友人の代わりに舞踏会に行っただけなのに

卯藤ローレン

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友人の代わりに舞踏会に行っただけなのに

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「はぁぁぁぁぁ……やんなっちゃうわ」

 朝七時、遅起きすることが一般的な階級の人々に言わせれば早朝と呼んで差し支えのない時間。
 貴族の邸宅が立ち並ぶ区画の端の端のさらに一番端に位置するその場所で、地球上最大級のため息がこぼれた。

「エラの上のお姉さん、おはようございます」
「エミリオ、おはよう。今日も早いわね」
「お姉さんもね」

 ロンデル家の三男であるエミリオと、モルテス家の長女は玄関先で気軽な挨拶を交わす。
 どちらの家も同格の子爵位であるので遠慮は無用だ。
 家自体も他の貴族の邸宅に比べると控えめな大きさなので、話すには困らない。

 この長女は数年前、母と妹と共にこの国のどこかから移り住んできた。
 隣同士で同じ年齢だったことで幼い頃から親しくしてきた友人のエラ、その義理の姉となった人だ。

「またエラが張り切ってるんですか?」
「そうなのよ。今日は空気が乾燥して風も丁度よく吹いてるからって、全部の部屋のシーツ引っぺがして今猛烈に洗濯してるわ」
「それはバイタリティに溢れてますね。お姉さんも確か、昨日の侯爵家の晩餐会に出席してましたよね?寝不足なんじゃないですか?」
「ええ、午前三時に帰ってきたから全然寝不足よ。エミリオのお姉さんも参加されてたけど、ご無事に帰っていらして?」
「はい、まだぐーすか寝てます」
「羨ましい」

 長女は両腕を空に向けて伸びをした。
 そのブルネットの髪は、朝の光を艶々と反射している。
 白い肌も手入れがされて綺麗だ。
 着ている質素なドレスは、生地が少しくたびれているけれど。

 そこでエミリオは自分自身の姿を見下ろした。
 他人のことは言えない。
 自分も十分にくたびれている。

 貧乏子爵家であるから、仕方ない。

 エミリオの父は侯爵家の次男として生まれ、成人後に子爵位を継いだ。
 根っからの貴族であるがゆえに、根性も商才も負けん気もなく、与えられた領地を細々と経営して生きている。
 三男一女の六人家族を養うにはぎりぎり……と言うのは明らかに美化しすぎている。
 マイナスの方へと断然傾いている台所事情なので、ロンデル家の構成員は質素倹約をモットーに慎ましやかに生活している。

 色々なものを切り詰めまくっているため使用人はなく、家のことは全て自分たちで行い、徹底的に無駄遣いをしない。
 公の場を訪れる際の一張羅以外は、ボロ布になるまで何百回と着用する。
 破れたら繕ってさらに着る。
 ボロになったら最終的には雑巾にして使う。

 母は料理を極め、兄二人は他家へ仕事を貰いに行き、姉は一獲千金の玉の輿を狙い、エミリオは掃除洗濯に従事する。
 何とも涙ぐましいロンデル家である。

「大姉さん、枕カバーも洗ってしまうから外してって言ったのに、聞いてなかったの?」

 エミリオと長女が話をしている間に、ソプラノの大声が響いた。
 朝七時にしては出来上がっている声量だ。
 一体何時から起きていれば声帯がこんなにしゃっきりとするのか。

「あら、エミリオ。おはよう」
「エラ、おはよう」

 玄関を開けた人物は、友人のエラだった。
 金の髪がとても美しい。

「エミリオ、今日は絶好のお洗濯日和よ。そんなところに突っ立ってないで、あなたもシーツを剥がしちゃいなさい」

 ソプラノからは貴族たるお淑やかさは微塵も感じられない。
 『ゆっくり奏でるように話す』が基本の貴族令嬢にはあるまじき行為だ。
 三年前に亡くなったエラの父が聞いたら、きっと卒倒するに違いない。

「エラ。気持ちのいい朝だから、もう少し穏やかに過ごしてもいいんじゃない?庭のチェアに座って紅茶でも飲んだりしてさ」
「無理無理。庭はいま洗濯物の白い壁で景色なんて見れやしないし。ちょっとでも食事が豊かになればって家庭菜園を始めちゃったから、チェアもテーブルも売ってしまったのよ」
「え?あの白亜のテーブルセットは、亡くなったお母様が大事にされてたって言ってなかった?」
「そうなの。でも、私たちは今を生きて行かなければでしょう?お父様の遺産もそれほどないし、必要と不必要を取捨選択して生計を立てなければならないから」

 エミリオのロンデル家も貧乏であるが、エラのモルテス家も貧乏だ。
 この一画に住んでいる者は皆、そうであるのだが。

 モルテス子爵家は元々は裕福な貴族であったが、エラの実母が患った病の治療費が莫大にかさみ、段々と金銭的に苦しい状況になって行った。
 その母も懸命な治療の甲斐なく亡くなり、父と娘の二人きりで懸命に暮らしてきた。
 それが数年前、父は突然に再婚した。
 後妻と姉二人が加わり五人家族となったのを機に、一気に貧乏貴族の仲間入りをした。

「さ、大姉さん、枕カバーを外しに行ってちょうだい」
「エラ、もうちょっとだけここで日向ぼっこをさせて。昨日の晩餐会の疲れが抜けないの。夜中までお喋りするって体力使うのよ……」
「駄目よ、大姉さん。そんなことしてたら寝ちゃうでしょう?一週間分の汚れが溜まった枕カバーで、またあと一週間眠ることになるけれど、いいの?」
「……嫌だわ、寒気がするほど嫌だわ。分かった、外しに行くから」
「ありがとう。ついでに小姉さんを起こして。フライパンを耳元で叩いてみたんだけど、全く効果なかったのよ」

