羽根/アダムとイヴの純愛

山本ハイジ

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アダムとイヴの純愛(8)

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 いつ、どこで、どうやって頼もうかしら? ――ペニスを去勢してほしい、と。
 私の手で強引にやってしまうことも一度は考えました。でも、好きな人にそんな酷いことは出来ません。なら、キッチンバサミを渡して合意を得るしかないのです。
 拒まれたら、伊藤くんのことは諦めましょう。……お友達になってゴールかと思えば、まだこんな最難関が残っていたなんて。
「どうしました?」
「あ、い、いえ!」
 私の視線に気づいたらしい伊藤くんが、小首を傾げました。慌てて、視線を伊藤くんの顔に移します。いけない、変に思われてしまいます。
「今日、晴れててよかったですね! 公園、楽しみです」
 ごまかすように話題を振りました。電車の心地よい揺れに身を任せながら、雑談を楽しみます。
 そのうち目的地を告げるアナウンスが聞こえてきて、私と伊藤くんは電車を降りました。閑散とした駅前へ出ると、ここからはバス移動になるらしく、そのままバス停で待ちました。三分ほど遅れて、バスはのろのろとやってきます。
 車内に他の乗客はいませんでした。さほど遠くはなく、すぐにバスは到着します。降りると、通路の左側には柵を隔てて池がありました。カモの親子が水面を緩く波立たせながら泳いでいます。
 柵沿いに進んでいくと、公園の入口であるツタの巻きついた鉄製のアーチが見えてきました。アーチをくぐり、受付でチケットを買って、また少し進めば土と草の匂いがします。
 生い茂っている木立を抜けると、柵に囲まれたポニーたちが草を食べていました。
「可愛い!」
 思わず、はしゃいでしまいます。柵に手をかけて、私たちはポニーを観察しました。栗色の毛を風に遊ばせながら、鼻をひくひくさせています。
 満足するまで眺めてから公園を巡りました。パンジー畑に来て、そろそろお腹も減ったので昼食に売店でカツサンドを買いました。ベンチに腰かけて、紫と黄色と薄紅色のカラフルなパンジーたちの前で食べます。
「……やっぱり、林田さんと一緒にいると落ち着きます」
 カツサンドからはみ出ているレタスをかじっていると、伊藤くんが出し抜けに言いました。
「あ、私も……です」
 私は伊藤くんの言葉にいちいちドキドキさせられてしまいます。伊藤くんはカツサンドを食べながら、俯いて話の続きをしました。もしかして伊藤くんは緊張すると、下を見る癖でもあるのかもしれません。
「あの、林田さん」
「は、はい」
「下の名前で呼んでもいいですか?」
「あ、えっ」
 どぎまぎしつつ、頷きました。
「まゆみさん」
 私の平凡な名前が伊藤くんによって、甘美に響きます。
「はいっ」
「あの、よければ僕のことも名前で……」
「……ゆ、夕司くん」
 ああ、顔が熱いです。二人して俯いてしまうと、黙ってカツサンドを減らしていきました。
 それからベンチを立って公園巡りを再開します。池で鯉に餌をあげている時に、周りが砂利だったものだから、私ったら躓いてしまいました。
「危ない!」
「あっ……」
 途端、伊藤くん……いえ、夕司くんのピアニストのような形のいい手が、私の手を掴みました。
 夕司くんは慌てて手を離して
「すみません」
 と、謝りながら赤面しています。
「いえ……こちらこそ」
 ――楽しい時間は過ぎていくのが早く、花を観賞したり、動物と戯れたりしていたらあっという間に空がオレンジ色になってしまいました。小動物触れ合いコーナーでモルモットを抱いている私を、夕司くんが持ってきていたインスタントカメラで撮ってくれました。
 遊んでいる最中、私は去勢のことを考えないようにしていました。不安を感じたくなかったのです。
 そして空が暗くなってきた頃、去勢の願望は薄くなってきました。
「そろそろ、出ましょうか」
 ベンチで休んでいると飲み物を買いにいってくれた夕司くんが、缶コーヒーを私に差し出しながら言いました。
「そうですね。カフェーに向かいましょう」
 公園で遊んだあとは××駅の東口を出たところにある、私がよく利用するあのカフェーで夕食を取ることにしていたのです。缶コーヒーを受け取ると、夕司くんが隣に腰を下ろしました。
 ちらりと横目で、夕司くんの顔を見ます。……夕司くんは本当に理想的な男性です。私とここまで気が合う人は初めてです。この先、夕司くんのような人と出会うことは二度とないでしょう。
 故に、去勢のことを切り出す気がしなくなってきたのです。夕司くんにもペニスがあるだなんて認めたくない事実ですが、去勢を迫ってこの関係がもしかしたら壊れてしまうことを考えると恐ろしくて仕方ないのです。
 だってあなたを慕う気持ちは、どんどん深まっていくのだもの。
「……どうしました?」
 無意識のうちに夕司くんを凝視していたようです。
「いえ」
 そっとポシェットを撫でます。ああ、葛藤しています。
 それから缶コーヒーをからにすると、私たちは公園を出ました。

