7 / 14
冥シスイと霧島ヒノ。デートする 後編
しおりを挟む
夕陽が沈み切って、海と空の境目が曖昧になる。
オレンジは紫に溶け、紫は深い青に滲んでいく。
そのグラデーションの中で――私たちは、やっと唇を離した。
とても長い間、お互いを確かめ合った気がする……
その時の霧島ヒノの、ふんわり甘い果物みたいな香り、夢中な表情、瞳の煌めき、唾液、ルビー色の髪の柔らかい質感、指と指の触れ合い、甘い囁き、何に至るまで、
きっと私が彼女を離したくない要素になるのだろう。
これが、愛なのかな?
しばらく、互いの呼吸だけが聞こえる。
顔はまだ、お互いの吐息がかかる位置にあり、瞳の光を交換し合っている。
ヒノが、ふと我に返り小さく笑った。
「……なんか、夢みたい」
「私もそんな感じ」
「結構大胆だったねシスイ」
「そっちもだよ」
「へへっ 結構いっちゃったね。お互い」
「ふふ そだね」
言った途端、ヒノがじわっと照れた顔をして、視線を彷徨わせる。
それが可愛くて、私はつい、意地悪をしたくなる。
「ねえ」
「な、なに」
「口、……光ってるよ」
「えっ」
ヒノが慌てて唇を指で触る。
その瞬間、私は笑ってしまった。
「うそ。冗談」
「ひどい!」
ヒノは頬を膨らませて、私の肩に体を寄せる。
その触れ方が、もう“友達”の距離じゃないのが、やけに現実的で急に恥ずかしくなる。
ヒノは私の反応を見て、にやっとした。
「ねえシスイ」
「……なに」
「もう一回、いい?」
「ダーメ」
「えーなんでなんでなんで?」
「こういうのだけの虜になって、見境無くなるの嫌なんだ」
「だから、大切な時にとびっきりのをする方がいいと思う」
「……うん、わからなくもないけど」
「我慢できないかも」
「我慢しなさいヒノ」
「ちぇっ 仕方ないなー」
「よしよし」
そう言いながら、私はヒノの手を握り直した。
握るだけで、十分すぎるほど幸せだ。
白くて繊細で、その手からは何も悪い物は生まれないとすら思う。
そんな彼女の手をずっと握っていたい……
私たちは並んで歩き出した。
海と砂浜が終わる、街の境界まで――
あの瞬間がまだ少しだけ名残惜しくて、何度も振り返りながら……
ヒノは時々、私の手をぎゅっと握って何かを確かめる。
「なにしてんの」
「確認」
「何の」
「シスイが本当にいるかの確認」
「……ちゃんといるよ」
「よかった」
ヒノはそれだけで満足そうに笑う。
そして私も、胸の奥に穏やかな幸せが現れる。
愛を介して現実を確かめる方法もあるのかもしれないなーとなんとなく考える。
他人にそれを預けるのは少し怖いが、そうできる相手は、もはや他人ではないだろう。
私達はひたすら歩く……
駅へ向かう道は、行きよりずっと短く感じた。
街灯が点き始めて、街が夜に染まっていく。
ヒノが嬉しそうに軽やかに呟く。
「ずっと離さないでね」
その言い方が、冗談みたいで、でも冗談じゃないみたいだった。
私は指先に力を込めた。気持ちが伝われと……
――駅に着く。
ホームの電光掲示板がカチカチと時間を刻んでいる。
電車が来るまでの数分が、妙に浮ついて、落ち着かない。
ヒノは落ち着かない私を見て、いつもの軽い口調で救ってくれる。
「ねえ、友達の証見せて」
「いいよー、これが目に入らぬかー」
私はお揃いでカバンにつけた、あのへんてこマスコットを持っておどけて見せた。
ヒノはそれを見て、ふふっと笑う。
「友達の証ってなんかいいね」
「……うん」
「友達以上の証もよかったよね?」
「……言うな。二人の秘密」
「うん!言わなーい!だから……またしようねシスイ。ちゅっちゅ」
「もう、恥ずかしい!」
電車が来て、扉が開く。
乗り込んで、隣同士座る。
車窓に映る街は、すっかり暗くなり夜を照らす生活の明かりがイルミネーションみたいに輝きだしている。
ヒノは少し私にもたれかかる。私も彼女の手を握る……
