登城する機会はさほどないが、全くの疎遠ということではない。
式典や定期的に行われるあれやこれやのために、こうして馬車に乗ることは一年の内で十指ほど。
それを十四年も続けていれば、通い慣れた道となる。
「……景色もつまらない」
それなのに今日はどういうわけか、億劫な気持ちが拭えない。
静かな車内に降り積もる沈黙が肌を突き刺すし、窓の外にいる護衛騎士も蝋人形のように殺風景だ。
シェルエンはため息を吐いて、クッションの効いた背もたれに体重を預けた。
家令もいない、メイドもいない、フットマンもいない。
けれどそれは珍しくない光景だった。
皇城から出向く奉迎御一行は大仰で尊大で大人数で、シェルエンただひとりだけを乗せて出発する。
幼少の頃は心配した家令が同行を願い出たが、ただの一度も叶わなかった。
使用人たちは門前で見送るだけだ。
そこに否やはない、受け入れている。
「やはり連れて来るべきでしたね……」
今回の登城は、行く前に一悶着あった。
一昨日の晩、今日は城に滞在すると告げられたブラッドリーは、自分も共に行くと進言してきた。
無論シェルエンとて、ブラッドリーがそばにいてくれれば安心この上ない。
誰よりも強いと確信している護衛騎士だ。
蜘蛛の巣の張り巡らされた皇城で真に頼れる者が存在する、そしてその者が何がなんでも護ってくれる、というのは最上の安心となる。
けれどシェルエンは、ブラッドリーの進言を承諾しなかった。
それがたとえ自分の騎士であっても、人ひとりが増えるとなると警備計画の見直しを強制してしまうかもしれないと思ったからだ。
普段宮殿内に住んでいない自分が出向くとなると、それ相応の体制が整えられている。
さらにこの定期登城では皇帝陛下をはじめとする皇族全員が集まるので、その警戒レベルは最高となる。
日数をかけて万全を期された綺麗な円を、皇子ひとりの我儘で崩すことは出来ない。
大丈夫だからと宥める自分に、若干ふてくされた表情を浮かべたブラッドリー。
いつもは全く感じさせない年下の雰囲気を感じて、シェルエンは笑いを誘われた。
降って湧いた休暇を楽しむようにと告げて残してきた彼は、今頃どうしているだろうか。
「退屈だ……」
そんなことばかりを考えて、道中を過ごした。
宮殿内にはシェルエンの部屋も用意されている。
皇族主催の夜会に出席した際に宿泊できるようにと皇后の厚意で与えられ、いつでも掃除が行き届き清潔に保たれている。
シェルエンは登城すると、一旦そこで待機となる。
扉の両端にふたり、背後にふたりの近衛騎士、そして壁際に複数のメイドを侍らせてはいるが、会話はない。
邸での和気藹々としたアフタヌーンティーと、つい比較してしまう。
窓際にあるアカサンスの葉模様のソファで紅茶を飲んでいると、外で待機中の近衛が来客を報せた。
やり取りをしたひとりが、シェルエンの元へ足早にやって来る。
「キャロライン妃並びにサンディス皇子殿下がご来訪です」
そのふたつの名に、シェルエンの片眉が動いた。
来るならばこのタイミングであろうとは薄々勘付いていたが、これほどまでに予想的中とは。
「お通ししてください」
シェルエンは席を立ち場所を移った。
壁際にいたひとりのメイドが素早く、ティーカップとゼリーの乗ったガラス皿の位置をずらす。
優秀だ。
「シェルエン、突然ごめんなさいね。元気にしていたかしら? あなたとはあまり親身にお喋りする機会を設けさせてもらえないから、いつも心配してるのよ」
「恙なく暮らしております」
「もっと頻繁に遊びにきてくれ。積もる話が積もる前に、もっとお前の近況を共有してほしい」
「お気遣いをありがとうございます」
親子は何十人もの近衛を引き連れて入室した。
一応は他人の部屋ではあるが一切気にする様子はなく、部屋の一番奥にたどり着くとソファに腰を下ろした。
