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4.豊穣の魔女
しおりを挟むレーベン川の畔の大樹という世界には、小精霊の揺りかごと呼ばれる、精霊種の変化専用の場所がある。
月の最も大きくなるその前後に、小精霊たちは揺りかごで正式な精霊へと変化する。
久しぶりの睡眠から覚めれば、小精霊から精霊へと変わったばかりの精霊種が、群をなして揺りかごの出口に殺到していた。
まだ変化を終えていない精霊種は光の繭に包まれている。
俺は眠気眼をほぐしながら立ち上がる。
ついでに目をほぐしていた自身の手を見る。
手は黄色からクリーム色のより人の手っぽい形へと変化していた。
俺は頭の中の声、ホムに脳内で語りかけるが、ホムはまだ寝ているようだ。
「ステータス」
身体の変化は終わり、Lvは1になり、種族名もついている。
ここからが俺の精霊種としての人生の始まりだ。
変化を終えたからか、得られるスキルは増えているけれど、何を取るかは相談出来る相棒が起きるまで待つことにしようか。
「はい、生まれたばかりの精霊種の皆さん。こちらへどうぞー」
幾人かの若い魔女が変化し終えたばかりの精霊種を別々の場所へと先導していく。
就職か。
この世界の就活は、前世の就活とどう違うんだろうかと思いながら、俺は列を作っている精霊種の同輩の後ろへと並んだ。
もっとも俺は就活前だったので、前世の就活のこともよく解らない。
やがて、俺たちは大きな机の前につれてこられた。
「はい、はい。ここにサインしてくださいね。赤いインクで手形をつけてくれれば良いです」
流れ作業のように、何かが書いてある書類へ手形をつけていく同輩達。
「げっ。あんた大食らいじゃない」
後ろから声をかけられたので振り向く。
燃えるような赤髪で、女の子の顔をした炎の鳥がそこにいた。
「モモモ…」
「しゃべれないのね…。私はフマ。火の鳥の精霊よ。あんた、あんなにマナを食べて、どうしてノームになってるのよ」
俺は下を向く。
変化の際、スキル取得の機会はあったのだが、会話スキルは得られなかったのだ。
それより、この子は俺のキグルミ時代の知りあいだろうか?
姿がノームに変わった俺の事がどうしてわかるのだろう。
「なによ不思議そうな顔をして。なんで私があなたを大食らいだと知ってるのかって事? トラウマよトラウマ。あんたに食べられそこなった同期の精霊は、みんなあんたが誰かわかるんだから」
あのアトラクションは小精霊の共食い状態だったのかと、呆然とする俺。
しかし、共食いもといあのアトラクションをしなければマナは手に入らずに、小精霊は何者にもなれないハズだ。
このフマという火の鳥の精霊も、同胞を食べて精霊へと変化したのだ。
ここは、なんて厳しい世界なんだと俺は思った。
「ほら、あんたの番よ」
列は進んで俺がサインする番になった。
俺は前に出された書類を確認する。
この世界に俺が来てから会話の聞き取りに困った事はない。
それは言語理解というスキルのおかげだろう。
では、それが文字となるとどうなのか?
書けはしないが、読めはするのだ。
なになに?
──乙は、甲に従属する。
乙は、甲の命令を聞かなければならない。
甲に、報酬は発生しない。
本契約の期限は、乙、または甲のどちらかが死ぬか、消滅するまでとする。
本契約を破る場合、乙は魔石になる。
(乙)
(甲)豊穣の魔女ドラスティーン
な、なんじゃこりやぁああ!
働く場所も見ずに報酬もない契約をしろってのか!
しかも契約を破れば魔石になるってなんだ!
つーか、魔石ってなんだ!
「早くサインしなさいよ、大食らい」
俺の隣に立った火の鳥の精霊フマが、契約書を受け取り、録に契約書も読まずに赤インクに手を染める。
「モモー!!!」
「ちょっと!なにするのよ!」
俺はフマから契約書を奪いとって、口の中に入れると、フマの手を引いて列から離れた。
「大食らい?! あんたね、精霊種はどこかで働かないとならないの! 今大変な時なんだから! 名付けの時に聞かなかったの!」
「モモモ…」
フマに怒られ、ひょっとして悪い事をしたのかもしれないと、俺は自信を無くす。
名付けの時に聞くって何を聞いたんだ?