 帰りのバスと電車の車内で私たちの口数は少なく、遊びのあとの疲労感がありました。××駅東口に出ると、カフェーへと足を運びます。見慣れた煉瓦風の外観は、今は入口のガラスドアに照明が灯って様変わりしていました。
 中に入ると、いつもの女給さんが接待してくれます。窓際の席につくと、会社員風の下衆たちが酔っ払ってよろけながら歩いているのが窓から見えて、不愉快だったのですぐに向かいの夕司くんに視線を合わせました。
「楽しかったですね、今日は」
 目を細めて微笑む、夕司くんのその優しい表情が大好きです。
「ええ、とても」
 お互いにメニューを手に取って開きながら、笑い合います。公園ではロマンチックな時間を過ごせました。……大丈夫、夕司くんはペニスに狂う訳がありません。もうペニスのことは目をつぶって考えないようにしましょう。
 私はデミグラスソースのかかったオムライスを頼んで、夕司くんは煮込みハンバーグにフランスパンのついたセットを頼みました。ややあって女給さんが料理を運んでくると、私たちは静かに食事をしました。何故か夕司くんが、あまり喋ってくれなかったからです。帰りのバスと電車はいいとして、カフェーなら話題になることは沢山ありそうなのに……少し、気になります。
 もしかしたら夕司くんは、気分でもすぐれないのかもしれません。それは私が原因ではないことを祈りつつ、オムライスを載せたスプーンを黙って口に運び続けました。
 食後に紅茶をいただきます。ああ、名残惜しいけれどそろそろ帰宅の時間かしらと思った時、夕司くんは視線を落としてテーブルを見つめていました。
「あの、まゆみさん」
「はい。……なんでしょう?」
「話があるんです。もしよければ……僕の家にきてくれませんか?」
 ――その言葉を聞いた瞬間、他のどんな感情よりもまず戸惑いを感じてしまいました。
「え? 話って……ここでは駄目なんですか?」
「はい」
 夕司くんの声色は真剣そうです。ただ、顔は下に向けたままでした。
 ……話って何なのでしょう? 気になりますし、まだ夕司くんと別れなくてもいいのは嬉しいです。夕司くんのお部屋も見てみたいです。でも、怖い。
 もちろん夕司くんのことは信じています。信じたい、けれど……ぎゅっとポシェットの肩紐を強く握りました。
 信じさせてください。
「はい。……わかりました」
 勇気を出して、確認してみることにします。
 夕司くんは顔を上げて、ほっと表情を緩めました。
「ありがとうございます」
 私が遠慮しても構わず、夕司くんは代金を支払ってくれました。カフェーから出ると、飲み屋さんの明かりに照らされた通りをとぼとぼ歩きます。駅前に戻って、西口にいきました。
 西口は東口と比べると、ひっそりしています。レンタルDVD屋さんと、ぽつぽつ立っている街灯のぼんやりとした明かり。夕司くんは私の斜め一歩前で黙って歩いています。
 そのうち、私のアパートを通り越しました。暫くすると夕司くんは歩みを止めます。
 傍にはブロックの塀に囲まれたアパートがありました。たいして大きくもない私のアパートより小さくて、壁にはツルが這っていました。
 アパート内の煤けた階段を上り、夕司くんが二〇一と示されたドアを開けます。
 案内されるがまま中に入ります。靴脱ぎにはきちんと革靴が揃えられていました。パンプスを脱いで揃えると、夕司くんもその隣に履いていた革靴を揃えます。
 夕司くんの部屋は狭いながらも、家具は必要最低限で雑然としておらず、隅々まで掃除も行き届いていて清潔でした。敷かれている黒いカーペットは柔らかい素材で、ふかふかしています。
「すみません。ソファーも何もなくて……カーペットの上に座ってください」
「あ、はい」
 夕司くんの言う通りに、その場で正座しました。夕司くんは肩にかけていた鞄をミニテーブルの上に置いて、私の向かいに座りました。
 つい、きょろきょろしてしまいます。
「綺麗な部屋ですね」
「そうですか? どうも……」
 夕司くんは俯いて、また黙ってしまいます。私は夕司くんの言っていた「話」が気になりつつも、急かしたりせずに待っていました。
 暫く、沈黙が続きました。
 夕司くんが意を決したように、口を開けます。
「あ、あの」
「はい?」
「率直に言います。僕はっ……まゆみさんのことが友達としてではなく、好きです」
「へっ!?」
 思わず、奇声を発してしまいました。慌てて口を手で塞ぎます。今すぐ狂喜乱舞でもしそうな気持ちを、必死に抑えました。
 しかし、夕司くんは
「ただ、言わなくてはいけないことがあります」
 と、付け加えはじめました。
「今から僕はとても変なことを言います。大衆には理解が出来ないであろう、メチャクチャな話です」
 興奮しているのか、夕司くんは早口です。私はそれに押されて、黙って話を聞きました。
「まゆみさん。僕の母はとんでもない売女です。まだ僕が子供だった頃、母は平気で僕の目の前で男と性交していました。グロテスクな光景でした! 家にはほぼ毎晩、違う男を連れ込んでいました。ご近所でも噂になって、僕は学校ではイジメの対象です。母の、いえすべての女性のヴァギナが憎いです! ……母は今でも風俗勤めです」
 夕司くんは一旦話を止めて、大きく息を吸い込みました。それから、またすぐに話を再開します。
「そんな僕が逃避できるのは本の世界くらいです。純愛小説はただただ美しい。そこに出てくる清潔で、可憐な乙女たちに焦がれました。そう、別に女性自体が嫌いな訳ではないのです。ただ売女に、ヴァギナに殺意を抱くだけで。そのうち、去勢についても調べるようになりました」
 夕司くんはまた一呼吸、置きました。
「実際、理想の女性に出会えることはありませんでした。少しでも早く家を出たくて、働きはじめても周りは低俗な人間ばっかりです。……そんな中、僕はようやくあなたに出会えたのですよ、まゆみさん。あなたは素晴らしい乙女です。あなたと一緒にいるだけで、幸せな気持ちになれます。ただ、あなたにもあるのですよね? 堕落へと誘ってしまう悪しきヴァギナが。僕、女性はあれに脳をコントロールされているんじゃないのかと思うのです」
「……ゆ、夕司くん」
「まゆみさん、好きです。だから……去勢してくれませんか?」
 目から熱いものが溢れました。
 私は……なんて自分勝手だったのでしょうか。ペニスペニスって、ペニスのことばかり悪く言って、自分の性のことは棚に上げていたのです。
 みつあみだった親友も、あの女子社員たちも街中にいる売女たちも、ヴァギナのせいで堕落したのかもしれません。落ち着いて考えればすぐにわかることです。
 ヴァギナだって、ペニスと同等に汚れているはず。
「……まゆみさん」
「あ、あのっ、夕司くん」
 涙を拭いつつ、私は言いました。
「私も夕司くんのことが好きです。そして私も、夕司くんと同じような思想です。……ですから、私からもお願いしていいですか? 夕司くん、去勢してください」