近衛の後ろから連なって来たメイドが、速やかにお茶の用意を始める。
「小ファーセスなんかに暮らしていて不便なことはない? そろそろあなたも結婚相手を探し始める頃合いですもの、宮殿に戻っていらっしゃい。私が陛下に口添えしてあげてもいいわ」
キャロライン・エリウッド。
萱草色の髪にオリーブグリーンの瞳を持つこの女性は、皇帝陛下の第二妃だ。
他国の第一王女として育ち、国境の架け橋としてファンデミアに嫁いだ人物。
豊満な胸元をこれでもかと強調するドレスは、豪華絢爛だ。
「色々と相談や準備もあるだろう。そうなれば家族の場も増えるだろうから、私としても嬉しいよ。お前があの邸に隔離されて十四年も経ったんだ、陛下の怒りもそろそろ収まるだろう」
サンディス・ファン・エリウッド。
常磐色の髪を撫でつけながら言うのは、第二妃の実子である第二皇子その人だ。
ホワイトベージュに輝く瞳の右下にふたつ並ぶ泣きぼくろが印象的な、公的にはシェルエンの兄にあたる人物。
「もう十四年も住んでいますので、私にとってあの邸にいることはとても居心地がいいのです。使用人たちも楽しく真面目に仕えてくれていますし、不便に思うことは何ひとつありません」
「新しい護衛騎士はどうかしら? 第三に転属願いを出すような腑抜けだと聞いて、私たち心配しているのよ」
「私の知る限り最強の護衛騎士です」
「最近も変わらず邸に襲撃者は現れるのか? 物騒だろう、やはりこちらに移った方がいい」
「最強護衛騎士が簡単に倒してしまうので、私に害が及ぶことはありません」
第二妃のティーカップが微かに音を立てた。
カップとソーサーがぶつかり合うのは、指が震えた証拠だ。
それを第二皇子が言葉を被せて隠す。
「ということは、邸は血の海になっただろう。惨状を目の当たりにして怖くなかったかい?」
「初日こそ殺めましたが、それ以降の護衛騎士は侵入者を斬らずに体術だけで負かしています。その者たちを雇った黒幕を明らかにせねばなりませんので、貴重な証言者がこの世から抹消されないように手加減をしています」
「っ……!」
第二皇子のティーカップも音を立てた。
動揺した証拠だ。
それを見たシェルエンはつい笑いそうになる。
紅茶を飲む振りをして隠したが。
悪事に手は染めるのに、今ひとつ肝の据わっていない親子。
それはやはり元王女と現皇子という乳母日傘で育ったからだろうか。
それとも自分たちに関与できぬ天空から垂らされた糸で、秘かに操られているからだろうか。
「その黒幕は分かって? 皇族を命の危機に陥れる厄介者は断罪に処されるべきだわ」
「捕まえて、城の調査機関へと流しています。新しい護衛騎士となってからその数は格段に増えましたので、明るみに出るのも時間の問題かと思います」
「そ、それはよかった。それでなくともお前は足が悪いから、逃げ遅れて大怪我でも負ったら大変だ」
「日常生活は支障なく送れていますので、ご心配には及びません」
「何度もそう言ってもらったけれど、私なりに贖罪の気持ちは常に抱きながら生きているんだ。少し剣が当たっただけだったのに、まさかあんなにも大事になるなんて思わなくて」
この会話は一体人生で何度目だろう。
的を射ない回答でいつもはぐらかし続けるシェルエンに、痺れを切らした誰かが親子を焚きつけたのだろうか。
だからこそ今日、皇帝陛下への謁見を控えたこの僅かな時間で奇襲をかけて来たに違いない。
焦っているのだろう。
ファンデミアはこの二十年で、軍事力をさらに高めたから。
「兄上のせいではありません。避けきれなかった私にも非はありますから」
「あなたの身体からは特別な花が咲くと言われているでしょう? 治癒の効果を高めるものもあるとか。サンディスとじゃれて怪我をした時にそれを口に含んでいれば、きっと元通りになったでしょうに。残念だわ」
