未来樹 -Mirage-

詠月初香

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4章

16歳 -無の月5-

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私は本当に転生したの?

一度心に生まれた疑念は透明な水にポトリと落とされた一滴の墨汁のようで、目を逸らせないぐらいに目立つ上に決して消えそうにありません。

(転生……したんだよね?
 だって絶対にこの世界は地球じゃないし、私は赤ちゃんになってたし)

神や精霊がいて、守護や加護を与えてくれるような世界が地球な訳がありません。もちろん精霊が誕生するようなファンタジーな未来が地球に訪れるのなら可能性はゼロではありませんが、少なくとも歴史として習う過去において、地球に精霊がいたなんて事を習った覚えがありません。それに私がハイハイどころか、寝返りすらうてない乳児になっていた事も間違いなく事実です。

でも……

(なら、どうして私だけこんなに身体能力が低いの?
 どうして私にだけ蒙古斑があったの??)

身体が弱いと言われている母上と比べても圧倒的に私のほうが虚弱で、本当にこの世界の理の元で生まれた存在なのかという疑問がどうしても消えてくれません。そんな私のフィジカルの弱さは、有史以来誰も持った事が無い三属性の守護を持っている所為じゃないかと皆は思っていますし、私もそう思ってきました。

でも……

私の食事量や体力、身体のサイズや能力といったフィジカル的な事の全ては、前世の日本人なら標準の範囲ですし、物によっては良いぐらいの数値です。

それに何より蒙古斑。乳児のお尻を見る機会が全く無くて気づきませんでしたが、今にして思えば幼少時の兄上のお尻にはなかったような気もします。相手が兄上とはいえ、他人のお尻をじっと見るような事はしなかったのでうろ覚えですが……。だとしたら私のお尻にあった蒙古斑はいったいなんだったのか……。

転生した直後、自分が死の直前に見るという走馬灯を見ているんじゃないかと思ったことがありましたが、この約17年にも渡る長い年月が全て泡沫の夢だったんじゃないかと思うと、足元から崩れ落ちてしまいそうになります。




「櫻、急に黙ってどうしたのです?
 顔色が悪いですが、体調でも悪いのですか??」

そっと私の肩に手を乗せ、顔を覗き込んでくる心配そうな浦さんの顔に、ようやく意識が現実へと戻ってきました。

「だ、いじょうぶ。何でもないよ」

何でもないと言ったものの、自分でも嘘くさいなとは思います。でもここで「私って本当に転生したの?」と聞いた所で、異世界の存在すら知らなかった三太郎さんから答えが返ってくるとは思えません。だったら今、私が考えなくてはいけないことは、不確かな出生の謎ではなく明確な目の前の問題です。

「やっぱり少し疲れていたのかも。でも大丈夫!
 今日は朝からしっかりご飯を食べるようにするよ」

朝食は少なめ+あっさり派の私ですが、今日はしっかりと食べるよと伝えて朝食の準備に向かう事にします。ところがその足に圧迫感があり、下を見てみたら青藍がしがみついていました。

「青藍、どうしたの?」

「しゃーら、しゃーら、う~~、あ~~~」

語彙が少ない青藍なりに何かを伝えようとしているようで、私の名前を呼んでから言葉にならない声をあげ続けます。ただその涙で潤んだ目や、小さな手で必死に私を掴んでいるその様子から、青藍が私を心配しているのだと解ります。

「大丈夫、大丈夫だから」

青藍に少しでも安心してほしくて、しゃがんで床に膝をついて目を合わせてから、そっと抱きしめて背中をトントンと撫でました。すると青藍も私の背中に小さい手を回して……といってもかろうじて背中に届くといった感じなのだけど……トントンと真似てきます。そして

「らいじょーぶ、らいじょーぶ」

とニコリと笑います。うん、小さい頃の兄上とはまた違った可愛さ。

「思っていたよりも櫻の身体に負担がかかっているようですね。
 今日は探索を1日休んで、櫻を休ませてはどうでしょう?」

龍さんに向かって浦さんが私の休息を提案していますが、1日でも早い叔父上の復活を目指す私にとって自分の疲労なんて二の次ですし、そもそも先ほどのアレは自分の出生の謎に気を取られていただけで疲労によるものではありません。

確かに「疲れているか?」と聞かれたら「疲れている」と即答するレベルで疲れてはいますが、この世界に来てから大変じゃなかった事のほうが少ないくらいです。その時に比べれば……。何より叔父上を失ってしまったと思った時の絶望と比べれば、疲労ぐらいなんてことありません。

