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王都のドラゴン
しおりを挟む鳥の精霊が来たので、身体に括り付けられた筒を開ける。
恐らくは、モールド伯爵家だけが手に入れた、この世界でもっとも早い伝達方法だ。
前の世界と違って、この世界の手紙は空を使っていない。
前の世界では、空を使った伝達方法の中で、最も原始的で歴史的に活用されて来た物は、鳩の帰巣本能を使った伝達方法だった。
この世界では、何の因果か伝書鳩を利用していないので、必然的に情報の伝達には障害の多い陸路を使う事になる。
だから、情報の伝達スピードは遅いのが普通だ。
精霊便による情報伝達の速さは、モールド伯爵家の特別な強みと言える。
遥かに安価で、間違いなく辿り着く精確さで、そして、遥かに速い。
まさに異次元の伝達方法だ。
「お嬢様、アーロン騎士団長は何と言って来ましたか?」
「…一度、ロッゾに戻って欲しいと要請が来たわ。お父様は、絶賛引きこもり中ね。執務の一部は、お母様が引き受けているけれど、結構な量が滞っているらしいわ」
「旦那様、お労しや…」
「人員を入れ替えるしかないわね。ブランド野菜について、丁度クロエから意見も聞きたかった事だし。あなたが居れば孤児たちをモールド伯爵領に送る際の護衛にも困らないわ」
「私がマリアお嬢様のそばを離れるとなると、後任は入れ替えにルークですか。些か心配かと」
「そう? 身の危険に心配は無いのだから、他のリスクなんてたかが知れた物よ。そういう心配は過保護に感じるわ」
「過保護くらいで丁度良いのです。…マリアお嬢様。極稀に、痛みの一切を感じない子供が産まれる事はご存知でしょうか」
ロッゾの質問に私は一拍置いて答えた。
「もし、そんな子が居たのなら、その子の生活は大変でしょうね。自分の怪我の程度もわからず、あらゆる力加減も解らないまま、自分の怪我や、周りの被害が頻発する。きっとそんな生活になるわね」
「私めのただの杞憂かもしれませんが、…強さを極めた者も、痛みを感じぬ子供と同じ感覚に陥るかと」
私を見る執事のロッゾの目に深い憂慮が浮かぶ。
「モールド伯爵領でも有数の強者であるあなたが、それを言うのかしら?」
からかうように私はロッゾに答える。
「後任のルーク、侍女のユリシーズは共に若輩ですからな。若さ故の過ちは誰にもある物です。歯止めは必要かと」
「…そうね、アドニアは残るけれど、彼女はユリシーズの教育係りだし。なら、モールド伯爵領から書記を1人呼び寄せて。私の主観の入っていない報告をさせるわ。精霊便があるとなれば、離れていても、細かなやりとりは出来るのですから」
「手配しましょう。…お嬢様と王都に来てから、特に問題となる行動となると、闇ギルドの話くらいでしょうか」
「闇ギルドは仕方ないわ。本ばかりの妄想で実態を知らなかったのですもの」
「今は、お嬢様の抑えとなるような人物もおられます。身分は隠しておりますがウォリス様、アロンソ様、商人のパンサ様。相談出来るお相手も居ますので、決してお一人で重要な事をお決めにならぬよう」
「…ウォリス様は最近お姿を見ないけれど、わかったわ。相談する相手は居なくなる訳じゃないものね」
「お嬢様が力を一度自由気ままに奮えば、その力は伝説に聞くドラゴンを超えるでしょう。それを止める騎士がデニムとヴァイスでは心配ですが、どうかご自重ください」
「私はタイマンでドラゴンには勝てるかもしれないけれど、範囲攻撃はないわ。王都を一撃で平らに出来る訳ないじゃない? もし、私が暴れようとしても、デニムもヴァイスも足止めくらいは出来るくらい優秀だから、杞憂よ、杞憂」
「…ふむ。王都とモールド伯爵領どちらが大切かと問われれば、モールド伯爵領になりますからな。もう仕方のない時が来たのかもしれませぬ」
「王都の安全なら私が居る限り大丈夫でしょうに…」
私は遠い目をするロッゾを何とか諭した。
───────
作者です。精霊便のネタバラしを忘れていました。
大量の手紙のやり取りでロムスタ伯爵の行動を誘導した時、本来必要もないのに、というのは精霊便を活用しているからです。
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