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4章
16歳 -無の月8-
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今回は少々残酷な表現があります。グロテスクになりすぎないように気を付けてはいますが、苦手な方はご注意ください。
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頭上に浮かぶ桜の形をした台から照らされた明かりは私に安心感をくれますが、同時にその光の外側にある闇への恐怖も際立たせました。その恐怖の象徴のような闇の向こう側から聞こえてくる音は大きなモノが這いずるような音で、それが徐々に大きくなります。つまり何かが近づいてきているってことです。
恐怖のあまり心臓がバクバクと痛いほどに脈打ち、喉がカラカラに感じるほどに緊張してしまいます。でも私が不安がれば腕の中にいる青藍までもが不安になるからと、自分に喝を入れて闇の向こう側を見据えました。何より青藍ごと私を抱きかかえてくれる龍さんや、戦うことに関しては山吹に引けを取らないほどに優れた緋桐さんが一緒です。だから大丈夫……そう自分に言い聞かせます。
その何かに私より先に気づいたのは、やはり武人の緋桐さんでした。見えていたのか、それとも気配を感じたのかは私には解りませんが、剣の柄に手を添えてグッと腰を落とします。
そして峡谷にズジャアア!!!という音が反響するのとほぼ同時に緋桐さんが
「来るぞ!」
と私達に注意を促しました。その直後に闇の中から現れたのは、私が想像していたモノとは違いました。てっきり見たことのない、それこそ三太郎さんが相手をしているような謎のバケモノが闇から出てくると思ったのですが、闇の中から現れたのは青黒い肌をした男の人でした。
まだ彼との間に距離がある事と、彼が立っている場所が薄暗い事。何より見慣れない人種なので彼の年齢は良く解りません。ただ青藍と同じように肌は青黒くて体毛は無く、そして青藍とは違って腰に草か海藻を乾燥させたものをぐるりと巻き付けた簡素な衣装を見に付けていました。
その青黒い人は何度も私達と自分の背後を交互に確認していたのですが、再び峡谷に何かが這いずる音がした途端に私達へと一足飛びに襲いかかってきました。それも緋桐さんではなく、私と青藍を抱えた龍さんに向かってです。武器を持った緋桐さんよりも、私達のほうが倒しやすそうだと判断したのだと思います。
ですが緋桐さんもその動きは読んでいたようで、飛びかかってきた男の腹部を剣を鞘に収めたまま薙ぎ払って吹っ飛ばしました。野球だったらホームランだったなと思うほど思い切り良く振り抜いた為に男はもんどりをうった後、泥濘んだ地面を闇の一歩手前まで転がっていきました。
冷静に相対している緋桐さんから感情はあまり読み取れませんが、彼も現れたのがバケモノではなく青藍と同じ部族の人だった事に思うところがあるようで、一瞬だけチラリと青藍の反応を確認していました。幸いにも青藍は私がしっかりと抱きかかえていて、しかも怖いものを青藍が見ないで済むようにと私の胸に顔を埋めるようにしていたので何が起こったのかは解っていません。その事に緋桐さんは少しだけ安堵の表情を浮かべてから、再び闇を見据えました。
緋桐さんの警戒は飛びかかってきた男ではなく、その後ろの闇に向いていました。それぐらいは私にだって解ります。何せ先ほどからどんどん近づいてくるズシャァァ、ズシャァァという何かが這いずるような音をあの青黒い肌の男が出しているとは到底思えないのだから。
しかも男が地面を転がった瞬間から、その何かは一気に速度を上げたようです。先ほどまでは一歩進んだら少し間をおいてから再び一歩という感じだったのですが、今では這う音が全く途切れません。
その音に青藍がガタガタと震えだして、私にギュッとしがみついてきました。その力の強さは痛いぐらいで、青藍が感じている恐怖がいかに強いかが解ります。少しでもその恐怖が和らげば良いなと思い、青藍の背中をポンポンと撫で続けますが、そんな私の手も小さく震えてしまっていました。
それは唐突に起こりました。
闇の一歩手前でこちらを睨みつける男の背後から、
「ギャーーーーーッッ!!!」
という絶叫が聞こえ、それと同時に背後を振り返った男の首や手足に何かが巻き付きました。「あっ!」と思った時には、男はその巻き付いた何かに絡め取られるようにして闇の中へと引きずり込まれてしまいました。
「チッ!!」
緋桐さんが舌打ちしつつ一気に闇に切迫したかと思うと、闇の中に向かって剣を振り下ろします。その攻撃を待っていた訳ではないのでしょうが、同時に緋桐さんの脇を抜けるようにして青黒い肌の先ほどとは別の男性2人と子供を抱いた女性1人が光の中に現れ、私達の方へと向かって全速力で走ってきました。
その鬼気迫る様子に龍さんは私達を抱えたまま、トンと地面を蹴って宙へと浮かび上がりました。そんな私達に走ってきた数人はギョッとした顔になりましたが、それ以上に背後からくる何かに怯え、そのまま私達の下を走り抜けていきます。
「龍様、駄目です!