「本当に私は大丈夫! それに念の為今日の畑仕事は控えめにしておくし。
 だから浦さんも龍さんも予定通りに探索に行ってくれると嬉しいな」

「しょうがねぇなぁ。今日は俺様が畑仕事をやってやるよ。
 あっ、土いじりは苦手だから期待はするなよ!」

三太郎さんに私の嘘は通じません。
それは正しい答えを知っているという訳ではなく、何か言葉を濁した、或いは何かを隠しているなという事が三太郎さんには直ぐにバレてしまうからです。長年一緒にいるのも、そういう意味では良し悪しです。なので「何でもない」を押し通す私を追求しないのは、紛れもなく彼らの優しさです。

そんな桃さんの心遣いにありがとうと伝えるのですが、同時に腕の中にいる青藍の身体が強張るのが解りました。相変わらず桃さんの事を敵認定しているようで、これが自分の出生の謎よりも優先順位の高い問題の筆頭です。

とりあえず桃さんへの警戒を全身で表してる青藍を落ち着ける為に、もう一度優しく抱きしめます。そうすると少しだけ青藍の身体から力が抜けるのが解りました。こうやって抱きしめ合うのって、お互いが信頼していなければ出来ません。少なくとも私はそうです。

ならば、まずは青藍を抱きしめたまま、

「青藍、好き。大切」

と伝えてます。それから

<浦さん、ちょっとお願いが……>

と心話を送ってから立ち上がり、浦さんをギュッと抱きしめました。そうしてから浦さんの背中をポンポンと撫でて

「浦さん、好き。大切」

と言ってみます。青藍は食事の時に「好き」「嫌い」という単語を覚えたので、新しく「大切」という言葉を足してもおおよその意味は解ってくれるはずです。

<浦さん、ごめん。私にも同じことをやり返して>

「櫻、貴女のことが好きですよ。大切です」

浦さんはそう言うと、私をそっと抱きしめて背中をポンポンとしてくれました。ただその直後、浦さんから心話が届きます。

<言っておいてなんですが……。貴女のやりたい事を今理解しましたが、
 私は貴女に向けた言葉と同じ言葉をあの子供には返せませんよ?>

あっ、そうでした……。

青藍の事を嫌っている訳じゃないのだから、嘘はついていないって事で通してくれないかなぁと思わなくはないのですが、嫌いじゃないと好きはイコールではないという浦さんの言葉も解ります。

その後も高速で心話で打ち合わせし、最終的に青藍にこの船にいる人は全員安心して良いのだと思ってもらえるような言葉をお願いします!と丸投げしました。抱きしめあうだけでも敵じゃないと解ってもらえると思うのですが、やはり言葉にするのも大事だと思うので。

浦さんは仕方ないとばかりに青藍の死角でこっそりため息をつくと、屈んで青藍に向かって手を差し出しました。それを見た青藍は、パァーと顔を輝かせたかと思うと浦さんへ駆け寄り

「うあしゃ! 好き! たーせつ!!」

と笑顔で飛びつきます。三太郎さんの中で一番華奢な浦さんですが、流石に4~5歳児が飛び込んできたぐらいでふらつくような事はなく、青藍の身体を難なく受け止めると腕を背中にまわしてポンポンと撫でます。

抱きしめられた青藍は嬉しそうにキラキラした目で浦さんを見上げ、ワクワクといった感じで告げられる言葉を待っています。そんな青藍の様子に浦さんは

「青藍、貴方も大切ですよ」

と告げてくれました。

<この世界を形作る数多の命の一つですからね>

と説明が心話で届きましたが、青藍が浮かべた満面の笑みを見ればその言葉が持つ価値は計り知れません。

後は同じことの繰り返しです。

青藍の警戒度は最大値の桃さんがいて、その下に金さん、龍さんと続きます。逆に最低値は浦さんで、私はその少しだけ上に位置しています。なのでその順番を逆にさかのぼっていって、青藍に此処にいる人は安全だと解ってもらえたら……。

ただいきなり次が問題で、龍さんは三太郎さんと比べて付き合いが短く。
悪い人……じゃなくて、悪い精霊だとは思わないのですが、どうにも腹に一物ある感じがするんですよね。三太郎さんと比べてしまうのが駄目なんでしょうが、絶対的な信頼感はまだありません。

それでもやるしか無いのです。女は度胸!

