【本編完結済】未来樹 -Mirage-

詠月初香

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4章

17歳 -水の陽月3-

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翌日、私達はかなり早めの朝食をとって風の神座かむくらへと向かいました。
この地にあると龍さんが言っていたので、この島のどこかにあるのだと思っていたのですが、どうやら別の島にあるんだそうです。確かにこの島に住んでそれなりの年月になりますが、それっぽい場所に覚えがありません。

その神座のある島までは難しい風の流れを読む必要があるらしく、船を使わずに龍さんに抱えられて飛ぶことになりました。この移動方法、小さい子供の頃なら仕方がないと諦めもつきますが、私の年齢だとなかなか恥ずかしいものがあります。それに真っ白い霧の中なのでなんとか我慢もできますが、飛んでいる高度を考えると血の気が引きっぱなしです。自分が高所恐怖症だとは思っていないのですが、それでも度重なる落下経験は確実に私の何かに傷をつけたようで、龍さんにしがみつく腕に力がこもってしまいます。

龍さん越しに後方を見れば三太郎さんが居る……はずです。霧で見えないけれど。それでも何とか確認したくて目をこらしていたら、マガツ大陸の時のように小さな光の粒が幾つも見えてきました。数え切れない程の黄色と青色と赤色の光の粒が丸く集まった場所があり、その各色の光の粒を包むように緑色の光の粒が膜をはっています。三太郎さんと彼らを飛ばす為の龍さんの霊力が、そんなふうに見えているのだと思います。

ちゃんと三太郎さんがいる事を確認しては安心するということを両手の指の数ほど繰り返し、ようやく目的の場所にたどり着きました。マガツ大陸では水と土と火の神座には行きましたが、そのどれもが既に荒れ果てていて神の座所とは呼べないようなありさまでした。そんなマガツ大陸の神座に対し、ここの神座はまだ生きていました。風がそよりと私の周囲をクルクルッと2周してから通り抜けていきます。かと思えば髪を下からフワッと持ち上げたかと思うと、腰下まである長い髪をロール状に巻いてから流れていきます。

(この世界で悪役令嬢御用達のドリルヘアを見ることになるとは……)

なんて事を思ってしまいますが、問題は私の今日の髪型が結っている位置が低めのポニーテールのため、後頭部に突如1本の巨大ドリルが生えたように見える事でしょうか。これ、美しくも可愛くも無いなぁ……。


龍さんが言うにはこの島全体が風の神座だそうで、その所為なのか島の中には全く霧は発生していませんし海霧も入ってもきません。そんな島の中心に向かって進む中、どんどんと表情が険しくなっていくのは金さんでした。

「金さん、どうかしたの??」

「この島……。いや、これは本当に島なのか?」

「流石に土の精霊には解るか。
 この島は浮島。つまり大地のくびきから逃れた島じゃな」

浮島と聞いて、私の脳裏に真っ先に浮かんだのは某天空の城でした。ですが木々の合間から遠く見えるのは竜の巣ではなく海霧ですし、霧が無かったとしても見える青は空の青ではなく海の青です。それに私の足元も確かに土色をしていますが土ではなく、木の根っこがミッチリと隙間なく絡み合ったモノでした。

「つまりここは木が密集して海に浮かんでいるだけの……
 うーーん土がない木の島ってこと?」

「そういうことじゃ。
 水の影響は受けておるが最小。火の影響も受けておるが最小。
 ここが風の神座にして、わしが作った神座よ」

そう言って龍さんが両手を広げた先、そこはポッカリと空いた空間になっていました。今まで密集して生えていた木々は一切なく、少し先からは根っこすらありません。ぽっかりと空いた空間を中心に向かって駆け、根っこの淵にひざまずいて穴の中を覗けば、チャプチャプと水が木々の根っこを揺らしているだけで、その先は海の青が黒に変わるまで何もない深い穴がありました。

その景色に思わず背筋にゾッとしたものが走ります。これは人間が見て良いものじゃない、そんな気すらしてしまいます。マガツ大陸の神座は穢されていて、その穢れを厭う気持ちから立ち去りたい気持ちになったものですが、ここも近寄りがたさという意味では甲乙つけがたいレベルで同じ気持ちにさせてくれます。思わず自分で自分を抱きしめるように、二の腕をギュッと掴んでしまいました。

