【本編完結済】未来樹 -Mirage-

詠月初香

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3章

16歳 -火の極日8-

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ガタガタと音を立てて進む馬車の揺れ方は数時間前に乗った馬車と変わらないというのに、今は全くと言って良いほどに気分が悪くなりません。あの胃どころか全ての内臓がひっくり返って口から出てきてしまいそうな馬車酔いは、精神的な重圧ストレスが原因だったようです。精神が身体に及ぼす影響って大きいんだなぁなんて事を、改めて思ってしまいます。

「櫻嬢、先程の話だが……。本当に大丈夫なのか?
 火の極日が終わり次第、実際にやってみせると言っていたが……」

晴れ晴れとした表情の私とは対極に、深刻な表情をした緋桐ひぎり殿下が尋ねてきました。緋桐殿下が心配しているのは、火を使わずに水を沸かす事が出来ると私が言い切った事です。この世界の常識としてはありえない事なので、緋桐殿下が心配するのも当然ではあります。

皐月さつき姫殿下は

「そんな奇天烈な事が出来るのならば、今すぐやってみせるが良い!」

と今から見る気満々でしたが、流石に殿下がたも私達もやらなくてはならない事が多くて時間が無く、塩作りに関するアレコレは全て火の極日が終わってからということになりました。同時に私達の作った軽食や甘味は小火宴かえんに供される事も決まり、とりあえずこちらの要求や思惑は叶ったという感じです。


「大丈夫ですよ、心配しないでください」

そう笑顔で答えるものの、本来の予定とはかなり違ってきている事も確かです。なにせの販売はいずれ出来たら良いなぁと思っていた程度で、今回は自分が楽しむ為に持ち込んだに過ぎません。自分が楽しむそのついでに、使用上の注意とか便利な点を確認して帰るつもりでした。

ですが緋桐殿下と再会し、もたらされた情報に叔父上が方針の変更を決めました。今までのように身を潜めて暮らしていても探し出されて襲撃を受けるぐらいなら、いっそのこと簡単に消すことのできないほどの影響力を持ってやるという方向へ。

なのでアレに関しては私の独断ではなく、三太郎さんはもとより叔父上や山吹とも相談済みです。むしろ言い出したのは叔父上だったぐらいです。なのであの時、兄上が驚いたのは火を使わずに水を沸かすという事に対してではなく、今言ってしまって大丈夫なのか?という驚きでした。

なにせアレの販売にはヤマト国の協力が必要不可欠です。技術や生産力がヤマト国に比べるとヒノモト国は今一つなんですよね、残念なことに。

まぁ、ヤマト国が飛び抜けて高いだけな気もしますが……。

なのでヤマト国の茴香ういきょう殿下や蒔蘿じら殿下に話しを通してからの方が良いという事は私も解っていたのですが、今回は急な事情だったので仕方がありません。それに茴香殿下たちにとっても、決して悪い話ではないと確信しています。

「今回は急だった為に見本品しか持ってきていませんし、
 それは持ち帰ってまだ改良する予定なので差し上げることはできませんが、
 見ていただくだけならば幾らでも構いませんし、問題ありませんよ」

見本品は金さんが作った合金の不錆鋼ふせいこう製なので、誰にも譲るわけにはいかないんですよね。ぱっと見は鉄にしか見えないので、見せる分には良いんですが……。

「そうか……。本当にそのような品があるとは驚きだ。
 まさか太陽の光を集めて水を湯に変えられるとは……」

「それどころか煮込み料理だってできますよ」

そう、私がヒノモト国にいずれは売り込むつもりだったのは、太陽光を集めて調理をするソーラークッカーでした。じっくり火を入れるタイプの料理向けで、ヒノモト国の料理に多い高火力でサッと火を通すタイプの料理は不向きです。でも、だからこそ今使われている燃料を売って生計を立てている人の邪魔にはならないので、新規参入しても衝突が少ないはずです。

ソーラークッカーは無の月を除けばヒノモト国以外でも十分使用可能だとは思いますが、年間を通して雨がほとんど降らず、無の月でも汗をかくほどに暑いヒノモト国なら、どの国よりも使い勝手の良い調理器具になるはずです。