コイツを切ると剣の刃が鈍って使い物になりません!!」
緋桐さんの声にそちらを見れば、後ろに飛び退った緋桐さんの手にあった剣は見た目はそのままですが、普段と比べると輝きが格段に落ちています。剣の薄い部分が敵によって破壊?されているようで、武蔵坊弁慶のように何本もの刀を持っていれば別ですが、大剣と短剣を一振りずつしか持ってきていない緋桐さんは慎重にならざるを得ません。
それにしても……。
緋桐さんが言うコイツが何なのかは、未だに私の目では確認できません。何度も迷いましたが、対策が取れず心構えが全くできない見えない恐怖よりも、どんなに恐怖を煽る外見だったとしても見える恐怖の方がマシだという結論に達した私は、先ほど明かりを灯した際に念の為に予備として取り出しておいた発光の霊石を外套のポケットから取り出し、コマンドワードを小声+高速で数回唱えてから闇の中へと投げつけました。
明るい場所に居る時ですら、握っている指の隙間から目が痛いほどの光を放っていた霊石。それが闇の真ん中まで飛んでいって周囲を爆発的な光で照らす様は、まるで光の爆弾のようです。ただその光で何らかの身体的ダメージを受けるような人は居らず、せいぜい緋桐さんが少し顔を顰めたぐらいでした。
ですが精神的ダメージは極大でした。
最初、明るくなった闇には何も無いように思えたのです。先ほどまであった光と闇の境界線の近くに立つ緋桐さん、そして闇の中だった場所でうずくまって呻く青い肌の男。その二人しか私には視認できなかったのですが、その男がズザーーと引きずられていくのです。
(えっ?!)
何もない方向へ引きずられていく男に慌ててその先を確認しますが、そこには何もない空間が広がっているだけです。でも何か違和感を感じて目を凝らしてみると、地面ではなく空間に何かが浮かんでいました。そしてそれが何か解った途端に私は明るくした事を激しく後悔したのです。
「あれは……、骨??」
人体と解る構造のままの骨もあれば、単なる骨片としか呼べないものまで無数の骨が宙に浮かんでいました。その異様な光景に唖然としてしまいます。
その間も先程の男が泥の中を引きずられ、とある地点まで行くと足の先から嫌な音と煙をあげて溶け出し、男は絶叫を上げました。
「ギャァーーーーーーッ!!!!!」
取り込まれた足が溶けて白骨状態になるまではあっという間で、なんとか助けたいと思うのにあまりの事に声すら出せません。
「櫻嬢、見るな!!」
緋桐さんはそう叫ぶと同時に更にバックステップして、何かから距離を取ります。
「櫻!!」
ほぼ同時に龍さんは私の後頭部に手を添えると、問答無用で私の顔の向きを変えました。男の断末魔のような絶叫は最初の0.1秒だけ聞こえ、直ぐに聞こえなくなります。
「聞く必要はない」
そう簡潔に言う龍さんの言葉から察するに、風の精霊力で音を遮断してしまったのだと思います。周囲の音が一切消えた私の耳に、ガチガチと自分の歯が鳴る音が聞こえてきました。怖いなんて言葉1つじゃ、言い表せられないほどの恐怖です。もし青藍がいなければ怖いと龍さんにしがみついて、早く帰ろうと言っていたかもしれません。
でも……考えたくはありませんが、あの白骨の中に青藍の家族が居る可能性はゼロではありません。それにアレを何とか退けなければ、安心して青藍をこの地に住む同族の人たちの元へ送り出すこともできません。
ギュッと下唇を噛み、一度瞑ってしまった目をもう一度しっかりと開けます。そうしてから龍さんの手に逆らって、敵を見据えました。
(アレは退治しないと駄目な敵。怖がっている場合じゃない!)