「ねぇ、帰ったらメッセージ送っていい?」
「いいよ、お風呂入ってるかもだけど」
「やった!私も先にお風呂とご飯済まそっと」
「でも、今日は早く寝るかも。疲れたから」
私は嘘をついた、今日の余韻をできるだけ忘れないようにベッドで思い出したいのだ。
「えーーー、うん、まぁそだね。私も疲れたし。誰かさんが熱烈な.....」
「そこまで!!!」
「てへ」
私は負ける。
こういう時、私は弱い。
電車は、二駅。
あっという間だった。
こうやって、ずっと肩を寄せ合いたい。ヒノを家に帰したくない……
……って私、すごく好きじゃん。
最初に出会った駅前に戻ると、昼の賑わいは薄れて、夜の帰宅途中の雑踏に変わっていた。
仕事帰りの足早の人と、部活帰りの学生の笑い声が混ざる。
私とヒノはお互いの最寄り駅は知らない。暗黙の了解で私達は詮索し合わない。
だから、ここが出会いの場所で別れの場所だ。
「ねえヒノ」
「ん?」
「今日は……ホントにありが」
その時。
スマホが震えた。
短い振動が二回。
依頼の通知。
私は反射で画面を見てしまう。
ヒノも、私の表情が変わったのを察して、顔を上げた。
「依頼?」
「……うん」
胸の奥が、少しだけ冷える。
“戻る”冷え方だ。
現実へ。
私はメールを開く。
件名:【緊急】限界集落・不審集団出現/住民避難中
本文:
場所:〇〇県△△郡、山間部の限界集落
発生:本日夕方~夜
内容:突然、サーカスのような集団が村のはずれに出現。
人間の様に見えるが明らかに違う、目撃者の証言(顔が“逆さま”、言葉が“普通じゃない”、近づくと寒気など)。
大きな獣もいた(馬ではない、犬でもない、サイズが異常に大きく、ピエロみたいな装飾を施されていた)。
警察は「野生動物」と判断しているが、それではない。
可能なら明日にでも現地確認を。危険度高。単独行動はなるべく控えるように。
依頼主 匿名団体
報酬 成功であれば百万円、失敗でも二十万円
恐らく、私だけ宛てではないな。
やばい案件ぽくて幾人かに送ってるんだろう、文面からそれが読み取れる。
経験上、これはきっと誰も受けない案件だろうが……
文章に違和感も覚えた。こういう依頼の仕方をする類の人達は、一般人じゃない事が多い。特殊な団体とかだ。
私は、画面を見たまま固まる。
ヒノが、静かに言った。
「――サーカス?」
「うん。……ちょっと尋常じゃないやつっぽいね」
「獣もいるって書いてあるね」
「うん、しかもデカくてピエロっぽい獣……。どう考えても、やばい連中じゃん」
脳が、いつもの癖で先に計算を始める。
何時に?交通手段は?敵はどんな?どういう攻撃をしようか?逃げ道は確保しとくべきだ
そんな事が頭に流れる。
そもそも受けない方がいいかな、とても不気味な予感がする。
でも――これは、私の逃げられない縁の出来事だと感じる。
一応、貫いていく覚悟だ。
覚悟を決めると妙に落ち着いてきた。
私はスマホを握り直した。
「……迷ってる?怖いなら無理に行かない方がいいんじゃない?」
ヒノが心配そうに聞いてくる。
私は嬉しくなった。私の危険を知ってくれる人がいる事が嬉しい。
「……怖いね正直。今日が幸せだったから余計にそう感じるのかも」
「うん」
「でも……」
言葉が、勝手に続く。
「私は、これらから逃れられない。そういう縁なんだと思う」
ヒノは、真剣な顔をする。
「じゃあ、行くんだ」
「うん」
私は頷く。
――怖い。
でも、怖いからこそ行く。
行かないと生き延びていけない気がする。
その時、ヒノがさらっと言った。
「わたしも行く」
「ダメ――」
即答で返す。
「危ないからダメ」
「シスイが危ないのも同じでしょ」
「……」
「それに、わたしの能力、知らないでしょ?」
「知らないけど……」
ヒノは小さく笑って、いつもの明るさのまま、芯だけ硬い声を出す。
「わたし、戦えるよ。結構強いんだから」
私はヒノを見る。