ただ必要とされるサイズや形状は、現地で実際に使ってみないとわかりません。例えば形状一つとっても、パラボラアンテナ型やボックス型などなど結構種類がありますし、サイズに至っては簡単に持ち運びできるようなサイズから組み立てに機械が必要になる巨大なサイズまで多様です。塩を大量に作るのだから、サイズは大きい方が良いとは思うのですが、形状に関しては正直どの形が良いのかさっぱりわかりません。

また材質も光を集めることが出来るのなら何でも良いので、コストなどを踏まえて様々な金属で試してみる必要があるかもしれません。私の手持ちには不錆鋼製以外にも桃さんの技能「硝子化」で作った硝子ガラスを板状にして、金さんが片面に銀を技能「鍍金メッキ」で綺麗に薄付けするという手法で作った鏡を使ったボックス型ソーラークッカーも島にはあります。ただ硝子製の鏡は当然ながら割れやすく、長期間の船旅や持ち運びに向かないので持ってきていません。

そもそも金属板を磨いた鏡しかないこの世界に、ガラス製の鏡を持ち込むのは三太郎さんの許可が下りなかったので、ガラス製ソーラークッカーは今後も門外不出の予定です。

そんな訳で私が今回持ち込んだソーラークッカーは、不錆鋼で作られた私でも持ち運びができるサイズのパラボラアンテナ型です。まぁ、持ち運ぶ際には渾身の力が必要ではありますが。ようは金属板でできた傘だから、重量はそれなりにあるんですよ……。

もともとは雨傘を作ってもらった時に思い出して、ついでに作ってもらったのですが、なかなか使う機会が無く……。なにせ桃さん自身や桃さんの技能が籠められた霊石があるので、ソーラークッカーが必要になるようなシーンが無いんですよね。

今回、一年で一番暑い時期のヒノモト国に行く事が決まった時、ふと思い出して持ち込んでいたのが幸いしました。それで海水を沸かし、実際に見てもらえれば信じてもらえるはずです。

(ヤマト国の殿下たちにも連絡を取らないとなぁ)

方針変換を決めた後、叔父上は竹簡を馬早飛脚で蒔蘿殿下に送っているので、今頃は殿下たちも大まかな経緯を知っているはずです。ちなみに茴香殿下と蒔蘿殿下、そして我が家の面々は習い覚えた精霊語(だと思いこんでいる日本語)でやり取りをしているので、第三者に情報をすっぱ抜かれる心配はありません。

個人的にもヤマト国とヒノモト国には仲良くしてほしいんですよね。
例えば甘葛煎あまづらせんをヤマト国の甘味料として売り出すことを認めてほしかったりもしますし。

ヒノモト国が管理生産している砂糖の売上に響くため、外部には出さないほうが良いという判断で甘葛煎は私達が楽しむ分しか作っていませんし、製造法も秘密にしています。でも前世の記憶持ちとして、甘味はもっと万人の身近にあって良いと思うんですよね。もちろん節度は大事ですが、小さな子供からお年寄りまで、あらゆる人が甘味を楽しむ権利がある!と私は思うのです。だから塩と同様に砂糖も、高級路線のヒノモト国産の砂糖と庶民向けの甘葛煎とか、様々な観点で差別化していけば共存できるはずです。

私と同様に、でも私とは違う理由で叔父上もヤマト国とヒノモト国の協力関係を強固にしたいようです。はっきりとした理由を口にはしませんでしたが、両国の繋がりを強固にしてミズホ国への牽制としたいんじゃないかなと推測。私は争い事は嫌いだけれど、それ以上にやられっぱなしも嫌なので、自衛の為ならガンガンいこうぜ!って思ってしまうし、三太郎さんも同様です。だからこそソーラークッカーという、この世界的には非常識なアイテムを外に出す許可が出た訳です。




「まぁ、そちらに関しては本当に大丈夫なので安心してください。
 それよりも緋桐殿下はもう少し皐月姫殿下と対話をなさるべきですよ」

夜店散策中に出会った時は、とにかくインパクトが強すぎて嵐のように過ぎ去った強烈な女性という印象しか残りませんでした。ただ今日お会いして色々と会話をした結果、彼女には彼女なりの言い分や思いがあるのだと言うことを窺い知ることができました。