「龍さん、(たぶん)好きだし大切です」

「あぁ、わしもおぬしの事が好きじゃし、大切じゃぞ」

私の中にある僅かな躊躇いを心話で伝えてはいないのですが、微妙な間から察した龍さんは忍び笑いをしつつ私を抱きしめてくれます。龍さんは精霊なので彼の発言に嘘は無く、龍さんが私を大切だと思ってくれている事は間違いありません。

そんな私を大切に思ってくれている龍さんの態度に若干イラッとしてしまうのは、おそらく男性に抱きつくのが恥ずかしいと思ってしまう私に対し、それを揶揄うような雰囲気が龍さんにあるせいだと思います。龍さんの外見年齢は叔父上と同じぐらいなのですが、成人男性に抱きつくのは年齢問わず恥ずかしくて当然です。

そんな龍さんですが、私がやりたい事はちゃんと察してくれているようで、私を開放すると同時に床に片膝をつくようにして屈みました。そして両手を広げると

「さぁ、坊主! 来い!」

と青藍に突撃して来るように促します。ところが青藍からすれば龍さんは警戒対象その3なので、来いと言われても簡単には動けません。ただ「来い」という言葉の意味は解っているようで、どうしよう?とこれ以上は無いほどに困惑した表情で私と浦さんの顔を何度も確認します。

一歩踏み出す事さえできれば後はどうにかなると思うのですが、その最初の一歩を踏み出すには勇気が必要です。良く解ります。だから青藍の所まで戻ると手をつなぎ、一緒に龍さんのところへと移動しました。そうして青藍と一緒に龍さんの広げた腕の中へドーンと飛び込みます。青藍が痛くないように力加減はしていますが、龍さんと私で青藍をサンドイッチにしているような状態です。

「坊主のことも大切じゃぞ?」

龍さんは私ごと青藍を抱きしめてから、青藍のつるつるの頭をワシワシと撫でました。青藍は腕が自分に向かって伸ばされた瞬間こそビクッと首をすくめたものの、龍さんの笑顔や私がまったく警戒していない様子を見て、少しずつ緊張を解いていきました。

元々、龍さんの事は警戒はしていましたが唸り声を上げる程ではなかったので、ここまでは比較的簡単でした。問題はこれからです。浦さんや龍さんの時と同様に、まずは私が手本を見せるように金さんに抱きついてから

「金さんの事、好きだし大切です」

と伝えます。改めて思いますが、こうやって三太郎さんと抱きしめ合うのは何年ぶりか思い出せないぐらいに久しぶりです。前世の日本と同様に、この世界もハグで挨拶する文化は無いので当然といえば当然です。でも、こうやって体温を感じるのは恥ずかしくもありますが、同時にとても心が落ち着きます。相手が三太郎さんだからでしょうが、絶対的な安心感があるんですよね。

「あぁ、我もそなたを大切に思っておる」

三太郎さんの中でも一番大きな身体を持つ金さんが相手だと、腕の中に私が二人は収まってしまうんじゃないかと思うぐらいに体格差があります。その体格差が青藍にとっては恐怖のようで、龍さんの時と同様に手を引いてあげるのですが、足を踏ん張ってしまって歩いてくれません。仕方なく青藍を抱き上げてから金さんの元へと向かい、

「青藍、金さんも仲間なんだよ」

と龍さんの時以上に慎重に、そっと触れるようにして金さんとくっついてみます。途端に青藍は私にぎゅっと縋るようにしがみつき、その力の強さは痛いほどです。でも無理に私から引き剥がしては逆効果になりかねないので、金さんと青藍が微かに触れるような距離感をキープして寄り添います。

「そなたの事も大切に思うておる」

色々と思う所はあるが……と小声で付け足す金さんですが、青藍の頭を撫でる手は青藍が怖がらないようにそっと慎重に乗せられていて、金さんなりの優しさにあふれています。撫でられている青藍も最初は全身ガチガチで小さく震えていたのですが、龍さんの時程ではないにしても、少しずつ落ち着いて撫でられるようになりました。




「この流れからすると、次は俺様だよなぁ……」

珍しく苦り切った声で桃さんがぼやきます。当人が明言している訳ではないので絶対ではありませんが、今まで一緒に暮らしてきた私から見ると桃さんはかなり子供好きです。口では仕方ないと言いつつも、幼かった兄上や私と一緒に遊んでくれましたし、普段から気遣ってくれます。だからこそ小さな子供に此処まで怖がられるとどうしたら良いのか解らなくなるらしく、桃さんも青藍には近づかないように気をつけているようです。