 父を亡くし、家と財産を継母とその娘たちに奪われた可哀想な令嬢。
 本来ならば使用人がするべき仕事を強要されて、みすぼらしい姿でこき使われている娘。
 社交の場では、モルテス家のそんな噂話がたびたび話題に上がるらしい。
 そう教えてくれたのは、玉の輿ハンターの実の姉だ。

 それはある意味何も間違ってはいない。
 父亡きあとも継母たちと共に暮らし、実際に姿はみすぼらしいのだから。

 けれど、友人は可哀想でもこき使われているわけでもない。
 むしろ、可哀想でこき使われているのは継母たちだと言っても過言ではない。

 後妻となったモルテス夫人は、元々は伯爵夫人だった。
 元夫から突然に熟年離縁を言い渡され娘ともども長年住んでいた屋敷から放り出され、行くあてがなかったところをモルテス子爵に拾われたという。
 健康的な母や姉妹といった存在とは希薄に暮らしてきた娘に新しい家族を作ってやりたい、という話を聞いた夫人は再婚を承諾した。
 その頃には既に家計は燃え始めていたけれど、快諾した。

 そして、夫亡きあとも義理の娘と生活をしている。

「エミリオ、おはよう」
「おはようございます、モルテス夫人」

 家の前を件の人物が通り過ぎる。
 鋭角につり上がった眉、白粉を塗りたくった分厚い肌、ひん曲がった赤い唇。
 迫力のある顔面構成が噂話の脚色に役立っていそうだな、とエミリオは常々思ったりしているが、それを友人に伝えたことはない。
 夫人は内面を知ってみるととても優しい人だ。
 自分の悪評をわざと目立たせて、義理の娘を守るほどに。

「王家から舞踏会の招待状が届いてるわ。貴族階級の未婚女性全てに送っているみたい。エミリオ、これはあなたの家の分よ」
「いつもありがとうございます」

 手紙や招待状は、貴族街の中に建っている管理局へと届く。
 普通の貴族ならばそれは使用人が取りに行くのだが、貧乏な家は家人自らが赴く。
 モルテス夫人は必ず毎朝、自分たちの手紙と共にロンデル家のものも運んでくれる。

「王家からの招待状?お母様、それはいつ?新しいドレスを新調しなくっちゃ!」
「二か月後だそうよ。王太子殿下の生誕を祝う舞踏会ですって。貴族全家となると、いよいよ王太子妃候補を選定するようね」
「王太子妃!エミリオ、あなたのお姉さんを起こして早く見せてあげなさい。一番の玉の輿だから」
「そうします。みなさま、よい一日を」
「ごきげんよう」

 長女が急かすままにエミリオは踵を返す。
 玄関の扉を開けた時に、隣から聞こえてきた会話に思わず笑いそうになった。

「これはエラへの招待状ね」
「いらないわ。そんなものに出て寝不足にでもなったらお掃除が手抜きになっちゃうもの。私の夢は豪邸の家政婦長だから、王家との結婚なんて興味なしなし」

 灰かぶり姫は、どこまでもブレない。




―――――――――――――――




 そのブレなさがまさかまさかの火元となり、こちら側にまで飛び火するとは思わなかった。


「だから何で僕なの?男だよ?見えてる?もう一回言うけど男だよ?」

 舞踏会当日の夜、エミリオは玄関先でエラと小さな口論をしていた。
 二人の横には、青いローブを羽織った見知らぬ老婆の姿。

「てか、この方はどちら様かな?」
「魔法使いのおばあさんですって」
「魔法使い?うちの国は騎士国家で、魔法を使える超人は住んでないはずなんだけど……まさか異国の方か?」
「どこの国の者かと訊かれれば、魔法の国とお伝えするしかありません。あまり深くは考えずに。怪しい者ではありませんから」

 エミリオは訝し気な目でその老婆を見遣る。
 怪しくない、と自ら宣言する者は大抵怪しい。
 手に持ってる大きな杖も、うふふと上機嫌に笑う様子も、至って普通に怪しい。

「ちょっと一旦話を纏めたいんだけど。王家主催の舞踏会には出たくないからドレスも宝石も作らず放っておいたら、魔法の国からこのおばあさんが突然やって来て、可哀想だから変身させてあげるって提案されたってこと?」
「そう、大正解。暖炉を掃除してたらいきなり」
「あ、だからそんなに真っ黒なんだね」
「こんなにお掃除にお洗濯に頑張ってるのに、継母にイジメられて憐れったらないです。せめてものご褒美に、私が美しく飾って差し上げます」

 間違った解釈で広まった噂話を信じているということは上流階級の人間か?と、エミリオの目つきがさらに鋭くなる。
 眉間が捻じれすぎて、永久形状記憶しそうだ。

「エラは断ったんだよね?」
「ええ、すっぱりと。睡眠時間確保の方が絶対に大切だもの。明日は全部屋の床磨きをやる予定なのよ。絶対に完遂させたいの」
「なら、魔法使いのおばあさんにはお帰りいただいて……」
「それが出て来ちゃった手前、すごすごと帰れないんですよ、私も。何か人のお役に立つことをしなければ、お迎えの風に乗れない仕組みなんです」

 老婆は持っていた杖を振って風を起こす。
 帯状に現われた流れる空気の上にぴょんと飛び乗るけれど、その身体は地面へと落下した。

「いたた……ね、見たでしょう?だから、あなたたちどちらかにどうしても魔法をかけたいんです」
「なんか、無理やりな展開になってきたな……どうしても魔法をかけたい、はそちらの事情で、僕たちには関係ないですよね?」
「まぁまぁ、いいじゃない、エミリオ。おばあさんを助けると思って」
「いや、全然よくないんだよ。それで何で僕に魔法をかけるってことになったのかな?単純にエラが魔法をかけられて舞踏会に行けばいい話だよね?」
「無理無理。私、もう寝る時間だし。行かないって言ったのにいざ舞踏会に参上したら、お母様たちに気遣わせちゃうわ。本当は来たかったのに我慢してたの?気づかなくてごめんね、なんて言われたくないし」