 私と夕司くんは、まったく同じ苦悩を抱えていたのです。夕司くんも非性愛者だった。どうりで、惹かれ合う訳です。私と夕司くんは両思いだった。
 孤独に頑張ってきた私たちを、神様がようやく巡り合わせてくださったのです。あとは楽園へいく準備をするだけです。
 夕司くんが敷いてくれた布団にタイツと下着を脱いで、仰向けに寝ました。夕司くんが針と糸とハサミと消毒液を用意しています。
 羞恥と、激痛への恐怖はあります。でもこれで完璧に綺麗な存在になれるのなら、堪えてみせます。
「アフリカの一部では女性の性欲を抑える為に、女性器を切り取ることがあるのだそうですよ。……ああ、なんて醜いんだ。美しい君がもったいない」
 夕司くんがハサミを片手に、私の脚の間に座りました。最初、夕司くんは気遣ってくれて「僕が先にまゆみさんの手で去勢されます」と、提案してくれましたが断りました。
 だってヴァギナより、ペニスの方が負担は大きそうですから。終わったあと私を去勢する気力が残っているのかわかりません。――ああ、冷たい金属が肌に触れました。
 これなら、母も安心してくれるでしょう。私たちは永遠に処女と童貞です。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

miya
2020.06.07 miya

まだ終わりではないのですよね?
この続きは痛そうな…(ーー;)
病院に行くって発想が出ないあたりに狂気を感じます

ていうか、男がチ○コに支配されるなら、女性はそっちじゃなく…子宮じゃない?あれ?もしかして…((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

解除

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