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8.アナグマ族と俺の夢見
しおりを挟む「さて、働くわよ! 行こう大食らい」
フマが椅子から飛び降りて胸を張る。
それを見て俺とマスターは目線を交わす。
フマをマスターに預けて、ブーマンさんの家に行く予定だったんだけどなぁ。
「嬢ちゃん、元気が出たのは良いがもうすぐ夜だぜ?」
「あら…、そういえばもう夜ね。大食らい。あんた睡眠が必要なの?」
俺はフマの言葉に驚く。
確かにこの身体になって休眠する事が出来るようになった。
睡眠は、唐突に転生して眠れなくなった俺の念願でもあった。
しかし、この身体に本当に睡眠が必要なのかと言われると、その実感はないのだ。
「モモモ?」
「あんたもわからない感じね。実は私もよ! とりあえず眠くなってみるまで働きに行くわ!」
フマ…。睡眠が必要かわからない俺たちはともかく、雇い主になる種族って、みんな夜になると寝ると思うんだ。
働きたくても、仕事場は空いてないんじゃないかな。
そう俺は思うが、結局話す事は出来ない。
「精霊に睡眠が必要かなんてわからないが、この時間からだと下層のアナグマ族くらいしか働かねぇぞ? 連中は日が沈む頃に起きる種族だからな」
「じゃあ仕事を探すならまた下層の仕事ね! アナグマ族ってのを探せば良いのね」
水の精霊ラッツと俺たちが会った仕事場も下層だ。
この世界を支える大樹の根本には、様々な資源を産み出すダンジョンや、大樹自体が産み出すエネルギーに溢れている。
前世で言えばそれは鉱山と呼べば良いのだろうか。
つまり、俺たちは前世に置き換えれば鉱山労働者である。
「下層に行くにはもう道も暗いぞ? 」
マスターが心配してくれる。
「大丈夫。私、火の精霊だから」
フマが身体の火勢を強めれば道は明るく照らし出された。
「モモモ」
一人になって、ホムと相談しながら、スキルやステータスを考えるつもりだったけれど、働きながらでも良いかと、俺はマスターに手を上げてありがとうとお辞儀をする。
「なんだか大食らいも大変だな。頑張れよ」
マスターにカウンターから見送られて、俺はフマに下層へと続く暗い道に連行された。
◆
フマを置き去りにして、レーベン川の畔の大樹という世界を出た俺は、ノームの姿のまま元の世界の大学で授業を受けていた。
何も変わらない友人達に、ああ俺がノームの姿に変わってもこいつらは変わらないんだなと、変な感想を洩らす。
何故、先生や友人達は俺の姿を不思議に思わないんだろう?と思うが、俺はその質問を発する事は無かった。
何故なら、会話スキルを得られなかった俺は喋れないからだ。
俺の隣にはもう一人のノームが居て、机の上で粘土遊びをしている。
こいつは相棒のホムだと直感的にわかった。
授業を終えれば、俺の姿を不思議に思わない友人達と、何故か俺の身体の外にいるホムを交えてカラオケに行く。
マイクを握れば、俺は元の身体に変わり、昔のように歌えるようになった。
そうして、俺たちは元の世界を満喫して、家路へとついたんだ。
俺の家はレーベン川の畔の大樹だ。
外の世界を満喫して帰ってくれば、フマの姿はどこにも無かった。
フマがどこに居るか、俺は水の精霊ラッツの所を訪ねるが、ラッツは椅子になっていて、録に喋れもしなくなっていた。
椅子となったラッツの足下には、フマの変わり果てた魔石が落ちていた。
当然だ。
何も知らないフマをもし何処かへ置き去りにすれば、いずれはこうなると俺は知っていた。
何もしないままにラッツをあの環境に置き去りにすれば、魔女は自由に動くラッツに良からぬ事をすると、俺は知っていた。
それらを受け入れて、俺は外の世界へと出たのだ。
何故なら、精霊である彼らと価値観は俺の価値観には隔たりがあり、彼らからすれば、俺は何の自覚もなく共食いをする化け物だからだ。
俺からすれば、彼らは共食いを辞さない、手間のかかりすぎる友人だからだ。
だから俺は、俺の価値観とは相成れない煩いこちらの世界から、外の世界へと出たのだ。
だから俺は元の世界へと戻ったのだ。
そうして、俺は怒りによって外の大地をまるごと食らう、猪のような、河馬のような大きな獣になって、レーベン川の畔の大樹に…。
俺の意識はそこで覚醒した。
手を頭に当て、頭を振る。
どうやら久しぶりの睡眠だったが、夢見は悪かったようだ。
こんな何も無い所で寝たからかもしれない。
辺りを見回せば、遠く暗闇のなかで仄かに光るフマが石ころを抱えて移動している。
フマの周りには、同じように石ころを抱えて歩くアナグマ族が数人見えた。
「モモモ…」
フマはよく働くなあと、俺は思わず呆れる。
せっかく睡眠が出来るようになったのだから、睡眠が必要であろうとなかろうと、夜になれば眠れば良いのに。
精霊に降りかかった労働の義務感は、そんなに強い物なのだろうか?
今は何時だろうと思い更に辺りを見回すが、真っ暗で時計は見当たらなかった。
というかここに時計があるかどうかも俺は知らない。
時計ならBARにはあったんだけれど。
寝ぼけた頭で、俺はホムに語りかける。
起きてるかい? 相棒。
──からおけ! からおけ!
なんだ、ホムも同じ夢を見ていたのか。
なぁ、相棒。
どうしてレーベン川の畔の大樹という世界で、精霊はこんな扱いを受けなきゃならないんだい?
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