 継母想いだ。
 昔からの友人が憂えず生きていられるのは、とても嬉しい。
 けれど、それとこれとは話が別だ。

 こちら側のメンタルへの影響も考えてほしい。

「エラは行きたくない。だから、僕に代わりに行けって?女装して?」

 そうなのだ。
 エミリオがなぜこんなに玄関先でじたばたしているのかと言うと、彼は今夜、ドレスを着なければならないからである。

「だって、招待客として行くには令嬢である必要があるでしょう?男性はごく一部の既婚者のみしか招待されていないから、門前払いされちゃうわ。それじゃあおばあさんの帰宅条件はクリアできないのよ」
「おばあさんの帰宅条件ってなに……頭痛くなってきた」
「素敵なドレスを着せて舞踏会に出席させることなんです」

 おばあさんが杖を振る。
 するとそこには、レースが何重にも重なった豪奢なドレスが現れた。

「見事だ……」
「うちの国の服飾部が二か月かけて作りました」
「はぁぁぁぁぁぁ……手間暇かかりまくってる」

 エミリオはがっくりと項垂れた。
 貧乏子爵家で育った末っ子だ、物を粗末にするということが出来ない。

「これ、もし今夜俺が着なかったらどうなるんです?」
「廃棄です」
「廃棄……誰か別のお嬢様が着るとかは?」
「ないです。ゴミ箱にぽい」
「無駄遣いも大概にしろよ、魔法の国め」

 エミリオは、エラをちらりと見た。

「本当に行かない?」
「行かない」
「…………分かった、行きます。さすがに廃棄はもったいない」

 その言葉が出た瞬間、エラと魔法使いは手を合わせて喜ぶ。
 踊り出しそうな勢いだ。

「じゃあ、エラ、ねずみ二匹と大きなかぼちゃをひとつ用意してください。馬と馬車に変えるので」
「ええ、すぐに捕まえてくるわ」

 貴族令嬢でねずみと戦えるのはこの世でただ一人だろう。
 エミリオは、やれやれと首を振った。

「さ、あなたはドレスを着ましょうね」

 そう言うなり老婆は、持っていた水色のドレスをエミリオの方へと投げた。
 それはたちまち身体にフィットする。
 一瞬で変わった衣服に驚いていると、杖の先から巻き起こった煌めきに包まれ、ヘッドドレスやネックレス、二の腕半ばまでの手袋が装着された。
 髪もどうやら長くなったようで、エラと同じ金色の髪は後ろで複雑に編まれているようだ。
 指でそれを確認していたらドレスの重みに重心を取られ、後ろにたたらを踏んだ。

「おもたっ」

 重い。
 そして何だかすこぶる歩きにくい。
 何重にもなったスカート部分を勢いよくたくし上げ、足を可能な限り前に出すと、自分の足はキラキラに輝くハイヒールが履かされていた。
 あまりの透明度は、夜の蒼を吸い込んで薄い水色にも見える。

「ガラス……?」
「そうなんです。それは今回、服飾部渾身の力作、ガラスの靴です!男性の足でも綺麗に見えますね」
「え、男性……?すみません、ちょっと足のサイズ比較してもいいですか?」
「ええ、どうぞ。私は少し小さめですけど」

 老婆と足を並べる。
 一回り以上の差がある。

「でか、僕の足でか。ていうか、もしかして体格は変わってない?」
「はい。そんな魔法は使えませんから」
「鏡あります?」
「ここに」

 有難いことに全身鏡を用意してくれた。
 そこには可憐なドレスに身を包む、着飾った令嬢がいた。

「いやでも、普通に僕。顔は僕だし、この肩幅も僕、二の腕は……僕、ふくらはぎも僕。全部僕そのもの!なんで!?」
「あなたですから」

 そう言いながら、老婆はうふふと笑う。

「せっかく女装させるなら、もうちょっと女性っぽくさせるとかありません?華奢にする、とか、瞳も大きくする、とか」
「だから、そんな魔法は使えないんです」
「空中にドレスを出せて、一瞬でそれを着させられて、ねずみやかぼちゃを違う物体に変身させられるのに?」
「自我のある物体を変化させられるのは上級魔法使いだけなんです。私は中級なので動物か、せいぜい人の髪までが精いっぱいです」
「魔法使いも階級制なんですね……」
「私は中級三十年のベテランです」
「三十年やってても中級……心中お察しします」

 そこに、エラが気絶させたネズミ二匹とかぼちゃ、葡萄を両手に抱えて戻ってきた。

「家庭菜園で育ててるかぼちゃがまだ小さいんですが、いいですか?葡萄もあったので持ってきました。エミリオ、ドレスとっても似合ってるわ」
「ありがとう。似合いたくなかったんだけどね」
「大丈夫です。少し形は不思議になってしまうと思いますけど」
「これって魔法が解けたら元に戻ります?うちの大切な食糧なんです」
「ええ、戻りますよ」

 そう言いながら老婆が杖を振る。
 そこには、白馬と、屋根の部分を葡萄で飾られた小さめの馬車が現れた。

「あら、可愛いわ!」
「葡萄がとってもいいアクセントになりました」
「さ、エミリオ、乗って乗って。もう既に舞踏会は始まっちゃってるから!」
「そうそう、言い忘れてましたけど、この魔法は十二時の鐘が鳴り終わると解けてしまうので、それまでに帰ってきてください」
「十二?十二時って言った?そういう大事なことはもう少し早めに教えてくれたって——!」