しっかりと見れば敵は決して姿の無いバケモノではなく、峡谷いっぱいに広がる無定形の何かであることが解りました。簡単にいえば峡谷の形にすっぽりと挟まったゼリー……というよりは、ヤマト国の山や今住んでいる島でも出会える、べとべとさんを超巨大化させたような感じです。べとべとさんと比べると透明度が高く凶悪度も比較できないほどに高いですが、不定形なところと獲物を溶かすところなどは全く同じです。
それにべとべとさんも短いけれど、獲物を捉えるために粘液を触手のように伸ばすことがありました。先ほどの男の身体に巻き付いたものも、あの巨大べとべとさんから伸ばされた粘液触手のようなものなのでしょう。
そこで一つ気付いた事がありました。
中に取り込まれた肉体はあっという間に溶けてしまう溶解力を持っているのにも関わらず、あの男の身体に巻き付いた時は全く溶けたる事がなく無事でした。それに巨大べとべとさんの周辺の土も、他のところと特別何か変わった様子はありません。
つまりあのバケモノの表面には獲物を溶かす能力は無いのでは?
「龍さん、もしかして……」
先程の推論と、それを元にした対策を龍さんの耳にだけ聞こえるように小声で話します。
「おぬしの言いたい事は解るのじゃが、危険過ぎる!」
「でも緋桐さんの剣が駄目になったってことは、
切ったり殴ったりじゃ対処しきれないってことだよね?
他に良い方法があるのならそれにするけど、私には思いつかないから……」
それだけ言うと、私は青藍を龍さんに預けて自分は地面へと下ろしてもらいます。
「な、何をやっているんだ、櫻嬢!!」
その事に気づいた緋桐さんが、慌ててこちらへと向かってきました。その間にも巨大べとべとさんはズリズリとこちらへと這い寄ってきています。先程までの音の近づき方に比べるとかなりゆっくりなので、私達を警戒しているのか別のなにか理由があるのかは解りませんが、速度をかなり落としているようです。
ならば今が対策を取るチャンスです。
私達は巨大べとべとさんが近づいた分だけ後退しつつ、手短に緋桐さんへ説明という名の要請をします。
「緋桐さん、遠くに物を投げるのは得意ですか?」
「ん? 遠投ってことか。特別得意ではないが苦手でもないな」
小袋の中を探り、目当ての霊石を見つけるとソレを緋桐さんに手渡します。超がつくレベルで苦手なら考え直しますが、そうじゃないのなら私が投げるよりも緋桐さんが投げる方が絶対に良い結果になります。
「この霊石を私の合図であのバケモノの上に投げて欲しいんです」
問題はどこまで投げればあの巨大なバケモノの上になるのか、現状ではよく解らない事です。あまりにも巨躯な為に天辺のあたりまでは光が届いておらず、夜目が効くという緋桐さんならば見えるかとも思ったのですが、明るい場所から暗い場所はやはり見えづらいようで目を細めて睨むようにして位置を探っています。
「できなくはないと思うのだが、
失敗できない事を考えるともう少し明るさがほしいな」
「ですよね」
そんな話をしつつも、私達は警戒と後退を続けます。たまに伸びてくる触手は、龍さんの風や緋桐さんが事前に拾っておいた石を投げて対処していますが、何時までその対処で持つかは解りません。ですから早急に対策を行います。
「発光の霊石はもう1個あったと思うから、それを……」
出来ればいざという時の為に一つは残して置きたかったのですが、むしろ今がその「いざ」という場面では?と思って使うことにします。
そう思って小袋の中を再度確認しようとした時、背後がパァーーと明るくなりました。私はまだ追加の発光の霊石を袋から出してすらいませんし、他に明かりになるようなモノも何も無いというのにです。
「何なの?!」
そう思って振り返った時には、私は既に緋桐さんの背中に匿われていました。
「これは……」
緋桐さんの肩越しに見たソレは、光り輝く巨大べとべとさんでした。なぜアレが光るのか訳が解りませんが、巨大べとべとさんの底面と密着しているドロドロ地面も側面に密着しているグチョグチョ崖もしっかりと見えます。
「アレだ! 先ほど櫻嬢が投げた発光の霊石!」
緋桐さんが見つけたソレは、確かに私が先程投げた霊石でした。それが巨大べとべとさんのお腹?の下に入った結果、透明度が高い体の中で光が乱反射して周囲を照らしたようです。
