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1章
0歳 -火の極日3-
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はぁはぁはぁ……
逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ!!
怖いモノが後ろから追いかけてくる!
「お母さん! どこ!!
お父さん! 助けて!!」
真っ暗な闇の中、幼稚園児ぐらいの姿をした私は必死の形相で何かから逃げていました。転んでは泣きそうになりながらも涙をこらえて立ち上がり、再び走り出すという事を幾度となく繰り返します。
「お祖父ちゃん! お祖母ちゃん!!」
そう叫ぶと不思議な事に私は高校生の私になっていました。行き先も解らずただ闇雲に走っていた私の進行方向に突然ほんのりとではあるものの薄く明かりが灯り、そこに大人が4人が立っているのが見えました。明かりが小さくてちゃんと見えているのは下半身のみでしたが、私はそこに向かって全力で走り出します。なぜならそこにいるのは……
「お父さん! お母さん!!
お祖父ちゃん!! お祖母ちゃーーーん!」
顔も名前も思い出せないけれど、何故かそうだと確信して向かいます。
でも家族まであと少しというところで私の足は止まりました。
それどころかガクガクと震えだし、まともに立っていられない程です。
「そ……んな……」
後は言葉になりません。人の姿はありました。家族だと確信もしています。
でも頭がないのです……。お父さんの頭もお母さんの頭も……ないのです。
愕然として瞬きすらできない私の目の前で、両親や祖父母の身体がぐらりと傾いて倒れたと思ったら、その後ろに火の玉がありました。
火の中にはみんなの頭があり……虚ろな穴となった目がこちらを向いていました。不思議な事に炎の揺らめきで顔は良く見えないのに、自分の家族だと解るのです。
その頭がふわーと近づいてきたと思ったらぐしゃりと潰れ……
「いや……いやっ、 いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」
頭を抱え、今見えている全てを否定したくて首を振り……
それでも否定しきれない目の前の光景に絶叫した私は
「ほぎゃぁぁぁーーーーーーー!!!」
という自分の叫び声で目を覚ましたのでした。
「あらあら、どうしたの。
珍しくご機嫌がななめなのね」
そう言いながら私を抱き上げたのは母上でした。ぎゅっと抱きしめてくれてからポンポンと背中を叩いてあやしてくれます。その温もりと優しい声に少しだけ落ち着きを取り戻しましたが、心臓はまだバクバクと激しく音をたてて暴れています。
「あら……?」
私を抱きしめていてくれた母上が小さく呟くと、首を傾げて私をじっと見てきました。滅多な事で……というより、今まで一度もこんな大声を上げた事が無かったので、母上は不思議に思ったのかもしれません。
<まずは落ち着け。大丈夫だ、アレはここにはいない>
自分の内側から金さんの低く穏やかな声が聞こえてきて、母上の温もりと合わさって、ようやく自分が安全な場所にいるのだと実感できました。
<みんな無事だよね?>
<えぇ、勿論無事ですよ。あぁ、桃太郎は後始末兼調査で不在ですがね>
金さんに次いで浦さんの声も聞けてほっと一安心です。
<桃さんが調査に? 大丈夫なんだよね?>
<安心なさい、あの者はそうそうやられはしませんよ。
まぁ、調査を上手くやれるかという点に於いては多少の不安がありますけどね>
そう揶揄するように言う何時も通りの浦さんに、思わず苦笑してしまいます。
<まぁ、何にせよ話は後だ。ほら、朝食が来たぞ>
そう金さんが言うのと同時に、橡がいつもと同じ真っ黒いお粥を持ってきたのでした。
そわそわと落ち着かない時間を母上や兄上たちと共に過ごし、あっという間にお昼寝の時間です。それとほぼ同時に桃さんも帰ってきました。本来ならばこんな日中には精神世界での会合は行わないのですが、今回は特例で行います。
「桃さん、怪我はない? 大丈夫だった?」
開口一番で彼の無事を尋ねます。昨晩の火の玉との遭遇時、一番多くの火の玉に囲まれていたのは桃さんです。確かに金さんや浦さんよりも戦えるのかもしれませんが、戦闘系技能を持っていないのは桃さんだって同じです。
「鬱陶しいぐらいに数が多かったが、俺様にかかればあんなの如何って事ねぇよ」
そう胸を張って言う桃さんにを素早くチェックしますが、特に普段と変わりがあるようには見えません。どうやら怪我を隠してたりはしていないようです。
「良かった……。
それにしてもアレ、なんだったの??」
「アレか。アレなぁ……。火の妖なのは間違いねぇんだが……」
ぼそぼそと歯切れの悪い桃さんに、浦さんがやっぱりというような視線を向けています。桃さんは細々した事は苦手だもんね、仕方がない。
「アレ……、だとちょっと情報の行き違いがあると嫌だから、
これからはアレをじゃんじゃん火と呼ぶ事にするね?