 女性二人にドレスの裾をぎゅうぎゅうに馬車に押し込まれながら、エミリオは文句を全部言う間もなく出発した。

「それにしても素敵だったわ。服飾部のみなさんの腕も素晴らしいですけど、エミリオ可愛かったわ」
「華奢にしてほしいとか瞳を大きくしてほしい、とか仰られましたけど、あの方はそのままで十分ですね」
「そうですね。貧乏だからって、あの子の家にある鏡はただひとつ、お姉様の部屋にしかないんです。だから、自分の容姿の麗しさには気づいてないんです」




―――――――――――――――




 城にたどり着きました。
 元ねずみとは思えないほどの健脚で猛スピードを出した馬車は、ありえない所要時間で王城の門を潜ることに成功した。
 降りて、舞踏会が行われている広間へとエミリオは歩いていく。

 磨かれすぎた床にガラスの靴は不適切だ。
 滑らないようにゆっくりと歩く姿は、けれど予想外の優雅さを演出している。
 服飾部の努力の証であるドレスも、上品で異様なまでにキラキラと輝いているため、ゴテゴテした飾りはないのにとても目立っている。

 広間に入った瞬間、様々な目がエミリオを見たのは彼の勘違いではない。
 印象操作などされなくても生まれながらに愛らしい彼の容貌も相俟って、その場にいたほとんどの貴族令嬢からは嫉妬の眼差しが飛んできていた。

 男のエミリオにそんな機微が分かるはずもなく、彼はそそくさと窓際へと避難した。

「とりあえず、終わるまでここにいよう……」

 ここには自分の姉もいるし、エラの継母たちもいる。
 まさか未婚男性の自分が、まさか女装してここにいるとは想像もしないだろうが、鉢合わせるのは断然不都合だ。
 ここで大人しくしていよう。

 (なんか、周りの皆さんの視線がとても痛いけど、やっぱり男がドレス着てるって分かるよな)

 (踵がじんじんするんだけど、これが靴擦れっていうやつか?)

 (妃探しとはいえ、あんなに連続でダンス踊るなんて王太子の体力、無尽蔵なのかな……)

 本来、『壁の花』は惨めだ。
 誰にも声も掛けられず誘われず、ひとり寂しく夜を過ごす者のことを揶揄する表現だ。
 今宵は王太子妃探しの舞踏会ではあるが、誘われない令嬢がいないように、と既婚の貴族男性や王城で働く身元の明らかな男性陣がダンスを申し込んだり会話を弾ませたりしている。

 壁の花となっているのは、数名だ。
 皆、つまらなさそうな雰囲気であるので、王太子や王太子妃といったものに特段興味のない者であることは明白だ。
 仲間意識を感じながら、エミリオが大きく造られた窓際へと移動したとき、左上に影が差した。

「退屈そうだね」

 見上げると、ブルートパーズの瞳。
 この国の王族の証だ。

「……第二王子殿下」

 エミリオはとっさに腹部へと宛てがおうとした右腕を寸でのところで引っ込め、膝を折って挨拶をした。
 ドレスを着ているのに男性側のお辞儀をしてしまうところだった。
 危ない。

「透けるような肌に、淡い水色のドレスがとても似合っている。綺麗だ」
「ありがとございます」
「ヘッドドレスの羽根は、君の背中の天使の翼から取ったのかい?痛くはなかっただろうか」
「あり……ありがとございます?」

 王城仕込みの褒め言葉は、貧乏貴族のそれとはスケールが違いすぎる。
 どう返答していいか分からない。

「ああ、すまない。困らせたね。初対面の相手には一応こう言えという手本があって、それに倣わないと教育係のお小言がひどいんだ」
「王族の方は大変ですね」
「君も沢山の男性に言い寄られて大変だろう?こんなにも美しいと、毎日花束やプレゼントが山のように届けられていたりして?」
「ご冗談を。ぼ……わ、私はしがない家の者ですし、皆様からのご注目を頂戴するほどの魅力があるわけではございません」

 そう言ったエミリオに、第二王子は屈んで視線を合わせる。
 美貌の貴公子と名高いその顔は、至近距離で見ても綻びがない。
 同じ人間とは思えない。

「それは謙遜かな?納得する男性も女性もいるとは思えないけれど。まぁ、いい、そういうことにしておこうね」
「お心遣いに感謝します」
「もしかして君にはお兄様がいたりするかい?物言いが、紳士のようだ」
「っ……兄、兄が二人おります。男勝りで育ちましたので、時々口癖のように出てしまって。よく母に叱られております」
「清廉な見た目との差異がとても魅力的だね」

 絶え間なく繰り出される称賛の言葉。
 王族の礼儀作法のレッスンは血反吐が出るほど、と耳にしたことはあるけれど、誇張ではないだろう。
 王族相手に思わず労いの言葉をかけてしまいそうだ。

「ダンスには興味ないかな?」
「え……えぇ、お恥ずかしい話なんですが、あまり上手ではないんです」

 女性側のダンスの仕方なんて習ったことがない。
 動きで絶対にバレてしまう。
 それでなくとも、あんな広間の中央に行くのは何としてでも避けたい。

「一曲だけ、俺と踊ってはくれないだろうか。今宵の素敵な想い出に、君とワルツを踊りたいんだ」

 すっと差し出される手。
 迷いのない手。
 それを断っては、きっと不敬罪で牢屋行きだ。
 明日、末の息子が行方不明となれば両親は若干心配するだろう。
 たぶん……心配してほしい。

「殿下、断られることはお考えにはないですよね?きっと」
「ああ、よく気づいたね」

 第二王子は再度屈んで、顔を近づけた。

「いいね?」

 (ち、近すぎるっ)

 エミリオは、つい反射で頷いてしまった。
 そうでもしなければ、ブルートパーズに吸い込まれるとこだった。

 (あんなに近くで見ても僕が女装してるって気がつかない……?やっぱり魔法でちょっとだけ細工してくれたのか?)