しかもその霊石は桃さんの霊力と技能を籠めた火緋色金です。水の妖のボスのようなモノだという巨大べとべとさんにとって、一番苦手としている力です。その所為なのか身体から光を放った途端に、巨大べとべとさんはウネウネと身体を波打たせはじめました。声こそ上げていませんが、なんだか藻掻き苦しんでいるかのようです。
「緋桐さん、今なら行けるんじゃ!」
目標自体が明るくなっている為に天辺が確認しやすくなり、先程まであった障害が消えました。
「あぁ! ただもう少し下がろう!」
近すぎると真上に投げることになりますし、敵の攻撃に晒されやすくなります。なので私は緋桐さんに同意すると、大急ぎで後退します。
ただその前に緋桐さんに渡したのと同じ霊石を一つ、忘れずに足元に落としておきました。
後はその落とした霊石の上まで、巨大べとべとさんが移動するのを待つだけです。待つだけとは言っても、その間も敵は攻撃してきますし、波打たせた巨大な身体が崖にぶつかって落石する事もあります。なので油断は一切できません。
ですが、その時は着実に近づき……訪れました!!
「緋桐さん、投げて!!」
「おう!!!」
落とした霊石の上にしっかりと巨体が乗っかり、確実に腹部の下に入った事を確認したところで緋桐さんに合図を送ります。その合図に緋桐さんは即座に応えてくれ、霊石は綺麗な放物線を描いて飛んでいきました。そしてその霊石が巨大なべとべとさんの上に来たところで、私は大きな声でコマンドワードを叫びます。
「Momotaro is the best. Momotaro is the No1!!」
その私の声に反応し、敵の巨大な身体の下と上から同時に凄まじい爆音と爆風が巻き起こります。しかもその爆風はかなりの熱風で、とっさに龍さんが風を遮ってくれなかったら大惨事になるところでした。
光と音と熱が荒れ狂い、そしてソレが収まった時。
私達の前には瓦礫の山が出来上がっていたのでした。
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頭上に浮かぶ桜の形をした台から照らされた明かりは私に安心感をくれますが、同時にその光の外側にある闇への恐怖も際立たせました。その恐怖の象徴のような闇の向こう側から聞こえてくる音は大きなモノが這いずるような音で、それが徐々に大きくなります。つまり何かが近づいてきているってことです。
恐怖のあまり心臓がバクバクと痛いほどに脈打ち、喉がカラカラに感じるほどに緊張してしまいます。でも私が不安がれば腕の中にいる青藍までもが不安になるからと、自分に喝を入れて闇の向こう側を見据えました。何より青藍ごと私を抱きかかえてくれる龍さんや、戦うことに関しては山吹に引けを取らないほどに優れた緋桐さんが一緒です。だから大丈夫……そう自分に言い聞かせます。
その何かに私より先に気づいたのは、やはり武人の緋桐さんでした。見えていたのか、それとも気配を感じたのかは私には解りませんが、剣の柄に手を添えてグッと腰を落とします。
そして峡谷にズジャアア!!!という音が反響するのとほぼ同時に緋桐さんが
「来るぞ!」
と私達に注意を促しました。その直後に闇の中から現れたのは、私が想像していたモノとは違いました。てっきり見たことのない、それこそ三太郎さんが相手をしているような謎のバケモノが闇から出てくると思ったのですが、闇の中から現れたのは青黒い肌をした男の人でした。
まだ彼との間に距離がある事と、彼が立っている場所が薄暗い事。何より見慣れない人種なので彼の年齢は良く解りません。ただ青藍と同じように肌は青黒くて体毛は無く、そして青藍とは違って腰に草か海藻を乾燥させたものをぐるりと巻き付けた簡素な衣装を見に付けていました。
その青黒い人は何度も私達と自分の背後を交互に確認していたのですが、再び峡谷に何かが這いずる音がした途端に私達へと一足飛びに襲いかかってきました。それも緋桐さんではなく、私と青藍を抱えた龍さんに向かってです。武器を持った緋桐さんよりも、私達のほうが倒しやすそうだと判断したのだと思います。