ヒノモト王家の三兄弟、おそらくですが一番他者の気持ちに敏感なのは梯梧でいご殿下だと思うのですが、逆に鈍感なのは緋桐殿下と皐月姫殿下が甲乙つけがたいレベルで鈍感だと思います。

「いや、話してるぞ?
 むしろ「他人の話をもっと聞け!」って注意するぐらいだ」

「ですが緋桐殿下は放蕩を続ける理由を妹姫殿下には話していないのでしょう?
 だらか皐月姫殿下は「自分がしっかりしなくては」と気を張り続けている……。
 もちろん王族の様々なしがらみや、政治的な事情があることも理解できますが、
 兄から大事なことを知らされない妹姫の気持ちも理解できませんか?」

私がヴェール越しとはいえ緋桐殿下の目を見つめてそう言えば、殿下はウッと言葉に詰まってしまいました。

「色々と緋桐殿下にも事情があるとは思いますが、
 梯梧殿下や皐月姫殿下を信頼しているのならば、話すべきだと思いますよ」

そう緋桐殿下に言いますが、私も同じような事をやっているので強くは言えません。三太郎さんを除く家族には未だ私には前世の記憶があることや、乳児の頃の記憶もしっかりと残っていることを伝えられていませんから。ちなみに二幸彦さんは私の素性が普通では無いという事は察しているようですが、それを母上に伝えてはいません。そこは私が自分で判断することだというスタンスで、静観することを選んでくれました。

「そうすれば私を仮の想い人にする必要もなくなるんじゃないですか?」

「いや、それはまた別の話だ。
 兄者や皐月に事情を話せても華族に話せない以上……
 いや、華族に話したとしてもこの国の慣習的に
 俺こそが王の座にふさわしいと言い出す華族が必ず出てくる」

兄弟でしっかり話し合えば、争うこと無く王位継承ができるなんて簡単な話ではないようです。この国の伝統や慣習からすれば、緋桐殿下こそが王位を継ぐべき存在らしく、それは王家の一存でどうにか出来るようなものでは無いんだとか。

「あと、一度はっきりと言っておくが……。
 確かに仮の想い人を櫻嬢に頼んだが、君だからこそ頼んだんだ。

 他の誰でもなく、俺に道を示してくれた君だから……。

 俺が守りたいと思った女性は後にも先にも君だけだ。
 今日、俺が王城で兄者や皐月に語った言葉に嘘偽りはない。
 君が俺にとって特別で大切だってことは理解して欲しい」

先程の私と同様に、私の目をじっと見て真剣な表情で告げる緋桐殿下ですが、それって私の身体能力が低すぎて目も当てれないからって理由じゃ……?

あと道を示したというのも謎です。私、そんな事をした覚えがありません。

ヒノモト国の女性は男性に守ってもらう必要がないほどに強いと有名なので、そんな国で育った緋桐殿下にとって、私は心配になるレベルの虚弱さだから気になるんだと思います。

そんな緋桐殿下の言葉に反応したのは、私の横に座っていた兄上でした。

「殿下、それ以上はお止めください。
 叔父も仮だからこそ、殿下の想い人役を許可したのです。
 私どもは櫻を華族や王族のもとへ送り出す気はありませんので」

うん、私もありません。あんな言葉遣いの一つ一つ、所作の一つ一つにチェックが入るような環境は息が詰まってしまいます。将来的に就職するのは確定だとしても、お城や華族の豪邸の下女メイドなんて無理すぎて選択肢にすら入りません。




何にしても私が火の極日の最終日の夜、緋桐殿下と一緒に小火宴に行くことは決定事項です。それまでの時間は叔父上たちを手伝って、小火宴に持ち込む軽食や甘味作りを頑張らなくては!!




そう思って、実際に1時間前までは食材と格闘していたのに……
甘味づくりのラストスパートに忙しい極日最終日の昼なのに……




なんで私は王城で皐月姫殿下に抱きしめられているんでしょうか?!
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