「キャロライン様、何度か申し上げていますがそれは迷信です。皇城勤めに飽いた使用人たちが、暇つぶしに作った物語でしょう。私には奇病などありません。実際、花などひとつも咲いていません」
シェルエンはソファの上で身体を捻った。
そこには紅のブロケード生地があるだけだった。
親子は目を細めて観察するけれど、目的のものは見つけられなかったのか、乗り出していた身体を元の位置に戻した。
「シェルエン、私たち血は繋がっていないけれど家族なのよ。いい加減隠し事はやめてちょうだい。悲しくなってしまうでしょう?」
「そうだぞ、シェルエン。奇病に侵されて困難に直面することもあるだろう。私たち皇族の力を使えば、お前の生活をより安全でより豊かなものにしてやれる。そろそろ秘密を打ち明けてくれてもいいはずだ」
「打ち明けるも何も、隠し事は一切ありません。あなた方の前で私の周りに花が落ちていたことがありましたか? ないはずです。あるはずないのですから。キャロライン様、サンディス様、余計な詮索は身を滅ぼします。どうぞ、ご放念ください」
キャロラインが、右の目尻にある皺を深くして目配せをした。
シェルエンの背後に陣取っていた彼女の護衛騎士数名が、不審な動きをする。
ついには床に這いつくばる者も出てきて、シェルエンは本格的に笑いそうになるのを必死で堪えなければならなくなった。
「皇后陛下並びにカイザック皇子殿下のご来訪です」
近衛騎士からの報せに、室内にいた全員がすぐさま立ち上がって低頭した。
開いた扉から登場したのは、ゴージャスな美魔女だった。
左右に割けた白い騎士服の間を悠々と歩くその人は、ヴィヴィアン・ファン・エリウッド。
淡紅藤色の髪にライトブラウンの瞳が生き生きとした魅力を演出している。
その後ろを歩くのは、伽羅色の髪にネイビーの瞳が光るカイザック・ファン・エリウッド第三皇子。
皇后の第二子で、シェルエンの異母弟である。
「ご機嫌よう、皆さん」
「ご機嫌麗しゅう存じます、皇后陛下。こちらへどうぞ」
「結構よ。私たちはこちらに座るから」
第二妃と第二皇子が上座のソファを譲ろうとしたが、皇后はその申し出をすげなく拒否した。
美魔女とその息子は左右に分かれると、シェルエンを挟むようにして着席してしまった。
呆気に取られる室内で、その空気感を一切気にしない皇后親子が口を開く。
「シェルエン、着いたのなら知らせてくれなきゃ駄目じゃないの、もう。今か今かと待ってたのに」
「兄様は本当にマイペースなんだから。母様が部屋の中を迷子の野鴨のごとく旋回するから、目の回ったメイドがふたり気絶したんだよ」
「ふふふ、それは申し訳ありません。昼食会でお会いできるので、その時に色々とお話をさせていただければと思っていました」
「もう、なんて謙虚なの。あなたのお母様のシャンアンナ様も謙虚だったけれど、性格って似るのね。この髪も瞳もあの方譲りで、相変わらず綺麗だし。あら、編み方が繊細で新しいわね……真似していい?」
「陛下がいつも嘆いているもんね。息子たちには少なからずエリウッド家の象徴であるダーク系の発色が現れるのに、兄様にはシャンアンナ様の色しか入ってないって。あの落胆した顔ったら、権威の一欠片もないよ」
楽しく会話をする家族たち。
この部屋の主導権は一気に、下座に座る者たちへと移った。
「近衛が多くて落ち着かないわ。私たちとシェルエンの護衛以外は下がりなさい。部屋の外で待機よ」
「いえ、皇后陛下。私たちには私たちの護衛が必要ですわ」
「何かあれば私の護衛を貸して差し上げるから、安心なさい」
美魔女の一声で第二妃親子の手の者は姿を消す。
それを悔しそうな目で見つめる、第二妃だった。
「そうだわ、シェルエン。海を越えた隣の大陸からの献上品で珍しい茶葉を手に入れたの。持って帰りなさいね」