この子の誰にも入らせない領域。
そこが今、ほんの少しだけこちらを向いている気がする。
ヒノは戦力になるだろう。間違いなく。
恐らく私より強い。そういう気配がする。
それに加え喫茶店やゲームセンターで話した事を知っているような存在なのだから
間違いなく私が普段相手してる異形とは比較にならない程、格が違うとも思う。
しかし、そんなことどうでもいい……
強いも弱いも関係ない。
ただの一つの存在、私と同じくちっぽけな一つ……
一つしかない大好きな存在――
「……もし、ヒノが傷ついたら……私」
「――その時は、わたしが選んだ結果だよ。シスイ」
「……」
私は息を吐く……
決める――
「分かった」
ヒノがぱっと笑う。
「やった!」
「ただし、絶対自分の逃げ道確保しておいて、やばい時は私を置いてでも逃げて」
「はい、隊長」
「茶化すな」
「ごめんち。嬉しいの」
「じゃあ明日行くけど、ヒノ大丈夫?」
「全然オッケー」
「詳しい事は、家帰ったら連絡するよ」
「待ってる」
「今日はこれでお開きにしよっか?」
「そだね」
「じゃあ、ヒノ。ホントにありがとう。気を付けて帰ってね」
ヒノは駆け足で離れていく。
「大丈夫ー飛んで帰るから―」
「……飛んでって……」
私は、駅前の夜の光を見上げた。
新しい出来事や価値観の連続だったけど、今日は一日が早かった。
――
家に帰る。
部屋はいつもの匂いで、いつもの静けだ
なのに、私だけが違う。
制服を脱ぎかけて、手が止まる。
ベッドに倒れ込んだ瞬間――
「……うわ」
声が漏れた。
枕に顔を埋める。
さっきの夕陽。
ヒノの目。
近い息。
唇の感触。
唾液のリアリティ。
全部が、フラッシュバックみたいに押し寄せてくる。
私は、布団をぎゅっと掴んで、足をばたばたさせた。
「……無理」
胸がうるさい。
恥ずかし過ぎる、幸せ過ぎる、気持ち良すぎるよヒノ。
私は布団の中で、もう一度だけ、こっそり唇に指を当てた。
そして、静かに言った。
「……ヒノ」
名前を言うだけで、胸が高鳴る。
バカみたいだ。
ホント無理。好きすぎる。ヒノ可愛すぎる。
―――
――同じ頃。
別の部屋。
別のベッド。
霧島ヒノも、天井を見ていた。
カーテンの隙間から入る街灯の光が、彼女の淡いピンクの瞳に薄く反射する。
「……やばい」
小さく呟いて、枕を抱きしめる。
シスイの唇、柔らかすぎ。
あの綺麗な指もずるい!あれであんな触り方するなんて。
黄金の瞳で見つめた後、こしょこしょ囁くのもずるい!。
ヒノは、ベッドの上に転がった。
「シスイ……シスイ……シスイーーー!もうっ可愛すぎるじゃない!!何あの子!」
呼んで、恥ずかしくなって、また枕に顔を押し付ける。
「弱いくせに大胆に欲しがるし、儚いくせに輝きで満ちてるし、目も肌も髪も声もタイプ過ぎるのよー!!!」
私は、いつもは軽口で、何でも笑って誤魔化せるのに。
今日は無理だった。
誤魔化せない。
どうでもいいとすら思いかけてたこの世界に、欲しいと言う気持ちが止まらなくなってしまった。
私は胸の奥の“誰にも入らせない領域”に、久しぶりに風が通った気がした……。
守りたい――
一緒に背負いたい――
ヒノは布団をぎゅっと掴んで唸る。
そして、枕に顔を埋めたまま、もう一度だけ悶えた。
「……もう!なんでこんなに好きになっちゃたのよー!!!どうなっても知らない!」
今日だけは何も考えずあの状況を反芻する。
ヒノは、目を閉じシスイの顔を思い浮かべた。
オレンジは紫に溶け、紫は深い青に滲んでいく。
そのグラデーションの中で――私たちは、やっと唇を離した。
とても長い間、お互いを確かめ合った気がする……
その時の霧島ヒノの、ふんわり甘い果物みたいな香り、夢中な表情、瞳の煌めき、唾液、ルビー色の髪の柔らかい質感、指と指の触れ合い、甘い囁き、何に至るまで、
きっと私が彼女を離したくない要素になるのだろう。
これが、愛なのかな?