ですが緋桐さんもその動きは読んでいたようで、飛びかかってきた男の腹部を剣を鞘に収めたまま薙ぎ払って吹っ飛ばしました。野球だったらホームランだったなと思うほど思い切り良く振り抜いた為に男はもんどりをうった後、泥濘んだ地面を闇の一歩手前まで転がっていきました。
冷静に相対している緋桐さんから感情はあまり読み取れませんが、彼も現れたのがバケモノではなく青藍と同じ部族の人だった事に思うところがあるようで、一瞬だけチラリと青藍の反応を確認していました。幸いにも青藍は私がしっかりと抱きかかえていて、しかも怖いものを青藍が見ないで済むようにと私の胸に顔を埋めるようにしていたので何が起こったのかは解っていません。その事に緋桐さんは少しだけ安堵の表情を浮かべてから、再び闇を見据えました。
緋桐さんの警戒は飛びかかってきた男ではなく、その後ろの闇に向いていました。それぐらいは私にだって解ります。何せ先ほどからどんどん近づいてくるズシャァァ、ズシャァァという何かが這いずるような音をあの青黒い肌の男が出しているとは到底思えないのだから。
しかも男が地面を転がった瞬間から、その何かは一気に速度を上げたようです。先ほどまでは一歩進んだら少し間をおいてから再び一歩という感じだったのですが、今では這う音が全く途切れません。
その音に青藍がガタガタと震えだして、私にギュッとしがみついてきました。その力の強さは痛いぐらいで、青藍が感じている恐怖がいかに強いかが解ります。少しでもその恐怖が和らげば良いなと思い、青藍の背中をポンポンと撫で続けますが、そんな私の手も小さく震えてしまっていました。
それは唐突に起こりました。
闇の一歩手前でこちらを睨みつける男の背後から、
「ギャーーーーーッッ!!!」
という絶叫が聞こえ、それと同時に背後を振り返った男の首や手足に何かが巻き付きました。「あっ!」と思った時には、男はその巻き付いた何かに絡め取られるようにして闇の中へと引きずり込まれてしまいました。
「チッ!!」
緋桐さんが舌打ちしつつ一気に闇に切迫したかと思うと、闇の中に向かって剣を振り下ろします。その攻撃を待っていた訳ではないのでしょうが、同時に緋桐さんの脇を抜けるようにして青黒い肌の先ほどとは別の男性2人と子供を抱いた女性1人が光の中に現れ、私達の方へと向かって全速力で走ってきました。
その鬼気迫る様子に龍さんは私達を抱えたまま、トンと地面を蹴って宙へと浮かび上がりました。そんな私達に走ってきた数人はギョッとした顔になりましたが、それ以上に背後からくる何かに怯え、そのまま私達の下を走り抜けていきます。
「龍様、駄目です!
コイツを切ると剣の刃が鈍って使い物になりません!!」
緋桐さんの声にそちらを見れば、後ろに飛び退った緋桐さんの手にあった剣は見た目はそのままですが、普段と比べると輝きが格段に落ちています。剣の薄い部分が敵によって破壊?されているようで、武蔵坊弁慶のように何本もの刀を持っていれば別ですが、大剣と短剣を一振りずつしか持ってきていない緋桐さんは慎重にならざるを得ません。
それにしても……。
緋桐さんが言うコイツが何なのかは、未だに私の目では確認できません。何度も迷いましたが、対策が取れず心構えが全くできない見えない恐怖よりも、どんなに恐怖を煽る外見だったとしても見える恐怖の方がマシだという結論に達した私は、先ほど明かりを灯した際に念の為に予備として取り出しておいた発光の霊石を外套のポケットから取り出し、コマンドワードを小声+高速で数回唱えてから闇の中へと投げつけました。
明るい場所に居る時ですら、握っている指の隙間から目が痛いほどの光を放っていた霊石。それが闇の真ん中まで飛んでいって周囲を爆発的な光で照らす様は、まるで光の爆弾のようです。ただその光で何らかの身体的ダメージを受けるような人は居らず、せいぜい緋桐さんが少し顔を顰めたぐらいでした。
ですが精神的ダメージは極大でした。
最初、明るくなった闇には何も無いように思えたのです。先ほどまであった光と闇の境界線の近くに立つ緋桐さん、そして闇の中だった場所でうずくまって呻く青い肌の男。その二人しか私には視認できなかったのですが、その男がズザーーと引きずられていくのです。
(えっ?!)