「いつもありがとうございます。邸の者と共に楽しみます」
「兄様、気をつけて。そんなことを言うと、馬車に入りきらないほど用意されちゃうから」
「入りきらなかったら、付き添いの近衛の手にぶら下げればいいわね。手土産運搬要員で増員しましょう」
「ふふふ……ヴィヴィアン様、相変わらずパワフルですね」
「ありがとう、褒め言葉よ」
ティーカップをテーブルに置いた第三皇子が、体勢を変えてシェルエンの背中側にさり気なく手を置く。
より近くで話をするためだろう、と誰もが疑問を抱かないその行動は、それゆえに誰の注目も集めなかった。
カイザック・ファン・エリウッドは、指先に当たる黄色い花を、人知れずそっと手の中に収めて握り潰した。
城へと続く大理石の石橋の上を慎重なスピードで滑るその中には、シェルエン・ファン・エリウッド第四皇子がひとりきりで座っている。
御者は知らぬ者、四方を取り囲む正装した近衛騎士も、誰ひとり面識のない者たちだった。
「退屈ですね……」
慣れた道だ。
普段は小ファーセスに住んでいるので登城する機会はさほどないが、全くの疎遠ということではない。
式典や定期的に行われるあれやこれやのために、こうして馬車に乗ることは一年の内で十指ほど。
それを十四年も続けていれば、通い慣れた道となる。
「……景色もつまらない」
それなのに今日はどういうわけか、億劫な気持ちが拭えない。
静かな車内に降り積もる沈黙が肌を突き刺すし、窓の外にいる護衛騎士も蝋人形のように殺風景だ。
シェルエンはため息を吐いて、クッションの効いた背もたれに体重を預けた。
家令もいない、メイドもいない、フットマンもいない。
けれどそれは珍しくない光景だった。
皇城から出向く奉迎御一行は大仰で尊大で大人数で、シェルエンただひとりだけを乗せて出発する。
幼少の頃は心配した家令が同行を願い出たが、ただの一度も叶わなかった。
使用人たちは門前で見送るだけだ。
そこに否やはない、受け入れている。
「やはり連れて来るべきでしたね……」
今回の登城は、行く前に一悶着あった。
一昨日の晩、今日は城に滞在すると告げられたブラッドリーは、自分も共に行くと進言してきた。
無論シェルエンとて、ブラッドリーがそばにいてくれれば安心この上ない。
誰よりも強いと確信している護衛騎士だ。
蜘蛛の巣の張り巡らされた皇城で真に頼れる者が存在する、そしてその者が何がなんでも護ってくれる、というのは最上の安心となる。
けれどシェルエンは、ブラッドリーの進言を承諾しなかった。
それがたとえ自分の騎士であっても、人ひとりが増えるとなると警備計画の見直しを強制してしまうかもしれないと思ったからだ。
普段宮殿内に住んでいない自分が出向くとなると、それ相応の体制が整えられている。
さらにこの定期登城では皇帝陛下をはじめとする皇族全員が集まるので、その警戒レベルは最高となる。
日数をかけて万全を期された綺麗な円を、皇子ひとりの我儘で崩すことは出来ない。
大丈夫だからと宥める自分に、若干ふてくされた表情を浮かべたブラッドリー。
いつもは全く感じさせない年下の雰囲気を感じて、シェルエンは笑いを誘われた。
降って湧いた休暇を楽しむようにと告げて残してきた彼は、今頃どうしているだろうか。
「退屈だ……」
そんなことばかりを考えて、道中を過ごした。
宮殿内にはシェルエンの部屋も用意されている。
皇族主催の夜会に出席した際に宿泊できるようにと皇后の厚意で与えられ、いつでも掃除が行き届き清潔に保たれている。
シェルエンは登城すると、一旦そこで待機となる。
扉の両端にふたり、背後にふたりの近衛騎士、そして壁際に複数のメイドを侍らせてはいるが、会話はない。
邸での和気藹々としたアフタヌーンティーと、つい比較してしまう。