しばらく、互いの呼吸だけが聞こえる。
顔はまだ、お互いの吐息がかかる位置にあり、瞳の光を交換し合っている。
ヒノが、ふと我に返り小さく笑った。
「……なんか、夢みたい」
「私もそんな感じ」
「結構大胆だったねシスイ」
「そっちもだよ」
「へへっ 結構いっちゃったね。お互い」
「ふふ そだね」
言った途端、ヒノがじわっと照れた顔をして、視線を彷徨わせる。
それが可愛くて、私はつい、意地悪をしたくなる。
「ねえ」
「な、なに」
「口、……光ってるよ」
「えっ」
ヒノが慌てて唇を指で触る。
その瞬間、私は笑ってしまった。
「うそ。冗談」
「ひどい!」
ヒノは頬を膨らませて、私の肩に体を寄せる。
その触れ方が、もう“友達”の距離じゃないのが、やけに現実的で急に恥ずかしくなる。
ヒノは私の反応を見て、にやっとした。
「ねえシスイ」
「……なに」
「もう一回、いい?」
「ダーメ」
「えーなんでなんでなんで?」
「こういうのだけの虜になって、見境無くなるの嫌なんだ」
「だから、大切な時にとびっきりのをする方がいいと思う」
「……うん、わからなくもないけど」
「我慢できないかも」
「我慢しなさいヒノ」
「ちぇっ 仕方ないなー」
「よしよし」
そう言いながら、私はヒノの手を握り直した。
握るだけで、十分すぎるほど幸せだ。
白くて繊細で、その手からは何も悪い物は生まれないとすら思う。
そんな彼女の手をずっと握っていたい……
私たちは並んで歩き出した。
海と砂浜が終わる、街の境界まで――
あの瞬間がまだ少しだけ名残惜しくて、何度も振り返りながら……
ヒノは時々、私の手をぎゅっと握って何かを確かめる。
「なにしてんの」
「確認」
「何の」
「シスイが本当にいるかの確認」
「……ちゃんといるよ」
「よかった」
ヒノはそれだけで満足そうに笑う。
そして私も、胸の奥に穏やかな幸せが現れる。
愛を介して現実を確かめる方法もあるのかもしれないなーとなんとなく考える。
他人にそれを預けるのは少し怖いが、そうできる相手は、もはや他人ではないだろう。
私達はひたすら歩く……
駅へ向かう道は、行きよりずっと短く感じた。
街灯が点き始めて、街が夜に染まっていく。
ヒノが嬉しそうに軽やかに呟く。
「ずっと離さないでね」
その言い方が、冗談みたいで、でも冗談じゃないみたいだった。
私は指先に力を込めた。気持ちが伝われと……
――駅に着く。
ホームの電光掲示板がカチカチと時間を刻んでいる。
電車が来るまでの数分が、妙に浮ついて、落ち着かない。
ヒノは落ち着かない私を見て、いつもの軽い口調で救ってくれる。
「ねえ、友達の証見せて」
「いいよー、これが目に入らぬかー」
私はお揃いでカバンにつけた、あのへんてこマスコットを持っておどけて見せた。
ヒノはそれを見て、ふふっと笑う。
「友達の証ってなんかいいね」
「……うん」
「友達以上の証もよかったよね?」
「……言うな。二人の秘密」
「うん!言わなーい!だから……またしようねシスイ。ちゅっちゅ」
「もう、恥ずかしい!」
電車が来て、扉が開く。
乗り込んで、隣同士座る。
車窓に映る街は、すっかり暗くなり夜を照らす生活の明かりがイルミネーションみたいに輝きだしている。
ヒノは少し私にもたれかかる。私も彼女の手を握る……
「ねぇ、帰ったらメッセージ送っていい?」
「いいよ、お風呂入ってるかもだけど」
「やった!私も先にお風呂とご飯済まそっと」
「でも、今日は早く寝るかも。疲れたから」
私は嘘をついた、今日の余韻をできるだけ忘れないようにベッドで思い出したいのだ。
「えーーー、うん、まぁそだね。私も疲れたし。誰かさんが熱烈な.....」
「そこまで!!!」
「てへ」
私は負ける。
こういう時、私は弱い。
電車は、二駅。
あっという間だった。
こうやって、ずっと肩を寄せ合いたい。ヒノを家に帰したくない……
……って私、すごく好きじゃん。
最初に出会った駅前に戻ると、昼の賑わいは薄れて、夜の帰宅途中の雑踏に変わっていた。
