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7.美味しくないお酒
しおりを挟むフマの手を引き、トボトボと歩き続ける。
何故、精霊種の故郷みたいな世界なのに、精霊種の扱いが悪いのか。
何故、精霊種は働かなければ罪悪感に苛まれるのか。
解らないことだらけだ。
確かフマは名付けの時に何かを聞かされたと言っていた。
恐らくこの世界へと転生してきた俺には、最初から名前があったから、名付けは発生しなかった。
だから働かないことによる呪いのような罪悪感は発生しないのだ。
正直、俺自身精霊だけれど、フマやルッツ、ここの精霊たちの悩みは他人事である。
鹿の人ブーマンさんによると、この世界から外へは出られるらしい。
この世界で精霊の待遇が悪いのならば、それこそただ出ていけば良いのだ、外の世界がどうだかは解らないけれど。
そして、出ていくのが俺一人だけならね。
俺はちらとしょげたままのフマを見る。
うーん、フマが安全に働ける所を探すか、精霊たちに生まれる謎の罪悪感をなんとかした後かな。
──ノームになった! ノームになった!
…どうやら相棒のホムも起きたらしい。
相談するなら、ホムかブーマンさんだな。
「(よお、ホム。おはよう)」
──おはようツチヤ? ツチャ? …ツチャカッツォ! おはよう! おはよう!
「(始めの土谷の方が正しかったんだけれど…、まぁ良いか。ホム、MPの最大値を上げていくスキルがあったら取得しておいてくれるか? 今ちょっと手が話せなくてね)」
──かってにマナつかっても良い?
「(スキルに使うなら良い。おっと、デメリットのあるスキルがあるなら、それは止めておいてくれ)」
ステータスを詳しく見てないので、スキルにデメリットのある物があるか解らないが、万が一の保険は必要だろう。
──でめりっとあったら、そうだんする
「(OK。頼んだよホム)」
ホムとやり取りをしている内に、行きつけのBARに着く。
立て付けの良い扉を開けば、小気味良い小さな鐘の音がなった。
「見ない顔だな。精霊? あんたら仕事はどうしたんだい?」
俺はフマを連れていつも座っていたカウンターの椅子に座る。
この身体に変化して身長は何倍も伸びたので、今日はカウンターの上には座らない。
けれども、それでもカウンターにはギリギリに肘をつけられるくらいの高さだ。
俺は意を決してマスターに話しかけた。
「…モモモ」
「ぷっ。ははは! なんだいお前さん、まさか! 大食らいか? また精霊なんか選んじまって」
「モ!」
俺は頷く。
「ツレはなんだ? お前のこれか? しょげちまってるけど? さては何か悪さしたんだろう?」
マスターは小指を立てて得意気になって聞いてくる。
「モ」
俺は首を振って答えた。
「…じゃあ、訳ありかぁ」
なんたって、この世界で仕事をせずにBARに来る精霊だ。
訳あり以外にはいないだろう。
「モ(ステータス)」
俺はステータスを唱えて最大MPを確認する。
フマが何らかのスキルをとってくれたのだろう。
MPの最大値は伸びているが、取ったばかりだからかMPは最大値まで回復していなかった。
俺は全てのMPを小さなマナの玉に変えてマスターに転がし、フマを指指した。
「嬢ちゃんに奢るのかい? …大食らいの代金にしちゃ随分ちっけぇな。これじゃ何にも飲めねぇが、まぁ今まで稼がせて貰ったからサービスしとくぜ。お大尽も精霊に生まれ変わっちまったら只の人ってか。ははは」
「モ!」
一旦変化して固着したマナに、新しいマナが追加出来るか解らないため、MP内でやりくりする。
今の状態で支払えるマナは、かつての俺とは比べ物にならないくらい少なかった。
まぁ、フマが酒に耐性があるかも解らないので、初めては少量で良いだろう。
へなちょこになってるフマを隣に座らせると、マスターがショットグラスに酒を注いでくれたのを出す。
「大食らい、金もないのにここに来たって事は、用があるのはブーマンだろ? ブーマンは仕事じゃないとここへは来ないぞ? 会いたいなら…そうだな、警備部に居るんだがアポなしじゃあな。やっこさんには会えないだろうさ」
ブーマンさんの家なら知っているので、夜になれば多分会える。
俺はマスターに首を振った。
「…そうか。まぁ一つ聞いていけ。精霊種の扱いが何故酷いか。それは精霊種をそう扱うのがこの国の方針だからだ。その原因ってのは俺からは大っぴらには話せねぇ。ともすれば批判になっちまうからな」
「モモ…」
「誰かに聞かれたら困るって事さ」
マスターはウインクしながら人差し指を立てて口にあてた。
おっさんに似合わない仕草だ。
「そういう話をしていいのはもっと立場が上の奴らさ。で、そういう上の奴らってのが集まる危ない話のできる飲み屋というのもある。酒が入れば口はすべっちまうもんだからな」
レーベン川の畔の大樹というこの世界は、ウロの中から大樹の根本までで完結していて、上に行くほど富裕層の街になる。
聞いた話だと、ここ中層からは見えないが、一番上には王宮のような豪華な建物が建っているそうだ。
「…そこに行けば私たち精霊の立場が悪い理由がわかるの?」
フマがぽつりと呟く。
「入れれば、多分な。ただ最低中位精霊くらいにならないと雇って貰えん。そして、そういう所にも入れん。たとえお大尽でもだぞ? 大食らい」
「結局、ウルを貯めるためにどこかで働かなきゃならないのね」
フマは一口に目の前のショットグラスを煽った。
そして、顔をしかめる。
「これがお酒? 全然美味しくないじゃない」
どうやらフマの味覚はお子様らしい。
俺とマスターは肩をすくませた。
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