で、じゃんじゃん火ってこの世界ではどこにでもいるものなの?」
浦さんに「なんですか、その安直な名前」と言われましたが、それに関しての苦情は受け付けません。私が住んでいた地元の妖怪?の名前なんで、えぇ。
「いや、俺様は初めて遭遇したな。
たんなる火の玉の妖ならば何度も見かけた事があるが、
あんな派手な音を鳴らして襲い掛かってくる奴は初めてだ」
火の妖が比較的多いとされているヒノモト出身の桃さんでそんな感じなので、当然ながら金さんや浦さんも出会った事が無いらしく、この山独自の妖なのではという事に落ち着きました。
「あくまでも推測なんだが……。この山、大昔は火の山だったんじゃねーか?
でだ。その頃に山の火によって死んだ人間の恐怖やら何やらが
精霊の力と結びついて妖化した……って感じでさ。
普段見かけねぇのは、火の山でなくなった今となっては火の精霊力が足りなくて
火の極日ぐらいにしか出てくる事ができねーんじゃねぇかと」
「えっ?! 妖って精霊の力から生まれるの?」
イメージとしては精霊の対極にいるような感じなのに、まさかの精霊と同族?
「まったく……桃太郎は言葉が足りぬ。
正確に言えば守護や加護を与える為に使われた精霊力の残滓が元だ。
守護や加護として人の元にあった霊力の大半は再び精霊の元へと戻るのだが、
極少量が澱みと言えば良いのか……、濁りと言えば良いのか……。
ようは汚れすぎて精霊の元へと戻せぬ霊力が僅かながら生じてしまう。
それが妖の元となるのだ」
「つまり汚れてしまって、循環しそこなった精霊力が元って事?」
「簡単に言えばそうなりますね」
なるほどぉ。なら単純な霊力量差を考えたら妖よりも精霊の方が強いんじゃないの?と思って尋ねたら、やはり強いんだそうです。ただ得手・不得手といった相性があったり、三太郎さんたちのように非戦闘技能ばかりだと、戦闘に特化した妖相手だったり物量作戦で来られたりすると厳しいらしく……。じゃんじゃん火はまさにそういった相手だった訳ですね。
「それと報告しなくちゃならねぇ事があるんだが……。
俺様、なんか新しい技能を覚えたみたいだ」
「はっ?? 何を言っているんです?」
「いや、だから、昨晩にかなりの数のじゃんじゃん火だっけ?
あいつらを倒した時に技能を覚えたっぽくてさ。
念の為、今日、もう一度あの辺りを探して倒したらやっぱり技能を覚えた」
「「はぁぁぁぁ?!!」」
普段は滅多に表情を変えない金さんが目を見開き、穏やかな表情変化が多い浦さんが表情を大きく崩して声を上げます。
「え? 何? 新しい技能を覚えるって、そんなに変な事なの?」
これがゲームとかならレベルアップして技能習得とか、イベントこなして技能習得なんてよくある話なんだけど……。
「当たり前だ。我らの技能というのは神が我らに与え給うた役割だ。
その役割をこなす為に必要とされる力が“技能”なのだ。
神代の昔に於いては神によって役目を変えられ、技能を新たに習得するなんて
話もあったようだが、妖を倒して技能を得るなど聞いたことがない」
「といっても、精霊が妖を倒す事自体がまず無いのですけどね」
精霊にとって妖を倒す事は神から与えられた役目ではないので、あえて倒す事はないのだそうです。
「えと、その技能っていうのを聞いても良い?」
「俺様が元々もっていた技能は、お前も知っているように「炭化」だな。
それと、出来なくはねぇーが、まぁ……そこまで得意でもねぇってのが
砂があればできる「硝子化」と、近場の火元を探す「探査(火)」。
そこに加えて、今回新たに覚えたのが二つ。「爆炎」と「着火」だ」
桃さんには申し訳ないけれど、爆炎と聞いた時は使えない!と思ってしまったのですが、着火はかなり日常生活が楽になりそうです。今は竈の中で常に小さく火を熾したままにしなくてはいけなくて、あれは見ていても結構面倒そうなのです。
「……桃太郎、我と共に来い」
何やら思案気だった金さんが桃さんに声をかけると、ヒュンと音を立てて二人が消えました。
「確認に向かったのでしょう。すぐに戻ってきますよ」
浦さんがそうフォローしつつも自分も何か考えているようです。
そして浦さんの言葉通り、すぐに二人が戻ってきて
「例の竹炭を溜め込んでいる洞穴の奥にて試してみたのだが、
確かに着火が使えたな。……これは、どう考えるべきなのか……」
今にも頭を抱え込みそうな金さんに、桃さんはあっけらかんと
「なにを悩む必要があるんだ?
これで俺様はこの先も、自分の意思で新しい技能を手に入れられるって事だろ?
櫻と一緒ならその技能もスゲェ楽しい使い道を見つけてくれそうだし。
むしろワクワクうずうずしてくるぜ!」
桃さんと一緒にいて解った事は、桃さんにとって一番大事なのは自身が楽しめるかどうかで、何より退屈が大嫌いなのです。彼にとって私が持ち込んでくる知識は楽しい事であり、退屈とは無縁に感じるのでしょうね。
「私は桃太郎ほど楽観はできませんが……。
それでも新たな可能性に心が踊るというのは確かに解ります。
この辺りで出会える水の妖……ですか……」
「お願いだからガタロを呼び込むのはやめてね」
何だか怖い事を考えていそうな浦さんに念の為に釘をさしておきます。
「何を当たり前の事を。人に害をなすような事はしませんよ。
人がそれを願うのならば別ですが」
安心する言葉にサラリと怖い言葉を付け足す浦さんに「やめて」ともう一度念押ししておきます。
「まったく……そなたらは……。
だが確かに新たな技能を手に入れることが可能ならば、
この先、様々な面で選択の幅が広がることは確実。
ただどんな弊害があるのか現状は解らぬのだ。
一気に技能を手に入ようとせず、少しずつ様子を見ながらにすべきであろうな」
金さんの言葉に、桃さんは若干不満そうな顔をしたものの基本的には同意らしく、この先少しずつ妖を倒してみようという事が決まったところで、今日のお昼寝時間は終了したのでした。
その後、火の極日の間中、桃さんはじゃんじゃん火を狩り続け……
「爆炎」と「着火」の他にも「発光」と「保温」の技能を習得したのでした。
不思議に思って三太郎さんに確認したのですが、ある程度の力を持った妖は精霊と同じように技能を持っているのだそうです。大抵の場合は妖となる前、澱んでしまう前の精霊力の持ち主の技能と同一のモノを持っているのだとか。例えば桃さんが守護や加護として使った精霊力の一部が澱んでそこから妖が発生した場合、「炭化」の技能を持っている可能性があるって事らしいです。
って事はじゃんじゃん火やその大元の精霊力の持ち主って、ずいぶんと沢山の技能を持っているんだなぁと思ったら、1体が多種の技能を持っていたのではなく、じゃんじゃん火を大量に狩った結果なんだとか。そもそも倒すごとに確実に技能を手に入れられる訳ではなかったらしいので、どれだけ大量のじゃんじゃん火を屠ったのか想像もできません。
これには流石に金さんや浦さんが「一気に習得しすぎだ」と怒ったのだけれど、どれぐらいで弊害が出るのか調べる為だと桃さんは言い張り、最終的に金さんや浦さんも渋々認める形となりました。
逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ!!
怖いモノが後ろから追いかけてくる!
「お母さん! どこ!!
お父さん! 助けて!!」
真っ暗な闇の中、幼稚園児ぐらいの姿をした私は必死の形相で何かから逃げていました。転んでは泣きそうになりながらも涙をこらえて立ち上がり、再び走り出すという事を幾度となく繰り返します。
「お祖父ちゃん! お祖母ちゃん!!」
そう叫ぶと不思議な事に私は高校生の私になっていました。行き先も解らずただ闇雲に走っていた私の進行方向に突然ほんのりとではあるものの薄く明かりが灯り、そこに大人が4人が立っているのが見えました。明かりが小さくてちゃんと見えているのは下半身のみでしたが、私はそこに向かって全力で走り出します。なぜならそこにいるのは……
「お父さん! お母さん!!
お祖父ちゃん!! お祖母ちゃーーーん!」
顔も名前も思い出せないけれど、何故かそうだと確信して向かいます。
でも家族まであと少しというところで私の足は止まりました。
それどころかガクガクと震えだし、まともに立っていられない程です。
「そ……んな……」
後は言葉になりません。人の姿はありました。家族だと確信もしています。
でも頭がないのです……。お父さんの頭もお母さんの頭も……ないのです。
愕然として瞬きすらできない私の目の前で、両親や祖父母の身体がぐらりと傾いて倒れたと思ったら、その後ろに火の玉がありました。
火の中にはみんなの頭があり……虚ろな穴となった目がこちらを向いていました。不思議な事に炎の揺らめきで顔は良く見えないのに、自分の家族だと解るのです。
その頭がふわーと近づいてきたと思ったらぐしゃりと潰れ……
「いや……いやっ、 いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」
頭を抱え、今見えている全てを否定したくて首を振り……
それでも否定しきれない目の前の光景に絶叫した私は
「ほぎゃぁぁぁーーーーーーー!!!」
という自分の叫び声で目を覚ましたのでした。
「あらあら、どうしたの。
珍しくご機嫌がななめなのね」
そう言いながら私を抱き上げたのは母上でした。ぎゅっと抱きしめてくれてからポンポンと背中を叩いてあやしてくれます。その温もりと優しい声に少しだけ落ち着きを取り戻しましたが、心臓はまだバクバクと激しく音をたてて暴れています。
「あら……?」
私を抱きしめていてくれた母上が小さく呟くと、首を傾げて私をじっと見てきました。滅多な事で……というより、今まで一度もこんな大声を上げた事が無かったので、母上は不思議に思ったのかもしれません。
<まずは落ち着け。大丈夫だ、アレはここにはいない>
自分の内側から金さんの低く穏やかな声が聞こえてきて、母上の温もりと合わさって、ようやく自分が安全な場所にいるのだと実感できました。
<みんな無事だよね?>
<えぇ、勿論無事ですよ。あぁ、桃太郎は後始末兼調査で不在ですがね>
金さんに次いで浦さんの声も聞けてほっと一安心です。
<桃さんが調査に? 大丈夫なんだよね?>
<安心なさい、あの者はそうそうやられはしませんよ。
まぁ、調査を上手くやれるかという点に於いては多少の不安がありますけどね>
そう揶揄するように言う何時も通りの浦さんに、思わず苦笑してしまいます。
<まぁ、何にせよ話は後だ。ほら、朝食が来たぞ>
そう金さんが言うのと同時に、橡がいつもと同じ真っ黒いお粥を持ってきたのでした。
そわそわと落ち着かない時間を母上や兄上たちと共に過ごし、あっという間にお昼寝の時間です。それとほぼ同時に桃さんも帰ってきました。本来ならばこんな日中には精神世界での会合は行わないのですが、今回は特例で行います。
「桃さん、怪我はない? 大丈夫だった?」
開口一番で彼の無事を尋ねます。昨晩の火の玉との遭遇時、一番多くの火の玉に囲まれていたのは桃さんです。確かに金さんや浦さんよりも戦えるのかもしれませんが、戦闘系技能を持っていないのは桃さんだって同じです。
「鬱陶しいぐらいに数が多かったが、俺様にかかればあんなの如何って事ねぇよ」
そう胸を張って言う桃さんにを素早くチェックしますが、特に普段と変わりがあるようには見えません。どうやら怪我を隠してたりはしていないようです。
「良かった……。
それにしてもアレ、なんだったの??」
「アレか。アレなぁ……。火の妖なのは間違いねぇんだが……」
ぼそぼそと歯切れの悪い桃さんに、浦さんがやっぱりというような視線を向けています。桃さんは細々した事は苦手だもんね、仕方がない。
「アレ……、だとちょっと情報の行き違いがあると嫌だから、
これからはアレをじゃんじゃん火と呼ぶ事にするね?
で、じゃんじゃん火ってこの世界ではどこにでもいるものなの?」
浦さんに「なんですか、その安直な名前」と言われましたが、それに関しての苦情は受け付けません。私が住んでいた地元の妖怪?の名前なんで、えぇ。
「いや、俺様は初めて遭遇したな。
たんなる火の玉の妖ならば何度も見かけた事があるが、
あんな派手な音を鳴らして襲い掛かってくる奴は初めてだ」
火の妖が比較的多いとされているヒノモト出身の桃さんでそんな感じなので、当然ながら金さんや浦さんも出会った事が無いらしく、この山独自の妖なのではという事に落ち着きました。
「あくまでも推測なんだが……。この山、大昔は火の山だったんじゃねーか?
でだ。その頃に山の火によって死んだ人間の恐怖やら何やらが
精霊の力と結びついて妖化した……って感じでさ。
普段見かけねぇのは、火の山でなくなった今となっては火の精霊力が足りなくて
火の極日ぐらいにしか出てくる事ができねーんじゃねぇかと」
「えっ?! 妖って精霊の力から生まれるの?」
イメージとしては精霊の対極にいるような感じなのに、まさかの精霊と同族?
「まったく……桃太郎は言葉が足りぬ。
正確に言えば守護や加護を与える為に使われた精霊力の残滓が元だ。
守護や加護として人の元にあった霊力の大半は再び精霊の元へと戻るのだが、
極少量が澱みと言えば良いのか……、濁りと言えば良いのか……。
ようは汚れすぎて精霊の元へと戻せぬ霊力が僅かながら生じてしまう。
それが妖の元となるのだ」
「つまり汚れてしまって、循環しそこなった精霊力が元って事?」
「簡単に言えばそうなりますね」
なるほどぉ。なら単純な霊力量差を考えたら妖よりも精霊の方が強いんじゃないの?と思って尋ねたら、やはり強いんだそうです。ただ得手・不得手といった相性があったり、三太郎さんたちのように非戦闘技能ばかりだと、戦闘に特化した妖相手だったり物量作戦で来られたりすると厳しいらしく……。じゃんじゃん火はまさにそういった相手だった訳ですね。
「それと報告しなくちゃならねぇ事があるんだが……。
俺様、なんか新しい技能を覚えたみたいだ」
「はっ?? 何を言っているんです?」
「いや、だから、昨晩にかなりの数のじゃんじゃん火だっけ?
あいつらを倒した時に技能を覚えたっぽくてさ。
念の為、今日、もう一度あの辺りを探して倒したらやっぱり技能を覚えた」
「「はぁぁぁぁ?!!」」
普段は滅多に表情を変えない金さんが目を見開き、穏やかな表情変化が多い浦さんが表情を大きく崩して声を上げます。
「え? 何? 新しい技能を覚えるって、そんなに変な事なの?」
これがゲームとかならレベルアップして技能習得とか、イベントこなして技能習得なんてよくある話なんだけど……。
「当たり前だ。我らの技能というのは神が我らに与え給うた役割だ。
その役割をこなす為に必要とされる力が“技能”なのだ。
神代の昔に於いては神によって役目を変えられ、技能を新たに習得するなんて
話もあったようだが、妖を倒して技能を得るなど聞いたことがない」
「といっても、精霊が妖を倒す事自体がまず無いのですけどね」
精霊にとって妖を倒す事は神から与えられた役目ではないので、あえて倒す事はないのだそうです。
「えと、その技能っていうのを聞いても良い?」
「俺様が元々もっていた技能は、お前も知っているように「炭化」だな。
それと、出来なくはねぇーが、まぁ……そこまで得意でもねぇってのが
砂があればできる「硝子化」と、近場の火元を探す「探査(火)」。
そこに加えて、今回新たに覚えたのが二つ。「爆炎」と「着火」だ」
桃さんには申し訳ないけれど、爆炎と聞いた時は使えない!と思ってしまったのですが、着火はかなり日常生活が楽になりそうです。今は竈の中で常に小さく火を熾したままにしなくてはいけなくて、あれは見ていても結構面倒そうなのです。
「……桃太郎、我と共に来い」
何やら思案気だった金さんが桃さんに声をかけると、ヒュンと音を立てて二人が消えました。
「確認に向かったのでしょう。すぐに戻ってきますよ」
浦さんがそうフォローしつつも自分も何か考えているようです。
そして浦さんの言葉通り、すぐに二人が戻ってきて
「例の竹炭を溜め込んでいる洞穴の奥にて試してみたのだが、
確かに着火が使えたな。……これは、どう考えるべきなのか……」
今にも頭を抱え込みそうな金さんに、桃さんはあっけらかんと
「なにを悩む必要があるんだ?
これで俺様はこの先も、自分の意思で新しい技能を手に入れられるって事だろ?
櫻と一緒ならその技能もスゲェ楽しい使い道を見つけてくれそうだし。
むしろワクワクうずうずしてくるぜ!」
桃さんと一緒にいて解った事は、桃さんにとって一番大事なのは自身が楽しめるかどうかで、何より退屈が大嫌いなのです。彼にとって私が持ち込んでくる知識は楽しい事であり、退屈とは無縁に感じるのでしょうね。
「私は桃太郎ほど楽観はできませんが……。
それでも新たな可能性に心が踊るというのは確かに解ります。
この辺りで出会える水の妖……ですか……」
「お願いだからガタロを呼び込むのはやめてね」
何だか怖い事を考えていそうな浦さんに念の為に釘をさしておきます。
「何を当たり前の事を。人に害をなすような事はしませんよ。
人がそれを願うのならば別ですが」
安心する言葉にサラリと怖い言葉を付け足す浦さんに「やめて」ともう一度念押ししておきます。
「まったく……そなたらは……。
だが確かに新たな技能を手に入れることが可能ならば、
この先、様々な面で選択の幅が広がることは確実。
ただどんな弊害があるのか現状は解らぬのだ。
一気に技能を手に入ようとせず、少しずつ様子を見ながらにすべきであろうな」
金さんの言葉に、桃さんは若干不満そうな顔をしたものの基本的には同意らしく、この先少しずつ妖を倒してみようという事が決まったところで、今日のお昼寝時間は終了したのでした。
その後、火の極日の間中、桃さんはじゃんじゃん火を狩り続け……
「爆炎」と「着火」の他にも「発光」と「保温」の技能を習得したのでした。
不思議に思って三太郎さんに確認したのですが、ある程度の力を持った妖は精霊と同じように技能を持っているのだそうです。大抵の場合は妖となる前、澱んでしまう前の精霊力の持ち主の技能と同一のモノを持っているのだとか。例えば桃さんが守護や加護として使った精霊力の一部が澱んでそこから妖が発生した場合、「炭化」の技能を持っている可能性があるって事らしいです。
って事はじゃんじゃん火やその大元の精霊力の持ち主って、ずいぶんと沢山の技能を持っているんだなぁと思ったら、1体が多種の技能を持っていたのではなく、じゃんじゃん火を大量に狩った結果なんだとか。そもそも倒すごとに確実に技能を手に入れられる訳ではなかったらしいので、どれだけ大量のじゃんじゃん火を屠ったのか想像もできません。
これには流石に金さんや浦さんが「一気に習得しすぎだ」と怒ったのだけれど、どれぐらいで弊害が出るのか調べる為だと桃さんは言い張り、最終的に金さんや浦さんも渋々認める形となりました。
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