窓際にあるアカサンスの葉模様のソファで紅茶を飲んでいると、外で待機中の近衛が来客を報せた。
やり取りをしたひとりが、シェルエンの元へ足早にやって来る。
「キャロライン妃並びにサンディス皇子殿下がご来訪です」
そのふたつの名に、シェルエンの片眉が動いた。
来るならばこのタイミングであろうとは薄々勘付いていたが、これほどまでに予想的中とは。
「お通ししてください」
シェルエンは席を立ち場所を移った。
壁際にいたひとりのメイドが素早く、ティーカップとゼリーの乗ったガラス皿の位置をずらす。
優秀だ。
「シェルエン、突然ごめんなさいね。元気にしていたかしら? あなたとはあまり親身にお喋りする機会を設けさせてもらえないから、いつも心配してるのよ」
「恙なく暮らしております」
「もっと頻繁に遊びにきてくれ。積もる話が積もる前に、もっとお前の近況を共有してほしい」
「お気遣いをありがとうございます」
親子は何十人もの近衛を引き連れて入室した。
一応は他人の部屋ではあるが一切気にする様子はなく、部屋の一番奥にたどり着くとソファに腰を下ろした。
近衛の後ろから連なって来たメイドが、速やかにお茶の用意を始める。
「小ファーセスなんかに暮らしていて不便なことはない? そろそろあなたも結婚相手を探し始める頃合いですもの、宮殿に戻っていらっしゃい。私が陛下に口添えしてあげてもいいわ」
キャロライン・エリウッド。
萱草色の髪にオリーブグリーンの瞳を持つこの女性は、皇帝陛下の第二妃だ。
他国の第一王女として育ち、国境の架け橋としてファンデミアに嫁いだ人物。
豊満な胸元をこれでもかと強調するドレスは、豪華絢爛だ。
「色々と相談や準備もあるだろう。そうなれば家族の場も増えるだろうから、私としても嬉しいよ。お前があの邸に隔離されて十四年も経ったんだ、陛下の怒りもそろそろ収まるだろう」
サンディス・ファン・エリウッド。
常磐色の髪を撫でつけながら言うのは、第二妃の実子である第二皇子その人だ。
ホワイトベージュに輝く瞳の右下にふたつ並ぶ泣きぼくろが印象的な、公的にはシェルエンの兄にあたる人物。
「もう十四年も住んでいますので、私にとってあの邸にいることはとても居心地がいいのです。使用人たちも楽しく真面目に仕えてくれていますし、不便に思うことは何ひとつありません」
「新しい護衛騎士はどうかしら? 第三に転属願いを出すような腑抜けだと聞いて、私たち心配しているのよ」
「私の知る限り最強の護衛騎士です」
「最近も変わらず邸に襲撃者は現れるのか? 物騒だろう、やはりこちらに移った方がいい」
「最強護衛騎士が簡単に倒してしまうので、私に害が及ぶことはありません」
第二妃のティーカップが微かに音を立てた。
カップとソーサーがぶつかり合うのは、指が震えた証拠だ。
それを第二皇子が言葉を被せて隠す。
「ということは、邸は血の海になっただろう。惨状を目の当たりにして怖くなかったかい?」
「初日こそ殺めましたが、それ以降の護衛騎士は侵入者を斬らずに体術だけで負かしています。その者たちを雇った黒幕を明らかにせねばなりませんので、貴重な証言者がこの世から抹消されないように手加減をしています」
「っ……!」
第二皇子のティーカップも音を立てた。
動揺した証拠だ。
それを見たシェルエンはつい笑いそうになる。
紅茶を飲む振りをして隠したが。
悪事に手は染めるのに、今ひとつ肝の据わっていない親子。
それはやはり元王女と現皇子という乳母日傘で育ったからだろうか。
それとも自分たちに関与できぬ天空から垂らされた糸で、秘かに操られているからだろうか。
「その黒幕は分かって? 皇族を命の危機に陥れる厄介者は断罪に処されるべきだわ」
「捕まえて、城の調査機関へと流しています。新しい護衛騎士となってからその数は格段に増えましたので、明るみに出るのも時間の問題かと思います」