ちなみに気遣いの精霊といえば浦さんですが、浦さんは意識して気遣ってくれているのに対し、桃さんは意識しないでする行動が気遣いになる天然気遣い精霊です。

「あーーー、櫻、後ろからこい」

ガシガシッと自分の頭をかいた桃さんは、くるりと私に背を向けるとドカリと座りました。正面から向かうのでは青藍が怖がると思ったようで、背中を向けたうえに両手で顔を覆って隠す念の入れようです。

私は青藍を抱っこして桃さんの元へ向かうと、青藍を脇に下ろしてからそっと桃さんの背中へと抱きついて、

「桃さんも好きだよ、大切!」

そう言うと同時に心話でも<いつもありがとう>と伝えます。後ろから抱きついているので桃さんからのお返しはなく、なんだかソレが少し寂しくて……。

(抱きしめられたら恥ずかしいくせに、されないと寂しいって……)

自分の中の矛盾に思わず苦笑してしまいそうになりますが、今、そんな表情をしたら青藍を不安がらせてしまうので、表情はしっかり笑顔をキープしておきます。

「青藍、おいで」

そう手を伸ばしても青藍はわずかに動くことすらしません。それどころかやっと私の手を掴んでくれたと思ったら、逆に私を引っ張って桃さんから遠ざけようとする始末です。

マガツ大陸の探索を一旦終えた金さんの報告によると、マガツ大陸では今もなお精霊力の衝突が頻繁に起こっているらしく……。しかも神代において第三世代の精霊は人間に対しても精霊力を行使していたそうで、流石に自分の陣営の人間に使うことはなかったものの、敵陣営の人間には容赦がなかったのだとか。だからこそ青藍は浦さん以外の精霊を警戒するのでしょう。

「青藍、大丈夫だから」

そう言って抱きしめてあげても、桃さんへの警戒を通り越した敵意は簡単には消えません。

(やっぱり一朝一夕では無理だよね……)

青藍が来てから既にそれなりの日数が経過しているので一朝一夕ではないのですが、青藍に無理をさせて悪化してしまったら本末転倒です。この方法は諦めるしかないかなぁと思ったその時、青藍は私を桃さんから庇うように間に立つと、その引き締まった桃さんの背中をぽかぽかと叩き始めました。

「あっ、こら、青藍! 叩いたら痛いでしょっ!」

いくら幼児の力とはいえ叩かれたら桃さんも痛いでしょうし、硬い桃さんの背中を叩く青藍だって手が痛いはずです。慌てて青藍の手を握ってやめさせようとするのですが、その私を止めたのは桃さんでした。

「櫻、いいからちょっと待て」

そう言ってくるりとこちらへと向き直ると、怯む青藍に向かって両手を前に出し、

「ほら、ここだ!」

そう言って自分の手のひらを叩くように促します。それを見た青藍は手のひらじゃなくて桃さんの顔や胸を叩こうと拳を振り上げますが、桃さんは難なくそれをキャッチしては離します。

数分後、青藍の拳は全て桃さんの手のひらに吸い込まれ続け、肩で息をする青藍が床にへたり込んでいました。

「よっ……と! どうした? まだやるか??」

青藍の脇に手を入れて立たせた桃さんは、自分はまだまだ元気だぞ?と笑うとまた手のひらを青藍へと向けます。

「桃さん、青藍はまだ小さいんだから無茶させないで」

これ以上は駄目とばかりに私は青藍を抱き上げて抗議しますが

「俺様からは何もやってねーじゃねぇか」

と桃さんはどこ吹く風です。青藍は一度は私の胸に顔を埋めましたが、息が整った途端に再び桃さんへと殴りかかろうとします。いきなり動いた青藍にバランスを崩しかけた私ですが、それを青藍の拳を受け止めるという形で助けてくれたのは桃さんでした。ただ青藍からすればまた自分の攻撃が無効化された訳で、

「嫌い!! きらい!! きらっっいーーー!!」

ボロボロと泣きながら滅茶苦茶に拳を振り下ろす青藍に、その拳を難なく受け止める桃さん。桃さんは神妙な顔をしていて、まったく有効打が出せない青藍を揶揄うような空気はありません。

(やっぱり火の精霊力に対する敵愾心は根強いんだな……)

仕方ないのかもしれない……そう諦めかけた時、

「俺様はお前の事も好きだぞ」

そう桃さんが言ったかと思うと、私ごと青藍を抱きしめました。その事に驚いてポカンと一瞬固まった青藍でしたが、直ぐに再びぽかぽかと桃さんを叩きだします。しかも桃さんは青藍の拳を手のひらで受け止める事をせずに、叩かれたままです。