そこでふと、聞き流してしまった発言に気づきました。

「……作ったぁ?!」

びっくりして龍さんの顔を見上げれば、得意げな眼差しが返ってきました。

「あぁ、ここは儂が作った。
 他の精霊と違い、風の第一精霊は神と同じ力を持つと前に言ったじゃろ?
 じゃから風の神座は神と第一世代の精霊の数だけあるのじゃよ」

龍さんはそう話しながら霊力を使うと、まるで台風の目に居るかのように私達の周囲を風が渦巻き、壁を作り上げて完全に外部と遮断してしまいました。

「さて、まずは話をしようか」

そう言うと同時に、大地から4本の太い根がにょっきりと持ち上がり、そこに腰をかけるように促されます。

「手短に済ませたい所じゃが、そうもいかぬ……じゃろ?」

最後に三太郎さんを見て問いかけるように言う龍さんに、金さんと浦さんはぎこちなく頷きました。




「我らが知っていた歴史に歪みがあった……」

何から話せば良いのかと迷った金さんが、真っ先に口にした言葉がそれでした。

「歪み?」

「そうだ。我が知っている歴史と大部分は同じだ。だが違う点もあった。
 ……そして違う点こそが、歪みの原因こそが……土の神だ」

苦しげに言葉を紡ぐ金さんに、浦さんも苦い顔をしています。どうやら浦さんもその歪んだ歴史の影響を受けていたようです。対しあまり影響を受けていなかった桃さんは、

「記憶違いなんて誰にだってあるだろ?
 神代なんて俺様が生まれるよりずっと昔の事じゃん、仕方ないんじゃね??」

と楽観的な反応を返しますが、

「桃よ、そんな簡単な話ではないのだ。
 この世界の成り立ち、そして終焉に関わる大事だ」

「どれ、少し昔話をしてやろう」

龍さんはそう言うと、風の霊力を操り幻影を私達の真ん中に作り出しました。蜃気楼のように若干朧げですが、判別できないほどではありません。

そうして映し出され、語りだされた話は土の神の暴挙でした。




神代の時代。
天地創造という大仕事の終わりが見えた頃、風の神がこう言いました。

「誰が一番貢献できたか決めないか?
 それで一番のやつが次の世界の創造を主導できるってのはどうじゃ?」

この世界の神々、つまり精霊神は一つの世界を作りあげ、ある程度世界が上手に動き始めると次の世界へと旅立ちます。そうやって次々と世界を作っていくのが精霊神の役目なのです。その過程で四精霊神の間に意見の衝突が起こるのは日常茶飯事でした。例えば大地と海の比率であったり、温暖や冷寒といった気候の分布、それに生命の有無といった根本的なところから生命の種類や寿命まで、衝突内容は多岐に渡るために常に衝突していたと言っても良いぐらいでした。

なので火の神も水の神もその発言に乗りました。一度ぐらいは自分の好みが詰まった世界を作ってみたいのは誰しも同じだったのです。

問題はその風の神の発言が、土の神に唆されたモノだった事です。誰も気づかないまま土の神の計略は進みます。崇める民を持たない風の神はまっさきに姿を消すことになりました。自分を崇める民というこの世界に紐づける存在が無いうえに、風の神は自分の霊力を等分していたため、一精霊としては強大な力を持っていたとしても神としては他の神に敵いませんでした。

土の神は風の神と第一世代精霊を個別に呼び出しては封じ、その霊力を吸い上げてすべて精霊石へと変え、この大地に干渉できないように天高くへと隔離してしまいました。それがあの昼夜問わず道しるべとなる、空に輝く土星の帯のような光の帯の正体でした。

そんな凶事の中、ただ一人土の神の手を逃れる事が出来た風の精霊が龍さんでした。それを可能にしたのは風の神だけが持つ、唯一無二の特性のおかげでした。

それは世界を渡る事が出来るという事。

他の精霊神は一度だけ他の世界に渡る事が出来ます。つまり世界を作り上げた時だけ、次の世界に向かって渡る事ができるのです。でも風の神だけは違いました。

例えば当時の龍さんのように、過去に作った世界の様子を見に行くこともできます。ちなみに、その際にその世界に住む世界の住人の願いを叶えることもありますが、何時もその世界に居る訳ではありませんし、基本的に気まぐれな風の神の守護や加護は期待するだけ無駄な確率だそうです。

それに次に作る世界の候補地の視察に行くこともあります。今の世界からあまり離れていない、更に世界を支えるだけの力場がある場所を風の神が選んで来るのだそうです。勿論幾つか候補を選んだあと四精霊神が話し合って決めるそうですが、その候補地を見つけてくるのも風の精霊のみが持つ力があってこそです。

「それが土の神には非常に腹立たしかったのじゃろう」

当時のことを思い返すように遠い目をする龍さんに、金さんは無言でうつむいたままです。

「次なる世界を探すということは、新しい大地を探すということ。
 ならばその力は自分こそが相応しいとかの神は思っておったようじゃな。
 儂らは決して大地だけを探していた訳ではないのじゃが……」

