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30.ダメな上司の目
しおりを挟む前世であったのならば、汗を拭わなければならないであろう暑さの中、日本とは植生の違う、奇妙な木が石畳の道の外側に生えている丘を登っていく。
道を外れれば草は茂り、ノームの身体になって縮んだ俺からすれば数倍、普通の人の背丈程もある。
上を見上げれば、時折、鳥が空を飛んでいくのを見かけた。
───よいしょ!よいしょ!
ようやく丘の上につくと、丘の頂上にも石壁があった。
石壁の隙間から中に入ると、石壁はぐるっと丘の頂上を囲むように立てられているようだ。
俺は石壁を見上げる。
「モモ…」
これでは辺りを見渡せないので、スキル精霊の身体を使って、両手を鉤爪状態にし、よいしょよいしょと相棒のホムの声に合わせて石壁を登っていく。
石壁の上に立ち見渡せば、予想通り石壁は丘の上をぐるりと囲むように立てられていた。
俺は石壁の上をのんびり歩き、見下ろしながら、周囲の地形を探る。
丘の下では、照りつける太陽が細く揺れる水面を反射している。
「モモモ(川か)」
───ぜっけい、ぜっけい!
外の世界の景色にホムも喜んでいる。
目を細めて見れば、しっかりと幅のある川が流れている。
ならばと、川の付近に人の生活の跡が見えないかと探すが、人の気配はないようだ。
捨てられた理由は解らないが、相当古い廃墟だな、こりゃ。
そして相当デカイ。
丘の下を見れば谷状になっている方には、民家であったろう石壁がずらりとならんでいる。
近くに人がいなさそうなのは解ったが、出来ればダンジョンの糧になる動物がいるかも見たい。
ハイエナのような動物がダンジョンに入って来たのだから、ハイエナの身体が維持出来る程度の、食物連鎖の下位である草食動物も居るハズだった。
遠くから鳴き声が聞こえるかもしれないと、動物の鳴き声に耳を澄まし、スキル精霊の身体で目を望遠鏡のようにして強化する。
「モモモ…、モ、モモモモ(鳥しかわかんねぇ。でも、居るんだろうな多分)」
───おおきなけはい、かんじない
これだけ暑いと、夜行性、または夕暮れか朝明けに活発的になる種が多いかもしれないな。
しかし暗くなればいざという時、戻れないリスクが高まる。
俺は自分の身体を見た。
アバターとはいえ、価値は高いから破壊されるなと言われているからなぁ。
「モ(少し早いけれど、帰るか)」
ダンジョンのスポットからレーベン川の畔の大樹に戻って来た俺は中層へと向かうべく、ダンジョンコアの置いてある部屋を通る。
やはりこちらの世界の方が涼しく、気温だけでいえば圧倒的に住みやすいだろうなと感じる。
すると、ダンジョンコアの上に鎮座し、遅い朝飯を食べているダンジョンマスターのリッキーと目があった。
今の俺の上司だ。
朝飯は貧相な干し肉1枚だった。
器用に立派なフォークとナイフで食事していやがる。
「大食らい軍曹、来てたんだワン? 丁度いいから土のマナを寄付して欲しいんだワン。土のマナから胡椒をつくるワン。ほんのちょっとで良いワン」
リッキーが話しかけてくるが無視する。
これから行く買い物にMPが必要なためだ。
良いかホム?
うだつの上がらない上司の行き着く先はいつだって孤独だ。
俺たちはああはならない。絶対にのし上がるぞ。
───かなしそうな、めを、してるけど?
「モモモモ、モモ(学生だったから知らんけれど、多分、ダメな上司の目だアレは)」
───ダメなじょうしの、め!
「モモモモ(そうだ、ダメな教授の目もあんな感じだったからな)」
中層へとトコトコと登り、前にモッコを買った子鬼のお婆さんの雑貨屋を通り過ぎる。
俺が買いたいのは、ダンジョンの外の獣達をおびき寄せる物で、前世でも価値ある必需品だった物だ。
それは、陸上生物に必須の栄養素であり、時に労働者の給料として支払われた物だ。
大小の袋の並んでいるリザードマンの店員の店へと入る。
「モモモモ(たのもう)」
───たのもーっ!
成り上がりを賭けたこの買い物、気分は武士である。
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