 二人はワルツのかかる広間の中央で、息の合ったダンスを披露した。
  金襴のジュストコールをひらめかせながらエスコートする第二王子と、シャンデリアの煌めきを一心に受けた水色の令嬢は、それはそれは貴族の視線を釘付けにした。
 周りで踊っていた者たちの動きも止めるほどに。

「殿下、いささか身体の距離が近すぎるように思えます」
「君が何度も靴を踏むおかげで、きっちり誘導しなければという俺の使命感に火がついてしまってね」
「申し訳ございません。不慣れで、と申し上げたはずなんですが」
「承知の上で誘ったのはこちらだからね。責任を取って、君が転ばぬように全力で支えると約束しよう」
「痛み入ります」
「あはは、やはり紳士だね」

 本人たちはくるくると回りながら、他愛もない会話をしていた。

 ダンスは、心と心を通わせる。
 社交の場においてダンスは、恋を芽生えさせる重要な役割を担っている。
 
 貧乏子爵家のエミリオは今日まで社交の場に顔を出したことはなかった。
 自分が行ける資金があるのなら姉に、と流していたから。
 元侯爵家の父や末端貴族の母に、踊り方だけは習っていたけれど。
 それがここで役に立つとは思わなかった。

 曲が終わる。

 お辞儀をしようとしたエミリオは、けれど、掴まれた腕を離されなかった。

「殿下?」
「もう一曲、踊ろう?」
「はい?」

 そして、拒否権なくそのまま二曲目へと突入した。
 流れる景色の中、ブルートパーズの瞳が視界を満たす。
 綺麗だ、とても可愛らしい、君の笑顔の虜になりそうだ、俺を破滅させるつもりかい?などと、この世の褒め言葉を一点集中で浴びせられ、目眩がするようだった。

 (……実際、回りすぎて目眩はしていたと思うけど)

 素敵な夜だった。
 腰を抱かれながら最後のポーズでワルツが止む。
 一夜で三度同じ相手と踊るのはマナー違反だ。
 今度こそ離れる。

 足にどっと疲れが押し寄せる。
 履いたことのないヒールとは、こんなにも難儀なものだったなんて。
 社交の場にさほど日を置かずに夜ごと繰り出している姉に、尊敬の念を送ってやまない。

「もう少し話がしたい。バルコニーで夜風に当たりに行かないかい?」
「ご令嬢、よければ次は私とダンスを」

 第二王子に掴まれていた手を横から攫われた。
 見上げるとそこには、もうひとつのブルートパーズの瞳。

「王太子殿下……」

 思わぬ事態に固まってしまったエミリオを勝手にエスコートして、王太子は身を寄せる。
 正式な王位継承者であり今宵の主役でもあるその人には、誰も否やは申せない。
 第二王子は鋭い視線を残してその場を譲った。

「弟ととても仲よく踊っていたようだね。あいつが誰かに興味を示すのは珍しいんだ」
「そうなんですね。壁の花だった私に有難くもお声をかけていただきました。お優しいお心遣いに感謝しております」
「美しい君がそうさせたんだ、きっと。君はどこの家のご令嬢かな?今まで社交の場では会ったことのないように思えるんだが」
「……えぇ、こういった場には分不相応な身分でございますので」
「名は?」
「お耳に入れるほどの名ではございません」
「ミステリアスだね。気に入った」

 ご勘弁を。
 エミリオの顔にはそう書いてある。
 何をどう解釈し、どこをどんな風に咀嚼したら『気に入る』の対象になるのか。
 第二王子といい、王太子といい、本当に。

 (悪食か?)

 周囲にこんなにも本物のお姫様がいるのに、なぜよりにもよってこっちに寄って来るのか。
 しかも、体格も顔つきも男そのものの自分に。

「ステップが独特だが、それも素敵だね。あぁ、終わるのが惜しい。もう一曲、私と踊ってもらえないか?」

 無理だ。
 足が棒だ。
 靴擦れも本格的になってきているし、ドレスも重い、ネックレスに飾られた首も痛い。
 女性ってつらい。

「申し訳ございませんが、私はお暇しなければなりません」
「そんなつれないことを言っては、私が悲しんでしまうよ。もう一曲だけ、いいだろう?」

 離されぬままの手をどうしようかと悩んでいると、広間に鐘が響き渡った。
 十二時の鐘だ。

 ——この魔法は十二時の鐘が鳴り終わると解けてしまうから

「あ、君、待って!」
「私はこれでお暇をさせていただきます。失礼をお許しください」

 魔法使いの言葉を思い出したエミリオは、挨拶もそこそこに逃げ出した。
 ひしめくドレスの間を翻るようにしながら、走り抜ける。
 人前で男に戻ることだけは避けたかった。
 姉やモルテス家に見られるのだけは、何としても回避したい。

 一足ごとに踵にダメージを与えるガラスの靴に、心中で悪態を吐きながら外へ出る。
 がむしゃらに出口を探したせいで、よりにもよって大階段の上へと出てしまった。
 けれど、躊躇している場合ではない。

 ドレスの裾をめちゃくちゃにたくし上げて降りていると、後ろから声がした。

「待って!待ってくれ!」

 階段の中央付近で立ち止まり振り返ると、そこには第二王子の姿があった。

「また君に会うにはどうしたらいい?どの家の者か教えてはもらえないだろうか?」
「本来ならば王子殿下とお近づきになれる者ではございません。今宵のことはお忘れいただきたく!」

再度、階段を降りる。
その人はなおも追ってくる。

「それは出来ない。きっと僕は恋に落ちている。探さずにはいられない」
「一晩か二晩ゆっくり眠れば、記憶も彼方へ消える……ぁ」

 靴が脱げた。
 夜空を吸い込むガラスの靴。
 赤いカーペットできらりと光る。

 拾いに行こうと思ったけれど、そんな時間はなさそうだ。
 エミリオは諦めて階段を最後まで降りきった。

 靴を拾った第二王子が顔を上げる。
 水色のドレスはひとひらの残像も残ってはいなかった。




 城を囲む庭木に隠れて、息を乱しまくる半裸のエミリオ。

 (本当に危なかった……)