仕事帰りの足早の人と、部活帰りの学生の笑い声が混ざる。
私とヒノはお互いの最寄り駅は知らない。暗黙の了解で私達は詮索し合わない。
だから、ここが出会いの場所で別れの場所だ。
「ねえヒノ」
「ん?」
「今日は……ホントにありが」
その時。
スマホが震えた。
短い振動が二回。
依頼の通知。
私は反射で画面を見てしまう。
ヒノも、私の表情が変わったのを察して、顔を上げた。
「依頼?」
「……うん」
胸の奥が、少しだけ冷える。
“戻る”冷え方だ。
現実へ。
私はメールを開く。
件名:【緊急】限界集落・不審集団出現/住民避難中
本文:
場所:〇〇県△△郡、山間部の限界集落
発生:本日夕方~夜
内容:突然、サーカスのような集団が村のはずれに出現。
人間の様に見えるが明らかに違う、目撃者の証言(顔が“逆さま”、言葉が“普通じゃない”、近づくと寒気など)。
大きな獣もいた(馬ではない、犬でもない、サイズが異常に大きく、ピエロみたいな装飾を施されていた)。
警察は「野生動物」と判断しているが、それではない。
可能なら明日にでも現地確認を。危険度高。単独行動はなるべく控えるように。
依頼主 匿名団体
報酬 成功であれば百万円、失敗でも二十万円
恐らく、私だけ宛てではないな。
やばい案件ぽくて幾人かに送ってるんだろう、文面からそれが読み取れる。
経験上、これはきっと誰も受けない案件だろうが……
文章に違和感も覚えた。こういう依頼の仕方をする類の人達は、一般人じゃない事が多い。特殊な団体とかだ。
私は、画面を見たまま固まる。
ヒノが、静かに言った。
「――サーカス?」
「うん。……ちょっと尋常じゃないやつっぽいね」
「獣もいるって書いてあるね」
「うん、しかもデカくてピエロっぽい獣……。どう考えても、やばい連中じゃん」
脳が、いつもの癖で先に計算を始める。
何時に?交通手段は?敵はどんな?どういう攻撃をしようか?逃げ道は確保しとくべきだ
そんな事が頭に流れる。
そもそも受けない方がいいかな、とても不気味な予感がする。
でも――これは、私の逃げられない縁の出来事だと感じる。
一応、貫いていく覚悟だ。
覚悟を決めると妙に落ち着いてきた。
私はスマホを握り直した。
「……迷ってる?怖いなら無理に行かない方がいいんじゃない?」
ヒノが心配そうに聞いてくる。
私は嬉しくなった。私の危険を知ってくれる人がいる事が嬉しい。
「……怖いね正直。今日が幸せだったから余計にそう感じるのかも」
「うん」
「でも……」
言葉が、勝手に続く。
「私は、これらから逃れられない。そういう縁なんだと思う」
ヒノは、真剣な顔をする。
「じゃあ、行くんだ」
「うん」
私は頷く。
――怖い。
でも、怖いからこそ行く。
行かないと生き延びていけない気がする。
その時、ヒノがさらっと言った。
「わたしも行く」
「ダメ――」
即答で返す。
「危ないからダメ」
「シスイが危ないのも同じでしょ」
「……」
「それに、わたしの能力、知らないでしょ?」
「知らないけど……」
ヒノは小さく笑って、いつもの明るさのまま、芯だけ硬い声を出す。
「わたし、戦えるよ。結構強いんだから」
私はヒノを見る。
この子の誰にも入らせない領域。
そこが今、ほんの少しだけこちらを向いている気がする。
ヒノは戦力になるだろう。間違いなく。
恐らく私より強い。そういう気配がする。
それに加え喫茶店やゲームセンターで話した事を知っているような存在なのだから
間違いなく私が普段相手してる異形とは比較にならない程、格が違うとも思う。
しかし、そんなことどうでもいい……
強いも弱いも関係ない。
ただの一つの存在、私と同じくちっぽけな一つ……
一つしかない大好きな存在――
「……もし、ヒノが傷ついたら……私」
「――その時は、わたしが選んだ結果だよ。シスイ」
「……」
私は息を吐く……
決める――
「分かった」
ヒノがぱっと笑う。
「やった!」