ポリポリと顎を指でかいて苦笑する龍さんの声に誰かを批難するような色はなく、少しの諦めと目の前の金さんに対する気遣いだけがありました。

その後、大筋では金さんたちが記憶している通り、三精霊神による戦いが激化していきました。ただ違う点は、土の神はその力の大半を温存していた事です。戦いによって失われたとみせかけて、その力の大半を別の大陸の風の神座・・・・の中に隠していたのです。

「風の持つ変化の性質で、
 自身の持つ土の霊力の気配を消そうとしたんじゃろうな」

そう言った龍さんは、一呼吸入れてから

「それがココじゃ」

と爆弾発言をしました。

「「ココぉ?!」」

私と桃さんが思わず立ち上がって地面を見たのに対し、浦さんは目をまんまるにしてだけですし、金さんは微動だにしませんでした。金さんや浦さんと一緒に居ると私や桃さんの落ち着きが無いように見えてしまいますが、絶対に金さんや浦さんが異常に落ち着きすぎているんだと思います。

「今になって思えば儂が逃げ果せたにげおおせたのも、かの神の計算の内じゃろうな。
 この神座を有効に使う為に、儂を消す訳にはいかんじゃろうから」

「じゃぁ、ここは土の神様に占拠されていた……ってこと??」

「一時期はそうじゃな」

龍さんがこの地を再び自分の手に取り戻せたのは、土の神が退避させておいた自分の力を再び呼び寄せた後で、三精霊神の戦いが終わって人間がアマツ大陸へ避難した後でした。

神々の大戦の最終面、水の神と火の神はほぼ同時にお互いを消し合ってしまいました。正確には存在に関わるほどの霊力を使い、更にはお互いにダメージを与えあった結果、精霊神という自己を保つことが難しくなってしまったのです。

そこに土の神は手を差し伸べました。

「私の霊力も残り少ないですが、この世界のために力をお貸ししましょう。
 私が司る限りなく不変な石や岩、その中に神の力を溜めて世界に放つのです。
 そうすれば精霊たちがその石に力を集め、何時かは我らを復活させるでしょう」

と。火の神も水の神も自分たちが世界を壊してしまった事を激しく後悔していましたし、土の神の提案に一も二もなく同意しました。少しでも早く大地を再生させるために、土の神に自分たちの力の一部を分け与えたぐらいです。

(その神、こっそり霊力隠し持ってるよ)

映像を見つつ、そんな悪態をつきたくなります。

「なんで神様たちは、土の神様の言葉をすぐに信じちゃうのよ?
 ってか土の神様は金さんを見習うべき!!」

思わずそんな愚痴を言いたくなります。金さんは熟慮に熟慮を重ねるタイプなうえに、こんな暴挙は絶対にしないし周りにもさせません。常に何が最善かを考えて、しっかりと周りを支えてくれます。土の神は金さんの爪の垢を煎じて、リッター単位で飲むべきです。

「そこは人や精霊には理解し難いじゃろうが、
 四精霊神は一柱欠けても機能しない同じ目標を持つ同士なのじゃよ。
 衝突することも多々あるが、決して敵という訳ではなかった……あの時までは」

いつも飄々としている龍さんが、今だけはとてもとても悲しそうで……。長い年月を経たからなのか、龍さんは裏切られた事に対する怒りよりも悲しみのほうが強いようです。




土の神を崇める民がアマツ大陸に来てから、土の神の暴挙は更に止まらなくなりました。他の神を崇める民がアマツ大陸に上陸するのを阻止するのと同時に、火と水の神から譲られた力を悪用して、水と火の精霊の認識を歪めました。ここに居る人こそが人間の全てであり、アマツ大陸の人間土の民を守護する事こそがお前達の仕事だと……。

「櫻の母を筆頭にこの大陸で稀に生まれる天人や天女じゃが、
 必ず土の守護を持つ事を不思議に思ったことはないか?」

「それは俺様と浦が最初そうだったように、
 火と水の相性が悪いからじゃねーの?」

「もちろんそれもあるのじゃが、一番の理由はこの地の人間は
 全員が一定値以上の土の守護を持っているという事じゃな」

「いや、それはおかしくない?
 緋桐さんや皐月姫様、牡丹様は火の守護しかもっていないし、
 菖蒲様は水の守護しか持っていないよ?」

「そう見せかけているだけじゃ。
 そもそもお前たちは根本的な勘違いをしておるのじゃが、
 人間は土だけでも水だけも火だけでも生きていけぬじゃろう??」

「つまり人間は本来、全て精霊の守護を最低値持っていて、
 その中でも特出した守護がこの大陸の人が思っている守護。
 更に短時間、一時的な守護が加護……こういう事?」