「そ、それはよかった。それでなくともお前は足が悪いから、逃げ遅れて大怪我でも負ったら大変だ」
「日常生活は支障なく送れていますので、ご心配には及びません」
「何度もそう言ってもらったけれど、私なりに贖罪の気持ちは常に抱きながら生きているんだ。少し剣が当たっただけだったのに、まさかあんなにも大事になるなんて思わなくて」
この会話は一体人生で何度目だろう。
的を射ない回答でいつもはぐらかし続けるシェルエンに、痺れを切らした誰かが親子を焚きつけたのだろうか。
だからこそ今日、皇帝陛下への謁見を控えたこの僅かな時間で奇襲をかけて来たに違いない。
焦っているのだろう。
ファンデミアはこの二十年で、軍事力をさらに高めたから。
「兄上のせいではありません。避けきれなかった私にも非はありますから」
「あなたの身体からは特別な花が咲くと言われているでしょう? 治癒の効果を高めるものもあるとか。サンディスとじゃれて怪我をした時にそれを口に含んでいれば、きっと元通りになったでしょうに。残念だわ」
「キャロライン様、何度か申し上げていますがそれは迷信です。皇城勤めに飽いた使用人たちが、暇つぶしに作った物語でしょう。私には奇病などありません。実際、花などひとつも咲いていません」
シェルエンはソファの上で身体を捻った。
そこには紅のブロケード生地があるだけだった。
親子は目を細めて観察するけれど、目的のものは見つけられなかったのか、乗り出していた身体を元の位置に戻した。
「シェルエン、私たち血は繋がっていないけれど家族なのよ。いい加減隠し事はやめてちょうだい。悲しくなってしまうでしょう?」
「そうだぞ、シェルエン。奇病に侵されて困難に直面することもあるだろう。私たち皇族の力を使えば、お前の生活をより安全でより豊かなものにしてやれる。そろそろ秘密を打ち明けてくれてもいいはずだ」
「打ち明けるも何も、隠し事は一切ありません。あなた方の前で私の周りに花が落ちていたことがありましたか? ないはずです。あるはずないのですから。キャロライン様、サンディス様、余計な詮索は身を滅ぼします。どうぞ、ご放念ください」
キャロラインが、右の目尻にある皺を深くして目配せをした。
シェルエンの背後に陣取っていた彼女の護衛騎士数名が、不審な動きをする。
ついには床に這いつくばる者も出てきて、シェルエンは本格的に笑いそうになるのを必死で堪えなければならなくなった。
「皇后陛下並びにカイザック皇子殿下のご来訪です」
近衛騎士からの報せに、室内にいた全員がすぐさま立ち上がって低頭した。
開いた扉から登場したのは、ゴージャスな美魔女だった。
左右に割けた白い騎士服の間を悠々と歩くその人は、ヴィヴィアン・ファン・エリウッド。
淡紅藤色の髪にライトブラウンの瞳が生き生きとした魅力を演出している。
その後ろを歩くのは、伽羅色の髪にネイビーの瞳が光るカイザック・ファン・エリウッド第三皇子。
皇后の第二子で、シェルエンの異母弟である。
「ご機嫌よう、皆さん」
「ご機嫌麗しゅう存じます、皇后陛下。こちらへどうぞ」
「結構よ。私たちはこちらに座るから」
第二妃と第二皇子が上座のソファを譲ろうとしたが、皇后はその申し出をすげなく拒否した。
美魔女とその息子は左右に分かれると、シェルエンを挟むようにして着席してしまった。
呆気に取られる室内で、その空気感を一切気にしない皇后親子が口を開く。
「シェルエン、着いたのなら知らせてくれなきゃ駄目じゃないの、もう。今か今かと待ってたのに」
「兄様は本当にマイペースなんだから。母様が部屋の中を迷子の野鴨のごとく旋回するから、目の回ったメイドがふたり気絶したんだよ」
「ふふふ、それは申し訳ありません。昼食会でお会いできるので、その時に色々とお話をさせていただければと思っていました」