 自分の呼吸を整えるのに必死で、彼は気づかなかった。

「でかいな……」

 そう、呟いた声に。




―――――――――――――――




 それからひと月あまり、貴族街では四方八方で異様な光景が繰り広げられていた。

「足よ、むくめ!もっとむくめ!」
「昨日は馬車にも乗らず一日中歩いたっていうのに、どうして私の足はこんなにほっそりしてるの!くそぅ!」

 よく分からない阿鼻叫喚の嵐だ。
 というのも、舞踏会が終わった二日後に王城からこんな報せが届いたからだ。

『ガラスの靴の落とし主、急募。明日より現物を持って各家への調査を行う』

 それはご丁寧に、管理局にある貴族用の全ボックスに入っていた。
 ロンデル家やモルテス家が居を構えるこの地区は下位貴族の集合体だ。
 ということはもちろん、上位貴族にも知らされているだろう。

 (ご執心だ……絶対に第二王子殿下だ……)

 エミリオは震える手でそれを受け取り、家へと持ち帰った。
 姉と友人の姉二人においては、「ガラスの靴なんて知ったこっちゃないが、それで何かのチャンスが巡ってくるならやってやる!」と、とても意気込んでいた。

 全貴族対象と銘打ったものは、一般的に上位貴族から事が始まる。
 王城の使者が下位貴族の区画へとたどり着いたのは、報せが出されてから半月後だった。
 その間、ガラスの靴については裏で色々と情報がやり取りされ、どうやらそれはサイズが大きいらしいという噂が出回ってからは、女性たちはもっぱら足を肥大化させることに闘志を燃やしていた。

 そしてここで、エミリオを窮地に追いやる出来事がひとつ。

「そちらの男性もどうぞ。王子殿下より、未婚の男女全てに試し履きさせよ、と仰せつかっております」

 さぁさぁ、とご指名されてしまい固まる。
 ちなみに、傍らには嘆き悲しんでいる姉と、無理やり履こうとした結果痛みに苦しんでいる兄二人が転がっている。

「いえ、僕は……」
「一人でも漏れてしまいますと、私たちがお叱りを受けますので。さぁ」

 崖っぷちだ。
 どう足掻いたとしてもサイズはぴったりなはずだ。
 もうこうなったら、途中まで入れたところで痛がる猿芝居をするしかない。
 意を決して足を差し入れた。

 その瞬間。

「お前たち、ちょっと手を貸してくれ!母さんが道端で足を挫いた!」

 母を抱いた父が帰宅した。

「それは大変!椅子を持ってくるわ!」

 悲しんでいた姉が素早く立ち上がると、リビングへと駆け出す。
 これに便乗しない手はない、と今年一番の反射神経を発揮したエミリオは、急いで靴から足を抜くと逃げながら使者にこう告げた。

「小さすぎて入りませんでした!持ち主はこの家の誰でもありません!」

 去り行く背中を目で追いかけながら、使者二名は大きなため息を吐いた。




 助かった。
 そう思っていた矢先だった。

 貴族全てを調査しても靴の持ち主が見つからなかった城は、予定されていた次の舞踏会の日程を繰り上げに繰り上げた。
 先の舞踏会開催からわずか二か月後のことである。
 今回も未婚女性全員が招待客であり、予定していなかった思わぬ出費に泣いた貴族も多い。

 ロンデル家とモルテス家も例外ではなく、どうにかこうにか様々なものを切り詰めて娘を舞踏会へと送り出した。
 エミリオが出先から帰った時には、庭が家庭菜園の場と化していた。
 笑いたいのに、引き攣った笑いしか出てこなかった。

 そして、その日の夜。

「嫌な予感しかしないんだけど、とりあえず訊きます。どうしてまた、おばあさんが?」

 目の前にはこの前と全く同じ光景が広がっている。
 エラと杖を持ったおばあさん、今回は事前に用意されたねずみ二匹とかぼちゃ、りんご。

「舞踏会の夜ですからね。さぁ、あなたはこれを着てください」

 光と共に現れる水色のドレス。
 見間違いだろうか、とても飾りが増えたように思う。
 前は上半身にこんなにパールはついてなかったはず。

「今回ばかりはエラが行ったら?君への招待状なんだし」
「無理無理。明日は一日かけて家族分の洋服を繕う日だから、夜更かしなんてできないわ」
「僕だって、家庭菜園を耕すっていう大事な仕事があるんだけど」
「それは明後日私が一緒にやってあげるから、大丈夫よ」
「君も人生で一度は舞踏会に参加した方がいいんじゃないかな」
「いいわ、王城での仕事は私の人生設計には入っていないから。行ったところで役に立たないし。エミリオに譲ってあげる」

 頑なに首を振らない。
 灰かぶり姫は本当にブレない。

「あの、魔法使いのおばあさん。僕は参加しないっていう選択肢はないですか?」
「あるにはありますけど……このドレス、服飾部が徹夜に徹夜を重ねて作ったので、使われないと知ったら恨みを買ってしまうかもしれません」
「買ったらどうなりますか?」
「服関係で一生呪われます。透け透けのズボンしか手に入らなかったりして。それも家族全員」
「行きます、行きます、是非行きます」

 それでなくとも貧乏なのだ。
 そこに公然猥褻罪も加わっては、もはや没落したも同然だ。

 また魔法で一瞬のうちに着替えさせられて馬車に詰め込まれた。

「今回も、魔法の効果は十二時までですか?」
「ええ、十二時までですけど、今回は……うふふ」

 車窓から見える魔法使いは、無邪気な笑みを浮かべるだけだった。




――――――――――――――




 相変わらず鏡のような床を半分滑りながら舞踏会が行われる広間へと到着すると、開始時刻は過ぎているのに入口にご令嬢がごった返していた。
 よくよく見ると、持参した招待状を渡して出欠確認を行っているらしい。
 前回は居並ぶ王城の使用人に招待状を見せるだけで済んだのに、今回は厳戒態勢だ。
 アルファベット順に管理される徹底ぶりだ。

 Mと掲げられた列に並んでいると、影から強い力で腕を引かれた。
 見上げると、ブルートパーズの瞳、第二王子殿下がいた。

「え、でん、でんふぁ……っ!」

 口を押さえられて肩へと抱き上げられる。
 そのまま裏の通路を通って連行された。

 (なに?なになになになに!?)