「そうじゃ。櫻は理解が早いな。
 ついでに緋桐の持つ火の守護は、厳密には一生に及ぶ火の加護にすぎん。
 人の一生は精霊にとっては一時ということじゃな。
 その事からも解るじゃろうが、守護も加護も呼び方が違うだけじゃ」

「そんな事まで私達の認識は歪められていたのですね……」

世界の、そして自分の根本に関わる所まで認識が歪められていた事に、浦さんが静かに呟きました。その言葉はとても暗く重たくて、いつもの浦さんらしくありません。それぐらい衝撃的だったという事でしょう。

「後はそうじゃなぁ。
 土の精霊は本来、不変を司る神の性質を受け継ぎ新しいものへの拒否感が強い。
 じゃが金太郎、おぬしや山幸彦は新しい技術に興味があるじゃろう?
 それは本来、儂ら風の精霊の気質なんじゃよ」

土の神は風の精霊を龍さんを残して全て消し、その霊力を精霊石に変えてしまいました。龍さんも長い間この地に封じられていたそうです。その封印が解けたのはつい20年ほど前、神や精霊の感覚では「つい先日」と言うぐらいの感覚だそうです。

ただ封じられて世界に関与こそできませんでしたが、風を通じて世界の情勢はしっかりと見ていたようで色んなことを知っていました。

風の精霊の霊力を抽出して自在に操れるようにしたものの、世界から風の神と精霊が消えたことでこの世界はバランスを大きく崩すことになりました。最初こそは土の神の独力でもどうにかなりましたが、徐々にそれもままならなくなります。仕方なく土の神は精霊の中に風の精霊の気質を持つものを作り出しました。

それが金さんを始めとした、変化を受け入れる精霊たちです。

ただ風の精霊ほど積極的に変化を望むのではなく、あくまでも大地がゆっくりと変化していくように、ゆるやかな変化を望むように精霊を歪ませたのです。

「櫻の世界を知るおぬしらなら解るじゃろう?
 100年1000年、全く変化のない世界がどれほど異常なのかを……。
 じゃが自分の作った世界が変わらぬ事、それを土の神は望んだのじゃ」

龍さんの言葉に、三太郎さんは全員黙り込んでしまいました。確かに1000年変わらないって、私からすればおかしいを通り越して異常です。前世基準で考えると、現代に至るまで平安時代並の文化のまま進歩していないということです。そう考えると異常なんて言葉じゃ足りません。

だからなのかな?
金さんが精霊石の剣を緋桐さんに渡すことを認めたのって……。
この世界は想像を絶する程の長い間、停滞していました。なのでそれを本来あるべき姿に戻そうとしたのかもしれません。




「で、私はここで何をすれば良いの?
 ……まさか土の神を倒してくれなんて言わないよね?」

叔父上を助ける為にここまでやってきましたが、土の神を倒せと言われても私に出来る事は何も無さそうです。

「そうじゃな。土の神を倒すのは櫻の仕事ではない。
 じゃが、まったく無関係という訳でもない。
 簡単にいえば、今ここで新たに四精霊神を作り上げる」

「神を作るなど、不遜極まりない!
 ……と普段なら申す所だが、そなたは最初からそう申しておったな。
 世界を救う為には神が必要で、その神に我らが成れと」

今までずっと黙っていた金さんが立ち上がりました。その表情は何処か吹っ切れたようで、清々しさすら感じます。

「神々は世界を作り終えたら、次の世界へと旅立つとそなたは申しておったが、
 我らはずっとここに残ることになる。それは構わぬのか?」

「構わなくはないのじゃが、それは後で考えても良いじゃろう。
 まずは世界の滅亡を防ぐ事が先決じゃからな」

三太郎さんと龍さんで良い感じに話がまとまりますが、いや、ちょっと待って。

「待って、叔父上のことが先だよっ!!」

「解っておる、解っておる。まずはここで儂が神代の時代の力を取り戻す。
 それからおぬしの叔父の元へ戻れば良いじゃろう?
 その為に三太郎たちは古代の神には及ばないながらも力をつけたのじゃから」

龍さんが苦笑いしながら、私の頭をガシガシと荒々しく撫で回します。

「で、私は何をすれば良いの?」

「儂の傍に居てくれれば良い。おぬしは……いうなれば運命の鍵じゃからな」

頭を撫でられながら訪ねたら、龍さんは少し言葉を選んでからそう言いました。その言葉にずっと気になっていた事をぶつけてみます。

「それ、私が……
 私の魂どころか私の身体、私自身がこの世のモノじゃないから?」
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