「ただし、絶対自分の逃げ道確保しておいて、やばい時は私を置いてでも逃げて」
「はい、隊長」
「茶化すな」
「ごめんち。嬉しいの」
「じゃあ明日行くけど、ヒノ大丈夫?」
「全然オッケー」
「詳しい事は、家帰ったら連絡するよ」
「待ってる」
「今日はこれでお開きにしよっか?」
「そだね」
「じゃあ、ヒノ。ホントにありがとう。気を付けて帰ってね」
ヒノは駆け足で離れていく。
「大丈夫ー飛んで帰るから―」
「……飛んでって……」
私は、駅前の夜の光を見上げた。
新しい出来事や価値観の連続だったけど、今日は一日が早かった。
――
家に帰る。
部屋はいつもの匂いで、いつもの静けだ
なのに、私だけが違う。
制服を脱ぎかけて、手が止まる。
ベッドに倒れ込んだ瞬間――
「……うわ」
声が漏れた。
枕に顔を埋める。
さっきの夕陽。
ヒノの目。
近い息。
唇の感触。
唾液のリアリティ。
全部が、フラッシュバックみたいに押し寄せてくる。
私は、布団をぎゅっと掴んで、足をばたばたさせた。
「……無理」
胸がうるさい。
恥ずかし過ぎる、幸せ過ぎる、気持ち良すぎるよヒノ。
私は布団の中で、もう一度だけ、こっそり唇に指を当てた。
そして、静かに言った。
「……ヒノ」
名前を言うだけで、胸が高鳴る。
バカみたいだ。
ホント無理。好きすぎる。ヒノ可愛すぎる。
―――
――同じ頃。
別の部屋。
別のベッド。
霧島ヒノも、天井を見ていた。
カーテンの隙間から入る街灯の光が、彼女の淡いピンクの瞳に薄く反射する。
「……やばい」
小さく呟いて、枕を抱きしめる。
シスイの唇、柔らかすぎ。
あの綺麗な指もずるい!あれであんな触り方するなんて。
黄金の瞳で見つめた後、こしょこしょ囁くのもずるい!。
ヒノは、ベッドの上に転がった。
「シスイ……シスイ……シスイーーー!もうっ可愛すぎるじゃない!!何あの子!」
呼んで、恥ずかしくなって、また枕に顔を押し付ける。
「弱いくせに大胆に欲しがるし、儚いくせに輝きで満ちてるし、目も肌も髪も声もタイプ過ぎるのよー!!!」
私は、いつもは軽口で、何でも笑って誤魔化せるのに。
今日は無理だった。
誤魔化せない。
どうでもいいとすら思いかけてたこの世界に、欲しいと言う気持ちが止まらなくなってしまった。
私は胸の奥の“誰にも入らせない領域”に、久しぶりに風が通った気がした……。
守りたい――
一緒に背負いたい――
ヒノは布団をぎゅっと掴んで唸る。
そして、枕に顔を埋めたまま、もう一度だけ悶えた。
「……もう!なんでこんなに好きになっちゃたのよー!!!どうなっても知らない!」
今日だけは何も考えずあの状況を反芻する。
ヒノは、目を閉じシスイの顔を思い浮かべた。
1
あなたにおすすめの小説
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
名もなき春に解ける雪
天継 理恵
恋愛
春。
新しい制服、新しいクラス、新しい友達。
どこにでもいる普通の女子高生・桜井羽澄は、「クラスにちゃんと馴染むこと」を目指して、入学早々、友達作りに奔走していた。
そんな羽澄が、図書室で出会ったのは——
輝く黒髪に、セーラー服の長いスカートをひらりと揺らす、まるで絵画から抜け出したような美しい同級生、白雪 汀。
その綺麗すぎる存在感から浮いている白雪は、言葉遣いも距離感も考え方も特異で、羽澄の知っている“普通”とは何もかもが違っていた。
名前を呼ばれたこと。
目を見て、話を聞いてもらえたこと。
偽らないままの自分を、受け入れてくれたこと——
小さなきっかけのひとつひとつが、羽澄の胸にじわりと積もっていく。
この気持ちは憧れなのか、恋なのか?
迷う羽澄の心は、静かに、けれど確かに、白雪へと傾いていく——
春の光にゆっくりと芽生えていく、少女たちの恋と、成長の物語。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる