未来樹 -Mirage-

詠月初香

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3章

16歳 -火の極日6-

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未来樹という作品を私は一部しかしりません。このという言葉には、母上姫沙羅が主人公だった今から20数年前が舞台の小説版根幹の第一部しか知らないという意味もありますが、それ以外にも無数にある葉生はせいの一部しか知らないという意味も同時に存在しています。

時間軸的には現在進行形であると思われる小説版第二部も導入部分だけは読んでいましたし、ネタバレにならない程度には友人から登場人物の事も聞いていたので、目の前でポカーンとした表情で固まってしまった男性には当然心当たりがありました。

それに緋桐殿下が兄者あにじゃと呼ぶ相手なんて極少数ですしね。
たしか従兄弟にも緋桐殿下より年上の男性が数人いたように記憶していますが、ここ王城であんなに堂々と言い争いながら、そして周囲を平伏させながら歩ける男となればおのずと絞り込まれます。

スッと立ち上がり膝を折って礼をとる兄上の横で、私も同じように立ち上がって礼をとりました。

梯梧でいご第一王子殿下のご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じ奉ります」

兄上凄い、よく噛まずに言えた!!

頭を下げたまま思わず心の中で拍手喝采してしまいます。緋桐殿下と一緒に現れた男性は、王位継承権第一位の梯梧殿下に間違いありません。

「……あ、いや、話しの邪魔をしたようで悪いな。
 だが、その……いや、まさか……横の女児が……」

下げた頭の上から降り注ぐ梯梧殿下の視線が痛いほどに解ります。

兄上様あにうえさま兄様あにさまも少し落ち着いてくださいませ。
 それから槐も櫻も頭を上げて楽になさい」

んん?? 皐月姫殿下は2人のお兄さんを「兄様」「兄上様」と呼び分けているんですね。

「持ち込まれる縁談を断り続けているとは聞いていたが、
 緋桐、お前……まさか……幼女偏愛の気が」

「違いますっっっ!!!
 櫻嬢は幼い頃から病弱だったために身体こそ小さくはありますが、
 皐月と同年齢のれっきとした成人女性ですっ!!」

「いや、だが……」

梯梧殿下は自分の発言を遮ってまで否定した緋桐殿下の言葉をどうしても信じられないようで、訝し気に私を見てきます。

(またかぁ……)

溜息をついてしまいたくなりますが、それをやったら不敬だと怒られること必至です。下手をすれば投獄すらあるかもしれません。なのでヴェールで見えづらいとは思いますが、当たり障りのない微笑みをキープしておきます。

ほんと前世だったら……正確には私が暮らしていた時代の日本なら、この身長155cmはほぼ平均身長、正確には平均身長に一歩及ばない程度で幼女扱いされる程じゃないのに。

それにスリーサイズ体型だってファビュラスな姉妹には及ばないけれど、前世以上に出るところは出てるし、前世なら友人から「けしからん体型」って言われること間違いなしの体型です!

ってか16歳なら十分すぎる体型だからねっ!!
ただこの世界の服は身体のメリハリが外に出づらいから、解らないだけ!!

誰に向かって言い訳しているのか解らないけれど、自分の心の平安の為に断固として宣言しておきます!!




「ところで、どうして2人は顔布を付けたままなのだ?」

どうやら梯梧殿下には緋桐殿下から話しがいっていなかったようで、当然の質問をされてしまいました。王族相手に顔を隠したまま面談なんて、本来であれば絶対にありえないことですから。

「決まっています、櫻嬢の顔を俺以外に見せたくないからです」

間髪入れずに答えた緋桐殿下に、同母兄妹がそっくりの表情で「は?」と返しました。

「お前は何を言っているんだ……」

呆れ切った梯梧殿下の言葉に私まで頷いてしまいそうになります。緋桐殿下なりに私達の顔を晒さなくて済む理由を考えてくれたのでしょうが、よりにもよってという感じです。しかもそれじゃぁ兄上まで顔を隠す理由になっていません。

「と、ともかく! 兄者も皐月も公務が立て込んでいて時間が無いのだろう?
 皐月、彼女たちの持ち込んだ品は満足いったか? いったよな!
 なら彼女たちも小火宴の準備があるから、もう帰すぞ!」

公務が立て込んでいる皐月姫殿下に、更に仕事をぶっこんだ当人が何を言っているんだか。兄上も同じことを思ったようで緋桐殿下を見る目が若干冷たく、当人の皐月姫殿下は本日何回目なのか解らない深い溜息をつきます。

「えぇ、吉野家が持ち込んだ品は全て気に入りました。
 どれもこれも見た事の無いものばかり。
 小火宴では間違いなく一番注目される事でしょう」

「そうだろうとも!」

何故か自分の事のように誇らしげな緋桐殿下が微笑ましくて、つい口元が緩んでしまいます。だけど私が持ち込んだのは軽食と甘味、そして歯磨き粉だけじゃありません。一番のに気付いてもらえるかどうか……。

「ただ、気になる点があります。
 吉野家、これらの品の材料は全て我が国のモノか?」

「お答えさせて頂きます。
 まずこちらの歯を清潔に保つ粉に関しましてはヤマト国王家との取り決めにより
 他国での販売は許可されておりますが、製造は許可されておりません。
 ですのでこちらは現品を私どもが持ち込むという形になっております。

 そして次に軽食や甘味ですが、
 基本的に全てヒノモト国産の材料を使うように致しておりますが、
 なにぶん話しが急な事でしたので揃えられなかった物もあり、
 それらに限り持ち込まさせて頂きまして御座います」

私に参加要請がきている小火宴かえんにしても梯梧殿下が参加する予定の大火宴にしても、商人からすれば王家に認めてもらった商品のお披露目の場となるのですが、王族や華族にとっては物産展のような意味合いの方が強くあります。

ヒノモト国は無の月を除くすべての月で小麦が収穫できるような気候で、二期作・二毛作どころか三期作・三毛作すら普通にあるような地域です。一番重要視されるのは当然ながら火の月に収穫される作物になるのですが、大小火宴で供される軽食や甘味にはその火の陽月に収穫された初物が使用される為、その小麦や砂糖や香辛料の出来を確認するという意味があるのだそうです。

ふと思ったのですが……
それだけ小麦が取れるのに、なんで無の月に死亡者が出てしまうんだろう?

他の国に比べれば無の月に亡くなる人は格段に少ないとは聞いているけれど、
餓死者が出る程に食料に困窮しているようには見えないんだけどなぁ……。



「具体的には小麦や野菜・果物、肉や魚、それに砂糖や香辛料は
 全てヒノモノ国産の物を使用させて頂いております」

「ならば塩は?」

よし、皐月姫殿下が食いついてくれました。その言葉を聞いてから私は荷物の中から小袋と小皿を取り出して、テーブルの上に並べて置きました。

「私どもが今回使用した塩に御座います。お確かめください」

兄上がそう言えば女官が小袋を開けてお皿へと中身を移し、少し湿り気を感じる白いものが小皿の上で山のようになりました。

「こちらの塩は私どもがヒノモト国で作らさせて頂きました」

その言葉に皐月姫殿下の表情がみるみる曇っていきます。不機嫌極まりないと言わんばかりの表情になり

「私を謀るたばかる気かっ!
 先程食した軽食の味は我が国の塩では出せぬ事は明白!」

皐月姫殿下は気性も荒いようですが、それに合わせて言葉も荒く変化するようで、睨みつけるように吐き出された言葉はかなり刺々しいものでした。

ヒノモト国の塩は塩味より苦味が強いので、皐月姫殿下がそう思うのも仕方がありません。ですがこの塩は、本当にこの国で私が海水から作り出したモノです。時間が無かったので三太郎さんに少し手伝ってもらう事にはなりましたが、時間さえあれば誰でも作り出す事が可能です。

「嘘偽りは何も申しておりません。
 紛れもなくヒノモト国の海の水を使い、作り上げた物に御座います」

兄上と皐月姫殿下のやり取りを眉をひそめて聞いていた梯梧殿下が小皿を手に取り、そのまま背後にいた殿下の護衛と思われる男性に差し出しました。するとその男性は少しも躊躇わずに小皿の上の白い山に指をつけてからペロリと指を舐めます。更にはその指を懐から取り出した布にこすりつけ、変化を見ているようです。

「大丈夫です、変化は見られません」

重い空気の中、護衛の人がそう言うと梯梧殿下も指に塩をつけてペロリと舐めました。途端にその表情が固まり、不安になったのか緋桐殿下までもが塩を舐めます。

「これを……我が国の海の水から作っただと?」

先程よりも1トーン低くなった梯梧殿下の声にはこちらを訝しむような、或は責めるような色が滲みます。その言葉に我が意を得たりといった感じの皐月姫殿下は

「そなた達は我が国の塩を知らぬようだ。
 我が国の海の水で作った塩はこのような味にはならぬ!
 王家を謀るとは良い度胸よな!!」

そう言うと手をサッと上げて護衛に合図を送りました。途端に護衛として部屋の隅に控えていた人たちが、私と兄上を捕えようと険しい顔で一気に飛び掛かってきます。

「「櫻!」」

兄上はそう叫ぶと立ち上がり私を背に庇うようにします。そんな兄上とほぼ同時に緋桐殿下も動いていて、私達を捕えようとした護衛達を逆に緋桐殿下が制圧してしまいました。

「皐月! お前は少しは人の話しを聞くという事を覚えろ!」

「ですが兄様あにさま!!」

抑え込んでいる護衛の1人の関節を決めながら妹を叱る緋桐殿下に、皐月姫殿下は当然ながら反発します。1人動かなかった梯梧殿下は大きく息を吐くと

「吉野家と申したな。
 そなた達は我が国の海の水でこの塩を作ったと私に申した。
 その言葉に嘘偽りはないな?」

「御座いません」

兄上は私を背に庇ったまま、しっかりと梯梧殿下の目を見て断言します。何せ兄上も私が塩を作るところを見ているので、その言葉には僅かな揺らぎもありません。

「ならば今一度、私の目の前で作り出す事も可能だな?」

その言葉にチラリと兄上が私を見ました。「どうする?」とその視線が問いかけてきています。殿下たちの目の前で作るとなると、三太郎さんに助けてもらう訳にはいかなくなります。

「可能ではありますが……、今からですか?」

兄上の後から少しだけ顔をだして私がそう梯梧殿下に尋ねれば、少しだけ意外そうな顔をした梯梧殿下がキッパリと

「今すぐにだ」

と簡潔に答えてくれました。これは塩を作るしか選択肢がないパターンですね。何か必要なモノがあるのなら王城側で揃えるとは言ってくれているので、さっさと作ってしまうに限ります。

「解りました」

私はしっかりと顔をあげると、梯梧殿下に向かってそう答えました。少しだけ震えている手を兄上に握られながら。
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