「何度でも言ってやる。俺様はお前のことも好きだぞ」

叩かれているのにも関わらず、ニカッと太陽のような笑顔を見せた桃さんは青藍の頭をガシガシと撫でました。その豪快な撫で方には金さんたちのような慎重さも優しさも感じられませんが、何故かとても温かい気持ちにさせてくれます。


その後、青藍が泣き止むまで私は抱っこし続けて、桃さんは青藍を撫で続けました。青藍も最初の頃のように身体を強張らせる事もなく、今は撫でられる事を受け入れています。浦さんや私ほど近しく思わなくても良いから、せめて敵じゃない、危害を加えてくるような人じゃないとこれで解ってくれたら良いな……。




青藍の涙でぐしゃぐしゃになった服を着替えて、ようやく朝食の準備へと取り掛かります。

いえ、正確には取り掛かろうとしました。浦さんの心話が届くまでは……。

<あの幼子おさなごの警戒心が無事に解けた事は喜ばしいですが、
 貴女、あの方法を緋桐にも使うつもりですか?>

……や・ら・か・し・たーーーーーーっっっ!!!

緋桐さんの事、頭からすっぽりと抜け落ちていました。
三太郎さんが相手でも恥ずかしいのに、緋桐さん相手に「好き」とか「大切」なんて言って抱きつくなんて出来る訳がありません。でもここで緋桐さんだけにやらなければ、青藍にとって緋桐さんは敵のままになってしまいます。

<あーー……、浦さん。緋桐さんに伝えてきてくれないかな。
 後で平身低頭、誠心誠意謝るから、抱きつかせてくださいって……。
 一連のやり取りの流れの説明と一緒に>

青藍の居ない場所で私が直接お願いするのが筋なのかもしれませんが、拒絶されると今までの努力が全て水の泡です。流石にそれは避けたい。卑怯ではありますが、精霊からのお願いなら断れないはず!! 

そんな気持ちが浦さんにも伝わったようで、盛大なため息が心話で届きました。

<貴女って人は……>




台所で魚の干物を焼いたりお味噌汁を作ったりしていたら、

「……おはよう、櫻嬢」

と少し戸惑った顔をした緋桐さんが現れました。途端に私の後ろに隠れて威嚇する青藍に、覚悟を決めます。

「青藍、見ていてね」

青藍の頭を優しく撫でて、そう伝えてから

「緋桐さん、好きです、大切です」

そう言ってそっと間に数センチ隙間を空けるようにして抱きつく振りをします。青藍の位置からはちゃんと抱きついているように見えるはず!

「あ、あぁ、俺も、好きだし、大切だ」

緋桐さん、おれぇ↑もって感じに声が上ずってしまって、申し訳ないぐらいに無理をさせてしまっています。後で何かお詫びの品を持って謝りにいかなくては……。

その直後、いきなり緋桐さんにぎゅぅと抱きしめられました。

「ひ、緋桐さん?!」

慌てて緋桐さんの顔を見上げようとしたのですが、強く抱きしめられすぎて顔をあげられません。

「しゃーら! はなせーーーっ!!」

私の驚きが青藍にも伝わってしまったようで、青藍は緋桐さんの足に向かって突進してきます。ですが流石はヒノモト国でも指折りの戦士、緋桐さんは素早く避けるとヒョイといとも簡単に青藍を片手で抱き上げてしまいました。

「お前も 好き だぞ」

一語一語、はっきりと区切るように伝える緋桐さんに、フーフーと荒い息を吐いていた青藍はキョトンとしました。この機会を逃すものかっ!!

「青藍も緋桐さんも、みーーーーんな、大好きで大切!」

私はそう笑顔で言うと、青藍を緋桐さんと一緒に抱きしめます。恥ずかしさなんて後回しです!! 後で赤面どころか顔面沸騰したとしても!!!




この一件、青藍にとって大きな転機となりました。
周囲の人や精霊を敵だと思い込んで常に警戒していた青藍が、ここにいる人や精霊は自分に危害を加えないのだと、安心して過ごせるのだと理解した事でぐんっと笑顔が増えました。青藍が笑顔で過ごしてくれる事が何より嬉しく、私にとって一連に労力に対する最高のご褒美となりました。

例えあの時の事を思い出しては、ウォーターベッド御帳台の上でジタバタと恥ずかしさに悶える日々だったとしても……。

蛇足ですが、青藍が三太郎さんや龍さんや緋桐さんに慣れた事で、私はようやく落ち着いてトイレに入れるようになったのでした。
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