ここは、元の世界とは常識の違う精霊の世界。
仮に契約書の内容が超ヤバくても、働く所はしっかりとしていたかもしれないのだ。
火の鳥の精霊フマに怒られ、俺が反省していると、シュッコ、シュッコっとデキの悪いおもちゃみたいな蒸気機関車が、貨車一台を引っ張って此方へと向かってきた。
サインを終えた精霊達の前で止まる汽車。
運転席から、体躯の大きな老婆がよいしょと降りる。
丁重に老婆を迎え入れる若い魔女達。
「フン…、最近集まりが悪いね」
「すみません、どうやら大量にマナを食べる個体が出たみたいで」
「まぁいいさね。その大食らいもここに居るかもしれないからね。良いかい精霊達!」
老婆はここに集まっている精霊達に怒鳴り声をあげた。
「今からアンタたち魔石になりな! こいつらが順番に回るからその場で抵抗せずに待ってるんだ! 魔導汽車の燃料にするからね! それがアンタ達の仕事だ」
魔石になる?
それが仕事になる?
意味もわからず俺はポカーンとする。
やがて若い魔女達は、契約書にサインをした精霊達のおでこに契約書を張り付けると、怪しげな魔法を唱えて、小さな石に変え始める。
その場は、精霊達のざわめきで大混乱になった。
「黙れぇ!!」
老婆が再び大声で怒鳴る。
その声をきっかけに、契約書にサインした精霊達は一言も発さなくなった。
「な、なによあれ」
フマが凄惨な光景に驚いている。
俺も絶句している。
やがて、音もなく魔女達から背を向け逃げ出す精霊達。
すると、魔女の持っている契約書の束が黒い光を放ち始める。
次の瞬間、ポンッという音と共に、逃げ出そうとしていた精霊は魔石へと変わってしまった。
その光景を見て、逃げることも、騒ぐことも出来ず魔石へと変えられていく同輩達。
「あら、まだ成り立てがいるじゃあないかい」
「ドラスティーン様。あの精霊は契約書が読めるみたいです」
「フン、命拾いしたねぇ。まぁ精霊に生まれたんだ、あいつも直ぐ死ぬだろうさ!」
魔女達が精霊を魔石に変えていくなか、老婆は俺たちに嫌らしく笑いかけた。
魔女達は箒とチリトリを使って、精霊達の成れの果てである魔石を集め始める。
「録な魔石が無いね!」
少し大きめの魔石を広い、老婆はそれを丹念に調べると文句を言った。
やがて集められた魔石の一部は、デキの悪い蒸気機関車の煙突にガラガラと入れられる。
残った魔石は大きな麻袋に詰められると貨車へと載せられる。
「行くよ!」
「「はい!」」
そう言って、老婆と若い魔女たちはデキの悪い蒸気機関車に乗って去っていった。
「な、なによアレ」
「モモモ…」
ボーマンさんのアドバイスによると、魔女との契約は気を付けなくてはならない。
何故なら魔女たちは、生まれたばかりの精霊種の事を家畜のようにしか考えていないからだ。
なので、就職は契約をよく吟味した上で比較的まともな他種族か、上位精霊、もしくはダンジョンマスターを探した方が良いらしい。
豊穣の魔女はその典型例だったようだ。
しかし契約と称して、いきなり俺たち精霊種を燃料に変えてしまうとは、この世界の倫理観は一体どうなっているのだろうか?
「よくわからないけれど助かったわ、大食らい。それでもあんたの所業を忘れた訳じゃないけれどね」
火の鳥の精霊フマがしおらしく話かけてくる。
フマは契約書を読まずに、サインである手形をつけようとするくらいの世間知らずだ。
生まれたばかりの精霊種全員の話なのかもしれないが、俺はフマが録な未来を歩けない事が容易に想像出来た。
「モモモッ!」
しゃあない乗りかかった船だ。
俺は力強くフマについて来いと胸を叩いてジェスチャーする。
「じゃあ、次はどこに行こうかしら。あそこなんて良さそうじゃない?」
フマに俺のジェスチャーは通じず、さっそく新しい就活先を見つけたようだ。
フマは指を指して俺に問いかける。
そこには例によって、列になって中年の魔女の前に並ぶ精霊達がいた。
どうやらフマは何も反省してないようだ。
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