「もう、なんて謙虚なの。あなたのお母様のシャンアンナ様も謙虚だったけれど、性格って似るのね。この髪も瞳もあの方譲りで、相変わらず綺麗だし。あら、編み方が繊細で新しいわね……真似していい?」
「陛下がいつも嘆いているもんね。息子たちには少なからずエリウッド家の象徴であるダーク系の発色が現れるのに、兄様にはシャンアンナ様の色しか入ってないって。あの落胆した顔ったら、権威の一欠片もないよ」
楽しく会話をする家族たち。
この部屋の主導権は一気に、下座に座る者たちへと移った。
「近衛が多くて落ち着かないわ。私たちとシェルエンの護衛以外は下がりなさい。部屋の外で待機よ」
「いえ、皇后陛下。私たちには私たちの護衛が必要ですわ」
「何かあれば私の護衛を貸して差し上げるから、安心なさい」
美魔女の一声で第二妃親子の手の者は姿を消す。
それを悔しそうな目で見つめる、第二妃だった。
「そうだわ、シェルエン。海を越えた隣の大陸からの献上品で珍しい茶葉を手に入れたの。持って帰りなさいね」
「いつもありがとうございます。邸の者と共に楽しみます」
「兄様、気をつけて。そんなことを言うと、馬車に入りきらないほど用意されちゃうから」
「入りきらなかったら、付き添いの近衛の手にぶら下げればいいわね。手土産運搬要員で増員しましょう」
「ふふふ……ヴィヴィアン様、相変わらずパワフルですね」
「ありがとう、褒め言葉よ」
ティーカップをテーブルに置いた第三皇子が、体勢を変えてシェルエンの背中側にさり気なく手を置く。
より近くで話をするためだろう、と誰もが疑問を抱かないその行動は、それゆえに誰の注目も集めなかった。
カイザック・ファン・エリウッドは、指先に当たる黄色い花を、人知れずそっと手の中に収めて握り潰した。
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高校の養護教諭の世凪は、放課後の見回り中にプールに落ちてしまう。カナヅチの世凪は、そのまま溺れたと思ったが、気づくと全く知らない場所にある小さな池に座り込んでいた。
ここがどこなのか、何がどうなったのか分からない世凪に、「かあさま」と呼んで近づく小さな男の子。彼の怪我の手当てをしたら、世凪は不審者として捕まってしまう。
そんな世凪を助けてくれたのは、「氷の王子」と呼ばれるこの国の第二王子アドウェル。
冷淡で表情も変わらない人だと周りに言われたが、世凪に対するアドウェルは、穏やかで優しくて、理想の王子様でドキドキしてしまう世凪。でも王子は世凪に母親を重ねているようで……
優しい年下王子様×異世界転移してきた前向き養護教諭の互いを知って認めていくあたたかな恋の話です。
影武者は身の程知らずの恋をする
永川さき
BL
孤児院出身のライリーは農場で働いている傍ら、冒険者を副業としている。
しかし、農場では副業が禁止である上に、冒険者は孤児院で嫌悪の対象となっている。
解雇や失望されてしまう可能性があっても冒険者として働くのは、貧しい孤児院に仕送りをするためだった。
そんなある日、冒険者ギルドから帰宅する途中、正体不明の男に尾行される。
刃を交え、ギリギリのところで男を振り切ったが、逃げ切れていなかったとわかったのは、その数日後のこと。
孤児院に現れたのは王宮の近衛騎士の三人。
そのうちの一人であるユリウスは、ライリーが尾行を振り切った正体不明の男だった。
自身の出自を餌に、そして言外に副業やその内容をバラすと脅され、王宮に行くことを決意したライリーを待ち受ける運命とは……。
近衛騎士×元孤児の影武者の切ない身分差BL。
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