何もない方向へ引きずられていく男に慌ててその先を確認しますが、そこには何もない空間が広がっているだけです。でも何か違和感を感じて目を凝らしてみると、地面ではなく空間に何かが浮かんでいました。そしてそれが何か解った途端に私は明るくした事を激しく後悔したのです。
「あれは……、骨??」
人体と解る構造のままの骨もあれば、単なる骨片としか呼べないものまで無数の骨が宙に浮かんでいました。その異様な光景に唖然としてしまいます。
その間も先程の男が泥の中を引きずられ、とある地点まで行くと足の先から嫌な音と煙をあげて溶け出し、男は絶叫を上げました。
「ギャァーーーーーーッ!!!!!」
取り込まれた足が溶けて白骨状態になるまではあっという間で、なんとか助けたいと思うのにあまりの事に声すら出せません。
「櫻嬢、見るな!!」
緋桐さんはそう叫ぶと同時に更にバックステップして、何かから距離を取ります。
「櫻!!」
ほぼ同時に龍さんは私の後頭部に手を添えると、問答無用で私の顔の向きを変えました。男の断末魔のような絶叫は最初の0.1秒だけ聞こえ、直ぐに聞こえなくなります。
「聞く必要はない」
そう簡潔に言う龍さんの言葉から察するに、風の精霊力で音を遮断してしまったのだと思います。周囲の音が一切消えた私の耳に、ガチガチと自分の歯が鳴る音が聞こえてきました。怖いなんて言葉1つじゃ、言い表せられないほどの恐怖です。もし青藍がいなければ怖いと龍さんにしがみついて、早く帰ろうと言っていたかもしれません。
でも……考えたくはありませんが、あの白骨の中に青藍の家族が居る可能性はゼロではありません。それにアレを何とか退けなければ、安心して青藍をこの地に住む同族の人たちの元へ送り出すこともできません。
ギュッと下唇を噛み、一度瞑ってしまった目をもう一度しっかりと開けます。そうしてから龍さんの手に逆らって、敵を見据えました。
(アレは退治しないと駄目な敵。怖がっている場合じゃない!)
しっかりと見れば敵は決して姿の無いバケモノではなく、峡谷いっぱいに広がる無定形の何かであることが解りました。簡単にいえば峡谷の形にすっぽりと挟まったゼリー……というよりは、ヤマト国の山や今住んでいる島でも出会える、べとべとさんを超巨大化させたような感じです。べとべとさんと比べると透明度が高く凶悪度も比較できないほどに高いですが、不定形なところと獲物を溶かすところなどは全く同じです。
それにべとべとさんも短いけれど、獲物を捉えるために粘液を触手のように伸ばすことがありました。先ほどの男の身体に巻き付いたものも、あの巨大べとべとさんから伸ばされた粘液触手のようなものなのでしょう。
そこで一つ気付いた事がありました。
中に取り込まれた肉体はあっという間に溶けてしまう溶解力を持っているのにも関わらず、あの男の身体に巻き付いた時は全く溶けたる事がなく無事でした。それに巨大べとべとさんの周辺の土も、他のところと特別何か変わった様子はありません。
つまりあのバケモノの表面には獲物を溶かす能力は無いのでは?
「龍さん、もしかして……」
先程の推論と、それを元にした対策を龍さんの耳にだけ聞こえるように小声で話します。
「おぬしの言いたい事は解るのじゃが、危険過ぎる!」
「でも緋桐さんの剣が駄目になったってことは、
切ったり殴ったりじゃ対処しきれないってことだよね?
