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3.キミ、変化してみないかい?
しおりを挟む俺が状態異常から回復し始めてぼーっとして辺りを見回すと、そこは巨大なウロの中の家だった。
苔むした壁と整ったフローリングの床。
高価そうな調度品が揃ってはいるが、生活感はない。
「やあ、起きたかい?」
どうやって俺が状態異常から回復した事に気づいたのだろう?
のそっと鹿の人が部屋へと入って来た。
「モモモモ…」
鹿の人は俺をむんずと掴むと空の大きな桶の中に突っ込み、上からザーッと水を流してきた。
おれは水の冷たさに身体を震わせた後、真上に口を大きく開けて流された水を飲み込む。
このキグルミの身体は不思議な作りになっていて、口の大きさが自由に変えられるのだ。
「モ…」
「ふむ? 受け答えはきちんと出来る?」
「モモモ」
「君の好きな物は?」
「モモモモ、モモモモ、モ!」
「編集? TouTubeとは何だろう? 因みにキミのような土の小精霊が一般的に好むのはね。豊かな土か、鉱物だ」
ブーマンさんは興味深い顔をしている。
「モモモ…」
この身体は土の小精霊だったのか。
俺は自分の腕を見る。
黄色いキグルミの腕だ。
確かに土で出来た出っ張り魔法は出せる、他の魔法は出せそうにない。
俺の属性は土なのか。
「モモモ、モー」
「なるほど、文化が違うので説明は困難か。で、これは本題何だけど、小精霊くんは小精霊としての本能はあるのかな?」
「モモモ!」
「ええ? 小精霊くんではなく、ツチャリック? そうか…やはり名前もあるのか」
名前はあるぞと名乗ると、鹿の人ブーマンさんは、思い悩んだ顔をする。
そして、俺の名前は土谷陸である。
ツチャリックの発音はいただけないが、スルーしておく。
「モモモモ」
「ほう、ツチャリックの頭の中に声が聞こえるのか。それで、頭の中の声は貯めたマナをどうするか言って来たりするかい?」
「モー」
「…一般的な小精霊はマナを貯めると、他の生き物へと変化する。それは魔物だったり、植物だったり、動物だったり、純精霊のままの子もいるね。何になれるかはマナの量で決まるんだ」
「モモモ!」
「そうか。ツチャリックが知らなかったのなら、変化出来ないのも仕方ないね。これまでキミみたいに、マナを貯め続けて、いつまで経っても変化しない小精霊は、極僅かしか居なかったんだよ」
「モモモモ?」
「ボク? ボクは元は動物だったのが、半精霊化して後で大精霊になった例だね」
どうやら小精霊というのは、マナを貯めたら何かしらに変化しなければならないらしい。
まぁ今の俺には、飲食しか使い道ないからなぁ。
変化のやり方もわからないまま、アトラクションで無双する俺のマナは貯まる一方だった訳だ。
「それで、言い難いんだけれど。今ならツチャリックは強力な魔物になれる。けれども、今は下界が混乱している最中でね、ツチャリックに強力な魔物になって暴れられると困るんだ」
なるほど、今だけは強力な魔物に変化されると困る…。
なら時間が経てば強い魔物になってもいいのかな。
でも、俺肝心の変化のやり方わからないんだけれど?
「強力な魔物になられると困るのは、今だけって訳じゃないんだけれどね…。頭の中の声に、何に変化出来るか聞いてごらん?」
「モモ」
俺は鹿の人ブーマンさんの言うとおり、何に変化出来るか、頭の中の人に聞いてみる事にした。
プチベヒモス 30,000
プチアースドラゴン 12,000
プチデスワーム 6,500
プチギガントゴーレム 3,750
・
・
・
ノーム 200
・
・
モグラ7
ネズミ5
保有マナ76,386
「モモモ…」
「えぇ? 7万もあるのかい? ツチャリック…、キミ、どれだけ荒稼ぎしたんだい?」
「モモモ…」
「やることが他に無かったからだって? それにしたって異常だよ」
「モモモ!」
「それは置いておいて変化した後の進路相談をしたい? まぁ良いけれど、ボクそこそこ偉い人なんだどな?」
小精霊から何かに変化した後、きっと睡眠や食事要らずのこのキグルミの体質は変わるんだろう。
知らない世界で生きていける気がちっともしないので、俺は色々教わるためにブーマンさんに土下座して教えを乞うことにした。
◆
「──と、このように小精霊が魔物や獣に変化した場合、普通の魔物や獣とそれほど大きな差はない」
「モ?」
「大きくない差とは主にスキルだ。余ったマナがスキルや力の強さに変換される事によって、ユニーク個体と呼ばれる魔物や獣になる事があるんだ」
