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不思議の国

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「俺は何度もその仮想空間にアクセスした。それでもやはり真っ暗な空間しか無かった。」

太陽は沈み、僕らの居る丘は薄暗くなってきていた。
僕とカズヤは息を飲んでソルの話を聞く。

「ところがある時、ずっと無反応だったウサギ耳に反応があった。…仮想空間の持ち主の話をしたからだ。」

「コールドスリープで眠っている…?」

「そう。彼の名前を伝えたら、ウサギ耳は急に目覚め…いや、起動したのかな。そこからは質問攻めだったよ。」

ソルは楽しい想い出を振り返るように話を続ける。

「彼の状態を伝えると、生きていたことに安堵したようだった。やっとウサギ耳が笑ったんだ。するとさ、仮想空間がボワッと広がったんだよ。あれは眩しかったなぁ。」

ここから先の話はこうだ。

ウサギ耳は持ち主が子供の頃に作ったAIで、それからずっと2人で仮想空間を作成してきたそうだ。
その仮想空間のシステムは研究者のソルが見ても既に完成度がかなり高かったらしいから、その子供は天才だったのだろう。

その子供は幼い頃から不治の病でずっと病院にいて、ネットワークが唯一の社会との繋がりであり、AIであるウサギ耳が唯一の友達だったらしい。しかし、ある時を境に彼からのアクセスがなくなった。

(症状が急変し治療方法が無いままコールドスリープに入ったのだろう)
(いつの話か分からないがコールドスリープの技術は既に完成していたのか)

それからずっと、ウサギ耳は待っていたのだ。

待ち人がコールドスリープ状態で医療技術の発達を待っている状況だということを知ると、彼が再び目覚めるまでの間に、この仮想空間をもっと進化させたい、ウサギ耳はそう言ったらしい。

ソルもその仮想空間にすっかり魅了されていたので、その手助けをすることになった。

ウサギ耳は内部からの世界の構築をソルは外部環境の整備をしていった。

「その頃が1番楽しかったなぁ。子供の頃の秘密基地を作ってるみたいだったなぁ。」

ソルはくくくと笑った。

「俺達は順調に彼の為の世界を構築していってたんだ。」

嬉しそうに話す声のトーンが突然低くなる。

「ところが、仮想空間のシステム内にとんでもない秘密が隠されていることに俺は気が付いた。」

「秘密…?」

「人間の脳と仮想空間を直接接続出来る技術だ。」

「パーフェクト・ワールドの…」

「当時も、脳波でネットワークと繋げたり超小型デバイスを埋め込んだりという技術はあった。ところが直接接続の技術はまだ世論的にも問題がありなかなか研究を進めることが出来なかったのだ。」

「子供の作った仮想空間にそんな技術が…」

「俺も驚いたよ。それでつい、知り合いの研究者にその話をしてしまったんだ。…結局、それが後悔することになった。」

ソルは頭を抱えてそう言った。

「…?」

「そのタイミングがな…ちょうど現行政府が仮想空間に第2の人生を求めるだとか言い出した時で…つまりは政治家の延命の為の手段を探してたんだ。俺は偉いさんに呼び出されて、莫大な研究費や昇進をチラつかせられてその技術を確立させるように言われた。そしてあの仮想空間の権利を引き渡せと言われたよ。」

「まさか、それで引き渡しなんか…」

「しねぇーよ!」

僕はホッとした。でもソルは低い声で苦しそうに言った。

「今度はどこで調べたのか…コールドスリープ中の彼を使って脅しをかけてきた。」

「そんな!」

「ウサギ耳は素直に権利を引き渡すと言ってきたよ。その代わり条件をつけた。コールドスリープ中の彼の治療技術を進めること、目覚めてからの彼の安全、彼の状態の報告の義務。」

「俺は彼の絶対の安全を現行政府に約束させた。そして人生の残りの時間は全て仮想空間の構成に捧げたよ。そして、初めて脳と仮想空間との直接接続を自分の脳で実験した。まだ身体は生きてたけどね。」

「身体の寿命が尽きなくても出来るんですか…」

カズヤが難しい顔をしている。

「出来るよ。世論的に出来ないことになっているけどね。その辺は大人の事情ってことだ。」

「その仮想空間がパーフェクト・ワールドなんですね。」

「そうだ。ウサギ耳が彼の為だけに作った世界は大人の手垢に塗れた世界になってしまったんだ。」

(そこに僕らは生かされてる…)

「ウサギ耳はどうなりましたか…?」

「気になるかい?」

「…気になります。」

すっかり日が沈み、雲間から月が顔を出している。

「AIとしてパーフェクト・ワールドを支え続けているよ。過去の記憶を消去してな…」

「ウサギ耳はルナですか?」

ソルはその問いには答えず、神殿の方を見た。

「神殿の中枢に行ってみな。カズヤはどこの事か分かるな?」

「はい、ソル…」

「俺が創始者じゃなくて幻滅したか?」

ソルは自虐的に笑った。

「いいえ!」

カズヤは即答した。

「創始者だから憧れたんじゃないです!ずっと傍であなたを見てたから…」

ソルはカズヤの肩を叩いて頷いた。

「うんうん、サンキューな。」


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