他に良い方法があるのならそれにするけど、私には思いつかないから……」
それだけ言うと、私は青藍を龍さんに預けて自分は地面へと下ろしてもらいます。
「な、何をやっているんだ、櫻嬢!!」
その事に気づいた緋桐さんが、慌ててこちらへと向かってきました。その間にも巨大べとべとさんはズリズリとこちらへと這い寄ってきています。先程までの音の近づき方に比べるとかなりゆっくりなので、私達を警戒しているのか別のなにか理由があるのかは解りませんが、速度をかなり落としているようです。
ならば今が対策を取るチャンスです。
私達は巨大べとべとさんが近づいた分だけ後退しつつ、手短に緋桐さんへ説明という名の要請をします。
「緋桐さん、遠くに物を投げるのは得意ですか?」
「ん? 遠投ってことか。特別得意ではないが苦手でもないな」
小袋の中を探り、目当ての霊石を見つけるとソレを緋桐さんに手渡します。超がつくレベルで苦手なら考え直しますが、そうじゃないのなら私が投げるよりも緋桐さんが投げる方が絶対に良い結果になります。
「この霊石を私の合図であのバケモノの上に投げて欲しいんです」
問題はどこまで投げればあの巨大なバケモノの上になるのか、現状ではよく解らない事です。あまりにも巨躯な為に天辺のあたりまでは光が届いておらず、夜目が効くという緋桐さんならば見えるかとも思ったのですが、明るい場所から暗い場所はやはり見えづらいようで目を細めて睨むようにして位置を探っています。
「できなくはないと思うのだが、
失敗できない事を考えるともう少し明るさがほしいな」
「ですよね」
そんな話をしつつも、私達は警戒と後退を続けます。たまに伸びてくる触手は、龍さんの風や緋桐さんが事前に拾っておいた石を投げて対処していますが、何時までその対処で持つかは解りません。ですから早急に対策を行います。
「発光の霊石はもう1個あったと思うから、それを……」
出来ればいざという時の為に一つは残して置きたかったのですが、むしろ今がその「いざ」という場面では?と思って使うことにします。
そう思って小袋の中を再度確認しようとした時、背後がパァーーと明るくなりました。私はまだ追加の発光の霊石を袋から出してすらいませんし、他に明かりになるようなモノも何も無いというのにです。
「何なの?!」
そう思って振り返った時には、私は既に緋桐さんの背中に匿われていました。
「これは……」
緋桐さんの肩越しに見たソレは、光り輝く巨大べとべとさんでした。なぜアレが光るのか訳が解りませんが、巨大べとべとさんの底面と密着しているドロドロ地面も側面に密着しているグチョグチョ崖もしっかりと見えます。
「アレだ! 先ほど櫻嬢が投げた発光の霊石!」
緋桐さんが見つけたソレは、確かに私が先程投げた霊石でした。それが巨大べとべとさんのお腹?の下に入った結果、透明度が高い体の中で光が乱反射して周囲を照らしたようです。
しかもその霊石は桃さんの霊力と技能を籠めた火緋色金です。水の妖のボスのようなモノだという巨大べとべとさんにとって、一番苦手としている力です。その所為なのか身体から光を放った途端に、巨大べとべとさんはウネウネと身体を波打たせはじめました。声こそ上げていませんが、なんだか藻掻き苦しんでいるかのようです。
「緋桐さん、今なら行けるんじゃ!」
目標自体が明るくなっている為に天辺が確認しやすくなり、先程まであった障害が消えました。
「あぁ! ただもう少し下がろう!」
近すぎると真上に投げることになりますし、敵の攻撃に晒されやすくなります。なので私は緋桐さんに同意すると、大急ぎで後退します。
ただその前に緋桐さんに渡したのと同じ霊石を一つ、忘れずに足元に落としておきました。
後はその落とした霊石の上まで、巨大べとべとさんが移動するのを待つだけです。待つだけとは言っても、その間も敵は攻撃してきますし、波打たせた巨大な身体が崖にぶつかって落石する事もあります。なので油断は一切できません。
ですが、その時は着実に近づき……訪れました!!
「緋桐さん、投げて!!」
「おう!!!」
落とした霊石の上にしっかりと巨体が乗っかり、確実に腹部の下に入った事を確認したところで緋桐さんに合図を送ります。その合図に緋桐さんは即座に応えてくれ、霊石は綺麗な放物線を描いて飛んでいきました。そしてその霊石が巨大なべとべとさんの上に来たところで、私は大きな声でコマンドワードを叫びます。
「Momotaro is the best. Momotaro is the No1!!」
その私の声に反応し、敵の巨大な身体の下と上から同時に凄まじい爆音と爆風が巻き起こります。しかもその爆風はかなりの熱風で、とっさに龍さんが風を遮ってくれなかったら大惨事になるところでした。
光と音と熱が荒れ狂い、そしてソレが収まった時。
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前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
私と母のサバイバル
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前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
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恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
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