 階段を上った先の部屋は、広い寝室だった。

「お疲れ様。手荒にして悪かったね」

 下ろされて、見つめ合う。
 その人は、光り輝く笑顔を浮かべていた。

「…………」
「あ、驚いて言葉を失ってしまったかな?」

 しまった。
 気さくに話しかけてくれるけれど、相手は王族だ。
 挨拶の仕方ひとつで人の命を左右できる、国の権力者だ。

 エミリオは、慌てて膝を折った。

「第二王子殿下、ごきげん麗しゅうございます」
「ああ、機嫌はとてもいいよ。何て言ったって、探していた人をようやく見つけたからね。国中の貴族を漏れなく探したはずなのに、どうやってその網をすり抜けたのかな?」

 エミリオの薄い肩がびくりと跳ねる。
 それは疚しいことがある、と顕著に伝えてしまっている。

「さ、さぁ、何のことでしょう。我が家があまりにみすぼらしくて、靴を持った使者の方が素通りされたのかもしれません」
「靴の主探しをしていたことは知っているんだね。けれど、名乗り出なかった、と」
「はは……あはははははは」
「まぁ、いい。とりあえず座ろうか」

 デコラティブなソファへと案内される。
 広い座面であるにも関わらず、第二王子は食い込むような近さでエミリオの隣に座った。

 遠くから、微かに管弦楽器の音が聞こえてくる。

「舞踏会が始まってしまったようです。よろしいんですか?今日の主役は殿下でいらっしゃるはずですが」
「心配はいらないよ。主役は影武者が務める」
「……はい?」

 思ってもみなかった返答に、エミリオは怪訝な面持ちを全面に出す。
 その包み隠さぬ表情に、第二王子は目尻を下げた。

「舞踏会のことなんてどうでもいい。もう一度尋ねるが、どうして名乗り出なかった?」
「それは、その……あれは一夜限りの夢、ということにしておきたかったので」
「夢、夢か……あんな大層な落とし物をしておいて、夢で終わらせると?」
「終わらせていただければ幸いでした。ぼ……私は、存在しない者ですので」
「この格好は何かと不便だね。肌に映えてとても美しいが」

 元々それほど空いていなかった距離をさらに詰めて、第二王子は人差し指の背でエミリオの首筋を撫でる。
 予備動作なく近づいてきた整った顔に、どきりと胸が鳴った。
 頬に熱がたまる。

「薔薇色になったね……可愛いな」

 低い声で囁かれて、さらに熱くなる。
 赤くなった部分に唇を寄せられて、突然のことにエミリオは、出来るだけ身体を後ろに引いた。

「いけません、殿下」
「なぜ?俺は君を探していた。俺のものにするために探していたんだよ。もしかして、君は婚約者がいるのか?」
「いえ、そういう訳ではなく……」
「俺じゃ不満か?」
「そういうことでもなく……」
「俺との恋愛は考えられない?」
「考えられないとかそんなことでもなく……」

 考えたことなんて一片もない。

 (僕は!男!僕たち!男同士!)

 古くから同性婚の認められている国ではあるけれど、さすがに王族で歴史にその記録を残した者はいないはず。
 王太子と幼い第三王子はいるものの、国の将来は絶対安泰とは限らない。
 血筋を途絶えさせないためには、第二王子は絶対に女性と結ばれるべきだ。

「あの、ぼ……私、私は、」
「うん、分かった。君が本当の君になれるように、不便なこんなものは消してしまおうね」

 第二王子は指をパチンと鳴らした。
 するとたちまち溶けるようになくなってしまう、ドレスとその他諸々の飾りたち。

「え……!ええええぇぇぇぇぇ!」
「あぁ、ドレスが消えるとそんな状態になってしまうのか。寒そうだね、これを着なさい」

 半裸となったエミリオの上半身には、すぐさまビロードのジュストコールが掛けられた。
 その素早い対応に息を飲んだが、それ以外にも突っ込みどころは満載だ。

「で、でんか、殿下!全く驚いてないですね!?」
「何に?」
「僕が男だってことに!」
「あぁ、知っていたからな」
「え……いつから?」
「最初から。華奢だけれど、骨格は男のものだったからね。一目で気がついたよ。その証拠に、俺は君を一度たりとも『令嬢』と呼ばなかっただろう?」

 待ってほしい。
 そして、記憶の巻き戻し装置がほしい。
 必死に思い返してみようとするけれど、それが真実かどうかはもう闇の中だ。
 頭を抱えるしかない。

「分かんない……思い出せない……」

 驚きすぎて敬語が崩壊しているが、第二王子は微笑んだままなので、とりあえず不敬とは見なされていないようだ

「僕が男だと知ってて、ガラスの靴の持ち主を探したってことですか?」
「そうだ。もしかしたら自ら名乗り出てくれるんじゃないだろうかと淡い期待を抱いてね。見事に打ち砕かれたけれど」
「ちょっともう意味が分からない……一旦休憩したい」

 それを聞いて第二王子が即座に用意した水を、エミリオはゆっくりと一気飲みした。
 顔を上に向けると、髪飾りのなくなった短い金の髪がさらりと流れる。
 それを、第二王子はやわらかい手つきで梳いている。
 そのことについてはもう情報過多なので、とりあえず脇に置いておく。