「モモモ!」
「スキルは選べるのかだって? それはわからないな。そもそも小精霊は難しい事を考えたりしない物だから、普通は話せないしね」
「モ…」
「その通り。もしかしたら、その膨大なマナは無駄になるかもしれないね。魔物や動物になる場合、ここの地下ダンジョンで生まれ変わる。ダンジョンから出る強さがあれば外に出る事も可能だ。次に精霊種に変化する場合だ。精霊種の殆どはこのままレーベン川の畔の大樹に留まり、仕事を探す事になる」
「モモモ?」
「気に入った雇い主が見つかれば、外の世界についていったりするんだ。まぁ、精霊種の世界は結構過酷だけれど、獣や魔物よりはヒト種に近い生き方になるだろう」
「モモモ!」
「ボクの所で働けないかって? ボクは雇われ側だからねぇ。キミが頑張って生きていつか中精霊になったなら雇って貰えるかもね」
鹿の人ボーマンは、俺に様々な事を教えてくれた。
果たして、獣、魔物、精霊種、俺が選んだ生き方は───
◆
『久しぶり』
「ああ、久しぶり。悪いな、無視しちまって」
おもちゃの国のアトラクションに挑んでいた日々の中で、気づけば俺は頭の中の声を無視出来るようになっていた。
声を聞きたくなければ、頭の中のスイッチを切り替えれば、一切声を聞かなくてすむのだ。
『マナ、たくさん余ってる! なにに使う?』
「スキルの一覧表みたいな物はあるか? あるなら見て決めたい。それと余っているマナはこのまま貯めておけるか知りたい」
『スキルいちらん? すてーたすって声にだしてみて!』
「ああ、なるほど。そんな仕組みもあるのか。ステータス」
俺がステータスと口ずさむと目の前に半透明なウインドが開かれる。
こんなシステムがあるなら始めに教えておいて欲しいもんだ。
『マナは貯めたままでいられるよ!』
「貯めておけるのか…。ユニーク個体になるようなスキルがあるらしいけれど」
土屋陸
種族:???
lv -
HP-
MP-
状態 変化中
スキル
言語理解Lv-
土魔法Lv2
精霊の身体Lv5
取得可能スキル▼
加護 精霊王の寵愛
称号 大食らい 転生者
マナ 76,186▼
…転生者。
俺はいつのまにか、頭の中に同居人のいるこの身体に転生した事になってるらしい。
「…ふうん? 精霊王の寵愛。精霊王に会った事があるのか?」
『ぼく、精霊王のぶんたい!』
「分隊? よくわからないな。兵隊みたいなもんか。オススメスキルはある?」
『けいやくのすきる!』
「契約…? 何の契約をするスキルなんだ?」
『マナのけいやく!』
頭の中の声の話は要領を得ない。
まるで幼い子供と話してるみたいだ。
試しに取得可能スキルの欄に集中してみると、新しくウインドが開かれる。
アクティブスキル
金属魔法 1,000
付与魔法 1,000
格闘技 200
契約 2,000
パッシブスキル
精霊の心 30
「あんまり無いぞ?」
『けいけんとか、いろいろ足らない!』
「ある程度経験しないとスキルは覚えられないのか…」
この格闘技は、おもちゃの国のアトラクションで培った俺無双の結果か。
前の世界の技術は反映されないんだろうか?
中高とやっていた卓球はスキル一覧に載っていない。
勉強も反映されていない。
そして契約。
契約のスキルは何故覚えられるのだろう?
知らない所で何かを契約していた?
しかしマナを2,000も消費するスキルだ。
元の数値が7万あるので一見安く見えるが、ブーマンさんの嫌がる大型の魔物の変化に近い消費量。
これがユニーク個体に繋がるスキルなのだろうか?
「まぁ、格闘技と精霊の心ってのは安いから取っておくか」
スキルが欲しいと念じると、格闘技Lv1と精霊の心Lv1が取得できた。
同時にスキルの知識が頭に流れ込んでくる。
『けいやく! けいやく!』
「いや、契約は高いからまた今度な。そうだ、頭の中の声。お前の名前はなんていうんだ? 俺の名前は土屋陸な」
『ツチャリック! おぼえた! なまえ! なまえ、まだない! ボクになまえ付けるのに、けいやく必要!』
「おい名前の発音…。えぇ…。契約って名前を付けるスキルなのかよこれ…。っていうか名前がないってどういう事だよ」
『なまえ、あるとべんり!』
「お、おう」
じゃあ、まぁ良いかと、俺は契約のスキルを覚える。
「頭の中の声よ、お前の名前はホムンクルス。住み家はフラスコの中じゃないけれどな。略してホムと呼ぼう」
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