「落ち着いたかい?話の続きをしても?」
「……お願いします」
「あの夜は君に素っ気なくフラれ、靴の主探しも失敗した。今度こそきちんと捕まえようと思って、今宵の舞踏会を開催したんだ」
「来なかったらどうするつもりだったんですか?」
「その可能性はあまり想定してなかったな。もう一度魔法使いを派遣して無理やり押し切ってしまえば、心根の優しい君は間違いなく断れないだろうなと思っていたから」

 聞き捨てならない台詞が聞こえた。
 エミリオは第二王子を真正面からまじまじと見た。

「魔法使いを、派遣……?」
「そうだよ。あのおばあさんは王城一のベテラン魔法使いだよ。うちは表向きは騎士国家っていうことになっているけど、裏では実は魔法も一部取り扱ってるんだ」
「あ、だからさっき、殿下も魔法を?」
「そう」

 秘密だよ、とでも言いたげに人差し指を口元へと持っていく。
 さらりと落とされた爆弾発言。
 心臓に悪い。

「あのおばあさんは魔法の国から来たって言ってたんですが、嘘だったんですか?」
「正しくは、王城にある魔法使いたちが住む塔から、だね」
「この道三十年の中級魔法使いっていうのも?」
「あはは、そんなことを言ったのかい?三十年は間違っていないけど、最上級魔法使いだよ。騙されたね、エミリオ」

 あぁ、もう。
 明かされる真実が多すぎて、頭の中がいっぱいいっぱいだ。
 考えるのを放棄したい。

「さて、それで、エミリオ。僕がどれほど君に恋しているか、分かってもらえただろうか」
「恋……恋してるんですか?僕に?」
「予知能力のある魔法使いが、俺と最愛の人が結ばれる未来を見たらしくてね。まさしくぴたりと当てはまる者を見つけたから兄主催の舞踏会に連れて行く、と言われて当日広間に行ってみたら、君がいたんだ。一目惚れだった」
「男、ですけど」
「さっきも言ったけれど、知っている。そんなことどうでもいい。ダンスも好相性だったし、俺は君をとても気に入っているんだ」

 第二王子はエミリオの左手を掬い上げると、左手の薬指に口づけをした。
 熱い眼差しで見つめられる。

「エミリオ、僕と恋に落ちてほしい。僕はきみに運命を感じているけれど、君はまだそんな気持ちになっていないことはよく分かっている。これから、ゆっくり、始めてみないかい?」

 王族は雲上の人だ。
 そんな夢のような人に想いを告げられて、ときめかない人間がいるなら教えてほしい。
 くらりとしない強い精神は、エミリオの胸中にはない。

「僕、今まで家のことが最優先だったので、恋愛は初心者です。いいですか?」
「責任感が強くてとても素敵だ」
「しがない子爵家の三男です。いいですか?」
「俺は王位を継ぐつもりはないし、余計な争い事を招くつもりもないから子供もいらない。言い方は悪いが、願ったり叶ったりだ」
「さっきも言いましたが、男です。女性と違って色々と面倒なことも多いと聞きますが、いいですか?」
「その面倒というのは、例えばこういうことかな?」

 第二王子は、ソファの角へと追いやっていたエミリオの痩身を、一息に抱き上げた。
 上半身を覆っていたジュストコールが床に落ちる。

「へ?」
「全然まったく面倒じゃないということを、今夜証明しよう」

 力強い足取りが向かった先は、大きなベッド。
 優しく横たえられる。

「え、殿下?何を……」
「俺の情熱を君に伝えよう。面倒なことなんて何もないよ。ただ、俺に身を委ねていればいい」
「え、ちょっと待って、面倒っていうのはこういうことじゃ……!待っ、キスだってしたことなくて、まだ……!」

 口は災いの元だ。
 開くたびに、己を窮地へと追いやる。

「そうだね。じゃあ、キスをすることから始めよう。キスする場所は唇以外にも沢山あるから……」
「っ、ちが、違う、のに……ぁ、ぅあ……っ」


 十二時の鐘が鳴る。
 夜の蒼を吸い込んだように輝くガラスの靴は今宵、ベッドの下で無造作に転がったままで。




―――――――――――――――




「そう言えば、もしかして服飾部っていうのは……」
「王城の服飾部だね。君が着てたドレスは美しかっただろう?ブルーサファイアが散りばめられていたからね」
「はぁぁぁぁぁ……やんなっちゃう」
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感想 4

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みんなの感想(4件)

Madame gray-01
2025.12.11 Madame gray-01

爆笑〜😆

オススメから飛んで来ました!

これから他の作品にもお邪魔しますね☺️

2025.12.12 卯藤ローレン

アルファポリスにおすすめ機能があることを知りましたー!
ようこそ、いらっしゃってくださいましたー!
お気軽に読んで行っていただけると嬉しいです。ありがとうございます♡

解除
turarin
2025.07.21 turarin

シンデレラでした(笑)
楽しかった

2025.07.22 卯藤ローレン

こちらもお読みくださりありがとうございますー!

解除
jimin
2025.04.14 jimin

申し訳ありません💦准教授でした。。タイトル間違い、本当に申し訳ないです。。無料読み、よいのかしら?は、本当に思ってます!他のペンネームでも小説書いていらっしゃってるのでしょうか⁈そんな妄想もしています😻
お返事、早速なのありがとうございます!
ポリスで初めてコメント書いたので嬉しいです☺️
引き続き、追いかけますので作品、楽しみにしてます。

2025.04.15 卯藤ローレン

タイトル、大丈夫ですー!
逆に長いタイトルつけてしまって、申し訳ないです!

初めてのコメントだったんですね。
有難い栄誉を頂いてしまいました、ありがとうございます。
アカウントはこれ一個だけですので、これからもここでゆっくりと更新していく予定です。

いつもありがとうございます。

解除

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